第6話 真の憎悪 2
「そうだよ?今週の土曜日にな」
「は?」
え?僕が死ぬ?しかも今週の土曜日に?今日が火曜日の夜だから、あと4日…?
「そ、そんなこと急に言われても…しかも土曜日って─」
「あの幼馴染が気になるか?」
「な、なんで涼菜のことを?」
土曜日は涼菜と出かける予定を無理矢理立てられた日だった。そして、なぜかそれを女は知っていた。
「少年、左手の甲を見たまえ」
「左手の甲を?…」
言われた通り、左手を軽く上げ、視線をそちらへ向ける。
そこには昼間についたやや斜めの傷がまだあった。
「その傷は契約、私がつけたものだ。まぁ正確には私ではなく、この子なんだが」
「この子?…」
「
女がそう言うと、夜空から一羽のカラスがその漆黒の姿を露わにする。何も寄せ付けないようなその闇色は恐怖心すら覚えるがどこか美しいとも思えてしまう。それにどこか見覚えが…
カーカー、とよく耳にするカラスよりも低い鳴き声で、ゆっくりと女の肩に乗り、その羽を止めた。
「そのカラスは…」
「そう、君が昼間、この場所で見たカラスだよ」
「詳しくは言えないが、まぁ私の使い魔みたいなものだと思ってくれればいい。この子の力を使って、君の視界を奪い、傷をつけて、一時的に君の血と契約させた」
「もういいぞ、
カァー、
女が命令を出すと、勢いよく飛んでいき、暗い空に消えていった。
「血には記憶、感情、そして感覚すらも残ると言われている。その契約によって、君の過去の記憶を見る事が出来る。それとあの子が物理的に君の行動を見張り、私に報告するのが、主な役目だな」
「じゃ、じゃあ、あの時、脳内の砂嵐みたいなものは…!」
「『記憶の裁判』、ちょうど私が君の記憶を見ていた時だ」
なるほど、だから涼菜との予定も知っていたし、僕がここに来るのも分かっていたのか。
でも、あの時、『また怖い思いをさせてしまったな。』と女は確かに言った。つまり─
「見たんですか、僕の記憶を?」
「…ああ、見たぞ」
僕は座り込んだまま、下を向き、問いかけると、女は静かに答える。
見られた。知られてしまった。今まで、誰にも知られなかった事を。
知られたら、自分はきっと消されてしまう、とも考え、包み隠してきたもの。
どうせ、知られたところで誰も何もしない。見て見ぬふりをするのが普通だ。そんなこともよく考えていた。皆、その時の日常を壊されたくない一心で、無駄なこと、関係のないこと、面倒なことには関わることを無意識に拒む。ましてや、人間でもない死神の女に知られたとこでなにも──
「言っておくが、あれが普通ではないからな」
「え?…」
女は少し強い口調でそう言った。
「君はあの態度が普通の教育だと思っているのだろう?馬鹿馬鹿しい。あれが普通なのか、そうでないのか、誰かに言うべきか、そうでないか、それをずっとぐるぐる考えているだろう?君が受けたのは紛れもない暴力だ。とても理不尽な虐待。」
「……で、でも元はと言えば、僕がなにも出来ないダメ息子だからいけなくって…もっと上手くやっていれば、二人はきっと──」
「きっと、なんだ?」
「そ、それは……」
「褒めてくれるのか?好きなものでも買ってくれるのか?いや、質問を変えよう、愛してくれるとでも言うのか?」
「………」
「今までそんな行動を一度だってしたことのない連中に、君はなにを求めている?」
「ぼ、僕はただ…、」
ただ……なにを求めていたのだろうか。
ひたすらに勉強し、二人の喜ぶ顔が見たかったのか?違う…
違うけど、何が違うんだ…
僕は一体…なにを…
「いいか、少年?」
黙ったままの僕に女はまた歩み寄り、同じ目線まで屈み、僕の頬に優しく手を添える。
「自分らの子を問答無用で愛し、『こう生きて欲しい』という気持ちは後回しで、この世界を、自分らしく、『ただ生きてほしい』という気持ちは常に一番。」
「レールを揃えるのは親の仕事だが、そのレールをどの道に、どのように敷くかはその子次第だ。つまり、求める為ではなく、求められる存在になりたい。だから新しい命を産む。それが、私の思う親という存在だ。」
「それなのに、何かを求める為に子を産むなんて…あの二人は君の親だって言う資格は全くもってない。」
女は手を動かし、僕の頬を撫でる。
「く、くすぐったいです…」
「……体、すっかり冷えてしまっているな」
