第7話 酒場暴動の終幕


「――精霊よ、我が手に力をッ!! 【炎矢ファイア・アロー】ッ!!」

 

「……んなっ!?」 


 禿男が、咄嗟に俺を離してガードの構えを取る。

 呆気にとられる俺の背後から聞こえてくるのは、轟音だった。

 

 ゴゥゴゥゴゥ。

 激しい音を鳴り響かせながら、テーブルを巻き込み、食器を粉々に打ち砕いて、一閃の火矢がぶっ飛んでいく。

 やがてそれは禿男に……当たることなく、直角に曲がって天井をぶち抜いて天に登っていった。

 

 ……なんだ、今の。

 辺りが騒然となる。


「……なんだ、今の威力」

「初級魔法のファイアアローで……今のを……?」

「ただものじゃねぇ。……誰だ?」

 

 誰がやったのか。

 そんなの、決まりきっていた。 

 

 胸を張りながら、赤髪の少女が一歩前に出て、禿男に向かって指をさす。


「次は外さないわ。……それで、誰が雑魚ですって……?」


 せ、セリナさぁあぁああぁあああん!

 感極まって、そう叫びたい気分だった。 

 

 なんだ、なんだよおい。この人……めちゃくちゃ強いじゃねぇか!

 これなら、全然俺たちにもワンチャンあるじゃん!


「いよっしゃあ! セリナさん、やってやりましょう! こんな禿頭、セリナさんのファイアアローでいちころ――」

 

 興奮する俺の背に、突如として「何しとんじゃテメェらぁっぁあぁああ!!」と豪傑な男の声が投げかけられる。

 誰かが「げっ」と残念そうに口にした。


「折角面白ぇとこだったのに!」

「ラットゥルさんが帰ってきやがった!」

 

「……ラットゥル、さん?」

 

 酒場の入口の方に、紙袋を大量に抱え込む老人が一人立っている。

 老人だ。確かに老人なのだが……レベルが違う。

 

 禿男がいわゆる序盤に出てくる噛ませ犬的なキャラだとするなら、この老人はいわゆる――ラスボス的な、そんな迫力がる。

 老人が、こちらを見て「ぁあ?」と凄んだ。

 

「ひ、ひぃ……っ!」

 悲鳴とともに、更にズボンに染みができていくのを感じる。おいおいやめてくれまじで。……もう人としての尊厳がめちゃくちゃだ。 


 いつの間にか、Cランクの禿男が「あ、っべ!? ち、違うんすよラットゥルさん!」と言って地面に頭を擦り付けていた。 


 ……やっぱり、俺の見立ては間違ったいなかったようだ。

 禿男が完全に借りてきた猫になっている……。

 あの老人は、つまり相当やばい人だ。


 なんだ? この異世界で言うヤクザ的な? もしくは冒険者達のリーダー? ギルマスみたいな?

 

 思っていると、老人は酒場を見渡してケッと笑った。

 

「なぁおい、お前ら。……もちろん、修繕費はあるんだろうな? ……暴れたのは許してやるよ。それが冒険者の醍醐味ってもんだ。もっとやれ。だがなぁ……俺の店を傷つけた責任は、きっちりと払ってもらうぜ?」

「……え?」

 

 ああ、なるほど。そうか。

 ……この人、この酒場の店主さんか。


 確かに、酒場の名前は【ラットゥルの酒場】だった気がする。

 

 そんでもって……。


 穴の空いた天井。

 真っ二つになったテーブル。

 粉々に割れている皿の山。


 ……開いた口が塞がらなかった。

 これ、一体いくらになるんだ……?

