第12話 真の憎悪 8
『今日、東京都八王子市で、50代の男が、男子高校生をトラックで跳ねたとして、現行犯逮捕されました。はねられた男子高校生はその後────
死亡しました。』
『警察によりますと、きょう午前9時15分すぎ、東京都八王子市駅前の交差点で、赤信号にも関わらず、直進していたトラックが男子高校生をはねました。
はねられたのは八王子市に住む、17歳の高校3年生、風見亮介さん。
病院に運ばれましたが、頭などの複数の箇所を強く打ち、かなりの重傷だったもようで、その後、死亡が確認されました。
この事故で警察は、トラックを運転していた、八王子市に住む、
神田容疑者は、「ブレーキが効かなくなった。誰かに押されたように、急に人が道路に出てきたから、避けきれませんでした」と、一部容疑を否認していて、警察は容疑を
────────
ズキン!
痛い…!
ズキン!
痛い…
のか?分からない。
自分は何者で、何のためにここにいるのか。
いや、そもそもここはどこだ?見えるようで見えないこの場所で、僕はどうやって思考出来ている?
動けない…もしくは動けるほどの体はそこにないのか、
遠のいてゆく…体から何かが抜け落ちるように。
ダメだ…なんか眠くな…っちゃった────
「…きろ、少年」
「起きろ、少年」
遠かった声は、やがて僕の元に届く。
「起きるんだ、少年」
「はっ!」
その声が僕の瞼を無理やり開かせる。
「死神さん…じゃなくって、シュアルナさん…?」
「ふっ、物覚えのいいやつだな」
目の前には僕を殺してくれた死神こと、シュアルナさんがいた。
真上には青空。
どうやら、ここはどこかの屋上らしい。でも、いつもいた学校の屋上ではないのは確かだ。
そして、なぜか僕はあの時と同じ制服のままだ。
「こ、これは一体どういう事ですか?…」
状況を飲み込もうとするも、何がなんだか分からない。
僕はあの時、確かに、
トラックに跳ね飛ばされ、脳みそが…
「うっ…!」
自らの死を想像して、吐き気が来るなんて…
「落ち着け。大丈夫だ、今の君は吐く事はまずない」
「え、それは…」
「少年、一度立ってみろ」
「は、はい」
言われるがままに僕は立ち上がった。
すると、
「なっ、軽い…いや、軽すぎる…」
立った事で初めて気付いたが、僕の体はあまりにも軽かった。
まるで──
「臓器は一切ないからな」
「確かに君は死んだ。それで、今ここにいるのは風見亮介の魂の残像だ」
「魂の残像?」
「ああ、君の気持ち、感情、考えた方、要は体なしの君自身という事だ。息をしているようでしていない。脈も、心臓の鼓動もない」
僕の本体から抜け出した魂ということか…
「え、て事はまさか、僕にまだ憎悪が…!」
「いや、それはない」
「これは私が個人的にやったものだ。死んだ後、何もかもなくなる前に、魂だけを引き止めた」
「だが、それもあくまで、一時的にだ」
そう言って、シュアルナさんは手を差し出し、青い火の玉を見せてくれた。
静かに燃えながら、手の上で浮いている。
「君の魂だ。もうしばらくすれば、燃え尽きて、今の君も消え、風見亮介は完全になくなる」
一度は死んだ身。
それなのに、こうして、一時的にでも自我を保っている。
「どうしてですか?なんで、引き止めたんですか?」
僕はシュアルナさんに尋ねた。
怒りとかではなく、単なる疑問だ。
憎悪がなくなった僕なら、またこうして、引き止める理由はないはずだ。
「……」
「私情というか…君はまだ消えるべきではないと直感で思ったからだ」
「そろそろ、行こうか」
「どこへですか?」
「下の階だ。ここは君が運ばれた病院だ」
それだけで察した。
この下に僕の体が永遠の眠りについていると。
病院ですれ違う看護師、医者、全員が僕とシュアルナさんには気付かない。
というか見えていないのだろう。
「ここだな」
とある部屋の前でシュアルナさんが足を止めた。
あまり人が通らない奥の方の部屋。明らかに他の病室とは違う。
この扉の先にもう一人の自分が…。
扉を開け、部屋に入る。
薄暗く、窓などは一切ない。どこか生前の屋根裏にも似ている。
