7-3
高校受験が終わり、木村とYUKIが貸しスタジオで自作の曲の練習をしていた。
「ふぅー、疲れた」
歌い終わり、汗を拭く木村。
「ねぇ、麗奈。曲を作り直してみたんだけど」
ギターケースからバタフライと書かれた新曲のバンドスコアを渡すYUKI。
YUKIからバンドスコアを受け取り、木村が目を通しているとYUKIが曲を弾き始める。
YUKIが弾き終わると、不満げな木村。
「どう?」
「何度も言ってんじゃん!? 私はアップテンポな曲が良いって言ったよね!?」
「でも、今回の曲は詩の事を考えるとバラードの方が良いと思うの」
「バラードは苦手だって言ってるの」
怒って、貸しスタジオを出て行く木村。
木村が出て行った後、咳き込みながら後片付けをして貸しスタジオを後にするYUKI。
その日の夜。木村はカラオケ店で昼間のYUKIに対しての態度に自己嫌悪に陥ってる中、YUKIは咳き込みながらも木村の要望に応えようと曲を作り直していた。
翌日、登校してきた木村はYUKIに謝ろうとYUKIのクラスに向かうが学校を休んでいると聞き仕方なく自分のクラスに戻る。
× × ×
授業が終わり、YUKIの住むマンションに向かう木村だが、インターフォンやスマホで何度も呼び出すが応答が無く諦めて帰路に着く。
木村が帰路に着いて数時間経過したのち、冷蔵庫に頭を入れて気を失っていたYUKIがスマホが着信を知らせるランプに気付き、スマホをタップすると木村からの着信履歴を見て、ホーム画面で時間を確認すると4時13分と表示されているのに気づいて、ふらふらにながら制服を着るとギターケースを背負い学校に向かう。
「何か暗いな。今日は曇りなのかな?」
よろけながら力無く歩くYUKI。
「ハァハァ、……今日はヤケに体がハァハァ、重いな。視界も霞むし」
YUKIが横断歩道を渡っていると、搬入のトラックがクラクションを鳴らしながらYUKIに近づいて行き、運転手が急いでブレーキを踏むが間に合わず、YUKIを跳ねてしまう。
× × ×
「YUKIさんはどうなったんですか?」
首を横に振る木村。
「……」
立ち上がり、部屋の奥に閉まってあった一冊のノートを無動に見せる木村。
「YUKIの両親から私にってくれたノート」
「拝見しても?」
頷く木村。
ノートをめくると日々の出来事を綴っていたが、木村とデュオを組んでライブに出た事など文面から楽しい日々を送っている事が分かる内容だった。
「随分、楽しいそうな日々を送られてみたいですね」
「問題はもっと後ろ」
「後ろ?」
訝しみながらページを飛ばしていくと、そこに書かれていたのは木村の歌声に合わせて作ったバタフライが今まで作った作曲の中で一番自信がある事。木村に喜んで貰いたい事。木村から何度もリテイクを要求されても木村を悪く書かずに自分の才能の無さに辟易しながらも木村と一緒に歩んで行きたいが、自分では不釣り合いで申し訳ない事など謝罪に近い内容が書かれていた。
「…私はYUKIが書いてるような才能なんてない。才能があるのはYUKIの方。私はそれに嫉妬して、バタフライの曲も苦手だからって身勝手な理由で拒み続けて、YUKIを追い詰めていた。私のせいでYUKIは……」
過去の自分がYUKIに対して行ってきた行動や言動に腹が立つのと同時に、それでも変わらない笑顔で接し続けてくれたYUKIが居ない事の淋しさに一筋の涙を流す木村。
「……」
「そんなYUKIの曲も盗作だと言われて、奪われてYUKIの作品に泥を塗った。私は最低だ」
顎に手を置き考える無動。
「それについてお聞きしたいのですが、何故盗作だと思われているんでしょうか?」
「それは……」
目線を逸らす木村。
「それは?」
