3-1

 叩きつける雨の中、藤堂が友人の伊藤を捜して自治区第一公園まで来た。


 段々と雨の勢いが強くなり、屋根付きのベンチに避難した伊藤が生気を失い着崩れた制服を直しもせず、力無く歩く藤堂を見つけて駆け寄る伊藤。


「どうしたの、みお……」


 言葉を失くす伊藤。



 昨日の雨が嘘のように晴れた翌日に自治区陵南高校に瀬良を筆頭に臨戦態勢の中央委員達がズラリ勢揃いし、その異様な雰囲気に登校してきた生徒達が戸惑っていると、女生徒を品定めするかのような目をする中年教師加室。


「な、何事だい!? 瀬良さん?」


「未成年に対する脅迫・強姦の容疑で身柄を拘束させて貰います」


 警棒を取り出し、構える中央委員達。


「な、何の事だい!? 私は何もしていない」


 瀬良を押しのけ、逃げようとする加室に瀬良のバックブローが顔を捉え、その場に倒れこむ加室。

  

 ざわつく生徒達と加室を拘束する中央委員達。


「見世物は終わりよ。行った、行った」


 チャイムが鳴り、急いで下駄箱に向かう生徒達。


 

 一年五組の教室では茅野が友人である中野・松永が集まって今週末の予定について話している。


「明日は、どうする?」


「貴方達に任せるわ」


 身震いをする茅野。


「どうかした?」


 後ろを振り返る茅野。


「今、何かすご~く嫌な感じがて」


「ドタキャンは無しだぜ!?」


 茅野の両肩を掴み、涙目で訴える松永。


「そうよ。何事にも対価は必要よ」


 茅野も首を横に振る。


「そんなじゃあ無いから安心して。ねっ!!」


 

 昼休みになり図書室で再試対策の問題集を解き終えた茅野と松永が力尽き、机に突っ伏していた。


「終わった……」


 口元を抑え、ニヤけながら茅野の隣に座る松永。


「追試、ご愁傷様」


「お互いにでしょう!?」


 両手を上げ、顔を左右に振る松永。


「それを言っちゃ~お終いだぜ」

  

 茅野の答え合わせをする中野。


「絵里は大丈夫そうね」

 

 両手を目一杯上に上げる茅野。


「本当!? ヤッター!!」

 

 眼鏡を拭く中野。


「この調子なら再試も問題ないわね」

 

 ガッツポーズをする茅野。


「ヨッシ!!」


 数冊のグルメ雑誌(全て自治区内にあるお店を特集した雑誌)を広げる松永。


「明日、行くお店は決めた?」


 前のめりになって答える茅野。


「私、旭ロードにあるスイーツを食べ比べしたい!!」


 茅野の肩を掴む松永。


「明日は私達が奢るんだぞ? お金は足りるのか?」


「でも、夏季限定が……」


 茅野と松永が中野を恐る恐る見る。


「沢山、食べられそうね」


 屈託のない笑顔を二人に向ける中野。


 目が泳ぐ茅野と松永。


「い、いや~それは……ねぇ?」


「え、えっと、凛は大会が近いから、あまり食べ過ぎは良くないかと……」


「私が負けるとでも!?」


 中野の全身から圧を感じ、直ぐ否定する二人。


「め、滅相もありません!!」


「喜んで奢らせていただきます!!」

 

 ため息を付く二人。


「当然。っあ、それとミカは放課後もやるから」


満面の笑みを浮かべる中野。


「なんですと!?」

 

 真っ赤に修正されている松永の問題集。



 放課後になり部室に顔を出し来た茅野がソファーの上でアイマスクをして寝ている無動を見て、悪戯心が沸々と沸き、気配を殺して無動に近づき、アイマスクを引っ張って放す茅野。


「イッッッタ!!」


 声を殺して笑う茅野。


 周りをキョロキョロ見渡す無動。


「貴様か、白痴ロリが」


「ハクチ? 何ですそれ?」


「辞書で調べろ。何の用だ?」


「あ~それなんですけど、明日って休日なんで部活も休みですよね?」


「いつも、閑古鳥が鳴くからな」

 

 小さくガッツポーズをする茅野。


「ヨッシ!!」

 

 顔がニヤける茅野。


 ノックの音が聞こえ、青ざめていく茅野。

 

 部室に入り、依頼証明書を取り出す家中。


「やぁ。依頼をお願いしたい」


「またかぁ」

 

 口を開け固まる茅野。


「茅野さん、大丈夫かい?」


「あ、はい。大丈夫です」


「そうかい?」

  

 項垂れながらもお茶を淹れに行く茅野。

  

 ソファーに座る無動と家中。

 

 淹れたお茶を持って来て、折り畳み椅子に座る茅野。


「それで、どんな事件なんだ?」


「うん。それなんだけどね……」


 珍しく、下を向き口籠る家中。


「それは私が話すわ」

  

