第4話 ハロー異世界と無一文生活


「……んだ、ここ」 


 呆気にとられていた。

 確かに、教室にいたはずだ。それで、ゴブリンに殺されかけた。

 

 なのに……たった今視界一面を埋め尽くしているのは人の山。

 それも、ここ、日本じゃない。

 

 レンガ造りの家、すなわち趣のある西洋風の建造物、並ぶ屋台、平然と道を歩く甲冑、杖にローブに剣に鎖帷子に……有り得ない、日本どころか現代じゃない。

 

 違う、これ……異世界だ。

 よく、ラノベとかで見るような。

 

「ちょっとアンタ……なに道のど真ん中で座り込んでるわけ? 邪魔なんだけど」

 

 赤髪ロングの少女に怒鳴られ、俺はハッとなる。

 

「あ、え、えと、すみませんッ!!」 


 咄嗟に立ち上がって、脇にそれる。


 すると、

「ふんっ!」

 少女は鼻を鳴らして、グギギギと俺に睨みを効かせて通り過ぎていった。怖い。

 

 でもやっぱ、あれだな。異世界最高だ。

 めちゃくちゃ可愛かった……。


 ……にしても、なんで急にこんな世界に? 現実世界がゲームの世界みたいになったと思ったら、急に次は異世界とか……頭回らないってば。 


 確か……そうだ。

 エクストラスキル……【魔物討伐デスゲーム】だっけ。 


 確か最後、あれを唱えたんだ。


「あ……そうだ、制服じゃ目立つ……って」


 ハッとなる。

 ……制服じゃない? いつの間にか、吟遊詩人みたいな、ひらひらがついた西洋風の服を着ていた。

 

 ……でも、なんで?


 あ、そうだ。アナウンス。


≪初回特典として【500ガルド】と【旅人の服】を……≫みたいな、あれ。

 あれのおかげか……。だとしたら。 


 ポケットをまさぐると、麻袋が出てきた。

 ガシャガシャ。揺らすと音がなる。中を見れば、硬貨が数十枚入っていた。となるとこれは……この世界での通貨?


 普通の事態じゃない。

 早く、現状を整理しないと。 


 まずは、そう。

 ……スキルの詳細を確認しよう。 

 

 ステータス画面を開いて、スキルの詳細画面を開く。 


「……えーっと、なんだろ。発動後……異世界に、転移?」



EXSkill─────────────――

【魔物討伐デスゲーム】

 Chapter01――進行度〈01/10〉

--詳細--

発動後、異世界に転移。

異世界にいる討伐対象のボスを倒すことで、報酬を授かれる。

期限内に討伐対象のボスを倒せなかった場合、死亡する。

進行が進めば進むほど難易度は上がる。

一週間に一回、強制的に招集がかかる。

【──今回のボス情報を確認する】

──────────────────



 なるほど、なるほど。

 発動すると異世界に転移できて、その異世界にて『討伐対象』となっている『ボス』を倒すことで報酬を授かれる、というスキルらしい。

 あー、なるほどね。じゃあ、やっぱこれが原因だったんだ。オッケー!

 

「……とは、ならねぇよッ!!」


 脇道。地面に四つん這いになって、絶望する。

 なんだ、このスキル。ノリと勢いで発動したはいいけど……諸刃の剣すぎるだろ。

 

 期限内にボスを倒せなかった場合、死亡する……?

 そうだ、期限ってどのくらいなんだ?

 

 すぐに、【今回のボス情報を確認する】をタップする。



ボス情報──────────────────

【〈ならず者〉の頭】オーク・キング

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

討伐難易度:1

報酬:スキルスクロール 期限:3日間

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

夜な夜な人さらいを繰り返すならず者集団。

その本拠地の最奥に住まう極悪非道のお頭、オークキング。

アルリアット平原にて、彼らは今日もまた人をさらう。

──────────────────――

  


 顔が、段々と青ざめていく。


「たったの、三日でしゅか……」

 

 呂律が回らない口から、思わず声が漏れていた。

 混乱している場合じゃない。

 

 や、やばい。早く行動しないと……。

 

 まず、あれだ。そう、武器。武器を買おう。

 それから、宿の確保と情報収集だ。


 まずは武器と防具、それから、オークキングについての情報収集から始めよう。

 宿は夜でいい。

 

 よし、早速行動――

 

「――ちょろいのみーっけた!!」


 バサッ。

 ローブを身にまとった小柄な少女が、俺にぶつかりながら何やらを口にして通り過ぎていく。 


 なんだ? ちょろいの?

