第13話 要塞の真実

クロエは渓谷の要塞に潜入して情報を収集している。この山は海岸線から近く今までのエリアと向こうの地区を分断している状態になっていた。恐るべき山脈にはブラックマンバ関連企業の兵器やロシア軍の装備、鹵獲したアメリカ軍の兵器などがゲリラ部隊に供与されていた。いくつかの山が谷で繋がり複雑な地形をしており、ルートも悪路ばかりだ。まさに自然の要塞。この要塞は米軍が戦闘地域に輸送する物資をヘリごと破壊するゲリラの作戦に使われるのだ。クロエが入り込んだ基地にはアンテナと捕虜収容所、そして大量の装備があった。まだこの山々には装備品が格納されているに違いない。しかし、それを全て破壊して回るのは無理だろう。今は一人だけになった指揮官がいるだけで、中は無人だ。しかし三日後には新たな物資が基地から運び込まれてくる。それまでにもっとこの周辺を探りたい。そして麓の列車も重要な要素だ。ターミナルから列車に潜り込めば一気に敵のアジトに行けるかもしれない。期限が三日だがそれまでにこの山の秘密を暴く。渓谷側にみ仕掛けがありそうだ。そして山の山頂にあるこの基地もまだ見ていない箇所があるし、湖も怪しい。捕虜たちのこともある。まずはもっと情報だ。


「地下通路があるようだな。地下があるのか。ここに行くとしよう。」


クロエは地下に続くハッチを見つけた。深くはないが人が一人通れる大きさだ。そこは一本道で繋がっていた。


「何があるのか・・・」


扉から下に降りて進む。コンクリートで塗り固められた無機質な空間だった。数十メートルは続いている。


「地下があるということは抜け道があるのか?それとも戦闘に使う仕掛けか。全然違うものが隠されているのかもな。」


色々な推測をしたがそこまで大きくはない道だ。武器を隠すにしても戦闘用だとしても可能性は幾らでも考えられる。


「まさかアメリカ軍の最新鋭兵器が格納されているのではないだろうな…」


山道の途中で見た武装ヘリを思い出して思慮巡らせた。そして彼女は硬い扉の前で歩を止めた。ここがこの地下通路の終点らしい。


クロエは大きい扉をゆっくり開け放った。するとそこには驚愕するべきものが広がっていた。流石にこれには驚いた。


「何!?これは…一体どういう状況なんだ。」


そこには通常の兵士とは明らかに違う特殊な装備を身に着けた兵士達がベッドに寝かされ、謎の点滴を受けていた。遺伝子治療に関するデータがパソコンに表示されている。人種も様々で白人、黒人、黄色人もいた。まるで被験者だがクロエには見覚えがあった。


「これは特殊生体兵器の研究データに似ている。何故ここに。もしや人造的に特生体を生み出しているのか?」


眠りについている兵士達が受けている治療はクロエ達を含むアルティメット・ソルジャーズ・プロジェクトの実験過程によく似ていた。完全体ではないがこの遺伝子改良パターンは類似している。そしてパソコン上のデータやデスクに置かれた書類には遺伝子情報に関する記述が大量に書いてあった。ここは秘密研究室にもなっているようだ。ここは改造兵士の整備室なのか。


「模造兵器を作っているんだ。この一帯はブラックマンバお抱えの製造製造兵器で武装するつもりだな。この山脈にも戦闘までに配備する気か。」


ブラックマンバの遺伝子研究部門が手掛ける一大プロジェクトに究極生命体の量産があった。プロトタイプなど既に大量に生産されている。多くはアビゲイル達の遺伝子がベースだ。改造兵器を大量に生み出し、新たな無敵の軍隊を作りだす野望があるのだ。そして無敵の戦士達はブラックマンバの主要戦力であり貴重な商品でもあるのだ。つまり人造人間のビジネス化だ。


「もしかすると近々予定されているゲリラ軍団の大攻勢にも投入するつもりなのか。いや、ここに用意されているということはそういうことだろう。だとすると尚更ここは破壊しなくてはならないな。」


模造とはいえ立派な特生兵である。その戦闘能力は並の兵士の比ではない。本物よりは見劣りするだろうが十分な強さを秘めている。これが大量に重要な戦域に増員されれば最前線で戦うアメリカ軍部隊は完全に劣勢状態になる。それを防ぐ必要もあるし、なるべく模造兵士の生命活動を停止させねばならない。いまやブラックマンバの人造人間達はブラックマーケットでも高値で取引される大人気商品だ。だが各国からすればタブーそのものである。オリジナルの超人兵士には遠く及ばないとしても強大な戦力を持つコピー品は十分以上に恐怖なのだ。それにブラックマンバが反米国家や勢力に模造兵士の技術などを提供しているということはその地でも模造特生体兵士達が生み出されているということを意味しているのだ。クロエ達には彼女達の完全破壊も与えられている程危険な存在であった。だが、特生兵の模造は次々に行われる防ぎようがない問題でもあった。


「結構いるんだな。よくここまで…」


模造特生兵はコンピューター管理された空間でメンテナンスを受けているようだ。後に実行される戦いに備えての最終調整なのだろう。無表情な顔つきが不気味さを醸し出している。その中に一際異彩を放つ個体がいた。


「これは…」


クロエは言葉を失った。そこには美しい金髪の若い女がいたのだ。女は他の戦士たちの中央に位置する一回り大きな装置の中にいた。特別な兵士であることは間違いない。


「この女はブラックマンバの秘密兵器か…だが、やけに厳重に管理されている。もしやここの真価はこの女のための施設なのか。」


クロエは女のベッドに向かうと陶器のようなその顔を見た。女は安静に安らかな表情を浮かべている。


見事な体つきをした女だが、現実味がない美しさを持っている。


「これはやはり模造特生兵の強化兵士だな。この地下にこれだけの設備があるということは地上の簡単な建物は偽造の可能性もあるな…」


クロエは直感でこの場所の役割を感じ取っていた。元々あったわけではなく、何かしらの目的があってここに運び込まれたに違いない。それは何の任務なのかが知りたいが、今は仕方がない。


模造特生兵の生命維持装置を全部切ることにした。実力は本物の特殊生体兵器には遠く及ばないが、個々の力は並の兵士では太刀打ちできない。十分に脅威になる。


「しかし、この女だけはどうにも出来ないな。これは特別な任務を与えられている兵士なのだろう。」


他の兵士とは違い女には生命維持装置は見当たらない。巧妙に隠してあるという感じがする。


「これ以外は全て切ってしまうか。悪く思うな。この数はとても厄介だからな」


クロエは女以外の生命維持装置を切ると模造兵士たちのデータが消滅していく。極秘命令がある以上彼女達には消えてもらわなければならない。


電源を完全に遮断したので、部屋は真っ暗になった。しかし、金髪の女のベッドだけは電源が作動している。


辺り一面は暗い中、女の周りだけがイルミネーションのように光り輝いている。


異様な光景だ。女を消すことは出来なかった。このまま首を描き切ってもいいが、上の作戦室も気になる。それにこの女は写真を撮影して、後でステイシーやサマンサに分析してもらいたかった。


「5枚撮っておくか。」


クロエは女の写真を角度別に5枚撮影して二人に送信した。


「この女はコードネーム・サラというのか。」


クロエは女のベッドの横にあるコンピューターに移された画面にSARAという文字を見かけた。


「詮索は後だ。」


周囲からはパソコンの画面に映っていた生体データも幹並消え去っていた。模造兵士の生命が完全に消えるのは確認すると、クロエは簡単に十字を切って手早く地下基地を後にした。


「ここもじきに見つかるだろう。あの女のことは後回しだ。今は上の資料を見ないといけないからな。」


特生兵はクロエは幾度も見てきた。彼女にとって珍しいものではない。その死ももはや慣れている。


クロエは鉄の扉を開けると地上に出る通路に向かった。


「さて、もう一つの任務のクリアだな。この施設の秘密を暴かないと。」


一方その頃。


全模造兵士が死亡した後、ベッドから不気味な稼働音が聞こえた。


メインコンピューターは生きていたのだ。


金髪の女はゆっくりと目を開いて起き上がった。


その目には熱い闘士と憎悪の感情が灯っている。


女は低い声で呟いた。


何回も、何回も。


「クロエ・ドライデン…クロエ・ドライデン…クロエ・ドライデン…」


やがてその声は怒りの声に変わっていき、絶叫に変わっていた。


「クロエェェェェェ・ドライデェェェェェン!!!!!」


そして静かにこう囁いた。


「クロエ・ドライデン…お前だけは私の手で始末する。」


女は全裸で暗闇に出ると、地上へと続く階段を見上げた。


クロエはこの先にいる。


女は歓喜の表情を浮かべてクロエの後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る