ヒーリングラブ
NADA
明日は我が身
死にたくなったって、簡単には死ねない
ここは、日本だから銃を容易に手にすることはできない
お父さんの書斎の引き出しには、入ってるのは銃ではなく、怪しいDVDくらいだ
首を吊るのは苦しそうだ
一瞬じゃないだろうし
我が家の天井はそんなに丈夫そうじゃない
刃物は持っただけで、足が宙に浮いた感じがする
怖くて無理
飛び降りようにも、場所を考えると人様に迷惑でしかない
電車に飛び込むのも然り
本当に、死ぬ勇気があるなら何でもできる気がする
圭人はため息をついた
でも何もしたくない…
まだ22才の前途有望な若者は、背中を丸めて、駅を出たところにある小さな噴水のある広場のベンチに浅く腰かけていた
その表情からは、何も読み取れない
携帯を弄りながら、イヤホンをして目線はうつろだ
どこにでもいそうな青年、細い足をして、マスクの下の顔色は少し不健康そうな白い肌
たくさんの人が圭人の前を行き交っていくが、圭人はこの世にひとりぼっちの気分だった
結局、自分には何もない
頑張ったって、最初から何でも持ってる奴等には敵わない
小さな穴が開いただけで、そこからひび割れてあっという間に崩れ落ちる
自分にはまだ、実家があるから帰る場所、すなわち住むところはある
親の家がなかったら、危うくホームレスになるところだ
順調な時には気づかなかったけど、人生堕ち始めたら、止めどなく堕ちていく
もともと、ついてない人生だったか…
圭人はもう一度深く、ため息をついた
圭人のお母さんは、圭人がまだ2、3才の頃に病死していた
記憶にもほとんど残っていない
後から見た写真でしか知らない
生まれたばかりの弟と、父親の三人で暮らしていた
カップラーメンばかり食べて育った
父方のおばあちゃんは、あまり料理が上手ではなく、おばあちゃんの作るごはんより、コンビニで買ったものやファーストフードのが好きだった
それでも時が経ち、何とか成長して、高校を卒業して専門学校へいき、社会人となった
一般企業の営業職に就いて、家を出て一人暮らしをした
知り合いの紹介で出会った美人の彼女もできた
仕事も若さと体力で頑張って、かなりの営業成績を叩き出した
広くはないが、小綺麗なアパートの一室で、彼女と夕食を食べながら、ささやかな未来を夢見たりした
まだ頼りない自分が一生懸命作り上げた砂の城
それでも、コツコツ努力していつかは家、ホーム、帰る場所、そういうものを手にしたいと思っていた
2ヶ月前の朝、会社へ行くと会社が無くなっていた
正確には、オフィスはあったけど会社は倒産していた
入社して二年目の圭人は、すぐに先輩社員の同僚に連絡した
電話に出た先輩の同僚は、どうやら何か知っていたようで、諦めろ、他の仕事を探せ、自分はもう数ヶ月前から転職先を探していた、と悟ったような口調で話した
詳しいことは言えないが、もうこの会社はダメだ
お前はまだ若いから大丈夫だ、と電話は切れた
何がなんだかわからなかったが、とにかく会社関連の連絡先に手当たり次第電話をしてみた
しかし、先輩の言った通り拉致が明かない状態でどうすることもできなかった
その足でハローワークへ行き、事情を話して、手続きをしてその日は帰った
その夜彼女に話をしたら、あっさりと別れたい、と言われた
え?ちょっと待ってよ、そんな急に?
困惑した圭人を一瞥すると、今までありがとう、楽しかったと、とりつく島もなくさっさと部屋を出ていってしまった
付き合い始めて7ヶ月、先月の彼女の誕生日には、ボーナスを全部つぎ込んで彼女が欲しがっていたブランドバッグをプレゼントした
毎月の生活費と、デート代や彼女の分の食事代も全部、圭人が払っていたので貯金はゼロだ
彼女が喜んでくれるならと、無理して高めのお店に行ったりして、生活はカツカツだったが、圭人はそれでよかった
よかったのに…好きだったから
俺はただのATMだったのか
俺じゃなくてもよかったんだ
普段なら缶ビール1本で酔っぱらってしまう圭人が、その夜は3本あけて記憶がとんだまま眠りについた
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