6-2

 翌日、日曜日にも関わらず舞鶴高校に出向く無動だが、警備員に止められる。


「すみません、久米さんはいらっしゃいますか?」


「確認しますので、少々お待ちください」


 インカムで確認する警備員。


「申し訳ありません。来られていませんね」


「そうですか、因みに住所は?」


「訴訟中でしょうか?」


 人差し指で下あごを掻く無動。


「い、いや。まだ準備段階でして」


「それでしたら、お伝え出来ません」


「ですよね。分かりました」


 溜息を付き、バス停に戻る無動。



 中央委員の犯罪データベースから過去3年の間に起きた恋愛詐欺や男女間での争いで起きた事件や報告書の書類を机に置く瀬良。


「ふぅ~、特に手掛かりに成りそうな物は無しねぇ」


 中央委員第八部署で親指と人差し指で鼻の付け根を摘まむ瀬良。


「部長、遅くなって申し訳ありません」


 息を整える中央委員。


「私の方こそ、休日に呼び出してごめんなさい。貴方は確か、舞鶴高校で久米さんと同じクラスだったわよね?」


「はい、中学校も同じです」


 来客用のソファーに座るよう手を出し、中央委員が座ると瀬良も続いて座る。


「貴方の主観でいいから久米さんがどういう人か教えて貰える?」


「っえ!? 久米さんですか? そうですねぇ、見た目が良いんで男子受けは良いですよ。女子受けも一部を除けば、それなりに」


「それなり?」


「はい、彼女はクラスカーストで上位に居るので、自分とは真逆の最下層っていうと聞こえが悪いんですが、所謂オタクとかコミュ障とか言われてる女子生徒達を馬鹿にしてるというか……」


「久米さんは今、彼氏とか居るの?」


「いえ、居ないと思いますけど。中学時代も結構な人数から告白されたらしいですけど」


「そうなのね」


 考え込む瀬良。


「あ、でも一人だけよく一緒に居る男子が居ますよ」



 茅野は松永に呼び出され、学校近くのファミレスに来ていた。


「あ~、居た。何の用? LINEじゃ話せない用って?」


 松永の対面に座り、ウエイトレスを呼ぶ茅野。


「それなんだがな……」


 「っあ、待って。注文しちゃうか。この特大ハンバーガー&ポテトのセットをドリンクバーで。後、しっとりなめらかチーズケーキとあきひめふんだんイチゴパフェを一つ下さい」


「以上でよろしいですか?」


「ちょっと待ってくださいねぇ、ミカのおごりなんでこの海鮮ピザとシーザーサラダも追加で」


「かしこまりました」


「ミカは何か頼んだ?」


「っあ、私は……」


 目を背けると、松永の背中越しに座っている客がしぶしぶ頷く。


 窓越しに頷くのを確認した松永が満面の笑みで答える。


「私も同じので。っあ、でもパフェはピオーネとマスカットが入ったるやつで。それとサラダはグリーンサラダで、ピザはマルゲリータのチーズトッピングでケーキはイチゴのミルフィーユとフルーツロールを一つずつ下さい」