部屋の中央に一つの台が見える。誰か横になっているみたいだ。
一歩づつ進み、その台の上に横たわる人物を確認する。
「くっ…!」
酷い有様だった。
そこには変わり果てた自分がいた。
首元までかけ布団で覆われているせいで顔しか確認出来なかったが、
顔の至るところに縫い目やら、アザが出来ている。唇も一部剥がれ、中の歯もボロボロだった。
左目の瞼も剥がれた模様で、眼球が今にも転がって落ちそうだ。
なにより、
左側の頭が丸々なくなっていた。
中が見えないように、そこだけに布が被せてあった。だが、明らかにそこだけ、布が盛り上がっていないので、なくなっていたのは一目瞭然だった。
「トラックも相当スピードだったから。跳ねられた時点で頭蓋骨は砕け、その上、跳ね飛ばされた君の体はガードレールに激突し、左側の脳みそが砕け切った骨をかき分け、頭皮をえぐって、粉砕した。」
「……それを見て、シュアルナさんはどう思いました?…」
「…良い気分ではなかったな」
「…それだけで…僕は救われますよ」
すでに死んでいるのに『救われる』なんて、とんだ皮肉だ。
ガチャ、
誰かが部屋に入ってきた。
白衣を纏った中年の男性だった。おそらくここの医者だろう。
僕の体の方に歩いてきて、
そっと、顔に白い布を被せた。
その手は確かに震えていた。
「…助けてあげられなくって、申し訳ありません…、」
しっかりとした声で言ったら、言っている本人が崩れ落ちるくらいのか細く、食いしばりながら医者は僕の体に謝罪をする。
心優しい人だ…。
あんな状態で運ばれてきて、助かる術はなかったはずだ。
亡くなった後も、色々と縫って、直してくれたのだろう。
「あなたは最善を尽くしてくれた…ありがとうございました。」
彼には聞こえないと分かっていながらも、僕は感謝の言葉を伝え、頭を下げた。
医者の男性は僕の存在や、声に気づくことなく、滲み出そうな涙を軽く拭き取り、ドアを開け、部屋の外にいる誰かに声をかけた。
「どうぞ、中へ」
ドアを大きく開き、顔を出してきたのは、
父さんと母さんだった。
僕は自分でこの状況をどう感じているのか分からなかった。
自分の死体を親に見られるなんて、誰が経験したことがある?
なにより、散々、僕の存在が目障りだった二人だ。
役立たずは死んだほうがまだマシ、産まなきゃよかった。
最初で最後に、親が望んだものをしてあげた気がした。
僕はこれでよかったんだ。死んで正解だったんだ。
否定される恐怖、拒絶される怖さ、苦痛に溺れる悪夢に恐れ、自らの心の声もろくに出せない自分はきっとこの世に合ってなかったんだ。
だから、今更何も――
ガクッ、
え?
「亮介…嘘だろ?…目を開けてくれ…」
僕の目の前で、跪き、泣き崩れる父親がいた。
「亮介…亮介…」
母親は光のない瞳で立ち尽くし、僕の死体に向かって、ただ僕の名前を呟き続けている。
なんなんだこれは?
僕は一体、何を見せられている?なんの茶番だよ?
「最善を尽くしましたが、病院に運ばれた時にはもう…」
「そんな…ことあるわけ…だって、あなたは医者ですよね?だったら、息子を助けてやってくださいよ!」
「申し訳ございません。」
「まだ父親らしいことを何もしてやれてないんです…それどころか私はあの子に…」
本当に何が起こっているのか分からない。
なぜ、あの父親が泣きながら、僕の死を悲しんでいる?そんなはずじゃなかった…だって、、だって、、
「お前たちが望んだ結果だろうがぁ!ふざけるな!」
僕は感情に身を任せ、シュアルナさんにしか届かない声で叫んだ。
「散々死んでほしかった駄作が…いなくなったんだぞ?!」
「帰ってきてくれ…亮介…」
「やめろ…!そんなことを聞きに来たんじゃない…」
「母さんもそうだろう?!」
「亮介…亮介…亮介…」
「なんでだ…その気持ちをもっと先にくれたなら…」
体からすっと力が抜け、僕はそのまま床に座り込んだ。
その光景はまさに地獄だった。
息子の死を悲しむ両親と、それに怒りをぶつける息子。
「最後に家族との時間をお過ごしください。」
そう言い、医者は静かに部屋を後にした。
「やっと死んでくれたか」
は?
