第3話 助けなきゃ良かったのに


 ひとまず、学校にいても仕方ない。

 外の様子も知りたいし、何かに備えて【武器】も欲しい。となると……向かうべきはディスカウントショップとかか? ローファン系のラノベだと、ディスカウントショップが最強感あるしな。

 とりあえず、第一目標はそこにしよう。

 

「……っと、まじかよ。早速か……」 

 

 屋上から校内に戻って、4階の廊下。

 そこに、奴はいた。ゴブリンだ。一体だけ。

 

 ……まさかもう、学校にもスポーンしているなんてな。

 

 しかも、廊下にちらほら死体が転がっている。制服を着ているあたり生徒だろう。ざっと数えても10人以上……凄惨な光景である。

 鼻を突く異臭に、ぞわりと背筋を震わせる。気持ち悪いし、吐き気がする。


 でも、不思議とそれ以上の恐怖は感じなかった。

 ……まあ、これからこの光景が普通になると思えば、覚悟を決めるしかないよな。 


 とりあえず、【武器】がない現状。

 例え相手がゴブリンだとはいえど、戦闘は避けて通るべきだろう。 


 それに、戦闘回避にうってつけのスキルもあるしな。


「……スキル【隠密】」

 

 呟くと、黒いモヤが俺を覆い隠した。

 どうやら、しっかりと効果が現れている証らしい。 


 どれどれ……。

 ゴブリンの横を、抜き足差し足でひっそり進む。がしかし。


「ぐぎゃぁ~~~ぅ」

 

 隣に俺がいるとも知らず、呑気にあくびをするゴブリン。

 ……想像以上に、【隠密】の効果は強いらしい。というか、なんか可愛いなこいつ。顔は醜いけど愛嬌があるというか……ブルドッグみたいだ。


 というわけで、俺はこれでさよな――


「――グギャァァァアアア!!」 


 背後から突如としてゴブリンの怒鳴り声が聞こえてきて、ハッとなる。

 ……は!? 急になにッ!? まさか、気付かれ……て、いるわけじゃない。 


 振り返る。

 するとそこには、俺に背を向けて棍棒を振り上げるゴブリンの姿があった。

 

 ゴブリンは「グギャァァァアアア!!」と再び叫ぶと、1-Aの教室にどたどた入っていく。

 ……なんだ? 何か、見つけたのか……?

 

 いや、まさかだけど……。


「きゃ、こ、来ないでぇぇええ!! 誰か、助けてぇえぇ!!」

 

 ゴブリンが入っていった1-Aから少女の悲鳴が聞こえてきて、そっと息を呑む。

 俺以外にも、人がいたんだ……。ゴブリンは、それに気づいて叫んでいたらしい。


 足が止まる。

 ……逃げる? 今なら、まだ間に合う。【隠密】の効果だってあるし、逃げ切れるはずだ。 


 いや、でも……。

 脳が揺れる。呼吸が乱れる。 


 ――それで、いいのか?


「誰か、やだ、やめて……やだやだやだッ!!」 


 ゆっくりと息を吐いて、踵を返していた。

 一歩、一歩。勇気を持って、足を踏み出す。

 

 よし、行こう。やろう。やってやろうじゃないか。

 ……助けよう。柄じゃないかもしれないけど、でも。 

 

 ここで見捨てたら、俺は多分、腐ってしまうから。

 覚悟を決めて、行け……俺。


 一歩、足を踏み出した。

 そして、1-Aの教室を覗く。 


 けれど、でも。

 俺はそこで、目を見開いて立ち止まることしか、出来なかった。

 

「……は?」

 

 ゴブリンが、一人の少女ににじり寄っている。

 よだれを垂らしながら、少しずつ。

 

