7-1
駅前に設置されている時計台が午後九時を指す。
人気も疎らな駅まで、キャップ帽を被った女性が一人でギターを弾き歌い終わると、少し離れた所で聞いていた浅見が拍手をしながら女性に近づく。
「相変わらずお上手ですね」
「一応プロ、目指してるんで」
手のひらを浅見に差し出した女性の手に視線を向ける浅見。
「何でしょう? この手は?」
「お・か・ね······まぁ、無理には言わないけど」
途中から声が小さくなるも察する浅見。
「あぁ、そうですね。ちょっと、待って下さい」
財布を取り出し、五円札を一枚取り出し、女性に渡す浅見。
「では、コレで」
「はぁ!? 五千円。アンタ、ボンボンなの?」
「いえ、それ程では。この自治区でやっていける程度です」
「ふ〜ん。生活には困らないのこんな大金渡して」
「えぇ、ですので安心して受け取って下さい」
「でも、何か悪いなぁ······あ、そうだ。何かリクエストしてよ。アンタの為に歌ってあげるよ」
「そうですんねぇ······」
考え込む浅見。
「でしたら、以前良く歌われてたバタフライを聞かせて貰えませんか? 私、あの曲は勿論なんですが、あの明るく前向きな歌詞と貴方の儚く何処か脆さを感じる歌声がマッチしていて、私の中では一番好きな曲なんですよ」
「無理」
鋭く、冷たく怒気を込めて応える女性。
「っえ!?」
ギターをしまい、ギターケースを力任せに強くケースの閉めてパッチン錠をすると足速にその場を後にし、わけが分からず彼女を追い、彼女の腕を捕まえる浅見。
「ちょ、ちょっと待って下さい。一体何が······」
彼女は今にも涙が溢れそうになのを必死に堪え、悔しそうに浅見を睨む女性。
「無理なの!! あの曲は私達の曲なのに」
翌日、放課後に無動と茅野が居る弁護部Dの部室をノックされ、茅野がドアを開けると浅見と見知らぬセーラー服を着た金髪のロングヘアーの女生徒が居心地悪そうに立っていた。
「それで、私に何か御用でしょうか?」
ソファーに座る浅見と女子生徒の対面に座っている無動が口を開いた。
茅野が来客に出すお茶を沸かしながらも聞き耳を立てる。
「はい。私、この学校で新聞部に所属している浅見と言います」
「新聞部の浅見さん?」
「はい。実は私の隣に座っているこちらの女性は木村麗奈さんと言いまして、将来は歌手に成られる方です」
茅野が人数分のお茶を淹れ、浅見と木村の前にお茶を出すと木村が浅見の左腕を抓っている場面を見るも何食わぬ顔で無動にもお茶を出し、空いてる一人用のソファーに座る。
「はぁ······」
「それででしてね。問題はここからなんですが、この木村さんが作った曲を有ろう事か、第三者がそれを自分の曲として販売している事が分かったんです」
「申し訳無いがお引き受け出来ません」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「っえ!? 無動さん、何で断るんですか!? 依頼ですよ。良いじゃないですか。引き受けましょうよ」
茅野のデコを叩く無動。
「無理だって、言ってるだろうが」
「え〜何でですか!?」
「それが自治区(ここ)のルールだからだ」
「ルール?」
頭を捻る茅野。
「単細胞ロリが······」
無動が大きなため息を付く。
「自治区の目的を忘れたのか?」
「覚えてますよ。それくらい。世界で活躍出来る人材の育成でしょ。それがどうしたんですか!?」
「その対象である学生がだ、本分を忘れて他の事に精を出したら意味がないだろう」
「そりゃあ、まぁ······?」
「だからな、一つの学校に弁護部が3つも4つもあるのは事件が起きても分散して、勉学に支障を起こさない為にある制度だ」
「はぁ……」
「要は弁護部に依頼が出来るのはその学校に通う生徒のみだ。今聞いた話だと、その木村さんが通う学校の弁護部に頼むのが筋だ」
「ほらね。結局、弁護部の奴らはあーだこーだ理屈を捏ねて自分が得する依頼しか受けないのよ」
立ち上がり、部屋を出て行こうとする木村。
「ちょっと、幾ら依頼人でも口の聞き方ってもんが······」
無動がデコピンをお見舞いすると、あまりの痛さと衝撃にソファーに倒れ込み両手で打たれたおでこを隠す茅野。
「其れがルールです。そのルールに従えないのなら、作る側に回るか違う所に行くべきです」
舌打ちする木村。
「それが出来たらこんな所に来やしないわよ」
「まぁまぁ、木村さん。落ち着いて下さい」
木村を宥め、座るよう手をソファーに向ける浅見。
「しかし、無動さん。そのルールにも救済処置がありますよね」
