最終話
盗作騒動から数日後、学園自治区を含む都内の気温は今季二度目の氷点下を下回る寒さに拍車をかけるように明け方から雪が降り始め、学園自治区はあたり一面が雪化粧になり、学生達は思い思いの防寒をして学校に登校していく。
時は放課後となり、茅野は部室に向かう途中で瀬良から無動が休みだと聞いて逸る気持ちを抑え、足早に部室へ向かう。
「鬼の居ぬ間にっと……」
茅野は無動の目を盗んで隠してあった有名店のショコラテリーヌを取り出し、無動がいつも座っている回転椅子に座り、足を投げ出す。
「? なんか、暖かいぞ?」
足元が暖かくなったのを不思議に思った茅野は回転椅子から立ち上がり、椅子を退けて、机の奥を覗くと、感知センサー付きの足元ヒーターが置かれれていた。
「無動さんめ。自分だけこんな良い物を……」
暖かくなる原因が分かると、茅野は椅子を戻し、足をヒーターの近くに投げ出す。
「まぁ、今日の私はそんな事では怒らないのであります」
そう言うとショコラテリーヌを頬張りだす茅野。
「う~ん、美味しい!!」
思わず、目をつぶり足をバタバタさせる茅野。
「無動さんが居なくて良かった。居たらまた、文句言われてるよ」
ショコラテリーヌを二本食べ終えた茅野は満腹感と暖かさによって睡魔に襲われそのまま、無動の机で眠り始めた。
その頃、生徒会室で家中が書類整理をしていると、職員室から校内放送で呼び出しを受ける。
「あれ? 会長が呼び出しなんて珍しいですね?」
「なに、やらかしたんですか?」
ニヤニヤしながら生徒会役員達が聞いてくる。
「さぁ? なんだろうね?」
眼鏡を掛け直し、立ち上がる家中。
「取り合えず、職員室に行ってくるから皆は作業を進めておいてくれるかな」
家中は職員室に入ると、教師から電話が着ていると言われ、保留ボタンを押して電話に出る家中。
「お電話変わりました、家中です」
「私、生徒指導館で生徒指導を行っている鈴村と申します」
「はい」
「本日はご報告があり、お電話させて頂きました」
「はい」
「本日を持ちまして、琴神雅也の停学処分が解け明日からの登校になります。」
『琴神雅也』という名前を聞いて目を見開き、一瞬思考が停止し、電話が置かれている机に手をついてしまう家中。
椅子に座って、作業していた教師が何事かと家中を見上げる。
「もしもし?聞こえてますか?」
教師の視線に気づき、我に返る家中。
「っあ、はい。大丈夫です」
「一年以上の停学なのでクラスに馴染めないかと思います。なので、生徒会からも彼をサポートしてあげて下さい」
「……分かりました」
「それでは、校長先生か教頭先生に代わって貰えるよう伝えて頂けますか?」
「分かりました」
教師に電話対応を任せた家中は直ぐに、無動や瀬良にSMSでメッセージを送り、生徒会室に戻った。
家中が生徒会室に戻って、数十分後、メッセージを見た瀬良が血相を変えてやって来た。
「優一、あのメッセはホントなの!?」
乱れた息を整える瀬良と頷く家中。
「ついさっき、生徒指導館から連絡が来た」
苦虫を嚙み潰したような顔をする瀬良にただ事ではない事を察する生徒会とそれに気付いた家中がいつもと変わらぬ表情で生徒会のメンバーに指示を出す。
「みんな悪いけど、職員室に行って明日、停学明けで登校してくる生徒の為に机や椅子の準備をお願いしても良いかな。それが終われば、そのまま帰っていいから」
家中の指示を悟った生徒会メンバーはコートや鞄などを持って、足早に生徒会室を後にし、職員室に向かった。
「それで、琴神が復学するってどういうこと!?」
「そのままの意味だよ。指導館での様子は模範的でごく稀に、感情を抑えきれず物や人に当たる事はあるが、非を認め、補習などで他の生徒が困っていると率先して教えに行く様子が多々見られ、指導館では充分反省してると判断し、裁判の判決通り停学期間を終了するって事らしいよ」
「なによ、感情を抑えきれず人に当たるって。そんな理由で入院させられた生徒が居ったていうのに」
「気持ちは分かるよ。でも、琴神も自治区に住む生徒の一人だ。生徒指導館としては更生し、世界で活躍出来る人に成ればいい。それが自治区の目的だからね」
「だからって」
「生徒の未来を潰すのが目的じゃないんだよ」