 まだ間に合う。手を伸ばせば、助けられる。

 なのに、体は動かなかった。


 少女の姿。それに、見覚えがあった。

 ついさっき。俺が助けて……なのに、俺を見捨てたあの女だ。


 ギチリと、拳を握りしめていた。

【隠密】の効果が切れたのか、黒いモヤが晴れる。 


 少女がハッとした顔でこちらを向いて、声を張り上げた。


「ね、ねぇ、助けて! 助けてッ!! お願いだからッ!!」

「いや、いやいや……」 


 それでも、俺の心は動かなかった。

 顔がひきつる。震えた声が、喉から漏れた。


「……お前、どの口下げて言ってんだ?」

「……え?」 


 少女の顔が、ぐにゃりと歪む。

 そして、俺の顔をゆっくりと見つめて、目を見開いた。


「あんた……もしかして……Fランクの……ッ!?」


「俺も、助けてって……言ったよな? なのに、なんだっけ? 『人間ランクFの生きてる価値もない人をわざわざ助ける理由とか、ないし』って、言ったっけ……?」


「ちょ、それは、違くて、というか、こっちは命がかかって……お願い、お願いだからッ!! なんでもする、なんでもします……だから、助けて、助けてってば!!」 


 怒りが、胸の奥底から溢れ出る。

 なんでもする。お願い。助けて……。

 

 俺だって、同じ気持ちだったよ……。

 

 ムカつく、心底腹が立つ。

 でも、それでも。


 地面を蹴って、飛び出していた。

 自分でも、何をしているんだって、思うよ。

 

 それでもさ。

 

 ――ここでこいつを見捨てたら、俺も同等のクズになっちまう。 

 

 そこまで俺も、腐りたくはない。


「いいよ……俺は・・、あんたを救ってやる……ッ!!」

 

 思い切り、ゴブリンの後頭部に右拳を食らわせた。


「グギャァッ」 


 ゴブリンが、悲鳴とともに左右によろける。

 そのまま、即座に飛びかかって地面に押し倒した。 


 羽交い締めにして、首を絞める。

 必死になって、俺は叫んだ。


「おい、さっさと逃げろよッ!! 折角……助けてやったんだ! 早く逃げろよ、バカ野郎ッ!!」

 

 少女はぶわぁ、と涙を流すと、涙を拭って立ち上がる。

 そのまま、「あ、ありがと……」と震えた声で告げて、走り出した。

 

「また、ちゃんと……謝らせて」

「分かったから、早く行けッ!!」


 これでいい。これで良かった。

 少女が、そそくさと外に逃げていく。

 

 教室にゴブリンと二人きり。

 

 ゴブリンが、身体をよじって俺の拘束を振りほどいた。

 

「や、べっ!!」

 

 流れるように振るわれた棍棒が、俺の右腕にぶち当たる。

 痛みに、「ぁぁっ」と声が漏れた。 


 痛い、想像以上に痛いし、怖い……。

 やばい、本当に勝てるのか? 分かんない。分かんないけど……やるしかっ!

 

「グギャァ!」


 ゴブリンが飛びかかってきて、咄嗟に躱す。


「うぉわ!?」 


 足が机に引っかかって、みっともなく転がった。

 ……無理、無理だ。勝てるわけがない。 

 

 あ、ああ。

 でも、そうだ。そういえば、あったはずだ。


 手をかざして、目をつむる。

 行ける……行ける。もう一回、行けるはずだ。

 

「蹴散らせ雷鳥――」 


 イメージ。

 雷鳥が、飛んでいくイメージで。


「――【サンダーバード】ッ!!」 


 しかし。

 俺を嘲笑うような静寂が、辺りに漂うだけだった。 


 ダメだ。ダメじゃん。

 俺、まじでここで終わっ――


「――ね、ねぇ!」

 

 ふいに、聞き覚えのある少女の声がした。

 あの女だ。俺が、さっき助けた女。まさか……俺を助けに戻ってきてくれたのか……?

 

 思って、一瞬、胸が高ぶって。

 けれど、すぐに落胆した。

 

 少女が、教室に奇妙な玉を投げる。

 それにつられるように、「グギャァアア!」とぞろぞろとゴブリンが入ってきた。

 

 1体、2体、3体、4体……8体。

 

「……嘘、だろ?」


 引きつった顔で言うと、少女は「ごめん!」と笑顔で笑ってみせた。


「どうせ助けてくれるなら、ついでにこいつらもお願い!」

「お、おまっ……」

 

