第10話 真の憎悪 6

先人たちの結界…死神を寄せ付けないために霊媒師や術師が生成したって…もしそれが、本当なら、人間の世界にも僕たちが理解し難い力があるのだろうか…


そんなことを考えながら、歩いていると、自分の家にもう着いてしまっていた。

すると、家の前にある人物が立っていた。どこか見覚えがある佇まい。

さらに近づくと、


「す、涼菜?」

「あ、亮介!」


家の前にいたのは、幼馴染で大学生の平崎涼菜だった。

僕の存在に気付くと、少しほっとしたような顔で近寄ってきた。


「ちょっと、なんでLINE返信してくれないの?」

「え、なんか送ってたの?ごめん、マナーモードだったから気が付かなかった…」


僕のすぐ隣に、真っ黒な羽織物を着た、死神さんがいるのに、涼菜は全く触れることはなく、僕とのみ話している。

改めて、死神さんの姿は僕にしか見えていないことを自覚する。





「あら、亮介おかえり」




自宅から、聞き慣れた声で聞き慣れない口調が聞こえた。

振り向いてみると、そこには、普段では絶対に見せないような、優しい顔で、自分の母親が立っていた。


「涼菜ちゃんも久しぶり」

「あ、おばさんお久しぶりです!」


母さんは、涼菜に挨拶をし、僕のすぐ横に立つ。体が小刻みに震える。肺が圧迫されているように苦しい。全ては恐怖心からのものだ…。

なぜだ…なんでこの人が外に出てきた?…朝見た時は、まだ大麻を吸っていたから、今日も問題はなかったはずだ…


横目で覗いてみると、死神さんは何も言わず、ただ立ち尽くしている。それもそうだ。

死者の人間と関わるのは禁じられていると言っていた。死神さんばかりに頼っていてはだめだ…

自分で…自分で何かを変えなければ…!今なら、涼菜もいる!




「そう、涼菜ちゃんももう大学生なのね」

「はい、近くの大学に!」

「す、涼菜っ…!」



二人の話に割り込むように、僕は幼馴染の名を叫んだ。


「び、びっくりした…急に呼ぶから…。どうしたの、亮介?」


少し面白がるように涼菜が返答してくれる。


「ほ、本当は僕──」



「そうだわ、今日、亮介が好きなハンバーグ作ったんだったわ!お父さんも帰ってきてるし、冷めないうちに食べちゃいましょう!」

「え、」


「ごめんね、涼菜ちゃん!」

「い、いえ、そういうことなら、」


「さあ、行くわよ、亮介。」

「っ───」



声は出なかった。

僕は抗うことすら出来ずに、母さんに手を引かれて、家に連れられた。

その手は、とても力がこもっていて、手首の血管が止まるほどだった。そんな中で、僕が考えていたのは、


死神さんならもっと優しいのに。







バタン、



「亮介…何を言いたかったんだろう?」



亮介とその母親が風見家へと入り、涼菜はその場に残された。そして、そのすぐ側には人ではない何かがいた。


「わ、私も帰ろう…なんか、ここ…いやだ…」


そう言う彼女の語尾は確かに震えていた。

正体不明の不気味さを感じた、涼菜は自分の家へと足を進める。




空気の隙間から黒色の円が現れ、その内側から、更なる黒き物が露わになる。

カラスの形状をしているが、カラスとは遠く離れたその姿はまさに怪物。


赤い目は、その光を、禍々しく光らせ、黒き体には、それを守るように、黒と紫の糸が触覚のように動く。



ガー!ガァー!



怒り狂ったような声で、自らの主人に訴える。



「誰の許可で出てきた?戻れ。」



主人である死神は、聞けば誰しもが、凍てつくような声で、戻るように命じる。


ガァァーー!!


