朝は来る
それから一週間くらい、朝も夜もなく寝たり寝なかったり、飲んだり食べなかったりして、不健康極まりない生活を送った
八日目の朝、午前6時頃に目が覚めた
久しぶりの朝陽は眩しくて、お腹も空いたので圭人は起き上がった
近所のコンビニで、食パンと牛乳を買ってきて食べた
どんな時でも、人間は腹が減る
そして、たっぷりとバターを塗ったトーストと冷たいミルクは、泣きたくなるくらい美味しかった
あの夜の後、彼女とは連絡が取れなくなった
完全に音信不通になった
あっけないもんだと思った
彼女の職場や家は知っていたが、そこまで押し掛ける元気もなかった
あんなに好きだったのに、顔も見たくないと思うようになった
美人はやっぱり性格がきつい…
三日ぶりにシャワーを浴びた
朝陽の中で熱いお湯を頭から浴びると、かなりスッキリした気持ちになった
溜まった洗濯物を洗濯機に突っ込んで、部屋中に散らかった缶やゴミを片付けた
小春日和の快晴のベランダに洗濯物を干し終わると、カレンダーに目をやる
今日は月曜日か…
シャツとジャケットに着替えて、圭人はハローワークへ向かった
面談した職員が言うには、やはり圭人の勤めていた会社は潰れたらしい
3ヶ月は手当てが支給されるが、充分な額ではないし、その他の保障は何もないということだった
次の仕事の話も聞かれたが、このご時世なので、希望通りの仕事を見つけることは難しく、求人自体少ないとご理解下さいと言われた
周りを見渡すと、疲れきった顔の中高年や覇気のない若者たちで埋め尽くされていて、圭人は早々にその場から離れて外に出た
とりあえず、2ヶ月ぐらいは生き延びることができる
実家に帰るという選択はしたくない
近頃、おばあちゃんに認知症の症状が出ているらしく、父親もフリーターの弟も困っているようだった
そんなところに、自分が無職で転がりこむなんて…
会社が倒産したことを話すこともはばかられるくらいだ
とにかく、仕事を探さなければいけない
失業手当てで、当面の家賃と生活費はギリギリ節約すれば何とかなる
まだ若いし、どうにかなるだろう…
どうにもならずに2ヶ月が過ぎた
世間はもう師走になり、あわただしい年の暮れだ
冬の寒さが、よりいっそう圭人の身に染みた
同じような営業職の会社を探し、何社か面接に行ったけれども、どこも不景気なうえに、圭人の転職理由の縁起が悪いせいなのか、採用はされなかった
他の仕事も考えたが、やはり正社員として働きたい
職種を選ばなければ、採用されるかもしれないが、需要が多い介護職や清掃の仕事はできそうにないし、やりたいとも思えなかった
そもそも、自分の身内のおばあちゃんの世話でさえしたくないのに、他人の世話なんてまず無理だ
ハローワークの帰り道、圭人はベンチに座ったまま途方に暮れていた
ふと、隣のベンチを見ると、さっきまで座っていた中年サラリーマンが読んでいた雑誌が残されていた
捨てていったのだろう
何となく立ち上がって手に取ってページをめくった
白黒の見出しが目に入る
「女性用風俗の実態」
女性用風俗?男性の風俗みたいなサービスかな?記事によると、セラピストと呼ばれる若い男が女性に性的なサービスをするらしいが、対男性のものとは少し違うようだ
そんなことして、金がもらえるなんて嘘くさい話だと思ったが、記事の下の方にセラピスト募集の広告を見つけた
経験不問、清潔感とヤル気があれば誰でもなれる、と書いてある
圭人は今、藁にもすがりたい思いだった
もう、どうせ失うものなんて何もない
しばらく彼女はできそうにない、いや、つくる気はない
女なんて信じられない
もう人を好きになることもないかもしれない
得体の知れない覚悟が、圭人の中からわき上がってきた
死ぬよりはマシだ、いや、女にサービスして金がもらえるならそんないい話はない
圭人は、雑誌に載っている連絡先を携帯で調べると、求人ページに入力を始めた
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