 上手く、声が出なかった。

 喉が震える。あ、ああ……騙された。騙された……。


「た……助けなきゃ、良かった……」

「うそーん、ひどくないそれ~? ね、みんな?」


 少女の奥からぞろぞろと、3人の男達が姿を表す。

 どれも、見覚えのない顔だった。彼らは俺を見て笑うと、「情けねぇ」と野次を飛ばす。


「ゴブリン程度殺せないとかなぁ?」 

「つか、なんか【サンダーバード】とか言ってたよな?」

「何も出てねぇし、ぷっ……はっず!」

 

 彼らを見ながら、少女が恍惚の顔を浮かべた。


「この人達の方が強そうだから、私はこっちにつくことにしたの! じゃあね、ありがとうね、助けてくれて! ばいばい!」

 

 ドアが、ガッと閉まる。

 ハッとなって、すぐに駆け出していた。 


 ドアを開ける。開けようとする。

 しかし。


 ガチャ、ガチャ……。

 そんな、無情すぎる音がなるだけだった。


「ロック、されてる……」 


 情けない声が漏れる。

 教室からは出られない。そして教室の中には……。

 

 振り返って、力なく笑った。

 笑うしかなかった。

 

 9体のゴブリンが、俺を取り囲むようににじり寄ってくる。

 

 終わる……終わった?

 俺、ここで死ぬのか……?

 

 なんで、なんでだ……?

 あの女を、助けたからだ……。 

 

 二回も、二回も騙された。

 あー、ははっ。

 

「俺……馬鹿じゃん……」

 

 すぐそこで、ゴブリンが俺に棍棒を振るっている。

 俺にはただ、それをじっと見つめていることしかできなかった。 


 頭の中で、あの女の笑みが反芻される。

 ゆっくりと、俺は拳を握りしめて呟いていた。


「……殺す」と。「あの女……絶対に、殺す」 


 ぶわり。

 胸の奥底から、憎悪が溢れ出る。


 俺を、騙したこと。

 裏切ったこと……。


「絶対に……後悔させてやるッ!!」

 

 ゴブリンの振るった棍棒が、俺の視界を埋め尽くす。

 瞬間のことだった。脳内で、不可思議なアナウンスが三度鳴った。


≪【雷鳥】が『偉業』を確認しました≫

≪【雷鳥】が、あなたにエクストラスキル【魔物討伐デスゲーム】を授けました≫

≪【雷鳥】が、あなたに言っています≫

 

≪「世界は、あなたのことを待っている」と≫


 意味不明だ。けれど、俺はなぜか笑っていた。

 まるで記憶にない過去を、思い出すかのように。


「そうか……じゃあ、戻ろう・・・ッ!!」


 ゆっくりと笑みを浮かべて、俺は唱えていた。


「――スキル【魔物討伐デスゲーム】」


≪承認。エクストラスキルの発動が確認されました≫


≪初回特典として、【500ガルド】、【旅人の服】が授けられました≫


≪今回のターゲットは、【〈ならず者〉の頭】オーク・キング です≫

≪制限時間は3日。失敗の代償は命、成功の報酬は〈スキル〉≫


≪――完了。異世界への転移を開始します≫

≪それでは――ご武運を≫


 きらり。まばゆい光が、教室中を埋め尽くした。 


 俺が次に目を覚ましたのは、教室でも、ましてや地球でもなく――


「かぁあぁああ!! まーた負けたッ!!」

「いよーし! これで10ガルド、もう一回はなしだぜぇ!」

「くっそ……またゴブリン10匹かよぉ……」

「カハハハ! 今日もやってんのかよ、お前ら! ベリアンもえげつねぇなぁ~! Eランクの初心者いじめて楽しいかよ~!」

「うっせぇ、俺はEランクの初心者じゃなくてロッゾだボケッ!! あと、この負けは明日への勝利につながってんだよッ!!」

「うるっさいわねぇ! ったく、朝から道のど真ん中で何やってんだいアンタたちッ!!」 


 騒々しい声に叩き起こされて、意識が覚醒した。

 そして、俺は声を上げざるを得なかった。

 

「……どこだ、ここ」

 

 なぜなら、

 

 ――そこは、異世界だった。




【あとがき】

 前のほうが良かったのにー! という方はコメントで教えて頂けると有り難いです! 一定数そのような意見があった場合、素直に改訂版は消して元のやつを書き進めます!


 また、前回あった【掲示板】の内容は今作でも引き続きありますので、あの部分が気になるという方は読み進めていただけると有り難いです!

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