第8話 真の憎悪 4
時刻はあっという間に水曜日の午前5時。
僕、風見亮介が死ぬまであと3日。
「そろそろ、ここを出ようか」
「も、もうですか?」
死神さんに切ってもらったりんごを食べ終わると、この家を出るように言われる。
「あの二人が起きる前に出て行った方がいいだろう」
「分かりました。じゃあ、鞄だけ、」
僕は床に転がっていた学校の鞄を拾った。服装は昨日から制服のままなので、仕方ないがこれで登校するしかない。
「お前ももう休んでいいぞ」
カゥ…
死神さんの言葉に、分かりやすく、落ち込んだ声を出すカラス。
とても可愛らしい。
「心配なのは分かるが、大丈夫だ。私がついている」
カー!
「よし、
心配が解けたのか、カラスは屋根裏の小窓から外へと飛んでいった。
「あの子は何が心配なんですか?」
「君が気に止むことではない。行こうか」
「は、はい」
少し気になったが、二人だけの会話に無理に入り込むのは悪いので、それ以上は聞かなかった。
その後、僕はそっと、屋根裏の扉を開いた。
物音一つすら聞こえない。やはり、まだ寝ているに違いない。
狭い階段をゆっくりと降りて、僕は二人の様子を確認もせず、玄関のドアを開き、家の外に出た。死神さんに優しくされたすぐあとに、あの二人の顔を見たくなかったのかもしれない。
家を出て、隣を見ると、そこに堂々と死神さんがいた。
「うん?どうした、人の顔をじっと見つめて?」
「い、いや、普通に僕の隣を歩いてますけど、大丈夫なんですか?」
「あー、気にするな、君以外の人間には私の姿は見えない」
「あ、そうなんですね。なら、良かったです」
「そうだな…もし誰かに見られたとしても、ただ君が一人で喋っている変な人になるだけだ」
「ちょ、ちょっとからかわないでください…!」
「予想通りの反応…君はやはり面白い子だな」
死神さんでも、こんな冗談を言うんだなぁ、なんて思いながら、歩いていたらすぐに学校に着いてしまった。
門は開いているが、生徒はまだ一人も来ていない。
「まだ時間がありそうですね」
「そうだな、なら昨日の夜ぶりに、屋上にでも行くか」
「そうですね」
死神さんの提案で僕たちは屋上へと向かった。
正直、誰もいない教室にいるのは少し嫌だったので嬉しい。
ガチャ、
手慣れた手つきで屋上の鍵を開けた。
朝の日差しが少し心地良い具合に当たる。昨日とはまるで違う場所のように明るく、不気味さもない。
僕たちは扉の外に出て、昨晩と同様に、網のすぐ側まで歩いた。
「もし、私がいなければ、今頃ここは事故現場だな。君のせいで」
「そう…かもしれないですね」
そう、昨晩の僕は、この屋上から飛び降り、自らの命を殺そうとした。
飛び降りようと思った矢先、隣にいる死神と名乗る女性に止められた。結果的に僕はこうして生きているが、それもあと数日が最後だ。十二分に生きていられるのも、今日、明日と明後日だ。
どうやら、土曜日に幼馴染の涼菜と出かけるため、待ち合わせに向かう途中で死ぬらしい。一体どのようにして死ぬかは、死神さんは教えてくれない。
顔を上げ、遠い空を眺めた。
青い空、白い雲。見れば見るほど続いていく空の上には、僕たちの常識を超えた何かがいるかもしれないし、いないかもしれない。
そういった無限の想像をさせてくれる空を、僕はただ見つめた。
これから死にゆく運命が待っているにも関わらず、取り込む空気は重く無かった。どこか不思議な感覚だ。
「君がここを気に入っているわけが分かった気がする」
「え?」
「ここは東京だが、都会から少し離れた場所。それに校舎の後ろは裏山、微妙に標高が高い。そのおかげで、都会の薄汚れた空気ではない、綺麗な空気だ。頭もすっきりする」
「分かりますか?ここではすごく穏やかな気持ちになれる気がするんですよね。昨日はちょっと怖かったですけど…」