「なら、私が教えてやろう。
「え?」
「
頬を撫でる手がまたしても赤く光る。
そして、ゆっくりと僕の瞼が無意識に閉じ始める。
ただ、さっきみたいに抵抗しようとは思わなかった。不思議と女に対しての恐怖感は消えていた。
次第に瞼は完全に閉じ、視界が真っ暗になる。
目の前にいた、女の気配が消えた。
その後、背後から何かに包み込まれる感覚がした。
「
背後から耳元で女は小さく呟く。
言った瞬間に瞼が自由になり、状況を把握しようとした。
「おっと、後ろを向くのは禁止だ」
文字通り後ろを向こうとすると両頬を手で固定される。
よく見ると、僕の体は黒い布のようなもので覆われていた。
「どうだ、少年?羽織の中は暖かいだろう?」
手を首筋まで下ろし、後ろから僕をぎゅっと抱きしめる。
きっと、女は自分が着ていた羽織物の中に僕も入れてくれたのだろう。とっても暖かくって体がポカポカする。
「さっきよりも安心するか?」
「はい…いつもは痛みで寒さを凌いでいたので…って知ってますよね?」
「ああ」
「なんでお姉さんは僕に優しくするんですか?…それも使い魔の力で僕の心を読んで、都合の良いように…」
「馬鹿者、疑いすぎだ。契約で記憶は覗けるが、本人がどう思っているかまでは分からん。今はただ私がこうしたいからやっているのだ」
きゅっと、抱きしめている手が少し強くなった気がした。
「君はすごい子だと私は思うぞ。君がどれほど頑張ってきたか、どれだけ耐えてきたか、記憶の裁判で見てきた。だからこそ今日のも心底虫酸が走った。助けられなくってすまないな、死者本人はともかく、部外者には干渉出来ないんだ」
申し訳なさそうに、女は僕に謝った。
「いいえ、そうやって言ってもらえるだけでも嬉しいです…」
そこで僕は思った。
きっと、僕はただ認めて欲しかっただけなのかもしれない。風見亮介という人間を、ありのままの自分を。
何度転んでも、失敗しても、それがいずれ成功に変わったとしても、僕はいつだって僕だ。そこには一切の揺らぎはない。そんな僕を認めてくれる誰かに会いたかったのかもしれない。
「君は私が今まで見てきた人間とは少し違う。優しく、とっても綺麗な心を持っている。だが、誰しも心の奥深くに憎悪を秘めているものだ。君のは決して小さいものではない。だから、私がこの3日かけて抹消してやろう」
「で、出来るんですか、そんなこと?…」
「さぁな、今までは陰ながらだったが、こうして前に出たのは初めてだ、君のやりたいことをやって、少しずつ憎悪をかき消そう」
「僕の好きなこと?…」
「ああ、明日までに考えておけ」
やりたいこと。
今までの僕は、自分でやりたいことは何かとかは考えた事すら無かった。与えられたのは終わりの見えない勉強と苦痛。でも、初めてこうして、僕の意志を聞いてくれる人がいた。
「そういえば、なんて呼んだらいいですか?…」
「私か?うーん、そうだなぁ、シンプルに死神さんでいいぞ?」
「分かりました…」
「私はもう知っているが、君の口からちゃんと聞きたい。君の名前は?」
「風見亮介です…」
「うん、これから3日間よろしくな、亮介」
「あ、あの死神さん?…」
「どうした?」
やばい…なんか一気に眠気が…でもこれだけはちゃんと伝えたい…
「眠くなってしまったか?いいぞ、このままゆっくりと眠れ」
「だ、駄目です…さっきは…いきなり怒鳴っちゃって、ごめん…なさ…ぃ…あと…ありが…と……」
。
。
「まったく、そんな事のためにわざわざ…不思議なやつだな。自分がいつもされているから、された人がどんな気持ちになるか、ちゃんと分かってるんだな…私は全然気にしてないのに」
「………」
「殺すのには惜しいやつだな……でも、君にはああはなってほしくない…だから…」
静かに眠る少年を死神はただ、後ろから力いっぱい抱きしめた。
「だから、死ね」
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*後書き*
こちら、死神さんのキャラデザです。
自分でイメージしやすいように適当に描いたので、ご了承ください。
https://www.pixiv.net/artworks/108010649
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