 

 セリナさんが、ぶんぶんと首を横に振る。


「ち、違うの! あそこの禿頭が、急に喧嘩売ってきて!」

 

 すると、禿男が「はぁ!?」と驚愕の顔を浮かべた。


「テメェらが暴れまくったんだろうが! 俺が壊したのはテーブル一台だけだ!」

 

 ガミガミ、ガミガミ。

 禿男とセリナさんが、また喧嘩し始める。 


 が、しかし。

 

「つまり責任は取れねぇってことかい。分かった、んじゃあ……お前らまとめて店から出てけッ!! 一生来るんじゃねぇッ!! 責任も背負えねぇ半端もんのガキ共が、酒に溺れるなんざ百年早えんだよッ!!」 


 首根っこを掴まれ、セリナさんと禿男が店からつまみ出される。というかふっとばされる。

 どんがらがっしゃーん。外から、痛々しい音が聞こえてきた。

 

 俺はといえば……。

 なんか知らんけど許された。

 

 もしかして、被害者……と思われていたのだろうか。

 ならばありがたい。このまま俺はなんとかやり過ごして、こっそりと店を出ていくとしよう。……金? 無一文なのだから食い逃げするしかない。

 払うとか豪語していたセリナさんが追い出されたのだ。どうしようもないだろう。

 

 というわけで、俺は息を潜めてこのまま時が流れるのを……。

 

「おいラットゥル、そこの被害者ぶってるガキも暴れてたぜ!!」

 

 ……うぉぉおおおおい、何言ってくれとんじゃぁぁあああい!!

 チクりやがった冒険者の方を睨みつける。そんな俺に、ラットゥルと呼ばれたおっさんは「おい、テメェ……」と声をかけた。


「……あ、はい」

 

 あー、終わった。終わっちゃった。

 どうぞ掴んでくださいとでも言わんばかりに、老人に向かって首根っこを差し出す。


 そんな俺に、彼は突拍子もなく訊いてみせた。

 

「お前……名前は?」

「……え?」

 

 ……名前? 

 もしかして、請求書とか書かされたりする? じゃなきゃ、なんで名前なんて……。

 でも、あれだよな。答えないと、多分ひどい目に合う。ゴクリと息を呑んで、俺は答えた。 

 

「ナギですが……」と。

 

 瞬間、老人は驚いたように目を見開た。


「同じ名前か……」

 なんだか意味ありげに、彼は呟く。

 

 同じ名前? あれか、もしかして俺を誰かと間違えている?

 ……もし彼がこの世界の知人やら何やらを思い浮かべているのだとしたら、それはきっと人違いだろう。なにせ俺は異世界から来たのだ。

 

 予想通り、老人は俺の体を見回して首を振った。

 

「いんや、こんなひょろくさくもなかったはずだ……。勘違いだな。よしっ」

 

 老人は袖をまくると、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 やっぱり、人違いだったらしい。 


 というわけで。

 俺は抵抗することもなく、「どうぞ」と首根っこを差し出した。

 

 老人は「うむ」と首根っこを掴むと、俺を軽々と持ち上げる。

 そんでもって。 


「出てけッ!! 一生来るんじゃねぇッ!!」

「すみませんでしたぁあぁっぁああ!!」

 

 体が宙を舞い、ボールみたくぽ~んと俺は飛んでいく。

 急速に、ドアが視界に近づく。


「いってらっしゃ~い! 【〈豪腕〉殺しライダー・キラー】!」 

 ドアノブに手をかけた冒険者が、ぶつかる直前にタイミングよくドアを開けた。

  

 どんがらがっしゃーん。

 店前にあるゴミ捨て場にダイブする。

 

 背後から、ドアがバタンッと閉まる無情な音だけが聞こえてきた。


「ギャハハ! 今日だけで追放者が三人もだ!」

「しかも、威張ってて邪魔くさかったライダーさんも消えたぜ!」

「あのガキと【暴力姫】に感謝だ!」

「【〈豪腕〉殺しライダー・キラー】、間違いねぇッ!!」


 店内から、うっすらと笑い声が聞こえてくる。

 

 ……あいつらは、笑ってないと気がすまないのか。

 

「ったく。まじで、いって……」 

 顔を歪ませ、痛む腰を擦って立ち上がった。すると、またも懐かしい声が聞こえてきた。

 

