第8話

「最初に手合わせした時より強くなられましたね」


「それは……どうもっ!


はぁ、ヴァレリオ卿の指導のおかげですよ……」


額から流れ落ちる汗を拭う。


日課となりつつあるヴァレリオ卿との魔法ありの剣の手合わせは、初めは力の差に押し負けることが殆どだったが、最近はそれも無くなってきた。


今はこうやって微量ながら魔法も使えるようになったし、体力も付いたからな。


………アルバと初めて魔法を使ったあの日、アルバの魔力で創られた炎の鳥を倒した後に俺は倒れたらしい。


らしいと言うのは、単に俺の記憶がそこで途切れてしまっているからだ。


急激に魔力を消費した影響らしく、次の日にはもう治っていたが大事を取って休んでいなさいとベットから降ろさせてもらえなかった。


スッキリして目が覚めたらルーチェもアルバもベットの直ぐ側でこちらを泣きながら見ていたのだから驚いた。


心配したと泣く天使達を慰め寝ずに側にいてくれた二人の顔には薄っすらと隈が出来ていて申し訳なくなった。


感謝と俺は大丈夫だから寝ておいでと伝えたが、寝たくない俺と一緒にいると頬を膨らませる天使達に悶ながら、どうしたものかと考えた結果二人を俺のベットに招き入れた。


ギューっと効果音が付きそうなほど抱き締められて身動きも取れなかったのは誤算だったが………。


二人を寝かせたら軽く身体を解そうと思っていたが、子供特有の体温に両側から抱き枕宜しく抱き締められて眠くなかった筈なのにその温かな熱にいつの間にか三人で寝てしまっていた。


「魔法を使うのも随分お上手になられましたね」


「魔石とこのブレスレットのおかげです」


魔力量を抑えるため、常に魔力を吸い中に溜め込んでくれる魔石と魔法を使う際に魔力量の調整を手助けしてくれる同じく魔石のはめ込まれたブレスレット。


これらは手紙…と言うよりメモか。


一言だけ「無理はしないように」と書かれた紙と共に部屋に置いてあったものだ。


緑の魔石のはめ込まれた銀のブレスレットはアクセサリーに興味なかった俺でも綺麗だと思う。


「明日の訓練はお休みでいいんでしたよね?」


「はい。明日は三日後のお茶会のために二人と出掛けようと思っています」


「ルイーナ様は頑張り過ぎなんです。ゆっくり身体を休めて明日は楽しんできてくださいね」


「ははっ、ありがとうございます」


仕事で忙しいのに俺なんかの為に時間を割いてもらって、本当にヴァレリオ卿には頭が上がらない。


今の俺には、あの時アルバを助けるために使ったような大型の魔法は使えない。


何度か試しては見たが、どれもあの時程威力はなく大きくもない。


あの時の魔法はきっと火事場の馬鹿力というやつだったのだろう。


今後そんな大型の魔法を使う預定は無いし、それらしいイベントは無い……筈だ、と願いたい気持ちで一杯だぜ!


と巫山戯ているが、こうでもしないと俺は俺を保っていられる自信がない。


だって、だって……ヒロインが王太子と出会うイベントが!来るんだよっ!!


風呂で汗を流し部屋の本棚の一番端に、本と本の間に隠していたノートを引っ張り出す。


ヒロインと王太子の出会い。


幼い頃に開かれた同年代の子供達が集まる皇室主催のお茶会。


そこでヒロインは神の愛娘であることから周囲の子供から大人まで様々な者達に話し掛けられる。


それに疲れたヒロインが何とかその場を逃げ出した先で王太子と出会う。


何でだったかは思い出せないが何かしらの理由で泣いていた王太子をヒロインが慰める。


そして王太子に惚れられ、ゲームの舞台である学園で猛アタックを受けるのだ。


王太子に惚れられたヒロインは学園に入学した一日目で王太子のせいで良くも悪くも目立ってしまう。


神の愛娘というだけでも目を付けられやすいと言うのに王太子からも愛されてるなんて、妬みや嫉妬と言った感情を周囲が持たない、彼女を受け入れて仲良くしてくれるなんて難しいし無理な話だろう。


だからこの茶会では王太子と会わせてはいけない。


それに念の為に名前も伏せたほうがいいし、変装をしていったほうが良いだろう。


同年代の友人に憧れているルーチェが本当に信頼できて神の愛娘ではなくてルーチェと言う個人を見てくれる誰かと友人になったほうが彼女の為でもあると俺は思っている。


神の愛娘と言う名に振り回され周囲の悪意に怯えるのは幼い彼女にとってはストレス以外の何物でもない。


俺はルーチェもアルバも護る為の力なんて今は無いし権力も実績もない。


だから俺が二人を護れるようになるまで、何も持たない今の俺が出来る事には一切手を抜く気はない。


例えそれが子供だましでしか無くても、少しでも二人の負担やその純粋で真っ白な心を悪意に汚したくないんだ。


これは俺の我儘でしか無いのなんて、俺が一番良く分かってる。でもだからといって何もしないより無駄な足掻きだとしても嘲笑われようが何もしないよりはいい。


「……取り敢えず明日に備えて早く寝るか」


久々の天使達との時間。


最近は訓練に明け暮れ疲れている俺に気遣ってか前みたいに遊ぼうとは言われなくなってしまったからな。


明日は今まで遊べなかった分、メチャクチャ甘やかして沢山の物を見て楽しもう。


確か二人は露店で売られてる食べ物を食べたことは無かったから、色んなものを買い食いしても楽しいかもしれない。


そう言えば何時だったかお揃いのものが欲しいと言ってたな………それもなにか良いのがあったら三人で揃えるのも良いかもしれない。


「楽しみだな」


ベットに横になりながらそんな事を考えていれば、思わず口がニヤけてしまう。


王太子とのイベントも近いが、兎に角明日はそれをなるべく頭から追い出して、天使達との幸せな時間を目と脳に焼き付けなくては。


段々と重たくなる瞼と眠気に抗うこと無く俺の意識は暗く深い闇の中に沈んでいった。














『ねぇお兄ちゃん知ってる?このゲームの王太子って小さい頃は泣き虫で身を護るために______してたんだって』








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る