 調書を持って来た瀬良が家中が座っているソファーに座る。



回想


 人気のない夜の科学準備室に試験の採点を終え、一息付いている加室と呼び出され、おどおどしている藤堂が立っていた。


「去年の中間テスト終了後に被告人加室に呼ばれて、藤堂澪さんは化学準備室に行ったの」


 加室が藤堂に一枚のテストの解答用紙を見せ問い詰める。


「これはどういうことかな?」


 答案用紙を軽く叩く加室。


「君が百点?」


 下を向き、手が震えながらも答える藤堂。


「……勉強したからで」


 答案用紙を机に叩きつける加室。


「本当の事を言いたまえ」


「……本当です」


「生物のテストで赤点しか取れない君がどうやったら満点を取れるんだ?」


「そ、それは……」


 睨む加室。


「……したから」


「よく聞こえないんだが?」


「か、カンニングしました」


 満足そうに笑う加室。


「そうか、やっと言ってくれたね」


 加室が服を脱ぎ出すと、状況が読み込めず固まる藤堂。


「せ、先生。何してるんですか!?」


「君の為に一肌脱ぐんだよ。さぁ、君も脱いで」

 

 藤堂の制服に手を掛け、脱がそうとする加室。


「や、止めて下さい!!」


 抵抗する藤堂の顔を叩き、強引に服を脱がせる加室。


「黙れ!!」

 

 下着姿にされる藤堂。


「これで、見なかった事にしてやるんだ。有難いと思え」

    ×  ×  ×



「その後も藤堂さんは加室に脅迫され強引に行為に及んだらしいわ」


 瀬良からの話に絶句する茅野。


「そして、ついに藤堂さんは妊娠したの」


「最・低!! その教師」


「私も同感よ。依頼、受けるの?」


「止めましょうよ。女性の敵です」


「その事なんだけどね……」


「まだ、続きがあるのか?」


 家中に視線が集まり、重かった口を開く家中。


「実は、今回の事件は弁護部Aに依頼したいと加室先生から依頼があってねぇ」


「いいじゃないですか!! そうして貰いましょうよ。無動さん」


 ため息を付く無動。


「そうなってたら、こんな所にわざわざ来ないだろうが」


 立ち上がり、インスタントコーヒーを淹れに席を立つ無動と顎に手を当てる茅野。


「あ、それもそうですね。ってことは、やっぱり?」


「ごめんね。他の弁論部にもお願いしたんだけど……」


「綺麗さっぱりと断られた。そうだろう?」


「ご明察通り。他の部は経歴に傷が付くのを嫌がってね」


「だろうな」


 自分のだけを作った無動がコーヒーカップを手に席に戻る。


「もう、無動さんは……。皆の分も作ってくれればいいのに」


 茅野が席を離れ、三人分のコーヒーを淹れに行く。


「私、手伝うわ」


 茅野を手伝おうと立ち上がる瀬良を茅野が笑って制止する。


「瀬良さん、お気持ちだけ頂きます。こういうのは無動さんで慣れてますから」


 無動を睨む茅野を意に介せず、話を続けるよう促す無動。


「それで?」


「うん。どこも引き受けてくれそうにないから、君の所はどうかと聞いたら……」


 淹れたコーヒーを茅野がそれぞれに渡して席に着く。


「ありがとう」


 笑顔で受け取る家中。


「ありがとう。今度、何かおごってあげるね」


 両手でコーヒーを受け取る瀬良。


「嫌な予感がするな」


 無動表情が瞬く間に険しくなっていく。 


「『Dなんかに頼めるか。やるなら勝手にしろ』と」


 深いため息を付き、ソファーにもたれかかる無動。


「思った通りだ」


「はぁ!? 何様のつもりなんですか。その加室という教師は?」


「ホントにね」


「無動さん引き受けるだけ損ですよ。止めましょうこんな裁判」


「そんな事は出来ないんだよ」


「なんでですか?」


「自治区内で起きた事柄は自治区内で解決する事が前提になっているんだよ」


「でも、これは私達の手に負える域を超えてますよ」


「だとしても、やるしかないんだよ。『がくせん』はな」


 学選依頼書を受け取る無動。


「私の経歴に汚点が……」


「ロリの経歴なんか二束三文だ。気にするな」


「ひっど!!」


「既に傷だらけだものね」


「まさかの追い打ち!?」


「ごめんなさい。貴方の事じゃあ無いわ。ね、無動くん?」


「ほっとけ」


 調書を渡す瀬良。


 調書にざらっと目を通す無動。


「事実を解明して欲しい」


「まずは会ってみてからだ」


 調書と証明書を鞄に仕舞う無動とは反対に涙を流し、項垂れる茅野。


「グッバイ、私のスイーツ達」

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