「っあ、ケーキのは私も同じのを下さい」


「ゴホッゴホッ」


 松永の背中越しに座っている客がワザとらしく咳き込む。


「え、絵里。ケーキは私のを半分あげるから、その注文は止めよう?」


「え~良いじゃん。もしかしておごるのが嫌になったとか?」


「そ、そんなんじゃないけど、予算ってものがさぁ」


「いいっていいって。足りなかったら私も出すからさぁ。っあ、後この懐かしい喫茶店ナポリタンも追加で」


「畏まりました」


 青ざめる松永。


注文した料理が届くと、疾風迅雷の如く次から次からへと口に運んでいく茅野。


「それで、話って?」


 口の周りに付いたケチャップを気にも留めずにナポリタンを食す茅野。


「あ、うん。それなんだけど。絵里に会って欲しい人がいてさ」


「会って欲しい人?」


「そう。実はおごりっていうのもその人が出してくれるの」


「へぇ~」


 自分が平らげ、空のお皿やパフェカップを見つめ、食べかけのナポリタンを啜る茅野。


「マジ?」


 首を何度も力強く頷く松永。


「こんだけ、食べといて嫌とは言えないわよ……ね?」


「そりゃあ、ねぇ!?」


「なんで、言ってくれなかったのよ」


「言おうとしたじゃん。ってか、足りない分は自分が出すって絵里が言ったんじゃん」


 頬を膨らます茅野。


「……。はぁ、まぁいいや。先輩どうぞ」


 松永そう言うと後ろに背中越しに座っていた客がコーヒーカップを持って茅野達のテーブルの前に立っていた。


「よろしいですか?」


 茅野が顔を向けると、品が良く無動とは正反対の黒縁眼鏡を掛けた好青年が茅野に話しかける。


「っあ、はい。どうぞ」


「失礼します」


 茅野達に会釈すると、コーヒーカップをテーブルに置き、松永が荷物を自分の方に寄せて席を空ける。


「ありがとう」


 松永にお礼を言って座る青年。


「こほん。この人はウチの新聞部の部員で浅見陽介さん。以前、凛に無動さんの事件に話して、絵里に聞かれた事があったでしょ?」


「あ~、うん」


「その事件の事を教えてくれたのがこの浅見先輩」


「どうも、浅見陽介です」


 頭を下げる茅野。


「どうも。茅野絵里です」


「貴方の噂などもお聞きしてますよ。優秀な方なんですね」


 褒められて、照れる茅野。


「いや~。それほどでも」


「今日、君にお会いしたかったのはですね……」


「はい」


「無動君に取材させて貰いたくて、松永に無理を言ってお願いしたんです」


「へぇ~。でも、何で無動さんなんですか?」


「実はね、無動君が一年前に弁護した事件については茅野さんも知ってるよね?」


「はい」


「その事件なんだけど何も分からないんだ」


「分からない?」


「そう。裁判記録を閲覧しても全てが真っ黒に塗りつぶされてまして、詳細が分からないんです」


「そんな事ってあるんですか?」


 首を左右に振る浅見。


「いいえ。私が知ってる限り、こんな事は初めてです」


「どういう事ですか?」


「裁判には公開の原則があり、それはこの自治区でも同じです。それに、あの裁判っというよりも、あの事件は変なんです」


「変?」


「はい。裁判が始まる前、つまり無動さんが依頼を引き受けた辺りから学園中で被告である女子生徒は勿論、無動君に対して虐めが始まりました」


「先輩、それってホントですか⁉」


「えぇ、残念ながら。特に当時の生徒会長が自殺するともう見境が無くなりましてねぇ、学園に着てる時だけでは飽き足らず、住んでるアパートに押しかけて四六時中、殴る蹴るは当たり前。物を投げつけるし、私物は隠すし捨てるは当たり前」


「うわぁ、聞いてるだけでも気分が悪くなる話しっすね」


「私も同感です。当時は学園中が敵だらけ。結局、被告の女子生徒は学校を辞めましてねぇ、今度はその分が余計に無動君に虐めが集中したんです」


「浅見先輩、先生方は何もしなかったんですか?」


 眼鏡を掛けなおし、表情が暗くなる浅見。


「……お恥ずかしながら。前生徒会長の親が自治区の建設携わった偉い人らしく、教育委員会にも顔が利く有力者でして、先生方も我が身可愛さで見て見ぬふりをするぐらいですから」


 そう言うと背もたれに寄りかかる様に深く座り直す浅見。


「僕はこの事を記事にすべきだと、当時の部長や部員に持ち掛けたけど、断れたました。『これは制裁だ。同情してはいけないよ』そう部長に言われて僕は結局、これは只の部活。僕が何かしても何も変わらない。遊びの延長線上だと思うようにして、最近まで忘れていました」


「じゃあ、どうして無動さんの事を?」


 松永をチラッと見て、茅野を見る浅見。


「松永が無動君の事を知りたいと言ってきてね」


「そうだったんですね」


「君の事を随分と心配してるみたいですよ」


「ちょ、せん~ぱ~い。何、言ってるんですか⁉」


「ありがう、ミカ」


 顔を赤くしてそっぽを向く松永。


「ま、まぁ一応友人が妙な噂がある奴に関わろうとしてるから、変な奴なら止めないとじゃん!?」


「無動君にも松永みたいな友人がいれば少しは違ったのかもしれませんね」


「友人って、瀬良さんや家中さんが居るじゃないですか?」


「瀬良さんと家中さん? どうなんでしょう? 裁判が始まった頃には無動君は孤立し、お二人共、虫君から距離を取っていたように記憶してるんですがねぇ。あぁ、そう言えばあのお二人が中央委員や生徒会長に成ってから、あからさまな虐めは取り締まられていきましたねぇ。それでも二人の目が届かない所では虐めは続いるみたいですよ。特に三年生が中心になってるみたいですが」