僕は耳を疑った。
しかし、頭の整理が追いつく間も与えず、声は続く。
「事故で死んでくれて助かったよ。でなきゃ僕がいずれ犯罪者になっていたからね」
さっきまでの怒りは困惑に変わり、僕の脳を好き勝手に弄ぶ。
「見てみなさい、母さん。こいつの死に様を。価値のない人間に相応しい末路だ―って」
「亮介…亮介…亮介…」
「まだ壊れていたかぁ 」
まるで、ゴミを見るかのような顔で僕の死体を覗く。
ああ、この人たちは本当にどうしようもない人間だ…
僕はまた誰かに期待をしようと…。
「シュアルナさん、もうわかりました。僕には最後の最後までこの世には希望がなかったんですね」
僕の背後で何も言わず、ただ見ているシュアルナさんに話しかける。
「もう、眠らせてください。」
「まだだ」
「え?」
シュアルナさんの言葉に僕は後ろを向く。
「君を呼び止めたのは、決して絶望を与えるためでも、自分の死にざまを見せるためでもない―――この世界との決別だ。」
そして、彼女は言った。
「少年、この私と一緒に生きたいか?」
僕より少し背が高く、真っ黒なフードを深々と被り、口元しか見えない女性。
例えるのであれば、そう、
まるで、
まるで物語に出てくる死神のような容姿。
何の迷いもなく、真っすぐ僕に問いかけてくる。
「生きたい」僕には二つの意味で彼女の言葉が理解できなかった。
ひどく混乱していたのもあるだろうが、
それでも、
なぜ死者を誘う存在、「死神」である彼女が僕に「生きる」選択を与えるのか。
「い、生きる…ですか?」
「そうだ、私ととも死神の世界で、死神として、生き続ける。」
台に横たわる自身の死体。
それを喜ぶ父親。壊れてもはや人形になった母親。
それを横目に座りこむ自分。その自分に生きる選択を提案する一人の死神。
「私を選べ少年。そうすれば今後何があっても、何者からも君を守り続ける。」
横から聞こえる両親の声はもうどうでもいいくらいに、シュアルナさんの言葉が僕の中で何かを突き動かしてくれた。
目から溢れ出る涙の意味は分からない。
でも、ここで自分は変われたような気がした。
体を立ち上げ、シュアルナさんに答えを伝える。
「僕は…いや、俺は…あなたと生きたいです」
「ふふ、決まりだ」
「
右手の甲が赤く光り、また手の平から屋上で見た青い火の玉が現れた。俺の魂だ。
さっき見たときよりも小さくなっている。
そして、シュアルナさんの周りに美しい緑色の光が彼女を覆う。
「我が名はシュアルナ・ミア・リッパー。誇り高き死者を誘う者。ここで死神の役目を担うものに、今こそ、第二の命の加護を落としたまえ。。。さあ答えよ、汝の名は?」
「風見亮介」
「我が同志とともに同じ道を進む覚悟はあるか?」
「あります」
「ならば、『命の加護があらんこと』を許そう。今後、どんな混乱に立ちはだかろうとも、誇り高く叫ぶがよい、汝の名は――リョウ・ミア・リッパー。」
緑の光が魂を包み込み、俺の心臓の位置に入り込んでいく。
無数の光が足元から現れ、足から段々とその姿が消えてゆく。
最後に自分の死体と両親に目を向けた。
もうなんの未練の欠片もない光景。
これで本当に最後――
ガチャ!
部屋のドアが勢いよく開く。
「亮介!!」
「困ります!関係者以外の立ち入りはお断りしています!」
慌てて入ってきたのは、涼菜だった。
「はっ…!亮介?…」
俺の死体を見るや否や、彼女の顔は絶望へと変わった。
「そんな…亮介…待って…約束したじゃない…」
俺の体はもう半分まで消えていた。
「ごめん…助けてあげられなくってごめんなさい…っもう逃げたりしないから…お願い…」
「すまない、涼菜。」
首までが消えた。
「帰ってきて…」
「きっと、僕も君も――何もかもが遅かったんだよ」
「亮介ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
......
ザー、
ザザー、、
ザー、
ザ、、、ザ、、
..........プチッ。
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