「なんだ?私のせいとでも言いたいのか?」
「い、いや、そういうわけじゃ──」
「誰かと思えば、やっぱりあなただったのね」
屋上の扉の方から聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
視線を声の方に向け、そこに立っていたのは、
「み、水島先生…」
「こんな時間にいるなんて珍しいわね、風見くん」
「きょ、今日はたまたま早く来てしまって…」
水島先生がこちらの方に歩いてくる。彼女には死神さんは見えないとはいえ、流石に気になってしまう。
チラッと、隣にいた死神さんの方を見ると、
………。
誰もいなかった。きっと、気を遣って、身を潜めてくれたのだろう。
「そういえば、昨日の傷はもう治ったかしら?」
「え、はい、おかげさまで」
「そう、それは良かったわ」
そう言うと、先生は俺の隣に来て、網越しに外の景色を眺める。
「昼休みにはよく来てたけど、朝は朝でまた違った良さがあるわね」
「そうですね」
右手で網に何本かの指を通し、腰あたりまで伸びている長い髪が朝の風に泳ぐ。その髪を耳らへんで、左手で押さえる。トレードマークと言ってもいい黒いメガネをかけ、保健室の先生ならではの白衣を羽織っている水島先生は綺麗だった。
昼休みの時、僕に多くの事は語らず、普通の日常会話を少しし、二人で静かに空を見る事が多かった。けど、僕はその沈黙も決して嫌では無かった。
今日も同じで、言葉を交わす事もなく、ただ静かに時間が過ぎてゆく。
水島先生とこうして、同じ時間を過ごせるのも残りわずか。
彼女は僕の家庭の事情は何も知らない。でも最後なら…最後ならきっと許されるかもしれない。死神さんには、死ぬまでに、憎悪や未練を消すようにと言われている。なら、せめて死ぬ前に先生と涼菜には…!
「あ、あの水島先生…!」
「うん?どうしたの?」
「い、今までは怖くって言えなかったんですけど…僕、実の両親からっ──」
ブーブー、
「ご、ごめんなさい。今から職員室で朝の打ち合わせがあるの…また…今度ね」
そう言い残し、水島先生は屋上を去って行った。
僕はただそこで立ち尽くしていた。
偶然は時に最悪の時間に巻き起こる。しかし、その最悪も他者には絶好な時間に起きた最高な偶然にもなりうる。
それが、今この場にいる誰に当てはまるか、僕は考えようとはしなかった。
キンーコンーカンーコンー、
「おい、少年。君もそろそろ授業が始まってしまうぞ?」
なんの無駄な音もなく、真後ろから聞こえる死神さんの声。
僕はそちらに振り向いた。
網の上、わずか数センチしかないところに死神さんは立っていた。
「どうした?ほら、チャイムはすでに鳴っているぞ?」
美しい色に染まっている青空をまるでねじ伏せるようなくらい黒い容姿の人物。
キンーコンーカンーコンー、
いつも聞くチャイムも、今はどこか不気味に聞こえる。
「ええ…分かっていますよ」
お目にかかれないその瞳に映る僕は、一体どんな顔をしているのだろうか。
頭の中は無。
されど、奥深くで沸々と芽生える感情は確かにそこにあった。
僕は屋上をあとにし、教室へと向かった。
偶然は必然なのか。それとも、必然が偶然を呼び寄せるのか。
考えれば、考えるほど、答えは遠のいていく。
水曜日──終日。
僕、風見亮介が死ぬまであと2日。
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*後書き*
こちら、水島京子のキャラデザです。
死神さん同様に、自分でイメージしやすいように適当に描いたので、ご了承ください。
https://www.pixiv.net/artworks/108010849
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