眉間に皺を寄せる無動。
「はい?」
浅見は鞄から一枚の書類を取り出すと、それを無動に渡す。
「弁護委任状!?」
委任状に書かれていた内容は木村麗奈の弁護依頼を自治区綾南高校で弁護部に入部している無動和真に委任し、その結果がどのような物でも一切関与せず、受け入れる旨を木村が通う高校の生徒会長と弁護部の部長の名前が書かれていた。
「……手の早いことで」
無動は委任状を読み終えると左側の口角を上げ、内ポケットに委任状を入れた。
「では、改めてその盗作した人物の名前と経緯を詳しく教えて下さい」
「じゃあ……」
「聞くだけです。まだ引き受けるとは言ってません」
「それでも結構です。じゃあ、ここからは……」
浅見はそういうと右手を木村の方に向ける。
「本人の口から聞いた方が良いでしょうから」
頷く木村。
回想
『今年の四月頃だったと思う』
夜の九時を回り、人通りも疎らな場所でギターを弾きながら歌を歌ってる木村も元にスーツにオールバックの屈強な男性を従えたワイン色のスーツに趣味の悪い装飾品を身に着けた一人の男性が木村に近づく。
「お嬢ちゃん、困るねぇ~その歌を歌われるのは」
掛けていたグラサンに息を吐き、ハンカチでレンズの汚れを取る男性。
「はぁ? 何の事? これは私のオリジナルなんだけど?」
「はぁん!?」
木村に顔を近づけ、威嚇する男性。
「嘘は困るんだよねぇ!? 嘘は。この曲はウチが売り出してる、自治区で初となる歌手・蓮井ルイの曲なんだよねぇ。しかも発売前。何処で盗んだかは知らないがこれで懲りたら、もうこの曲を歌うのは止めて貰おうか」
「はぁ!? ふざんけんな、この曲は私が作った曲だって言ってんだろうが」
木村が男性を殴ろうとすると男性の後ろに控えていた男性が木村の腕を掴むと、そのまま投げ飛ばす。
「懲りないようだね。なら、訴訟しても良いんだよ。弁護費用に慰謝料と払えるならだけどな」
スーツの内ポケットから名刺入れを取り出し名刺を木村に投げつける男性。
「今まで歌ってきた分とこの曲を盗んだ分の慰謝料、五百万円で手を打ってやるから用意出来たら連絡しな」
× × ×
悔しそうに握りこぶしを作る木村。
「それで、貴方は学校の弁護部に相談されなかったのですか?」
「したわよ。したけど、誰も取り合ってくれなかった。訴訟に成ったら勝てないし、経歴に傷がつく。お前に俺の将来を守れるのかって」
「ひっど!? 無動さんでさえ依頼人の前では口調を変えるのに」
茅野のおでこを叩く無動。
「アベシ!?」
叩かれて赤くなったおでこを両手で抑える茅野。
「それで、あんたは引き受けてくれるの?」
「受けましょうよ、無動さん!!」
「その前にあなたが作ったという、そのバタフライという曲を証明出来ますか?」
「バンドスコアなら」
「手書きですか?」
「そう、だから証明には成らないんでしょ?」
「っえ!? そうなんですか?」
「良くご存じで」
不気味に微笑む無動。
「言われたのよ、内の弁護人に。手書きならいつでも書けるからって」
「その通り。だから、引き受けなかったんでしょ。木村さんの学校の弁護人は」
「……」
無言で頷く木村。
「無動君お願い出来ないかな?」
頭を掻く無動。
「難しい案件ですね」
舌打ちし、立ち上がる木村に続いて暗い顔で立ち上がる浅見。
「貴重なお時間を割いて頂きありがとうございました」
一礼する浅見に対して項垂れる茅野。
「引き受けないとは言った覚えはありませんよ」
目が見開く木村。
「どういう事でしょう?」
浅見が茅野に目線で問いかけるも茅野も首を傾げるこしか出来なかった。
「その前に、一つだけ教えて貰えますか?」
「な、なに?」
「そのバタフライという曲は本当に貴方が作ったんですか?」
「そうだって、さっきから言ってんじゃん!!」
対峙する無動と木村。
「分かりました。引き受けましょう」
驚く、木村。
「今、なんて言ったの?」
「お引き受けすると言ったんです」
木村から一筋の涙が流れる。
「無動くん、本当かい?」
「えぇ、本当です。しかし、少しお時間を頂きます」
「時間ですか?」
「はい。相手が自治区外で裁判を起こされたら、自分では手に負えません。なので、そちらでも裁判を引き受けてくれる人を探します」
「分かった。お願いします」
頭を下げる木村。
「私の曲を取り戻して下さい」
木村に続いて浅見も頭を下げる。
「ベストは尽くします」
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