第7話 真の憎悪 3
寝つけが良いことなんて今まで一度もなかった。
夏は暑さで何度も目が覚め、冬は寒さで体が永遠に震え続ける。そのため、夜は長く、耐え難いものだった。
そんな中、今は凄く居心地が良い。長くも感じるが、いつもとは何か違う。なにより、全く嫌ではない。
死神さんの羽織の中で、徐々に眠気が襲い、眠りについてから、
意識はまるで、水面に浮かんでいるように軽い。でも、その水面もどこか深い底にあるように静かだ。
不思議な感覚の中で、そろそろ終わりの時間が迫っているのが、なぜか分かる。
『嫌だ…まだ起きたくな…』
…………。
………。
……。
…。
。
「起きたか、少年?」
「し、死神さん?…」
目を覚ますと、死神さんはおらず、後ろから声が聞こえる。
見るに、僕は未だに羽織物の中のようだ。
しかし、さっきの屋上とは空気が少し違う気がする。薄暗くって、どこか見覚えが…
「ここは…僕の部屋?…」
「そうだ、屋上にいては、誰かに見られる可能性があるからな。こっちに移動してきた。あいつらも今頃はきっと、あの魔法の粉のおかげで夢見心地さ。だから、私たちに気付くことはない」
「あ、ありがとうございます」
確かにあの二人は、麻薬を摂取してからは、しばらく落ち着く。というか、眠ってしまう。
「あ、ご、ごめんなさい、もう出ます…!」
「うん?なんだ、もう出るのか?もうちょっと暖まってもよかったのに?」
申し訳ないと感じてしまい、僕は羽織物から出る。体は十分、暖まった気がする。
それに今更だが、少し恥ずかしくなってきた。
「まぁいい。少し話をしようか、少年」
「は、はい」
真剣な口調で死神さんは言う。
僕は羽織から出て、姿勢を直して、死神さんの方を向く。無論、顔は一切見えない。
「話をまとめるが、私は死神だ。そして、君はあと4日、いや、日付が変わって、あと3日後の土曜日に死ぬ。」
「はい…」
どうやら、僕が眠っている間に日を跨いでいたようだ。
結構長い時間、死神さんに迷惑をかけてしまった…。
「君が死んだ際、その心の奥深くに眠る負の感情だけが残り、私たちの世界にも悪影響及ぼす。そうならない為にも、憎悪をかき消さなければいけない。分かるかい?」
「はい、分かります…」
「それで、残りの3日は私と行動を共にし、君の憎悪を小さくし、死んだ時に一緒に消えるようにする。つまりは未練を残させなければいいのさ。以上だ」
「な、なるほど…」
冷静に聞いてしまったが、改めて聞くととんでもない話だな。自分が死ぬ話を、何の疑問も思わず、聞くなんて…でも、死神さんの話し方のせいかどうか分からないが、あまり怖いとかの感情は特にない。ただ、少し困惑しているだけだ。
憎悪か…負の感情。そんなものが僕の中に本当にあるのだろうか、とも思ったが、よくよく考えてみれば、昼間の脳内の砂嵐…死神さんは『記憶の裁判』って言ってたけど、そこで思い出せたのは、全てが嫌な記憶や感情だった…
普段は表に出ないだけ、もしくは自分でも気づいてないだけで、本当の僕はもしかしたら…
自分の知らない自分が自分の中にいるかもしれない恐怖。
決して、開けてはならない蓋が自分の中で、その存在を大きくしているかもしれない。
ぐぅぅぅぅぅ〜〜
緊張の沈黙をかき消したのは自分の腹の音だった。
「なんだ、腹でも減ったのか?」
「////」
顔が赤くなるのが自分でも分かる。暗くってよかった…
「そうだろうと、思って、この子が木から果物を取ってきてくれたぞ」
カァー、
死神さんの後ろからひょっこりと、あの時のカラスが顔を出す。
そして、羽を大きく広げると、なにもなかったところに黒い輪っかのようなものが現れ、中から、リンゴがゴロゴロと、たくさん出てきた。
「ちょっと待っていろ。りんごは私が切ってやろう」
羽織の中から、包丁を出してきて、綺麗にりんごの皮を剥き始めた死神さん。
