第6話 気づいてたらぶん殴ってたってやつ。


 ……なんだこれ。

 困惑する俺に向かって、男は更にまくし立てた。


「見るからに雑魚そうなこの男と【暴力姫】がだぜ? おいおい、冗談はよせっての!! 笑いすぎて、腹が痛くてたまらねぇよ! なんだ? 田舎から出てきて、夢見ちゃったのかい、なぁ、僕?」


 ギャハハと、冒険者たちが一斉に笑う。

 セリナさんが、苛立ったような顔でこちらを見ていた。


「あんたのせいよ」

 みたいな面倒臭そうな視線を、ちらちらとこちらに向けている。 


 ……と言われてましても、どうすればいいのやら。

 こういう人、話通じなさそうだしな。

 

「あはは」

 なんてお得意の作り笑みを浮かべながら、俺は禿男に向かって首を横に振りながら両手を振る。


 仕方ない。

 ここは、俺が一肌脱いでやろう。

 

 見せてやろうじゃないか、このいきり立った冒険者に。

 あまりにも臆病な俺だからこそできる……この圧倒的三下ムーブを。

 

「いや、違うんですよ。僕の知り合いの娘がさらわれたって話で、詳細がただ気になっただけでして……。本当、僕みたいな雑魚が倒すなんて滅相もない! あははは! 流石は冒険者のお方だ! 冗談がお上手で、面白い!! 面白くて、たまらないっ! アーハッハッハ!」


「面白い! 面白い!」豪快に笑いながら、俺はわざとらしく手を叩く。

 

 すると、禿男は「あ?」と呆けた顔で首を傾げた。

 つまらなさそうにポリポリと頭を掻いて、「んだよ」とぼやく。


「興ざめだ。まあ、よく考えりゃそりゃそうだよな。こいつと【暴力姫】じゃ、勝てるような相手じゃねぇ。そもそも、雑魚で魔道士のくせにろくに魔法を使えない【暴力姫】がオークキングとか……笑わせんなって話だしなぁ! ガハハ!」

 

 謝りもせず、背を向けて席に戻っていく禿男。

 まあ、なんだ。上手くやり込められたらしい。ほっと、胸を撫で下ろす。 


 対面に向き直って、セリナさんの方を向いた。

 がしかし。


「……え?」

 

 おらんかった。セリナさんが、いなかったのだ。


「……なんで?」

 

 困惑する俺の後方で、「あんたねぇッ!!」と苛立ったような声が聞こえてくる。

 顔が引きつった。嘘だろおい……やめろよまじで。折角、丸く収まったんだからさぁ!?


「言わせておけば、なに? ……私が雑魚だって言ったわけ? そもそも、魔道士のくせに魔法を使えないって……一体誰から聞いたのよそんな嘘っぱちッ!!」

 

「あ? んだテメェ。……なんだ、その態度。まさか、Cランク冒険者の俺に喧嘩売ろうってのか? ぁあ?」

 

 禿男の怒りに満ち溢れた顔を見て、「ひぃ」と情けない声が漏れていた。

 やばい、やばいやつだ。殺される。間違いなく、殺す気の顔してるっ!

 

 慌てて、俺は立ち上がっていた。

 

「ちょ、ちょちょちょぉぉおおい! セリナさん、落ち着いて! ほら、お酒を飲みましょう! お酒を飲んだら全部忘れられますから!」


「ぶしゃいくなぎは、らまってなしゃいッ!!」

 

 振り返ったセリナさんの顔は、真っ赤だった。目がとろんとしていて、心ここにあらずといった感じだ。

 べろんべろんに酔ってる……酔ってるからこそのこれだったんだ……。 


 セリナさんは禿男に向かって、ビシッと指をさす。


「Cランクだから何? あんたこそ、数年間Bランクに上がれてない頭打ちの雑魚じゃない!」

「ぁあ? テメェ、あんま調子乗ってんじゃねぇぞ」 


 禿男が、テーブルに軽く拳を叩きつける。

 瞬間、ズガァァアンという轟音とともに、テーブルが粉々に砕け散った。

 

 脳裏に、僕の体が禿男に殴られてぶちゅっと潰れる未来が見える。 

 ……やばい、勝てるわけないって。というか、怖すぎてちびりそうだ……。 


 辺りの冒険者が、ギャハハと一斉に笑う。


「ヒュゥ~~! 流石、Cランク冒険者――【豪腕】のライダー様だぜぇッ!!」

「これだよこれ、この豪腕! 一発で何もかもを粉砕する豪腕!」

「Cランクってのは伊達じゃねぇ!」 


 結構有名な冒険者らしい。

 ……なんで、あの人はこんなヤバそうな人に一々突っかかってんだよ!?

