第3話 魔法

 転生してから5年、異世界の風習に慣れて、常識を学んできたこの頃、

 俺は家の庭に来ていた。

 

 俺は手の平を木に向ける。

 そして体の中にある魔力を感じ取り、徐々に手の平に集めていく。

 ちょっとずつ、ちょっとずつ……


 そして、ある程度魔力が手の平に集まったら、今度は外に出すようにしていく。

 これがとても難しい、常に自分の魔力で満たされている体内と違い、体外は違う魔力で満たされているから、動かしづらいし、纏めにくいのだ。  

 例えるなら、自転車が追い風なら動きやすいが、向かい風なら動かし難いみたいな感じだ。


 だから、さっきよりもっと慎重に、もっと丁寧に魔力を外に出すようにしていく。


 ふわぁ、ふわぁ


 そんな効果音が聞こえてきそうなほど、魔力は不安定だ。

 そこを、なんとか纏めて固める。

 ちょっと出して、固めて、ちょっと出して、固めて。

 俺の制御から外れても、消えたりしないようにちょっとずつ固めていく。


「はぁ、はぁ、できた」


 もう魔力は揺らいだりしなかった。

 半径1cmぐらいの小さな球体とも言えない何かだったが、しっかりと固まっていた。

 あとは、残り少ない魔力を振り絞って飛ばすだけだ。


 そして、魔力の塊を飛ばそうとすると、自然に魔法の名前が出てきた。


「《魔弾》!」


 バンッ


 小石が当たったみたいな音がして、

 魔弾が木にぶつかった。

 倒れもへこみもしなかったが確かに魔法が使えた。

 威力もほとんどなく、時間がかかり過ぎた。

 魔物との戦闘どころか、子供同士の喧嘩にも使えないだろう。 


「やった! やったぞ!」

 だけど、俺は魔法が使えただけで大満足だ。


【スキル《無属性魔法》を取得しました】



 早速ステータスを確認する。

 ステータス閲覧!



 名前 シュウ     レベル1

 職業   

 HP 35/35 (15up)

 MP 5/60 (45up) 

 物理 3 (1up)

 防御 2 (1up)

 魔法 8 (5up)

 魔法防御 5 (4up)

 素早さ 2 (1up)

 幸運 1


 ユニークスキル ステータス閲覧 

 (時空魔法) 多重人格

 

 スキル 痛覚耐性Lv3 思考拡張Lv2

 異世界言語 睡眠耐性Lv1 魔力感知Lv1 魔力操作Lv1 無属性魔法Lv1 

      

 称号 転生者 ユニークスキル保持者


 きちんとスキルに《無属性魔法》が入っていた。

 ちなみに《魔力感知》と《魔力操作》は、魔法を取得するための基本スキルで、

 魔力を感じて、その魔力を操る。


 魔法を取得するのなら、これが出来ないと話にならない。

 まあ、この村には無いが、

 王都とかでは、魔力を入れると効果が発動する魔道具とか、色々と便利な《生活魔法》が、日常的に使われるらしいから、殆どの大人は、このスキルを保有している。


「アルス? アルス! だめじゃない勝手に外に出たら!」


 母さんが俺が外に出ていることに気づいた。

 アルスとは、この身体の本来の持ち主、今は精神世界にいるもう一人の人格のことだ。


 本当に申し訳なく思っているが、本人曰く窮屈な家よりも、自由な精神世界の方がいいから気にしていないらしい。

 ……現実より精神世界を重視するようになっている気がするから、ちょっと不安だ。

 