「路上ライブで何度か見た気がするから」
「見たっていつ頃ですか?」
首を横に振る木村。
「はっきりとは。でも、あの騒動より二~三ヶ月前だと思う」
「それだけですか? なにか証拠になる、例えば写真とか撮られませんでしたか?」
首を横に振る木村。
「ですよねぇ。仮にあっても、因果関係を証明するには難しい」
頭を掻く無動。
「お願いします」
頭を下げる木村。
「何でもします。ですから、あの曲は。あの曲だけは奪われるわけにはいかないんです」
「わかってますよ。やれるだけの事はやります。そういう部活なんで」
そういうと、無動は立ち上がり玄関に向かう。
「では、私はまだやる事があるので」
「よろしくお願いします」
再度、頭を下げる木村。
「えぇ、やれるだけの事はやります」
無動が木村の部屋を出て行った後も木村は頭を上げず、祈るように無動を見送った。
× × ×
無動が部室棟に着くと、弁護部Dの明かりが点いていることに気付き眉に皺を寄せ、訝しみながらも部室のドアを開ける。
「っあ、無動さんお帰り~。木村さんの方はどうでした?」
「今、お茶を淹れるわね」
お湯を沸かしに行く瀬良。
書き終わった楽譜を持ち上げる高林。
「採譜、終わったんだけど?」
「お前ら、ここで何してんだ?」
「なにって!?」
茅野と高林を目を合わせパチパチしてると、お茶を淹れた瀬良が無動の間に湯呑を置き、中華まんを渡す。
「貴方の帰りを皆で待ってたのよ」
「なんで?」
食いかけの中華まんを口に放り込み、新しい中華まんを食べ始める茅野。
「はぁんでって、ふどふぁんのひぃひぃがひゃいからじゃひゃいれふか(なんでって、無動さんの指示がないからじゃないですか)」
「絵里、それじゃ何言ってるのか分かんないって」
茅野の口に形を保持したままの中華まんがあるにも関わらず喋りだした茅野が可笑しくて笑ってしまう高林。
釣られて口元を緩める瀬良。
無動に近づき、手を差し出す高林。
「なんだ? その手は?」
「バンドスコア、借りて来たんでしょ? 見せて」
部室の時計を見て、下校時刻が過ぎているのに気づき口をすぼめる無動。
「瀬良、中央委員の部室にコピー機あったよな?」
無動の一言で察した瀬良は溜息を付く。
「……貸して。コピーしてくるわ」
「悪いな」
無動と瀬良の二人がコピーし終えて戻ってくると、高林にバンドスコアを渡し、高林が採譜した楽譜と見比べる。
「嘘でしょ……」
愕然とし、頭を抱える高林。
「な、なに? 何か分かった?」
「これは……」
固唾を呑んで待つ茅野。
「盗作……だと思う」
「嘘!?」
驚き、楽譜を見比べる茅野。
「間違いないな」
「認めたくないけど、多分。所々、変えてはいるけど」
「それは何処の部分だ?」
高林は無動達がコピーしてきた楽譜の上に赤ペンで印を付けていく。
「イントロと間奏に入った三小節目から五小節。それとCメロ二小節。ここらはわざと変えてる気がする」
「気がするとは?」
「私が起こした楽譜は最初は何も思わなかったけど、楽譜を見比べるとコピーした方がメロディーラインがしっくりくるし、聴きやすい。聴けば、殆ど人が盗作って言うと思う」
「そうですか」
「蓮井さんってこんな事する人じゃないんだけどな」
「まぁ、とにかくだ。盗作したのが一つとは限らん。買ってきたCDは勿論、雑誌の記事にも何か載ってる可能性がある」
「ひょっとして……」
顔が青ざめる高林とは反対ににこやかな顔で高林の肩を掴む茅野。
「楽譜、起こしてね!?」
「マジかぁ!!」
裁判当日になり、木村と浅見。茅野と高林が裁判所に着くと無動が受付係りの中央委員と話をしていた。
「どういうことですか?」
「ですから、その裁判をする裁判官からの指示なんです」