「分かってるわよ‼ 私もそんな事は望んでないわよ。もう、行くから」
そう言うと、瀬良はスマホを取り出し、生徒会室を出て行った。
「何も起きないと良いんだけどな……」
朝から降り続く雪を見つめ、ぽつりと呟く家中。
弁護部Dの部室で眠りこけている茅野が目を覚ますと、下校時刻が迫っている事に気づき、急いで帰宅準備を整えて学校を後にする。
「今日は冷えるな~」
両手に息を吹きかけ、慎重に歩く茅野。
「綾南高校の茅野絵里さんですよね?」
「はい?」
茅野が後ろから声を掛けられ、振り向こうとした時、茅野の頭部に激しい痛みが走り、額に生暖かいものが垂れてくると、茅野の視界が赤くなり地面に倒れこみ意識が遠のいていき、積もった雪が血で赤く染まっていく。
「金……髪?」
茅野が意識を遠のいていく際に見たのは街灯に照らされ輝く金髪の男性と自身が殴られ血の付いた金属バットだった。
翌日、綾南高校に血の付いた金属バットを引きずりながら気だるけに登校してきた琴神に周りの生徒は怖がり、瀬良を中心とした中央委員達が琴神の周りを取り囲む。
「琴神、アンタ自分が何したか分かってんでしょうね!?」
瀬良が今までに見せた事が無いくらい鋭く琴神を睨みつける。
取り囲まれているのを確認する琴神。
「……ふん」
引きずってきた金属バットを瀬良達の前に放り投げ、両手を上げると、中央委員達が琴神を取り抑える。
生徒会室で事の成り行きを見届け、窓枠の冊子を軽く殴り、下唇を噛む家中。
放課後、無動が弁護部で寛いでいると家中がノックをして入室する。
「なんだ、家中か。また、がくせんの依頼か?」
「違う。君に弁護依頼だ」
眉間に皺を寄せ、家中に近づく無動。
「ほぅ、俺に依頼とは珍しいな。誰だ?」
家中が持っている依頼書を受け取ろうと手を伸ばすと家中はそれを拒否するかのように書類を持つ腕を上げた。
「君はこの依頼を受けるべきじゃない」
「何を言ってんだ? 良いから渡せ」
家中から強引に依頼書を奪い、中を見ると琴神雅也の文字を見つけ、目を見開く無動。
「おい、琴神って!?」
「昨日の夜、茅野君が学校の帰りに琴神に襲われた……」
「なに!? どういう事だ⁉」
家中に詰め寄る無動。
「琴神は昨日で停学期間が終了し、その足で茅野君を金属バットで殴打し茅野君は病院に運ばれた」
無動の胸ぐらを掴む家中。
「君は何をしていたんだ⁉ 何度も電話やメッセを送ったのに……」
「そうか……」
家中の手を払い、部室を後にする。
無動は家中から聞いた茅野が運ばれた自治区第三総合病院に足を運んだ。
「すみません、昨日此処に運ばれてきた茅野絵里という女子生徒に会いたいのですが」
「失礼ですが貴方は?」
「失礼しました。同じ学校の先輩後輩みたいなもんです。ほら」
無動が学生手帳を差し出し、弁護部であることを確認した受付の人間が茅野が入院している部屋を教え、無動はその病室に向かう。
茅野の病室前で大きく息を吐き、ドアを開ける無動。
ドアが開くのに気づいた松永・中野が目を向けると無動が入って来た。
「何しにこられたんですか?」
無動を睨む中野。
気まずそうに答える無動。
「ロリ、茅野さんの具合はどうですか? 話は出来ますか?」
「無動さん、絵理は今、寝たばかりなんです」
「そうですか。では、改めてお伺いします。伝言をお願い出来ますか?」
松永が頷き答える。
「私で良ければ」
「コレに懲りたら退部届けを出せと」
「え!?」
松永が驚くと茅野を挟むように松永の向かいに座っていた中野が立ち上がり、無動の頬を力一杯叩く。
「言われなくとも、退部させるわよ」
「それは良かった。コレで弁護に集中出来る」
「はい?」
「私ねぇ、以前から迷惑してたんですよ。何度も退部を進めたんですがねぇ……。今回の件で、本人も懲りたでしょうから」
無動は鞄から退部届を中野に差し出す。
「それから、今回の事件で弁護人として、後日お話を聞かせて貰いにお伺いします」
「二度と来ないで」
無動から退部届を受け取り、力任せにドアを閉める中野。
病室を追い出された無動はしばしの間、病室の前で両目を力一杯瞑り、心から茅野が回復する事を祈り、病院を後にした。
「何なのあいつ!? 何で絵里はあんな奴の部活に入ってるのよ!!」