「そ、それってうちの包丁ですか?…」
「ああ、麻薬中毒者が包丁を使うとは到底思わないからな。借りてきた」
どこかで見たことあると思ったら、うちのキッチンにあった包丁だった。まぁどうせ、誰も使わないから取られても大丈夫だろう。
「君が眠ってから、この子がずっと心配していてな、お腹を空かしているだろうから、取りに行ってくれたんだ」
「そっか、ありがとうね、カラスさん…!」
カゥ…、、
なぜか、とてもか細い声でカラスは鳴いた。
「あ、あれ…どうしちゃったの?…」
「これで足りるかどうか心配しているみたいだな」
「そ、そんな…!十分だよ!普段なんて…あっ!」
「あ、あの、僕がさっき吐いたやつ…ご、ごめんなさい、すぐに綺麗にって…あれ?」
夕方、自らの父親に腹を何発も蹴られ、吐いてしまった嘔吐物を片付けようと探すも、見当たらない…
「それも、この子の力で処分しておいたから気にするな」
「あ、ありがとうございます…」
まさか、命を救ってもらって、食べ物まで用意してもらって、自分の嘔吐物まで…迷惑かけてばかりじゃないか…
心底申し訳ないと感じてしまう。
カァーカァー、
「うん?あぁいいぞ、行ってこい」
コソコソと、死神さんとカラスが話していると、死神さんの肩から降り、トコトコと、僕の方にカラスは歩いてくる。
カー!カァウァーカァー!
自分の羽を閉じたり、閉めたりと激しく何かを訴えてこようとしている。
「え、ぼ、僕、なんか怒らせるようなことしちゃったかな?…」
カァアー!
すると、もっと大きな声でカラスは鳴いた。
どうしよう…なにを伝えようとしているのかさっぱり分からない…
「君のことを慰めようとしているのだよ」
「え、」
視線は切っているりんごに向けながら、まるで当然のような口調で死神さんは言った。
「『信じるのは難しいかもしれないけど、私たちは君の味方だよ。君には不幸な気持ちを持ったまま、死んでほしくない。だから、私たちの前では自分を責めなくたっていいし、遠慮なんかもしなくっていい』っとさ」
「無論、それは私も同じ気持ちだ。ほれ、りんご」
ゴトっと、床に皿が置かれた。
皿の上には、可愛らしく、尖った耳が二つ付いてる形のりんごが置いてあった。
「こ、これは?…」
「りんごだ」
「そうじゃなくって…」
「猫の形をしたりんごだ」
「普通こういうのってうさぎでは?」
「…うさぎは好みではないからな」
珍しいが、これはこれでとても可愛らしいりんごだ。
「でもカラスさん、慰めてくれてありがとうね」
カァー!
ご機嫌そうに返事をしてくれた。
「死神さん、この子のこと、撫でてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
死神さんは二つ返事で了承してくれた。
カアー!
すると、カラスは勢いよく僕に飛びついてきた。僕は優しく頭を撫でてあげた。
カゥ…
少し甘えるようにも聞こえる声も出してくれた。
「珍しいなぁ、その子が私以外に懐くなんて、ましてや人間に」
そっか、この子も、死神さんも、ちゃんと僕を見てくれてる。
本当の僕を。それでいて、優しくしてくれる…なら、僕も応えなきゃ。
今までとは違う。今度は僕を想ってくれる人に応えるんだ。
せめて、僕のくだらない感情が、この人達の世界に迷惑をかけないように…
「死神さん」
「うん?なんだ?」
「僕、信じます、あなた達のことを。信じて…憎悪なくして、死にます。」
「ふっ…死神として、ありがたき言葉。いいぞ、少年。
死神の顔は深々と被った羽織物のせいで元々見えなかったが、その時は、なぜか羽織の中で目らしき位置が赤く、そして、青白く不気味に光っていた。
恐ろしさもあったが、それ以上に、どうしてだか、僕はこの人に殺されることに喜びを感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます