最終話 2
放課後、無動が部室に向かっていると周りの生徒から目立った虐めは行われずにいるが、陰口を叩かれ白い目で見られ関わりたくない生徒の殆どが無視を始め、結果として瀬良のやったことで虐めが陰湿な物に代わってしまった。
「また……同じかぁ」
ぽつりと無動が呟くと片側の口角を上げ頭を掻きながら部室に入った。
「遅かったわね」
お湯を沸かし、お茶を淹れている瀬良が顔を出す。
「瀬良……何してんだお前?」
「朝の事、覚えてないの? 行くって言ったでしょ?」
「あ? あぁ……」
お茶が入った湯呑をお盆に乗せ、運ぶ瀬良。
「ごめんなさい。私が出しゃばったせいで、周りから距離を置かれたわね」
無動が指定席である回転椅子に座ると、瀬良がお茶が入った湯呑を無動の前に出しし、一人用のソファーに腰を掛ける。
鼻で笑う無動。
「今まで通りだ。それより、事件の詳細だ」
鞄からノートと筆記用具を取り出す無動。
「第一発見者と言うより、目撃者に近いかしら?」
「えぇ、順を追って話すとね……」
回想
『あの日、家中に呼び出されて琴神が復学するって聞かされたの』
『あぁ』
スマホを取り出し、早朝にSNSで無動に送ったメッセが未読のままで電話をしても出ないのを確認して生徒会室を出て行き、綾南高校内にある中央委員室に向かう瀬良。
瀬良が入室すると、中央委員室に居る役員達の視線が瀬良に集まる。
「皆、今作業してる事を中断して、話を聞いて」
役員達が目配りをして、作業を止め各々の席に着く。
「再程、生徒会長から連絡があり、明日から停学明けの生徒が登校してきます」
「……」
「その生徒は琴神雅也、三年生です」
「琴神って、去年瀬良さんが捕まえたあの琴神ですか?」
「えぇ、そうです。その琴神ですが……」
「す、す、すみません。質問をよろしいでしょうか?」
一人の中央委員が手を上げる。
「何かしら?」
「その琴神っていう生徒は誰ですか?」
「おい、馬鹿。そんな質問なら後で二年の中央委員(俺達)に聞けよ」
「す、すみません」
手を下ろす一年生の中央委員・樋長。
「いいのよ。そうね、一年生は知らないわよね」
瀬良はロッカーから琴神が起こした事件と琴神の写真を取り出すと、写真をホワイトボートに貼る。
「琴神雅也は一年前、ある事件の弁護をした当時一年の無動和真に対して一週間の入院をさせる程の怪我を負わせたの」
「無動和真って、身なりを気にしない目の隈が酷い?」
「そうだよ。あいつ。あの頃は無動には何しても許される。そんな雰囲気が校内に漂ってなぁ」
「尾野くん。その話、止めてくれない!?」
尾野は喉元に刃物を突き付けられてるような錯覚を覚える程に瀬良の言葉と眼光に恐怖を感じ、咄嗟に口を閉ざし、青ざめる。
「ヤバ‼」
「無動くんの一件で停学処分に成った琴神が明日、登校するのだけど問題があるの」
「問題ですか?」
「えぇ、生徒指導館でもごく稀にらしいんだけど感情を抑えきれずに他の生徒に暴力を働いていたらしいの」
「それって理性の無い動物じゃないですか。そんな生徒が復学って」
「えぇ、全く同感だわ。それで、皆にお願いがあるの」
「なんですか?」
「これから当分の間、琴神の身辺を監視して欲しいの」
「それは、無理じゃないですか? 瀬良さん。只でさえやる事が多いのに」
「それは充分、分かってるつもり。でも、あの琴神が何もせずにいるとは思えないの」
「何か証拠とかあるんですか? 事件性とは言わずとも俺達も学生である以上は勉強しないと……」
「それは……」
目線を逸らす瀬良。
「ない……」
「悪いですけどなら、無理ですよ。ここ最近、中央委員の仕事が多くて勉強が出来てないんですよ。俺達」
尾野の一言で周りの中央委員達の顔を見渡す瀬良。
すると、殆どの生徒が俯き、瀬良に顔を合わせないようにしていた。
「そうね、私が悪かったわ。今の話は忘れて。ごめんなさい」
頭を下げ、中央委員室を出て行く瀬良。
瀬良が下駄箱まで来ると、樋長が手を振って追いかけて来た。
「樋長さん、どうしたの?」
「私、傍観者に成りたくないんです‼」
「傍観者?」
過去の自分を思い出し、表情が暗くなり、聴き取れない程の小さく呟く瀬良。
「羨ましい。私にもその覚悟が出来ていたら……」
「部長?」
「何でもないわ。手伝ってくれるなら行きましょう」
琴神が入部していた野球部や以前から立ち寄っていた場所やお店を二人は手分けして回った。
駅の改札口前で瀬良が待っていると、息を切らせて走ってくる樋長。
「樋長さんどうだった?」
「ダメでした。教えて頂いたお店、全部に聞きましたが来ていないと」
息を整える樋長、顎に手をやり考える瀬良。
「そう」
「部長の方はどうでした?」
「えぇ、野球部も同じね。協力的では無いから苦労したけど」
二人が話していると電車が到着し、乗り込む二人。
「雪、止まないですね」
「えぇ」
言葉少なく返事を済ませ、時計で時間を確認する瀬良。
「部長、今は何処に向かっているんですか?」
「樋長さん、降りるわよ」
「あ、はい」
電車が駅に着くと改札口を出て、周りを見渡す瀬良。
「居ないみたいね」
「琴神って人ですか?」
「それもそうだけど……」
瀬良は左腕を上げて腕時計を見せる。
「もう、下校時間過ぎてるでしょ?」
「っあ、そうですね」
「流石に琴神が茅野さんを知ってるとは思えないけど念のため、無事を確認したいの。それが終われば今日は終わるつもりだから」
「茅野さん……っあ、あの無動さんっていう人と同じ弁護部の」
「そう」
二人は雪道の中、茅野が住むマンションに向かっていると小さな子供が雪道に滑って転び泣きだした。
瀬良が子供を抱きかかえて、ポケットから飴を取り出し子供に差し出すと、子供は泣き止み飴を舐め始めると姉らしき高校生が瀬良に頭を下げ子供と手を繋いで帰った。
「部長さんアレって……」
樋長の方に向き直り、樋長が指を指してる方に視線を移すと金髪の男が女子高生の頭目掛けて、金属バットを振り下ろした。
倒れる女子高生。
「樋長さん、救急隊に連絡。そが済み次第、女性に応急処置をお願い」
走り出す、瀬良とは別に樋長は目の前の出来事に整理がつかず頭が真っ白になり、指先が震えるだけだった。
「樋長さん、早く!!」
振り返った瀬良の怒号に我に返り、スマホを取り出し救急隊に連絡する樋長。
瀬良は走って、金髪の男を追いかけるも男性の姿は無く、倒れてる女性の介護しようと戻ると、血を流して倒れてるのが茅野だと知り下唇が出血すのを気にも留めず強く噛んでいた。
× × ×
「これが犯行当時の全て。何か聞きたい事はある?」
「疑問点が三つある」
指三本立てる無動。
「何かしら?」
「一つ目はどうして依頼人だと分かった?」
「それは……」
瀬良の言葉を遮って、話を続ける無動。
「二つ目は何故バットを使った?」
「それなら……」
「そして……」
無動に続けて話すように手を前に差し出す瀬良。
「コレが一番の肝だ」
「何かしら?」
「茅野を狙った動機だ。依頼人は茅野の存在を何処で知ったんだ?」
「共犯者がいると?」
「さぁな。少なくとも依頼人に茅野の事を教えた奴がいるとい事だ」
「分かっている事を話すとね……」
瀬良は立ち上がり、部室に置いてあるホワイトボードの前に立つと数枚の写真をマグネットで挟みホワイトボートに貼り、マジックで必要な事を書いていく。
「犯行現場で見た男の特徴が琴神と一致したわよ」
「一致?」
「えぇ、犯行現場で私達が見たのは街灯で照らされた金髪で身長が170前後の男性だったて事」
「それで?」
「金髪は琴神のトレードマークで犯行翌日に登校してきた時も変わらずだったわ。それに琴神は身長が176㎝。決定的なのが、琴神が持っていたバットには茅野さんの血痕が付いてたこと。そして、指紋も琴神のしかなかった。コレの状況証拠とバットが物的証拠となったわ」
「目撃者二人の証言は間違えないのか?」
「私達を疑っているの?」
「まぁな。ちょっと、行ってみるか」
立ち上がり、無動はロングコートを着ると鞄を持って部室を出て行く。
「ちょ、ちょっと、どこ行くのよ!?」
慌てて、置いてあったダッフルコートと鞄を抱きかかえて無動の後を追う瀬良。
無動と瀬良は電車とバスを乗り継いで犯行現場に到着した。
「犯行現場はここで……」
歩いてきた方角を眺める無動。
「瀬良達は……」
「今、学生がこっちに歩いて来てるあの辺で見てたわ」
「って事はだ。あの学生の身長はどれくらいだ?」
「……私に聞いてるの?」