「無動さん、どうしたんですか?」
「なんだ、ロリか」
「なにかあったんですか?」
不安気な木村。
「いやなに、我々の裁判を裁く裁判官から確認すべき要件があるため開廷時間を延期すると仰ってるんだよ」
「そんな事ってあるの?」
小声で茅野に聞く高林に首を捻るしか出来ない茅野。
「滅多にない。少なくとも俺の知る限り休廷あるがな」
「じゃあ、今日は裁判は無いの?」
不安気な木村が口を開く。
「それが……」
無動が答えようとした瞬間、受付の電話がなり、中央委員が対応し終えると無動に向き直った。
「お待たせしました。それでは三階の和解室にお向い下さい」
「和解室? 我々はまだ何もしていないんですよ?」
「私に言われましても、裁判官からの指示ですので」
眉間に皺を寄せ、片側の頬を膨らませる無動。
「分かりました」
無動に続くように茅野・高林・木村・浅見も付いていこうとするが中央委員に止められる。
「すいません、和解室に入れるのは当人同士とその弁護人だけですので。他の方はご遠慮下さい」
「ロリ達はステイだ」
「分かってます」
無動にあっかんべーをして二人を見送る茅野。
無動達が案内された和解室に入ると既に趣味の悪い装飾品を身に着けワイン色のスーツを着た男が弁護士らしき男性と既に入室していた。
「まさか、裁判を起こすとわねぇ。ふてぇ女だな」
男性を睨む木村。
「お~怖。それより早く始まんねぇかな。めんどくせぇ」
「木村さん、まずは座って落ち着きましょう」
無動に促され、男性と対峙する形で着席する無動と木村。
暫くすると、上座に置かれていたモニターから口元だけが映し出された映像が流れる。
「お待たせしました」
裁判官が言い終わると、無動達を案内した中央委員が扉付近で号令を発する。
「起立、令、着席」
「本訴訟についてですが双方、和解しては如何です?」
「和解ですか?」
裁判長の申し出に無動と木村は驚き、互いの顔を見る。
「こっちは無いね。やましい事なんてしてねぇんだ。さっさと、開廷すりゃあいいじゃん」
被告の弁護士がワザとらしく咳き込むとワイン色のスーツを着た男性は顔を逸らす。
「そうですか、実は早朝、下級裁判所から連絡があり被告の親会社である芸能事務所が自社レーベルと共に盗作していた事、並びに子会社であるサウズミュージックやにも盗作する旨の指示書を提出していた事や具体的なアドバイスを行っていた事を認めたとの報告があり、改めて原告側被告側双方が提出した証拠書類を精査した結果、我々は原告側の主張である盗作に於ける謝罪文の掲載、CDや配信の停止、それによって得た利益を交通事故被害者遺族への譲渡。これら全て認めれるという心証を持ってます」
「なに?」
「被告側はこれでも裁判を行いますか?」
「あ、当たり前だ!!」
「もし、裁判を続けられる意思がお有りなら三日以内に親会社が虚偽の証言をした事、原告側の証拠が偽装した物だという証拠を提出して下さい。もし、提出されなかった場合及び、確たる証拠に成らないと判断した場合、その場で結審とさせて頂きます。勿論、その際の判決も今と同等の物が出ると思って下さい」
「ふ、ふざけるな、裁判もせずにいきなりそんな条件飲めるか!!」
被告人であるワイン色のスーツを着た男性は縋るような目で弁護士を見るが小さく横に首を振る弁護士を見て崩れ落ちる。
「俺じゃない、俺は悪くない。全て親父の指示だったんだ」
小声で呟く被告人を尻目に和解が成立し、部屋を出ようとした時にスマホが震えてるのに気づき、スマホを胸ポケットから取り出す。
「柊さん? 木村さん、先に行ってて下さい」
「うん? わかった」
そういって嬉しそうに皆が待つ一階に向かい、無動は中央委員に聞いて電話が出来る場所に移動した。