カラスの声はさらに、荒さを増し、その怒りを示す。


「今は耐えろ。私も自分を抑えるので手一杯だ。」


死神の声も、また怒りと悔しさにより、震える。自らの骨すらも折れるくらいの力で、拳を握りしめる彼女の周りには、不気味な黒い霧がかかっていた。



しかし、その恐怖を感じれる人間は、そこには、誰一人としていなかった。





家のドアを閉め、何も言わずに、母さんはただ、僕の手を引き、屋根裏へと投げ飛ばした。


ドスン、と自分の体重が床に叩きつく音が広がる。

薄暗い部屋に、埃が舞う。



「あなた今日、学校にも行かず、どこで何をしていたの?」


その言葉を聞いた瞬間に、僕の体は微かにビクついた。


「た、体調が優れなかったから、裏山で休んでた…」


下手な嘘は火に油だ。それに体調不良以外は、別に嘘はついていない。

でも、そんなことも、この母親には通用しないくらい、自分でも分かっている。


「は?体調が優れない?そんなことで、学校を休んだの?ふざけないで!」


「私が電話でどれだけ恥をかいたと思っているの?!」


「ただでさえ、あなたの存在が私たちにとって恥なのに!」


「誰のおかげで生きてると思ってるの?!」


そんなことを延々と聞かされる。

大きすぎる声は、近所にまで聞こえるかもしれないが、きっと聞こえてはいないのだろう。

いや、もしくは、聞こえていても、皆が見て見ぬふりをしているのかもしれない。


続く母さんの暴言に対して、僕はいつも通り何も出来ずにいた。

上を向けず、暗い床を見ていた。

ただ、その時、無性に自分の母親が息子に対して、一体どんな顔で、今の言葉たちを吐いているのか気になり、僕はゆっくりと、顔を上げた。


「なんのためにあなたを作ったと思ってるの?!」


酷い顔だった。

醜く、この世の誰しもが、その顔を見たいとは思わないだろう。

怒りに身を任せ、表情筋、動作、言葉も全て激情の支配下。

そんな親を見つめる僕はどんな顔なんだろう───



「な、なんなのよ、その顔…!」


ようやく僕に気付いたようだが、僕の顔を確認し、母さんは困惑している。



「その顔…!あなたまで…私を見下すというの…!」


徐々に怒り以外の感情を乗せた声を出す。


「ふざけないで、、、ふざけ、、、ないで。わ、私を…」




「私を───」












「見下すなああああああぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」





急に母さんの声が荒ぶる。

今まで聞いたことのないくらいの悲鳴。


「か、母さん?…」


やっとの思いで出た声はあまりにも小さかった。


「やめろ…やめろ…やめろ…やめろ…」


ガシガシ、と自分の頭を抉るようにかきはじめた。

それも、徐々に声量とともに、早くなる。


「やめろ…!やめろ…!!やめろ!!」


視界が母さんの抜け落ちる髪と血で見えにくい。

なにが起こっている?また、僕がなにかしたのか?



ガクン、



しゃがみ込む自分の前に、母さんが膝から倒れる。

ガシッと、僕の肩に手を乗せ、


「私を…憐れむなっ───」


バタン、


肩に乗っかっていた手は一気に力が抜け、母さんは床に倒れ込む。

後ろには父さんが立っていた。


「困ったねぇ…母さんには少し眠ってもらおうか」


僕は完全に無になっていた。


自分の母親が、暴れ狂い、自らの頭皮を抉り、髪をむしり取る姿。







それは、









自分が壊れる、には十分すぎた。







そこからの記憶はなかった。

気付いたら、眠ってしまっていた。




体の痛み共に、僕は目を覚ました。


「いった…」

「起きたか、少年」


カーカー!


「死神さん?…とカラスも…」


僕はどうやら、死神さんの膝の上で寝ていたようだ。

カラスは僕の胸の上に乗っていた。どうやら、相当心配をかけたみたいだ。

外からは鳥の声も微かに聞こえる。もう日は登っているようだ。

周りを見渡す限り、屋根裏の部屋には、僕と死神さんしかいない。


「母さんと父さんは?」

「…父親は君を痛ぶったあと、気絶した母親を連れて、下に行った」

「そうですか…」




僕は体を起こし、思いっきり死神さんに抱きつく。


「大丈夫か?」

「ごめんなさい…ちょっとだけこうさせてください」

「ああ、いいぞ」


色々と限界だったのは自分でも分かった。死神さんもそれを察して、多くは聞かない。


「…助けてやれなくってすまなかったな」


カゥン、、



そう言いながら、死神さんはぎゅっと抱きしめる力を強めた。

カラスも僕の肩に乗り、ちょこっと、顔を出し、申し訳なさそうな声をあげる。


「ダメです…謝らないでください。手を出しちゃいけないのは分かってますし、そう言ってくれるだけでも嬉しいです」



それから少しの間、僕たちは抱き合った。

そして、それを打ち切ったのは死神さんだった。


「そろそろ、学校に行くか?」

「はい、行きましょう。最後の学校に」



時刻は午前6時──金曜日。

僕、風見亮介が死ぬまであと1日。






その後、普通に学校に行き、昼休みには最後に屋上に行った。

この日、水島先生が来ることはなかった。

そして、あっという間に放課後になり、学校を去った。


帰り道、僕と死神さんは並んで歩く。


「最後の学校、あれでよかったのか?」

「思い出もないので…普通が一番です」


そう、今日はみんなにとって普通の日。

なんの特別もない、ただの金曜日。だから、自分も変に意識する必要もないと感じた。



「あ、亮介ー!」


聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

振り向く前に、その人物は僕の目の前まで、走ってきた。


「やっほう!昨日のハンバーグは美味しかった?」

「うん、美味しかったよ」

「そっかそっか、ならよかった!」


満面の笑みを浮かべる涼菜。

明日は彼女と待ち合わせ場所に行く前に僕は死ぬ。ということはこれが最後。

そんなことを知ることのない彼女はいつも通り話しかけてくれた。


横目で確認すると、もちろん、死神さんはいなかった。



「ねぇ、涼菜」

「うん?なあに?」


「昨日、言おうとしてたことなんだけど、」







「実は僕、両親から酷い虐待を────」







「ごめん、亮介!私、今から予定があるの!」






「ま、また明日ね!忘れちゃダメだからね?」





涼菜は足早で予定があるであろう場所へ向かって行った。





「死神さん」

「なんだ、少年?」



頭上から声が聞こえた。

見上げるそこには、死神さんがその黒い羽織物を風に泳がせながら、空に浮いていた。





「僕ってもう憎悪ないですよね?」





「ああ、ないぞ。他人に期待し、傷つく事によって作られる君の負の気持ちは、今をもって、全て消えた。」



「ですよね。だと思いましたよ」





金曜日──終日。

僕、風見亮介が死ぬまであと、0日。


──── ──── ──── ──── ──── ──── ──── ──── ────

*後書き*

こちら、平崎涼菜のキャラデザです。

死神さん同様に、自分でイメージしやすいように適当に描いたので、ご了承ください。


https://www.pixiv.net/artworks/108010910


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