第9話

「お兄様見て下さい!とっても賑やかです!」


「兄様兄様!見て下さいキラキラしてます!」


可愛い。そんな在り来りな言葉しか出てこないが、それ以外に今の二人を表せる言葉を俺は持ち合わせていなかった。


朝早く何時ものように庭で剣の素振りをしていると、当主である父が俺のもとに来た。


「どうしましたか」


「いや、今日は街に出るんだろう?」


「その予定ですが………」


「ならこれを使いなさい。今日は女神祭だから色々な店が出ているだろう」


「女神祭?」


「知らずに行こうとしてたのか…?」


『女神祭』


嘗て精霊と共にこの地へ舞い降り闇に包まれていたこの世界を明るく照らし魔を祓ったとされる女神を讃えその祝福に感謝するための祭り。


ゲームでは攻略対象キャラとヒロインが楽しい思い出を共有しキャラによって見る店も行く場所も違うが何枚かのスチルが出ていた、と思う。


ゲームのストーリーが始まるまで無縁だと思って気にもしていなかった。


「暗くなる前には帰って来なさい」


「えっちょっと…!」


押し付けるように革袋を手渡され、これが何なのか聞く前に話は終わりだとでも言いたげに、こちらの話も聞かず父は屋敷へと身を翻し屋敷へと向かっていった。


「えぇ……話聞こうよ……って金持ちこわ?!」


中身は大量の銀貨や金貨が入っていた。


子供にお小遣いとして渡すような金額ではない。


三人で割り勘しても旅館で何ヶ月か過ごせるような額だった。


「あっ、彼処のお店に行きましょう!」


「兄様早くー!」


「はいはい。そんなに急がなくても店は逃げないぞ?」


俺の両手を握り早くと急かす二人がこんなにも可愛い。


沢山の楽しげな話声や笑い声、何処からか聴こえてくる音楽に合わせて踊る人達や歌う人達。


ゲームでは分からなかった感覚だ。


「兄様!これ凄く美味しそうです!」


「これ食べ物らしいですよ!私、凄く綺麗で宝石かと思ってしまいました!」


「ふふっ、確かに美味しそうだし綺麗だね。


すみません、これとこれを下さい」


「あいよ!」


二人が見つけたのは露店に出された飴細工の店だった。


良く祭りなどでリンゴ飴や様々なキャラクターをモチーフに作られているのと似ている。


そこで__流石にいくらかは減らしてきた__子供が持っていても何ら違和感のない小袋からお金を取り出し店主に渡す。


「はい。気を付けて食べるんだよ?」


「はい!ありがとうございます!」


「兄様、ありがとうございます!」


ルーチェには水晶のように光の当たり具合では七色に輝いているようにも見える花の形をした飴を。


アルバには何個かの葡萄が串に刺さった水飴を。


店主に許可を取り、店の横に空いたスペース借り早速飴を口へと持っていく二人の様子を眺める。


「あまーい!」


「美味しいー!」


か、かわいいーーーーっ!!


頬に手を当て見ている誰もが美味しいと分かる顔をする二人に天を仰ぐ。


全身で美味しいと表現する天使が可愛すぎて辛い。


何度目か分からない神にこの天使達と出会わせてくれた事を感謝していれば、クイッと袖を引かれた。


「……どうした?」


「兄様も食べて!」


「私のも食べてみて下さい!」


「いいの?」


「美味しいものは兄様と食べたいんです!」


「お兄様と食べればもっと美味しいです!」


…………この天使達はどれだけ俺を悶えさせれば気が済むんだっ?!


可愛いの過剰摂取で兄ちゃんお腹も胸も一杯で張り裂けそうです。


じーっとキラキラとした目で俺を見る二人に断れる奴がいたらそいつは俺の敵だ。


だがこの天使達の可愛さを理解できる人なら握手しよう。そして共に語ろうこの天使達の可愛さを。


「じゃあ有り難く頂くよ」


ルーチェから貰った飴は花弁部分が薄く簡単に外れるらしく、その花弁を一枚貰う。


飴の甘さがフワリと広がり果汁でも入っているのかフルーティーな味が僅かにする。


甘いものが苦手な人でも食べやすい飴だな。


アルバから貰った飴は葡萄の表面に水飴を絡めたものだ。


それを一粒貰い噛めば表面の飴が砕け葡萄の瑞々しい甘酸っぱさが口一杯に広がった。


食感も面白寒い日によく遊んだ霜柱を想起させる。


「とっっても美味しいな!」


嘲笑ってそう言えば二人は顔を見合わせ嬉しそうにするものだから俺が更に心の内で悶たのは最早当たり前だった。


その後は必要だった買い物も何とか手早く済ませ、三人で祭りを楽しんだ。


街の人達と一緒に踊ったりもした。


ルーチェの服装は白から段々と淡い橙色へと色付いていくワンピース姿も相まって緩やかに舞う姿は何処か現実離れしてそこだけ別世界のようだった。


そしてルーチェと共に踊るアルバも臙脂色のジャケットに彼女とお揃いの橙色のブローチを付け、きっちりとしたズボンに革靴を履いている。


エスコートしながら優雅に踊る姿は紳士そのものだった。


楽しげに踊る二人が天使なのは当たり前だが、まるで妖精とその妖精を支える騎士の様にも見えた。


二人が踊り終え声を掛けようとすれば拍手喝采の嵐。


皆が口々に素晴らしかったと声を揃え二人を称える。


それが誇らしくて恥ずかしがってこちらへと走ってきた二人を抱き締めた。


「いい子達ね」「お兄さんが大好きなのね」「可愛い子らだな!兄ちゃんも鼻が高いだろうよ!」


そう優しげな笑みでこちらを見る人達に向かって俺もそれに負けないくらいの笑顔と声で言ったんだ。


「俺の自慢の弟と妹なんです!!」

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