「はい、無動です」
「っお、やっとでたがね。どうね、裁判上手くいったがや?」
「えぇ、それが開廷前にですね……」
「裁判長から和解案を提案されたでちょーよ」
「はい」
「無動くん、先日の電話をおぼえちょるかえ?」
「はい。私が先生に訴訟についてのご相談した時ですよね?」
「そうだぎゃ。わしゃあ、なんか聞き覚えのある事務所名だと思って、探したら友人の弁護人手伝って欲しいと言われてた裁判資料に名前が載っとんたんだわ」
「そうでしたか」
「まぁ、わしは手一杯で力貸せんかっただぎゃ、そいつも優秀なやつでよ勝訴したってTVでやっとったもんで」
「成程、そういう事でしたか」
「まぁ、なんかあったらいつでも電話してちょーよ」
「ありがとうございます」
電話を切ると無動も一階に向かった。
木村が下りてくると茅野達裁判所に設置されているTVを見ていた。
『はい、こちら東京裁判所前。巨海芸能事務所社長が所属しているアーティスト達の許諾を得ず、盗作していた事、またアーティストが作詞作曲したと偽って曲の販売や配信をしていた事実を認めました』
「皆、何見てるの?」
木村が問いかけると浅見がTVを指さす。
「これだよ。木村さんの曲が盗作されたのもこの事務所の社長の指示らしいよ」
「ぇえ!? マジ!?」
『はい、アーテストの皆さんはデビュー出来る条件だと言われたり、盗作する事を他言した場合は二度と日本で音楽活動を出来ないようにしてやるなどと、脅迫めいた脅しにあっていた事が分かり、所属していたアーティスト達は謝罪文をHPにUPし、当面の間は活動を自粛するとの発表があり、各々のファンの間に動揺が広がっています』
「そういうことか」
無動が木村の隣に居ることに驚く一同。
「無動さんいつのまに?」
「ついさっきな。馬面さらしてTVを見てるロリの顔に笑いを堪えるの必死だったぞ」
「私、ホント無動さんの事、訴えてやる」
「その時は私も証言台に立ってあげる」
高林を力強い握手をする茅野。
「所で、裁判はどうなったんですか?」
「聞かなくても分かるだろ? 和解が成立だ」
「和解なんですか?」
浅見の疑問に答える無動。
「和解と言ってもこちらの主張が認められましたから、今まで通り、バタフライは木村さんが歌えます」
ピースする木村。
「無動さん、ありがとうございます」
頭を下げる浅見。
「まぁ、これが私の部活ですから。それより、早く出ましょう」
全員がバス停に向かって歩いていると最後尾の無動に合わせるように木村が速度を落として歩く。
「あいつも言ってたけど、今回はありがとう」
「まぁ、弁護部の部活をしたまでです」
「私、もう諦めてた。本当は諦めたらいけない大事な曲なのに」
涙を流す木村。
「これで、私YUKIに謝りに行ける。本当はもっと早く行かないと行けなかったのに。曲まで奪われてYUKIに合わす顔が無かった。本当にありがとう」
無動に深々と頭を下げる木村。
「お礼なんて良いですから、音楽活動を続けて下さい」
頷く木村。
盗作騒動から数日後、氷点下を下回ったある日の放課後。茅野が綾南高校から自宅に向かって歩いていると背後から男性が声を掛けてきた。
「綾南高校の茅野絵里さんですよね?」
「はい?」
茅野が後ろに振り向こうとした時、茅野の頭部に激しい痛みが走り、額に生暖かい物が流れだすと視界が赤くなり、地面に倒れこみ意識が遠のいていく。
「金…髪?」
茅野が意識が遠のいていく際に見たのは街灯に照らされて輝く金髪の髪と自身が殴られて血の付いた金属バットを持った男性らしき人物であった。
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