「三年生?」


「はい。前生徒会長の同級生達が中心になってる感じですね。それに彼氏は事件を起こして、今は停学中。戻ってきたら、どうなるのか。……前みたいな雰囲気になるのは勘弁して欲しいですね」


「前の雰囲気って、そんなに悪かったんですか?」


 コーヒーに口を付ける浅見。


「お世辞にも学問を学びに来る場所では無かったですね。各々が正義のヒーロー気取りで、無動君を見つければ何をしても許される、正義は我にありって感じで来る日も来る日も何かしらの虐めをしてたみたいですから」


「よかったぁ、そん時に入学しなくて」

 

 松永が苦虫を噛み潰したような顔で答え、苦笑し話を続ける浅見。


「何を今更とお思いでしょうが、一年前の事件について詳しく知りたいんです。ですので、無動君に取材させて頂きたいのですが、お願い出来ませんか?」


「その、取材って、何か意味があるんですか?」


「ちょ、絵里!?」


「だって、一年前に記事出来なかった事件だよ? 今回も記事に成らないなら無動さんが嫌な思いをするだけじゃないですか。少しの間ですが、無動さんと一緒に居て分かった事があるんです」


「分かった事ですか?」


「はい、無動さんは決して自分の損得勘定で裁判依頼を引き受けませんし、受けた依頼には真剣に取り組んでます。他人の為にそこまで必死になれる人が昔の事で嫌な思いをするかもしれないなら私は手を貸す事は出来ません」


