第2話
「振られた!!」
「で、傷心カラオケと」
「話が早くて助かる!」
はーあ、と大袈裟にため息をつかれる。マイクに近いのか滅茶苦茶うるさい。距離を考えろ距離を。
振られた当日のわりに飄々とした態度だが、落ち込んでるのは伝わってきた。分かりやすいやつめ。まぁ、酷なことを言えば結果は最初からわかりきったものではあったのだから当然だろう。渡辺さんと言ったら才色兼備のスーパーガール、学年でも有名な高嶺の花子さんなのだから。
なんで自分が仲良いのかも不思議なくらい。
「……」
カラオケは好きだった。音楽の授業などは決して得意ではなかったが自分の好きな曲を好き勝手に歌えて、かつ部屋料金もさほど高くないあの閉鎖空間が好きだ。一緒に行く友達がいないので一人でよく来ていたものだったが。とはいえ僻みではなく、一人は一人で全然楽しいから、それでいい。
「勝手に一人で行きなよ」
冷たく突き放すと、えーとかうーとか唸り声が電話越しに聞こえてきた。いやうるさ。フルシカト。これもいつものこと。
第一私は歌が上手いわけじゃないのだ。好きな曲を歌って全国平均を超えたことはほぼない。好きだから得意とは限らないのがこの世界。もとよりそういう歌の上手さを競いたくてカラオケに来てるわけじゃない。それに傷心とか絶対に面倒に違いない。今でさえいつこの電話切ろうか考えてるところなのに。だるだるだるだるダルメシアン。電話越しで伝わるわけないのに頭を抱えたくなった。
こやつは一回心が折れると立ち直るのに異常に時間がかかるので困る。同じことで何度も何度も落ち込むので慰め甲斐がない。一周回って落ち込むプロと呼びたいものだ。しかもそれが表にでないのだから、尚更私がその分裏で頑張らなければならない羽目になるのだ。厄介だ。
というか、よく考えたらそもそもなんでこんな頑張って相手してるんだろう。
ふっと頭に浮かんだ疑問は次の質問で霧散した。
「ねーそっちは好きな人いないの」
「はい?」
一瞬思考が停止する。
なんでそうなる。
「好きな人いた方が絶対にいいよ、人生めっちゃ楽しいし学校行くの楽しくなるもん。あと鈴木から好きな人の話とか聞きたい。絶対面白い」
話がだいぶ飛躍している。
「あっそう」
「あっそうじゃない」
「ごめんて」
「俺だけ不利じゃん」
「勝ち負けとかないもん」
随分淡白な返事になってしまったな、と我ながら思ったがそれが正直な感想だった。恋愛。無縁だしこうやって話を聞いてる今も微塵も興味が湧かない。客観的に楽しそうだとは思うが、ただでさえ友達が少ないのに恋愛のこと考える精神的余裕なんてない。
恋は疲れる。
それは、知ってる。
「俺さーめっちゃ鈴木と話すの好きなんよねーほんとにお気に入り」
「お気に入りってめっちゃ上からじゃん」
偉くなったもんだな、と続けるとまた笑い声が聞こえた。彼の笑い声が好きだった。教室でもよく聞く。よく通る声をしていて、心底人生楽しそうに笑ってる。
羨ましかった。私よりずっとずっと、生きるのが上手そうで羨ましかった。
とか、少し前までは思っていたものだったのだが。
「鈴木」
「なに」
「大人になったら酒飲みに行こう。絶対楽しいから」
「きみ早生まれじゃん」
「じゃあ飲めるまで待ってて」
「半年くらい禁酒しなきゃになるんだけど」
無茶なことを言う。無茶振りはよくされるがほとんど叶えたことがないからお互い様だろう。軽口だけでぎりぎり会話が成立しているのだ。
「とりあえずのも」
「飲める年齢になる前に誘うよ」
「やだ」
「それでジュース飲ませる」
また笑い声が聞こえた。今日は機嫌が良さそう。なんとなくそう思った。
「ずるいってば」
成人とか、まだまだ先のことだから全然考えられない。大学生になった自分も思い描くことができないのに。将来の夢とか、行きたい学部とか、その前にちゃんと考えないといけないことがたくさんあって。
でもこうやって気を抜いた会話をしている間だけは、大人になるのも悪いことじゃないって思えるような気がした。
「ねね」
酒の話題に一区切りついたところで声を掛ける。
「なに?」
「面白い話して」
「うわ負けた」
悔しそう。よし。
面白い話して、と声をかけられた方が面白い話をしなければならないという謎ルール。いつ成立したのかは不明だが今のところ連勝中だった。こういうのは言い出しっぺが勝つものだ。しめしめ。
適当なやりとりが続く。お互いに頭を働かせてないので、中身がないのが常だった。どこにも記録されない、日を跨いだら忘れてしまうような他愛のない話。
じゃあね、でまた会話が終わる。どうせまた明日話すのだ、と信じて疑うこともないまま、消灯。
「酒飲む約束したじゃん」
「んね」
ふふっと彼は目を細めて笑った。この控えめな笑い方も、よくする。知ってる。生前の、変わらない彼だ。
そんな昔の約束を、果たして本当に覚えているのだろうか。
これは、私が作り出した幻影なのだろう。夢だとわかってしまえばなんてことなかった。見覚えのないこの異空間も生きてるはずがない彼が目の前にいることにも全てに説明がつく。というか、そっちの方が合理的だった。
だからといって。
だからといって納得できるなんてこともなく。
「なんでよ」
「うん」
「飲めないじゃん」
「うん」
「約束したのに」
「うん」
彼は黙って頷いていた。ずるい。これじゃ私が一人で怒ってるみたいになる。顔が見れなくて、どんな表情をしているのかもわからなかった。これが私が作り出した夢の世界なら、私が望んだような受け答えしかできないのは当然のことで、だからこそ悔しかった。
何が悔しいのか、自分でもわからなかった。
夢。どうせこれも夢なのか。ここで話したことなんて、何一つ本当のことじゃない。そうだとするなら、何も意味なんてない。ここで起きていること、話したことも全部私が一人で勝手に考えていることになる。それに。
現実で、彼と話すことは二度とないのだから。
「それならずっと夢にいればいい」
気づけば声に出てた。聞こえただろうか。シン、と沈黙が辺りを包んだ。なんの音も聞こえない。私も彼も黙っていた。何も言いたくなかった。声をかけられたくなかった。ここは私の夢なのだから。全部私の意思なのだから。
何もないまま、数秒、数分が過ぎる。時間の感覚はわからない。重苦しい空気の中で、先に口火を切ったのはやはり彼の方だった。
「鈴木」
呼ばれた。私の苗字は鈴木。そうだ。呼ばれたので、仕方なく顔をあげる。正直見られたくなかった。ひどい顔をしているに違いなかった。
「……何」
「言いたいことがたくさんある」
「……」
「とりあえず起きてほしいから、きた」
「……やだ」
「やだは俺の特権じゃん」
「やだ」
「やだ返せ」
「やだ」
「うるさい」
怒られた。理不尽がすぎる。なんだこの会話。テンポの速い、脊髄反射だけで成立しているような会話。まるで変わらないじゃないか。
何も、変わってない。
「……ひどい悪夢だ」
こんな優しい夢を見るくらいなら寝なきゃよかったのに。
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