 

 ガルルルゥゥゥ、と臆すことなく威嚇し続けているセリナさんの脇に、背後からコンセントみたいに腕を差し込む。

 そのまま抱きかかえて、ずりずりと引きずって後方に下がった。


「あはは! これも彼女なりの冗談でして、本気で言っている訳ではありませんから! あまりお怒りにならないでください……! 彼女は、あなたのように冗談が得意ではないんですよ……アーハッハッハ!!」

 

 禿男をなだめつつ、セリナさんの耳元で囁く。


「やめましょうって……絶対にヤバい人ですよ、あれ。今はぐっと堪えて……あとで愚痴は僕が沢山聞きますから。今は、冗談ってことにすれば流してもらえるはず――」


「――冗談なんかじゃ、ないわよ」


「……え?」

 

 ぷるぷると、密着した体から震えが伝わってきた。

 怯えている? 違う。悔しそうに、彼女は涙を噛み締めていた。


「……あ」と声が漏れていた。

 

 目を見開く。

 不意に思い出していたのは、つい先程のことだった。


「――分かってるのよ、私だって。でも、仕方ないじゃない」

「――誰に笑われてもいいのよ。私は……最高の冒険者になるんだから」


 彼女の口にした何気ない一言一言が、脳内でぐるぐると回りだす。

 

 セリナさんは俺の拘束を振りほどくと、禿男に向ってガミガミとまた怒声を飛ばした。


「雑魚だから、何よ……。あんた達に何の関係があるのよ……。笑われる筋合いなんてないわ! 良い……覚えておきなさい。そうやって笑っている間に、私は、絶対に……あんた達を追い越して。……最高の冒険者に、なってやるんだからっ!!」


「ああそうかよ! だったら――ッ!!」

 禿男が、苛立ったようにニッと笑った。殺気。溢れ出る殺気を、なんとなく感じ取る。 


 ……めちゃくちゃ怒ってる。やっちゃった。馬鹿だ、本当にあの人……馬鹿すぎる。

 禿男は勢いよく腕を振りかぶると、小穢い笑みを浮かべた。


「――だったら、テメェが無理だって理解できるまで、その体に教えてやるよッ!!」

 

 怒号。喧騒。

 小穢い冒険者達の笑い声が、鼓膜を揺さぶった。


「やっちまえ!」

「そのうるせぇ身の程知らずの女を黙らせろ!」

「ずっとムカついてたんだ、その女の傲慢な態度に!!」

「ほら、やっちまえ!!」

 

 セリナさんが、怯えたようにギュッと目を瞑る。

 ……本当、馬鹿だろ。怖いくせに。本当はめちゃくちゃビビってるくせに、あんな強気なことばっか言って。怖いなら、最初からやるなよ。……ああ、馬鹿だ。

 

 ……本当、本当――


「――馬鹿すぎるだろ、アンタも、俺も……」 


 ズガンッ!!

 そんな、痛々しい音が酒場中に響き渡った。 


 辺りが、一斉に静まり返る。

 困惑、好奇心、呆れ、あらゆるざわめきが、少しずつ耳に聞こえてきた。 


 手の中には、真っ二つに折れたテーブルが握られていて。

 そして目の前には、デコから血を流して、苛立ったように顔を真赤に沸騰させる禿男がいた。

 

 誰かが、口にした。


「――あいつ、やりやがった……」と。「テーブルで、ライダーさんのことぶん殴りやがった……」

 

 禿男が、首をポキポキと鳴らして俺の胸ぐらをガッと掴んだ。

 俺を見下ろして、彼はニッと笑う。


「お前それ……殺されても良いってことだよな?」


 俺は、クソみたいにビビリながら、お得意の作り笑みを浮かべた。

 

「いやはや、あはは! ……すみません、これも僕なりの冗談のつもりなんですが……僕も結構、冗談が下手な方でして……。許してくれますかね?」

「許すわけ、ねぇだろうがぁぁあぁぁあ!!」

「ですよねぇえぇえぇええ!?」


 男の振るった拳が、とんでもない速度で俺の視界を埋め尽くす。

 ……死んだ。絶対死んだ。テーブルよりも強度がないような僕の体だ。……粉々になって、死んだ。

 

 あ、やばい。

 ちょっと漏れた――ッ!!

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