 意味不明だ。

  

 この世界にも、変なやつはいるんだな。もしくは、あれが当たり前なのかねぇ。

 立ち上がって、俺はポケットに手を突っ込む。 


 まあいい。あんなのに構っている場合じゃない。

 まずは、この硬貨で装備を買わねば――


「あれ……おっかしいな」

 

 ポケットをがさごそまさぐって、首をかしげる。

 この硬貨で装備を――


「……あれ、ない。どこだ? 確かにここに……」


 もしかして……。


 段々と、顔が青ざめていく。

 まさか、だけど。


 ――すられたッ!? 


 ちょろいのみーっけたって、そういうことかよッ!!

 

 湧き上がる焦りのまま、咄嗟に地面を蹴っていた。

 やばい、取り返さないと。 


「早速……無一文になるッ!!」

 

 振り返って、道の先を見渡す。

 ローブ、ローブ……見つけた。もう結構遠い。というか……足が速すぎる。 


「ま、待てッ!! おい、返せ、返せよッ!! だ、誰か! あのローブの女を捕まえてください! 窃盗ですッ!!」

 

 叫んで、死物狂いで駆け出す。

 最悪だ、最悪だ、最悪だッ!!


「なんで、俺だけこんな目にッ!!」 

 

 辺りの人が、一斉にざわざわとざわめき出す。

 

「なんだ? なんの騒ぎだ? ……スられたのか?」

「はっ、このご時世に間抜けなやつもいたもんだな」

「自業自得だ。構ってられるかよ」

 

 どうやら、この世界では窃盗される方が悪という風潮があるようだ。

 警戒を怠るべからず、弱肉強食ということか……?

 

 んなもん、知らねぇんだから仕方ねぇだろッ!! 


 ローブが、少しずつ遠のいていく。

 まずい、このままじゃ逃げられ――


「ちょっと、待ちなさいよ! その指輪を盗むなんて……本当、あんた、許さないわッ!! 止まりなさいよ!」

「……は?」

 

 ――俺以外にも、被害者ッ!?

 

 猛スピードで背後から迫りくる影。

 しかし影は、俺の隣でピタリと止まった。

 

「って、アンタ……さっきの!?」


 見覚えのある赤髪の少女が、並走しながら俺に驚いたような顔を向けている。

 よく見れば、さっき俺に「邪魔だ!」的な感じで怒鳴りつけてきた少女だった。

 

 少女は驚いたようにこちらを見ると、走りながら怒鳴り散らかす。


「なんでアンタも盗まれてんのよ!」


 ……は?

 あまりにも理不尽な怒りに、俺も俺でついカッとなる。

 

「は、はぁ!? 俺はなんにも悪くないだろ……何キレてんだよ」

 

 すると、少女は「うるっさいわねぇ!」と俺の胸ぐらをガッと掴んだ。

 

「私はね、今最高にイライラしてるのよッ!! どうでもいいから、一発殴らせなさいよッ!!」

「は、はぁ!? そんなんしてる場合かよ! 今はあの女を捕まえないとッ!」

「あ、そ、そういえば――」


 二人で足を止めて、道の先を見つめながら、呆然と、がくりと肩を落とす。

 ……いない。もう、いない。最悪だ……逃げられた。

 

 変な茶番してる間に、逃げられた。

 

「あー……。ツイてねぇな、まじで……」

「さ、さいあくっ……」

 

 ぐずん。鼻をすする音と共に、赤髪の少女が膝を曲げて座り込む。

 そして、小動物みたいにその場に蹲った。


「なんで、なんでよ……なんで、私だけなのよ……。なんで……っ」

 

 ぅ、ぅ……。

 小刻みに震えて、ぽろぽろと涙を流し始める。 

 

 キレたり泣いたり、情緒不安定だなおい……。

 

 どうやら、物を盗まれたのが相当ショックだったらしい……という訳でもなさそうだけど。

 はぁ。深いため息をついて、俺は少女を見下ろしながらぶっきらぼうに告げる。


「盗まれたのはあんただけじゃなくて、俺もなんだけど」

 

 しかし少女は、「うっさいわね……」と拗ねたように呟いて俺の膝をちょんと殴りつけた。

 

「あっそう。……まあ、俺は行くわ」


 背を向けて、歩き出す。

 

 慰めてやるほど親密でもないし、そもそも俺には今すべきことがあるからな。

 時間がない。……無一文になったらなったで、別の対策を施さないと――


「ちょっと……どこに行く気よ」

「……へ?」


 ――ぐいっ。立ち去ろうとした俺の足を、少女が口先を尖らせながら引っ張っている。


 ……なんだ?

 戸惑う俺に、彼女は告げた。


「もう、この際あんたでもいいわ。……私にちょっと、付き合いなさい」

 

 ああ、これ、あれだ。

 

 ……早速、面倒事に巻き込まれた。 


 なんとなく、事を理解する俺だった。

 

 

 

 

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