第4話 真の行動原理

 異例の好景気は長くは続かなかった。熱狂的なバーチャル紙幣ブームは落ち着きつつあった。白菊は焦っていた。


「なぜ、こんなことに?こんなに早く国民は図柄をコンプリートしてしまったのか?」


「いいえ。世論調査の結果、需要があるものの出回っていない画像はかなり多いです」


「では、なぜ・・・・・・」


「出し惜しみしているからでしょうね」


 黒峰はきっぱりと答えた。初期の頃は、使ってもなくならないのだから使わないと損だとばかりに国民は積極的に人気バーチャル紙幣を使用していた。しかし、その結果多くの国民が人気紙幣を所持し、レア度が下がった。

 現在人気を博しているのは、そこそこ良いデザインとされているものの、初期の人気は二軍レベルだったデザインであったが故にあまり流通しなかったバーチャル紙幣である。


 これらを持っている人はSNSで自慢するだけで、使用せず眺めてなるべく流通させないようにした。周りの人間が欲しているものを自分だけが持っていることに喜びを感じていた。


「みんなで楽しめば良いじゃないか・・・・・・」


 白菊は落胆した。


「とはいえ、こういった方々がいらっしゃらないとどのみち国民が図柄をコンプリートしてしまえばバブルはおしまいですからね。そして、この状態は想定内です」


「では、なぜ対策をとってくれなかったんだ・・・・・・」


 取り乱す白菊を制止し、黒峰は不敵に笑った。


「総理は私がこの数ヶ月何もしていなかったとお思いで?」


「確かに、人気の図柄などの調査をしてくれていたことは感謝する」


「ええ。こちらの調査はあくまで次のフェーズの準備段階に過ぎません」


 人気の図柄を調査し、それを元に新たなデザインを発行することが目的だった。経済が活発になったので税収は増えていたので、資金は充分にあった。我が国のクリエイターを育てるという意味でもこの買い物は決して無駄ではないと黒峰は自信を持っていた。


「でも、図柄を増やしたところで同じことが起こるだけじゃないか?」


「ええ、同じような手段で流通させても、同じことすら起こらないでしょう。経済効果は見込めません。けれども、レアなバーチャル紙幣には依然として人気がある。だから、次はこの図柄を国民に売ります」


「売る?」


 白菊はムチウチにならないか心配になるくらいの角度で首をかしげた。


「そもそもこの政策は21世紀のトレーディングカードゲームを元にしたと以前お話ししましたが、21世紀にカードゲームよりも多くの人々を廃人にした魔法のような娯楽があったのですよ」


「もったいぶらないで早く教えてくれ!」


「ガチャですよ、ソーシャルゲームの」


 黒峰は不敵に笑って白菊に詳しい説明をした。単純明快かつ短時間で楽しめる娯楽、当たりが出るかどうかのギャンブルのような高揚感、何よりレアキャラクターを所持することによる他のユーザーに対する優越感にかつて多くの日本人は取り憑かれていた。


 こうして、始まったのが日本初となる国営ガチャである。新しいバーチャル紙幣の完全新作ガチャに、国民は殺到した。一万円札の図柄ガチャをひくためには二万円を払う必要がある。電子決済の手軽さゆえ、熱狂的な国民はレアを引くまで何度でも何度でもガチャを引いた。


 もちろん、すべての国民がのめり込んでいるわけではない。しかし、この需要は市場としてかなり大きな規模のものだった。この政策によって、政府は莫大な収入を得た。商業施設は国に倣って「お釣りガチャ」を始めた。



 この莫大な税収で、政府はBtoB産業を支援した。バーチャル紙幣ブームはあくまで個人の間で起こったブームである。そのため、恩恵を受けたのはBtoC産業ばかりであった。恩恵を受け損なった、かつて日本を戦後復興へと導いた技術産業への援助にありったけの予算をつぎ込んだ。国家の基盤となる産業を十分な水準まで活性化させるに十分な資金を国営ガチャは稼ぎきった。



 こうして日本は国際社会での競争力を取り戻した。景気は正のスパイラルに入ることが重要である。バーチャル紙幣という補助輪を外しても、日本経済という自転車はもう走るだけの力がある。バーチャル紙幣は特別なものから日常のものへと変わっていった。


 白菊司は史上最高の総理大臣であると多くの国民が持ち上げた。内閣支持率は類を見ない高い数値を叩きだした。今や白菊自身もバーチャル紙幣の人気デザインの図柄になっている。その裏で活躍したブレーンのことを国民は知らない。



「白菊総理、以前私は人を動かす原動力は遊び心だと言いましたね。あれは嘘です。自分は根っからのペテン師ですので」



 人は他人に対して優越感を得ることに快感を得る生き物だ。そして、何よりの楽しみはそうして他人に対して優越感を得ている真っ最中の人間が自分の掌の中であるという究極の優越感である。思惑通りにことが進んだ黒峰は内心では笑いが止まらない状態だ。

 官僚としてポーカーフェイスを貫き、家では善良な父親として振る舞う黒峰だが、長年の付き合いの白菊の前では多少素の自分が出る。日本を再建した英雄は、まるで悪役のような顔と声で笑う。



「今も昔も、人を動かす原動力は射倖心ですよ」



 官邸のシャンデリアの明かりが反射して、黒峰の尖った犬歯が光った。


fin


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行動原理 天野つばめ @tsubameamano

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