「瀬良しかいないだろう。早く答えろよ」
「はいはい、悪うございました。そうね、165㎝前後じゃないかしら?」
「男か女か?」
「あのねぇ!?」
「早く‼」
「女性に決まってるでしょ。スカートは居てるんだから‼」
瀬良の言葉を聞かずに、歩いてくる学生に声を掛ける無動。
「すいません、身長いくつですか?」
「はぁ?」
無動にいきなり話しかけれ身構えると、そこに瀬良が事情を説明し改めて身長を聞いた。
「163だけど」
「微妙だな」
「はぁ!? いきなり話掛けてきて、何その態度。口の利き方勉強しろよ」
そういうと女子高生はつかつかと歩いていった。
「無動くん、あの人の言う通りよ。それで、なにが微妙なのよ?」
「証言では170前後だが、実際に試すと2㎝の誤差がある」
「そうね。でも、離れてた距離から正確に身長を言い当てるのは難しいんじゃないかしら?」
「その通り。だから、この証言の誤差は比較的正しいと言える。だから厄介なんだ」
「どういう事?」
「依頼人が犯行に及んだ可能性が高くなる」
「そういうこと」
懐から懐中時計を取り出す無動。
「まだ間に合うな」
そういうと、駅の方に走り出す無動と瀬良。
二人がやって来たのは茅野が入院している病院だった。
「ちょっと、待って無動くん。あなた、まさか茅野さんに話を聞くつもり?」
「当たり前だ。犯行に及んだ人間の顔を見てる可能性があるんだからな」
「それは、そうだけど茅野さんの気持ちを考えてあげたの」
「ロリの気持ち?」
「訳も分からずバットで頭を殴られて、その犯人の弁護を慕ってる貴方がしてるの……」
「それがどうした。それで俺が嫌われようが何されようが別の話だ。今は依頼人の人生を左右し兼ねない事件の弁護だ。そんな物の為に躊躇していられるか」
無動は茅野が入院してる病室のドアまでくると二~三度ドアをノックに返事を確認して入室する。
「失礼します」
無動がドアを開けると茅野以外に中野と松永が以前と同じように茅野のベットを挟むように左右に一人ずつ座っている。
「何の用かしら?」
無動を睨む中野。
「茅野さんにお話をお伺いしに来ただけです」
「貴方に話す事なんて無いわ。帰っていただけるかしら」
「そうもいきません。此方も依頼主の人生があるもので」
「ふざけるな。何が人生だ。人を傷つけておいて。一歩間違えれば絵里は死んでいたかもしれないんです。謝罪するのが先じゃないんですか⁉」
目頭を真っ赤にし、溢れ出る涙を抑え無動に必死に問う中野。
「謝罪については依頼人からは何も聞いておりません。此方から確認し、改めてご報告させて……」
無動の淡々とした口調に耐え切れなくなった中野が無動に詰め寄ろり、力一杯頬を叩こうとした瞬間、二人の間に割って入る瀬良。
「中野さん、ごめんなさい。私から良く言い聞かせておくわ」
「凛ちゃん、私なら平気だから」
松永にサポートして貰いながら上半身を起こす茅野。
「無動さん、私が襲われた時の事を話せばいいんですよね?」
「お願いします」
鞄から調書を取り出す無動。
「あの日は放課後に部室で寝過ごして、起きた時には下校時刻を過ぎてて急いで学校をでたんです。駅について、歩いてたら後ろから男性が私の名を呼んだ気がして振り返ろうとしたら、突然バットで頭を殴られて……」
「他に何か思い出された事はありませんか? 例えば顔は見られましたか?」
眉間に皺を寄せ考えるがゆっくりと頭を左右に振る茅野。
「顔は見てません。ですが……」
「ですが?」
「私をバット殴った人は金髪だと思います」
「何故、そう思うんですか? 顔は見なかったんでしょ?」
「それは……街灯。街灯で頭が金色に光ってたんです。嘘じゃないです‼」
無動に自分が見たことを必死に訴える茅野だが、いきなり大声を発して傷口が痛み出す。
「無動さん。コレくらいで帰ってくれませんか? じゃないと、絵理の傷口が開いちゃうんで」
「そうしましょ。聞きたい事は聞けたでしょ?」
松永の言葉に同意し、病室から出て行くことを促す瀬良。
「お大事に」
調書を鞄に仕舞い病室から出て行く無動と瀬良。
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