第13話 ―――
ああ…まただ。
また同じ夢だ。
暗く暗い森の中を彷徨う夢だ。いつからかは思い出せないが、定期的に見ていた自分の人生の走馬灯とも思える。
自分はその森を弱弱しく歩く。ただ歩く。目的も意思もままならないままただ歩く。
右も左も分からない状態で進む途中で、周りの樹々の葉っぱが一斉に僕の方を向き、先端を尖らせて、四方八方から、無造作に僕に突き刺さる。
体制が崩れ、僕は地面につく。
それでも飛び回る葉っぱの棘たちは、容赦なく僕に刺さり続ける。
無論、激痛だ。
しかし、それは何故か物理的な痛みというよりも、皮膚を通り越して、心臓を突き刺しているかのような痛みだ。
刺さる度に、心臓の血管がピチッ、プチッと切れる音が鼓膜の内側から聞こえる。
次第に心臓が
自分でもこの光がなんなのかは分からないが、夢を見る度にその光の大きさは小さくなっていく。
今となっては、確認するのも難しいくらいに小さい…
もう消えそうだ―
なんか、眠くなって…――
「まだだ。」
…え?
ふと、聞こえたその声の方へと向く。
すると、そこには―
数人の人影が見える。白い霧がかかっているようで、はっきりとは見えないが…
太古からの半面双子。力を求めし絶望者。江戸紫の炎を纏った悪女。未来と過去から謳う傍観者。その指先で手招く遊び人。過ちから地に落ちた善人。そして、忘れることない共に愛し合った首なしの友たち。
その後ろからコツコツと、何者かが自分に近寄ってきた。
霧がだんだん、晴れていき、歩み寄る人物が露になる。
「君はまだ死なないよ。その魂の光はまだ消えさせないさ。」
暗闇よりも黒い容姿の人物は、そう呟く。
「ど、どうして…そこまで?」
気づく前に、声が漏れていた。
「ふふ、それは、君が今もなお、命の灯を燃やし続けているからさ」
はっ…!
そこで気づく。
自分の心臓の位置に、今にも消えそうな青白い火の玉がある。
しかし――
消えそうなだけで、消えない。
小さく醜くても、構わない。ただ抗う。死にたくない。死ぬわけにはいかない。
自分の心の奥底で眠る本性はそう言っている。
「その意思、汲み取ってやる」
自分の前に立つ人物は、手の甲を出し、そこから青い火の玉を出現させた。
火の玉はゆっくりと、自分の心臓へと来た。
元からあった、儚い火と交わり、激しく燃え上がる。
「立て、リョウ。私の元へ来い」
俺はそっと、立ち上がり、彼女の手を取り、はっきりと言った。
「はい、シュアルナさん」
――――――――――――――
意識が引っ張られる。
徐々に瞼が上がる。
「こ、ここは?…」
どうやら、俺はベットで寝ていたらしい。
しかし、見覚えのない場所だ。
七畳くらいの部屋には、このベットと、机と鏡のみ。
「起きたか、リョウ」
部屋のドアが開き、黒いフードを被った女性が入ってきた。
その容姿と、声ですぐに誰かは分かった。
「シュアルナさんですよね?」
「ああ、そうだ。ようこそ、死神の世界へ」
そうだった、俺は死神になったんだった。
「おっと、ここではもう、これもいらんな」
シュアルナさんは自らに深々と被ったフードに両手をかけ、下した。
「改めてよろしくな、リョウ」
そこには初めて見るシュアルナさんの素顔があった。
長くところどころ内巻きな灰色の髪。整ったその顔は服装とは反面、透き通るくらいに白く美しい。青き目は誰しもが魅了され、赤き瞳は見るものを釘付けにするだろう。口の左下にあるホクロは彼女の普段の冷徹さとのギャップをくれる。
「なにをじろじろと見ている?」
「え、あっ、す、すみません!あまりに綺麗だったのでつい…ってじゃなくって…!」
「ふふ、見た目は多少大人らしくなったが、中身は可愛い少年のままだな」
「え、見た目?」
「ああ、そこの鏡で見るが良い」
ベットから、やや慌てて、飛び出て、鏡を見る。
「こ、これが俺?…」
生前の俺とはまるで違う。
弱弱しく痩せていた顔周りには、しっかり筋肉が付き、健康な顔立ちになっている。髪も少し伸びていた。
そして、前髪の一部分のみ、灰色になっている。
「こ、これは?」
「それは、私の班に入った証だ」
そう言い、シュアルナさんは言葉を続けた。
「リョウ、窓から外を見てみろ」
自分でも気になっていたこっちの世界の風景。
好奇心に身を委ね、ベット横に付いている窓を開ける。
そこには俺の知らない世界が広がっていた――
というわけでもなかった。
自分のいる建物はおそらく四階建てくらいなので、辺りをよく見渡せる。
ところどころには和風の建物や、洋風の建物が違和感なく建っている。
看板の文字は読めないが、不思議と意味は分かる。
食べ物屋に、服屋、病院、宿。
唯一、違うものと言えば、人たちだった。
向こうでは見ないような、服装をしている。
