第5話 【暴力姫】


「らいたいねぇ、なんでわらひじゃらめなのよ~~~~ッ!!」

「そうれすよ! こんらにも可愛いのに!」

「あら、なぎはぶしゃいくだけどよく分かってるじゃない! くひっ」

「ぇえ、そうれすとも! セリナさんは可愛いれすよ~! そして、僕ももちろんぶさいくで……って、は? ぶさいく……?」


 北方のメインストリートにあるという、「異世界っぽい」を究極まで突き詰めた酒場【ラットゥルの酒場】。

 

 ウェイトレスはどれも美人で、もふもふお耳と尻尾を生やした可愛い女の子もいた。つまり獣人だ。

 ものすごい異世界って感じがする。こう、俺も叫んでみたいな。「異世界キタァァァァア!!」って。まあ、叫ばんけど。人の目気になるし。

 

 何よりも、この酒場の雰囲気というか。

 ムキムキでイカレた兵士や冒険者っぽい人たちが「うぉらぁぁああ!!」って酒をラッパ飲みして暴れまくっている姿は、まさしくって感じだった。


 そんなまさしくな酒場に、僕と凶暴で暴力的な赤髪の彼女はいた。

 セリナ・アルフォード。それが彼女の名前なんだとか。

 

「パーティーからもおいらされて、大切な指輪も盗まれて……もう、さいあくよっ!」

「そんら日もありましゅ! ほら、飲んで、お酒をのんでわすれましょう!」

「ぇえ、そうするわ!」

 

 お互いに嫌なことを忘れるように、がぶがぶと酒を飲みまくる。

 すでに、空のグラスが机の上に8つほど散らばっていた。


 グラスを一杯一気飲みしたセリナさんは、「ぅぷっ……」と青ざめた顔で机に突っ伏する。

 どうやら限界らしい。しかし、「うがあぁああ!」と猛獣のような叫び声を上げながら急にまた酒を浴び始めた。 


 彼女は【冒険者】、なんだとか。

 ただ、それも存外上手く行っていないらしく。あらゆるパーティーに入れてもらっては、追放されまくってを繰り返しているらしい。今朝も、追放されたばかりだったという話だ。

 

 今も、耳をすませば辺りから聞こえてくるひそひそ声……。

 

「おい見ろよ、あそこにいるのあれ、【暴力姫】じゃねぇか?」

「って、あれだよな。雑魚のくせに、追放するって言ったら怒って暴れまくるっていう……」

「見た目は可愛いんだがな、随分厄介だって話さ」

「向かいにいるひょろくせぇガキはなんだ……?」

「噂を知らねぇ初心者冒険者を引っ掛けて遊んでんだろ」

 

 ……これ、全部セリナさんの噂である。

 ただまあ、俺も正直彼らの意見に賛成だ。だって、他にいるだろうか。初対面なのにここまで怒鳴ってくる人。しかも、


「――私はね、今最高にイライラしてるのよッ!! どうでもいいから、一発殴らせなさいッ!!」


 とかいって殴られかけたし。

 とはいえ……。 

 

「一発分からせてやったらどうだ?」

「雑魚のくせにイキがってんだろ? 一回、ガツンとやってやったほうがいい」

「へへっ。雑魚でも見た目が可愛けりゃ、良いおもちゃになるもんなぁ?」

「「「ギャハハハハ!」」」


 ……流石に、そこまで言うのは可哀想だと思うんだけど。

 うるさい冒険者たちに、ギロリと睨みつけるように鋭い視線を向けてやる。しかし、「ぁあ?」と凄まれてすぐに「あはは。なんでもないっす、まじで……」と首を戻した。

 ……怖え。やべぇ、あれが冒険者か。喧嘩とか売ってみろ……殺されちまうぞ、俺。

 

 セリナさんは、机の上に組んだ両腕に顎を乗っけて、口先を尖らせて目に涙を滲ませている。

 そして、震えた声で言ってみせた。


「……分かってるのよ、私だって。でも、仕方ないじゃない。『性処理係としてなら雇ってやる』って言われて追放されたら……そりゃ誰だってキレるわよ……」

「冒険者、やめようとか思わないんですか?」

「うるっさいわね。……誰に笑われてもいいのよ。私は……最高の冒険者になるんだから」 


 まあ、彼女も彼女で色々あるんだろう。

 盗まれた指輪も、許嫁から貰ったものだったらしい。俺としては、許嫁おるんかいっていう驚きの方が強かったわけだが。まあ、異世界じゃあ普通なのかな。

 ただ、俺の前で「……ああ、早く会いたいなぁ」的な惚気をするのはまじでやめてほしいのだが……。

 

 段々酔いが覚めてきて、「俺何してんのかな……」って気持ちが強くなってくる。

 今は【魔物討伐デスゲーム】で一刻を争う危機だというのに、お酒とか飲んで暴れまくって……。未成年飲酒? その話ならオッケーだ。なぜなら、異世界では15歳で成人を迎えるそうだからな。法律は破っちゃいない。 

 

 でも、やっぱり時間がない。

 三日後にはオークキングを倒していないといけないというのに……。

 あ、そうだ。

 

「そういえば、聞きたいことがあるんですが」

「……なによ」

「オークキングって、知ってます?」

 

 セリナさんが、目を見開いて「は?」と顔を上げる。

 そして、怪訝そうに眉をひそめた。

 

「なんでよ」

「それが、色々事情があって……」

「ふ~ん。まあ、教えてあげるけど。……オークキングっていえば、アルリアット平原にいるっていう人さらいの魔物のことね。結構被害が出てるらしいわ」

「アルリアット平原ってのは?」

「南門から出てすぐに広がる平原のことよ。……なに、そんなことも知らないの?」

「そ、それが……遠くの国から来たものでして……あはは」

 

 若干疑われ始めたのを感じて、誤魔化すように曖昧に笑っておく。

 にしても、そうか。南門から出てすぐに広がる平原……これが知れたのは大きいな。どうやら、距離で言えばそこまで遠くないらしい。

 

「なに、倒そうとか馬鹿なこと考えてるわけじゃないでしょうね……」

「もしかして、結構強かったり……?」

「Cランクのパーティーが挑むような相手よ。弱いと思う……?」

「じゃあ、ゴブリンは?」

「貴族の子供ならタメで勝てるような雑魚魔物ね。Eランク以下よ」

「……まじすか」


 ため息がこぼれそうになる。

 やばい、泣きたい。弱音を吐きたい。


 無理じゃん。あと3日だよ……? 勝てるわけないじゃん。

 遺書とか、書いておこうかな。でも、異世界で死んだら意味ないか……。というか、遺書を残すような親密な相手もいないし。 


 どうしたものかなぁ……。

 そうやって、肩を落とす俺の背を。

 

 誰かが、ぽんと軽く小突いた。

 

「今の聞いたかよお前らっ! こいつら、オークキングを倒すらしいぜッ!!」

 

 禿頭のゴリラみたいな冒険者が、穢い笑みを浮かべて周囲の冒険者に向かって叫ぶ。

 すると、一斉に笑い声が巻き起こった。 

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