いつも冷静な中野が珍しく、感情を表に出して怒る姿に愛想笑いしか出来ない松永。
「……無動さんは良い人だよ」
『絵里!?』
急いで、茅野の元に近づく中野。
「起きてて大丈夫なの?」
「うん、大丈夫だよ。そっかぁ、無動さん私を襲った犯人の弁護するんだぁ。ちょっときついな……」
そう言うと茅野は布団を頭まで被り、その中で忍び泣く声が聞こえ、頭までかぶせた布団を持つ両手は震えていた。
無動は瀬良が居る中央委員第八支部に今回の事件の調書や資料を受け取りに向かった。
「本当に受けるの? この事件」
調書や資料に目を通し、鞄に仕舞う無動。
「被告からのご指名だからな」
「今回のも立派な傷害罪。いいえ。それ以上、傷害致死或いは殺人未遂よ。無動くんの時とは違うの。自治区(ここ)を出て外でもう一度裁判を受けるの。こんな茶番に無動くんが付き合う必要なんてないわ。茅野さんの傍に居なさいよ」
「茶番だろうが何だろうが俺は引き受けた以上は全力を尽くす。依頼人の人生が掛かってるんだからな」
立ち上がり、中央委員第八部署を出て行こうとすると無動。
「……。また、繰り返すのね。無動くんは」
鼻で笑い、出て行く無動。
「依頼人の人生かぁ……」
瀬良がぽつりと呟く。
無動が生徒指導館に着いたのは夕日が沈みかけた面会時間ギリギリの時間であった。
無動が手続きを済ませると、係員はめんどくさそうな態度を隠そうともせず、無動に空いてる面会室で待つよう伝えると、備え付けの電話で看守に琴神を面会室に連れて行くよう指示を出す。
琴神は面会室に入り、不貞腐れた様子で着席する。
「俺はやってない。以上だ」
言葉少なく、言い終えると。面会室を出て行こうとする琴神を止める無職。
「待ってください。それは貴方が無実だという事ですか?」
出て行こうとする琴神が無動に近付き、二人えお隔てているアクリル板を叩く。
「だったら、どうするよ⁉ 俺を無実とやらにしてみろよ」
無動を睨む琴神に怯まず、真っ直ぐ琴神の目を見て答える無動。
「貴方が無実というならその言葉を信じてやりますよ」
無動から目線を逸らす琴神。
「……偽善者が」
琴神が面会室を後にすると無動も鞄やコートを持って、生徒指導館を後にした。
翌日、無動が学校に行くと茅野が怪我を負い入院している事やその原因が無動に有り、前回は生徒会長が命を絶っている事から詳しい事を知らない一年生の間でも噂が瞬く間に広まり、無動は白い目で見られ始めていた。
そこに、無動を目掛けて、小石やチョークなどが投げつけられる。
「またか……」
小さく呟く無動。
其処にホイッスルの音色が力強く響き渡ると、瀬良を中心とした中央委員達が小石を投げた生徒を取り押さえると、瀬良がインカムで指示を送るとチョークを投げつけた三年の教室に中央委員が突入し、チョークを投げていた生徒を捕縛した。
無動が呆気に取られていると、拡声器を受け取った瀬良が喋り始めた。
「我々、中央委員は虐めなんて言葉は使わず相手を傷つければ傷害罪で他人の物を盗み、傷つければ窃盗・器物破損として徹底的に捕まえて罪を償わせる。私がこの一年で第八部署の責任者まで成れたのはその事績があったからよ。この意味が今の二・三年には分かるわよね。無動だけじゃけない他の生徒にしても同様。将来を思うなら、虐めは犯罪と自覚し勉学に励みなさい!!」
瀬良の言葉は二・三年の生徒達には充分過ぎる程響いた。
何故ならば、黙認されていた無動に対しての虐めを鎮静化に動いたのが瀬良であり捕まった多くの生徒は軽重の差はあれど停学処分を受けた。
瀬良の怖さを知ってる生徒達はおいそれと無動虐めに参加出来なくなった。
無動に近寄る瀬良。
「コレで、ある程度の火の粉は払えたと思うけど。それでも、やる奴はやるわよ」
「余計な事を……」
「放課後、部室に行くから」
「なんで?」
「第一発見者が私だから。話、聞きたいんでしょ?」
頭を掻く無動。
「あぁ、分かった」
瀬良の隣を通過する寸前に瀬良にしか聞こえないボリュームで無動が呟く。
「助かった」
口元が緩む瀬良。
下駄箱に向かう無動の後姿を見つめる瀬良。
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