まるで―
「冒険者みたいか?」
俺の心を読んだのか、シュアルナさんが代弁してくれた。
「正確には冒険者ではなく、死神だ」
「死神って…でもここでは人間は、、」
「リョウ、そこに座れ。今から、この死神の世界について話そう」
とっさに唾を飲み込み、ベットに腰かける。
シュアルナさんは同じように机の前にあった椅子に座り込む。
「今から話すことは、我々死神もどこまで真実で、どこまで嘘かは知らん。だが、古くからの書き物にはこう記されている――――」
時は500年前、1000年前、一万年前、いや、あるいはもっと昔のことかもしれない。そのホシには何者かがいた。一説によれば、それは『天使』だと言う者もいれば、『悪魔』、『鬼』、『神』の卵という者もいる。
その者たちには意思などはなく、ただその場を彷徨う者達。
しかし、何かをきっかけにそこに魂―『心』を持つものへと変わった。
徐々に数を増やし、共に暮らしていた。食べることを覚えた。寝ることを覚えた。言葉を覚えた。家を建てることを覚えた。
その日々は誰がなんと言おうとも、幸せそのものだった。
だが、悲劇は起きてしまった。
突如として、現れた謎の生き物―魔物。その姿は多種多様。空を飛ぶものから、地面を潜るものまで。次々と心もつ者たちを残虐に、無闇に殺していった。
のちにそれらは別の星の『人間』の憎悪だということが分かった。なぜそれが、このホシに流れ込むようになったか、それを知るものは誰一人としていない。
そして、それらを阻止するために、心もつ者は二人の神々を呼び寄せた。夜の女神ニュクス、
ニュクスとエレボスはその並外れた力で、大地を動かし、膨大の面積を誇るホシを四つ島に分けた。
北に位置し、通称―ホシの影ことフェネゾガム。
西に位置し、通称―ホシの希望ことヤチゼム。
南に位置し、通称―ホシの実力者ことソラクヨム。
そして、東に位置する、通称―ホシの長ことズルガム。
各島、
ホシの長、ズルガムは
続けて、
ホシの実力者、ソラクヨムは夜の女神ニュクス、
ホシの希望、ヤチガムは二人の子である、眠りの神ヒュプノス、
ホシの影、フェネゾガムは双子である、死の神タナトスが率いた。
そして、ホシの中央に、雲をも貫くほど、長い塔を創造した。そこにすべての魔物が生まれ、共に殺し合い、そして飢え、心もつ者を待つ。
通称―
アザミリヤムに生まれる魔物はいずれ、溢れ、また悲劇を起こしかねない。
そこで、心もつ者たちは死の神タナトスによって、死神になり、魔物を狩り、人間界では、人々が憎悪を生み出さずに死ねるように、誘う者となった。
しかし、徐々に知性を持ち始めた死神たちの間では、差別、戦争、内乱が多発した。
各神たちは、奇跡の力で、数百年にもわたって、ホシに大雨を降らせ、海を作った。各島は完全に孤立し、憎しみは落ち着きを見せた。――
「…というのが、この世界の簡単な説明だ」
「な、なるほど…」
思っていた以上に複雑な歴史があった。
このホシには、実際に神がいるのか。ホシを再構築した四人の神々。
ニュクス、エレボス、ヒュプノス、タナトス。
人間の憎悪は魔物となり、ここの人たちを襲う…シュアルナさんの言っていた『我々の世界に悪影響を及ぼす』、それはそのことだったのか。
「そして、それから大体数百年たったここが、ホシの影、フェネゾガムだ」
「北にあるって言ってたところですか?」
「そうだ、神タナトス率いるフェネゾガム。他の島たちからはえらく嫌われているがな」
「え、それって―」
「おっと、まだこいつを見せてなかったな。こいつも会いたくってうずうずしていたみたいだ」
「え?」
シュアルナさんが呟く。
「
シュアルナさんの膝元に黒い円が現れ、
中から出てきたのは、
「にゃ~」
「うん?」
黒猫だった。
「にゃー!」
「うわっ!」
現れた猫は勢いよく俺に飛びついてくる。
顔をスリスリ擦り、甘えている。
「こ、この感じってまさか、」
「改めて、紹介しよう。私の使者のルナだ」
「やっぱり、使者ってことはあの時のカラス?!」
「そうだ、次はこの子たち、使者の説明でもしようか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
*後書き*
こちら、リョウとシュアルナのキャラデザです。
自分でイメージしやすいように適当に描いたので、ご了承ください。
(リョウ)https://www.pixiv.net/artworks/108010984
(シュアルナ)https://www.pixiv.net/artworks/108011070
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