「そうですか。分かりました」


「せ、先輩?」


「今回の取材件は少し延期した方がよさそうですね」


「良いんですか、先輩?」


「えぇ。今日、茅野さんにお会いして分かった事があります。こちらでももう少し調査してからでも遅くはないでしょう。その時は改めて取材の依頼をお願いします」


「は、はい」


「それでは、我々はこの辺で」


 立ち上がる立花。


「あ、私が払います。協力処か断っちゃったんで」


 茅野が手を伸ばすが、一足先に注文票を手にする浅見。


「いえ、お話を聞かせて貰えましたので、約束は果たしませんと」


 レジに向かう浅見に慌てて後を追う松永。


「……無動さん、何も話してくれないなぁ」


 溜息を付く茅野。



 弁護部の部室に戻ってきた無動が回転椅子に座ったのと同時に茅野が部室のドアを開けて戻ってくる。


「なんだロリか」


 椅子を回転させ、椅子のひじ掛けに右ひじを付き、考え込む無動。


「無動さんは久米さんに会えたんですか?」


「いいや」


 お茶を淹れる為、お湯を沸かしに行く茅野。


「……無動さんは過去に何があったか聞いていいですか?」


「何の事だ?」


「一年前の事件についてなんですけど……」


 無動の眉がピクっと動く。


「無い。何もな。だから知るべき事なんてない」


「……そうですか」


 弁護部のドアを二~三度ノックして、瀬良が入室する。


「無動くん居る?」


「瀬良か、何か用か?」


 胸元に抱えた書類を無動に渡す瀬良。


「どう? 進捗はあった?」


「あぁ、訴訟に持ち込めない事情とその証拠をこれでもかってくらい突き立てられたよ。何だその書類?」


「ひょっとしたら、その牙城を崩せる手掛かりになるかもしれない物よ」


「なんだそれ?」


 訝しみながら瀬良から書類を受け取る無動。


「詐欺事件の訴訟一覧?」


「それは舞鶴高校にいるとある一人の弁護士が中学高校の六年で弁護した事件よ」


「ふ~ん」


 目を通す無動。


  ×  ×  ×


「おもしろいでしょ?」


「そうか? まぁ、今回の恋愛詐欺と似てる訴訟がいくつかはあるみたいだがな」


「その弁護士が久米さんとよく一緒に居るみたいよって言ったら?」


「なに? そういう事か。それなら確かにおもしろい」


「でしょ」


「何ですか? 面白いって漫画か何かですか? 私も読んでみたいんですけど」


「違うの。無動くんが引き受けた恋愛詐欺に関係する資料なの」


 にこやかに答える瀬良。


 三人分のお茶を持ってくる茅野。


「おぉ~。なら、訴訟に持ち込めるんですね」


 せんべえを口に咥えて答える茅野。


「無理だな」


「っえ!? どうしてですか?」


「瀬良が言うこの弁護士にも疑いは掛けれても証拠が無いからな」


「そう。でも、手掛かりにはなるんじゃない?」


「まぁな」


 親指で書類をパラパラめくる無動。


「にしても、多いな。この件数」


「そりゃあね。事件になっていないだけで報告書にある通り相談は山のように来てたみたい」


「これを頼りに調べてみるしかないか」



 翌日、無動と茅野は別々に瀬良から貰った書類に書かれている事件の弁護士や原告に話を聞きに回った。



 夜中、弁護部の部室に足を棒にして帰ってきた茅野。


「はぁ~疲れた~」


 一足早く戻って来ていた無動が回転椅子に座り、聞いて回った事を纏めたり、瀬良から受け取った書類を見比べていた。


「ロリ、戻ったか」


「あ~無動さ~ん。いつ戻って来たんですか? 戻って来てたなら電話下さいよ。もう、自治区内を歩き回ってクタクタですよ」


 鞄を使われていない机の上に置く茅野。


「それで、何かわかったか?」


「いえ、皆さん角谷さんと同様で被害に遭ってますが、中央委員や弁護部の人達に断られています」


「だろうな」


「無動さんも収穫無しですか?」


「まぁな」


「これじゃ手詰まりですね。どうするんですか?」


「う~ん。正攻法以外で攻めるか」


「正攻法以外?」


 首を傾げる茅野。


 翌日、無動は舞鶴高校の弁護部の部室前に来ていた。


 無動がノックをすると、中から男子生徒の声が聞こえて入室する無動。


「初めまして。私、綾南高校で弁護部に所属している無動といいます」


「自分はここで弁護部をしている上島です。何か御用ですか?」


 不気味な笑みをこぼす無動。


「そうですか、あなたが上島さんですか」


「まぁ、立ち話もなんですから。どうぞ、お掛け下さい」


「では、失礼します」


 対面に座る無動。


「貴方は久米舞歌さんをご存じですよね?」


「久米舞歌? どういう生徒かな? 全生徒を把握しているわけでは無いからね」


「ご存じ無いと? おかしいですね、貴方と一緒にこの部室から出入りする所を何度も目撃されているのにその言い訳は厳しくないですか?」


「……ッチ!!」


 ブリッジに中指を充てて、眼鏡を掛けなおす上島。


「あぁ、知ってるよ。それがなんだってんだよ⁉」


 鞄から書類を取り出す無動。


「此処に久米さんが恋愛詐欺を働き、被害に遭われた方々からの詳細が書かれてます」


「それがどうした? 俺には関係ないだろう」


「そうでしょうか?」


「何が言いたい? 俺が関わってる証拠でもあんのか⁉」


「物的証拠はありません。そういう点では貴方は実に賢い」


「はぁん?」


 無動を睨む上島。


「物的証拠は無いんですがね、状況証拠ならありますよ」


「何?」


「久米さんは実に見事に貴方からの指示に従っていた。それ故に疑問点があったんですよ」


「疑問点だと?」


「はい。私が久米さんに初めてお会いした時に壊れたスマホを見せて下さり、更に封筒に入れられたお金を渡され、依頼人に渡して欲しいと言われました」


 鞄から久米から預かった封筒の写真を見せる無動。


「それがなんだって言うんだよ⁉」


「準備が良すぎたんですよ。只でさえ訴訟に持ち込むのが難しい恋愛詐欺。それに輪をかけて弁護人が来た時の対策として壊れたスマホと返済用のお金。これで裁判に持ち込まれても精々、債務不履行がやっとです。恋愛詐欺で停学に成る事は無いでしょう。ですが、ですがねぇ、こんな事は法律を学ばないと思いつかないですよ」