「アルス、アルスは体が弱いのだから、勝手に外に出たりしないで……」


「うん、ごめんね……」


 俺は、いや俺たちの身体は、魂が2つあるから、ステータスが半分に分けられた。

 その結果、普通の子供の二分の一、弱い体になってしまったのだ。


 アルスは、ちょっとずつ物理方面のステータスが上がってきてる。

 だが健康体になるまでは、もう数年はかかるらしい。 


 それに対して、俺は弱い体に、更に魔力を詰め込んでるから、物理方面のステータスが殆ど上がっていない。

 だから、毎日少しまともになったり、弱くなったりしているように両親には見え、それでさらに心配させてしまっていた。


「さっ、家に入ろう。アルスの大好きな

 クッキーを焼いたから」


「え! 分かった!」


 俺はウキウキとしているフリをしながら、家に入っていった。  


「じーー」


 こちらを庭の外からこっそりと見ている女の子に気づかず……



「ほら、今日のクッキーには果物を使ったのよ」


「わぁ、美味しそう! いただきます!」


 ボリボリ、ボリボリ


 母さんが毎日作ってくれるクッキー、

 素朴だが美味しいクッキーに、今日は更に果物の甘さがプラスされており、とても美味しかった。

 そして、ふと思う。

 ――アルスにも食べさせたかったな――


 その瞬間、一気に罪悪感がわいてきた。

 このクッキーは、本来アルスが食べていたものだ、この喜びは、本来アルスの物だ。

 この体は、本来アルスの物だ。

  

 気付けば、クッキーを食べる手は止まっていた。

 その様子を見て、母さんが不安そうな顔で聞いてきた。


「アルス、もしかしてクッキー美味しくなかった?」

「い、いやそんなことないよ! とっても美味しい!」


 あわてて、食べるのを再開する。

 その様子を見て、どことなく不安そうだったが、母さんは安心した。


「そう、それなら良かったわ」


 その後、特に何もなく、気付けば俺は精神世界に来ていた。

 どうやら眠ったらしい。

 今日のことなのに、あまり覚えていない。

 取り敢えず、精神世界での日課をやることにする。


「アナ、アルスは何処にいる?」


【いつもの草原にいます】


 俺は、アナ……謎の声の人にアルスの居場所を聞いた。

 なんでアナという名前になったかというと、

 まるでアナウンサー見たいな正確で理解しやすい声だったからだ。


 他にもサポーターとか思いついたが、切り取れる場所がなく、かと言ってそのまま呼ぶと微妙だから却下した。


 あとで、そんな安直でいいのかと考えたが、本人? ……本人がいいと言ったのでそう呼ぶようにしている。


 アルスのところに行く為に、草原に行く。


「はぁ! はぁ! はぁ!」


【もっと丁寧に。貴方のステータスでは、普通の子供にすら勝てません。

 もっと正確に、的確に弱点を狙いなさい】


 草原に入ると、アルスは剣を振るっていた。

 おそらくかなりの時間、剣を降っていたのだろうが流石は精神世界、汗一つかいていない。

 アルスは集中して、俺のことに気づいていない。

 このまま応援したい気持ちになるが、俺は声をかける。


「アルス、勉強やるぞ〜」


「げっ! シュウ! 嫌だよ。勉強なんて、俺は剣で生きていくから」

「はいはい。アナ、部屋切り替え」


【シュウの記憶を参照、精神世界を変更】


 そうすると、どこまでも広がっていた草原が、あっという間に小・中学生の頃に通っていた塾に変わった。


 そして、シュウの持っていた木剣は筆箱に、

 俺はいつもの制服の姿から、ちょっと変わって、首から“臨時講師 シュウ”と書かれたネームプレートを掛けた姿になっていた。


「じゃあ、九九の8の段」


「えっと8×1が8、8×2が16、8×3が25……」

「8×3は24」


「なあ、算数やる意味ってあるのか? そりゃある程度は必要だと思うけど、そこまで本気でやらなくても……貴族じゃあるまいし」


「覚えておいて悪いことはないだろ。さあやるぞ」

 そうして、アルスはいやいやながらも、九九の練習を再開した。


 ……確かにこの世界では、領地を管理する貴族や王族じゃない限り、勉強ができなくても問題はないかもしれない。


 だけど、俺がアルスに与えられるのは、これしかないのだ。


 時間、ステータス、誰にも奪われることのない家族の愛、他にもたくさんの物をアルスから奪ってしまった。

 こんな役に立つかも分からない知識じゃ、到底釣り合わない。


 だけど、俺が与えられるのはこれだけだ。

 だから、俺が唯一与えられるものをできるだけ与える。


 魔物がいて、盗賊も山賊もいて、他にも様々な危険があるこの世界を生き抜けるように、

 知識を、知恵を与える。


 それが自分の使命であるかのように、出来るだけ多く与える。


 そうしていると、ふと考える事がある、

 もし、論理的思考能力、地球の知識、俺の与えられるものを全て与えたら、

 俺はどうなるのだろうか? 与えることでかろうじて耐えられているこの罪悪感に、耐えきることができるのだろうか? まだそれは、誰にもわからない。


















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