「――テメェのせいだ!」

「――あんたのせいよっ!」


 セリナさんと禿男が喧嘩していたのだ。

 ……こりねぇ~、この人達。呆れとともに失笑する。冒険者という生き物は、皆往々にして短気で傲慢なのだろうか。

  

 禿男が、唾を散らして吠える。

 

「雑魚が……覚えとけよ……ッ!! テメェのせいで、一番美味え酒が飲めなくなっちまった!」

「あなたこそ覚えてなさい。……私が雑魚じゃないって、すぐに分からせてあげるわ。オークキングだって、倒してやるわよ!」

「あっそう。だったらやってみせろよ。……どうせ、口だけで出来ねぇだろうがな! ヘッ!!」

 

 鼻で笑って、禿男が背を向けて去っていく。

 メインストリートに出た彼が、道行く人にぶつかりまくっては「ぁあ? 何ぶつかってんだよ!」とキレ散らかすその姿は、まさしく【豪腕】って感じだった。怖えな、やっぱ。

 

 それで……。

 禿男の去っていった方向を未だに威嚇し続けているセリナさんに、僕はため息とともに声をかける。

 

「……これからどうするんですか、セリナさん」

「セリナでいいわ。……そんなことより、貴方、どうせパーティーを組む相手とかいないでしょう?」


 むっ、と顔をしかめる。 

 なんだ、この「あんたどうせぼっちで童貞でしょ?」みたいなリアルのギャルの決めつけみたいな偏見に満ち溢れたセリフは……。

 

「まあ、いないですけど……」

「だったら、私と組みなさい。それで、証明してやるのよ。……私とあなただって、オークキングを倒せるって。あの禿頭が悔しそうにハンカチを噛み締めている姿が、今にも想像できるわ!」

「そうですか。それはいいんですけど」


 というか、俺としてもオークキングを倒すという目標を志す仲間を見つけられてラッキーだ。

 しかも、彼女はあの超高火力ファイアーボールの使い手。これほど頼もしい仲間はない。

 

 それでも……。

  

 ぐたり。

 俺に体を預け、がばっと抱きついてくるセリナさんに、俺は平静を装って訊く。

 

「……なんで、抱きついてくるんですか」

 

 俺はここで彼女が抱きついてくることを嬉しがるべきなのだろう、本来は。

 胸も当たっているし、全身がマシュマロみたいに柔らかいし、いい匂いもする。はっきりいって最高だ。

 

 だがしかし。

 俺にはとある一つの可能性が見え隠れしていて、全然それらを楽しめる気にはなれなかった。

 

 もしかして、だけど。

 この人――

 

「当たり前じゃない。私は、魔法を一発撃ったら動けなくなるのよ。分かったら、宿まで私を運びなさい」

 

 ――威力が高い魔法を使える代わりに、MP量が終わってるタイプのキャラクターだ……。

 

 ……顔が引きつった。

 ああ、そうか。点と点が、線になって結ばれていく。 


 彼女が、あれほどの魔法を使えるというのにパーティーを追放されまくっている理由。

 なぜか、「魔道士のくせに魔法を使えない雑魚」という悪評が広まっている理由。

 

 絶対に、これだ……。

 だって、誰が雇うだろうか。一発しか撃てない魔法使いとか。それこそ、ボス戦とかでしか使い道がないじゃねぇかッ!!


「……あ。ボス戦……」

 

 ふいに、声が漏れていた。

 目を見開く。

 

 ――BOSS【オークキング】の討伐。 


「……むしろ、アリなのか?」


 なんとなく。

 突如として、絶望の中に光が差し込んだ、ような気がした。


「それじゃあ、宿に行きましょうか」

「ぇえ……頼むわ。……私は、ちょっと寝るから……」

 

 華奢な少女をおんぶする感覚を味わいながら、心を弾ませスキップで宿へと向かう俺だった。

 

「って……宿ってどこにあるんだよ!?」

 

 それから俺が近場の宿を探し出すまで、大体1時間はかかったのだとか。

 

 経過時間――7時間。

 残り時間――2日と17時間。

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