「それが、状況証拠とでも言うのか!?」


「えぇ、それともう一つ。ここの管轄は中央委員の第八部署ですね」


「それが、なんだ⁉」


「いやねぇ、八部署の責任者である瀬良櫻子が今回の恋愛詐欺に興味を持ちましてねぇ」

 

 立ち上がり、上島の肩を掴む無動。


「徹底的に調べると息巻いてるんですよ。半年で責任者まで上り詰めた程です」


 上島の耳に顔を近づける無動。


「上島さんこの意味分かりますよね?」


 唾を飲み込む上島。


「俺にどうしろって言うんだ?」


 上島の言葉に悪魔のような笑顔でにやりと笑う無動。


   ×  ×  ×


 数日後、旭ロードの一角に店を構えるスイーツ店で角谷と久米の二人だけでの話し合いが行われ、別室で待機する無動とあんみつを食べる茅野。


「今回の無動さんはらしくないです」


 アイスコーヒーに口をつける無動。


「はぁ? 何が言いたい? ハンプシャーとブリティッシュ・ロップの神隠し」


「何ですか⁉ その妙なタイトルを捩った名前は?」


 スマホで検索し豚の品種と表示され、両手でテーブルを叩き立ち上がり、スプーンで無動を指す茅野。


「って、豚の名前じゃないですか⁉」


「ほぅ、よく分かったな。知り合いだったか?」


「な、理由(わけ)ないでしょう‼ 読モだって言ってるでしょう‼」


「あ~、そういえばピッグジャーナルだったな」


「それは豚に関する専門雑誌でしょうが‼」


 茅野の大声に店内に居る客やスタッフ全員が凝視する。


「全員がこっち見てるぞ」


 右人差し指で無動達に視線を向けてる全員を指さす無動。


 無動が指さす方に顔を向け、恥ずかしくなり着席する茅野。


「もう、これも無動さんの責任ですよ」


「なんでだよ⁉」


「今回の無動さんは理非曲直です」


「ほぅ。そんな言葉、良く知ってたな」


「えぇ、自治区の転入試験をパス出来るぐらいのIQ持ちですから」


 どや顔で威張る茅野。


 二人が話してると個室から久米が出てくるとそのままお店を出ていき、無動達が個室に残ってる角谷の様子を見に行く。


「……ひっく……ひっく」


 無動達が覗くと、角谷が涙を滝のように流し、鼻水も垂れ流していた。


「どうでしたか? 醜い現実を目の当たりにしてみて」


 ハンカチとポケットティッシュを渡す無動。


「……」


「久米さんに何を言われたかは知りませんが、人は興味のない人間には無視をするだけです。だが、久米谷さんにとって角谷さんはそうじゃなかった。少なからず興味を持てる人間だったという事です」


 顔を上げる角谷。


「それに、今回の件は裁判ではないので記録に残りません。周りに広まる事は無いこともお約束します。なので、料金も掛かりません」


 驚く、茅野。


「これからは学生の本分を思い出して勉学に自分磨きに頑張ってください」


 数日後。


 角谷は自分を変えようと身嗜みに気を遣うようになり、クラスメイトに積極的に話しかけるようになった。


 弁護部の部室に入る途端、開口一番無動を大声で叫ぶ茅野の声に不機嫌そうにソファーから起き、欠伸をかく無動。


「折角の惰眠を……」


 置かれてる大学芋に思わず頬張りながらお茶を沸かす茅野。


「無動さんが『自分磨き』なんて言うから角谷さん、めっちゃくちゃ変わりましたよ」


「俺には関係ない」


「関係ないわけ無いじゃないですか。もう角谷さんの変わりようにクラス中驚きっぱなしですよ。それより、なんで今回は裁判しなかったんですか? 相手の学生を脅すようなことまでして」


「脅してない、忠告しただけだ。それに、弁護人は依頼人の利益優先だ。依頼人によっては悪にもなる。幻滅したなら退部届でも書いて出て行くだな」


「行きませんって。それより大学芋はもう無いんですか?」


 大学芋を乗せていた大皿の上にはひとつ残らず大学芋が無くなっていた。


 茅野の頭を両手でグリグリと圧迫する無動。


「お前は人に分けるという事を知らんのか!?」

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