2-3
面会時間ギリギリにやってきた無動が看守に嫌な顔をされつつも手続きを済ませ生徒指導館の面会室で後藤を待っている。
「なに? こんな時間に?」
「貴方に聞きたい事がありまして」
「別に明日じゃいけないわけ?」
作り笑顔な無動。
「まぁ、そう言わず。直ぐに終わりますから」
「早くしてよね」
「はい。では、後藤さんは何故、定期券を購入されないのですか?」
後藤の顔が険しく、無動を睨みつける。
「どうだっていいでしょ。私の勝手よ」
「では、何故新しいジャージを買われないんですか?」
アクリル板を叩く後藤。
「あんたに何がわかんのよ!!」
面会室を出て行く後藤。
頭を掻く無動。
無動達は貴重な情報が掴めぬまま数日が過ぎ、裁判当日を迎えた。
無動が裁判所に着くと待っていた瀬良が一枚の用紙を無動に渡す。
「はい、これ」
「なんだ? これ?」
渡された用紙に目を通す無動。
「これが役に立つかどうかは無動くん次第よ」
「なんです? それ?」
茅野が興味本位で用紙を見ようとするが無動に叩かれ見れない。
「お前はここに居ていいのか? ガキ達はどうした?」
「友達が私に変わって見てくれるそうです」
「お前に友達がいたとはなぁ」
「無動さんと違いますから」
お互いに鼻を鳴らし裁判所に入って行く無動と茅野。
傍聴席に座っている家中と瀬良。
瀬良の隣に座る茅野。
傍聴席の最前列で落ち着きが無い三人の男子学生。
弁護人席で調書や資料を鞄から出す無動の元まで行き、顔を近づける高坂。
「今回は俺の勝ちだ」
ため息を付く無動。
「違うだろう……」
「何か言ったか?」
「裁判に勝ち負けを決める場所ではありませんよ」
舌打ちし、後藤を見下す高坂。
「こんなやつの弁護とはねぇ」
「当然の権利ですよ」
「落ちこぼれの末の犯行だろう? 勉強が出来ない奴のしそうな事だ」
「可哀想な人だ」
「同情するとはお優しい弁護士だ」
「貴方ですよ」
鼻で笑って、席に戻る高坂。
悔しさのあまり両手を握り締める後藤。
「あんたに何が分かる」
「気にしないで下さい」
裁判席にある三台のモニターに裁判員数名が一人ずつ映し出される。
「それでは裁判を始めます」
無動をはじめ法廷内に居る全員が起立し、モニターに映る裁判官達に一礼し、着席する。
証言台に立っている後藤。
「執行委員起訴状の朗読を」
高坂が立ち上がり起訴状を読み上げる。
× × ×
「以上の事から、学生の本分を蔑ろにし、遊ぶ金欲しさに相手を恐喝し金銭の請求や強引な性行為などで相手を苦しめる言動や行動の数々……」
「そんなのしてないわよ」
後藤の独り言をワザとらしく咳払いをして、誤魔化す高坂。
「続けます。このままでは、自治区の治安や他の生徒に示しが付きません。自治区条例及び罰条。併合罪。条例第四十五条」
「では弁護側お願いします」
立ち上がる無動。
「無罪を主張します」
無動の主張に思わず立ち上がる高坂。
「正気か!? 弁護人」
「勿論です」
「内申に傷がつくぞ。弁護方針を改めた方が身の為だぞ」
「私は内申点など興味はありませんよ。ですから、無罪を主張します」
「自分が愚かだった事を後悔させてやる」
× × ×
「それでは弁護側、証人尋問を」
「はい。お願いします」
中央委員が男子学生を証言台に連れて来ると、落ち着かない男子学生。
「はじめまして。無動と言います。笠松さん」
「お、俺がどうして此処に呼ばれたんだ」
無動が胸ポケットに手を入れる。
「私もこんな事をするつもりは無かったんですがねぇ……」
無動が『内容証明』と書かれた封筒を取り出し、笠松に見せる。
「貴方たちがこんな事するもんでねぇ……」
邪悪な笑みを浮かべる無動。
「そ、それは……」
目が泳ぐ笠松とこっそりと逃げ出そうとする二名の男子生徒。
「あー、そこの二人。逃げようなんて思わない方が身の為ですよ」
中央委員が扉の前に立ち塞がるとトボトボと元の席まで戻る二人。
「では、貴方にお聞きします」
「はい」
「貴方は本当に後藤さんに恐喝されたんですか?」
「おいおい、弁護人。勝手に被害者を証言台に立たせたと思えば何を言ってるんだ?」
「考えてみて下さい。時間帯こそ違ってますが、同じクラス男子生徒三人が同じ週に、同じ場所でしかも同じ女性に恐喝される確率がどんなものか」
「確率論より目の前の現実を見たらどうだ? 弁護人」
「その現実が事実では無いんですよ。高坂さん」
「どういう意味だ?」
「笠松さん、貴方たちは随分と色々な女生徒と似たようなような事してますね」
脂汗が流れる笠松。
「な、何のことだが?」
「記憶にありませんか?」
「あ、ありません」
「そうですか。では……」
無動が瀬良から受け取った用紙を書記官に渡し、コピーして裁判官や高坂に渡していく。
「貴方達は他の女子生徒達にも同じ事をしてたそうですね」
「な、なんの事だか……」
「女子生徒も売春が表沙汰になると学園追放になるから泣き寝入りするしかなかった。だが、今回は違った」
脂汗が止まらない笠松。
「後藤さんがしつこく迫ってくる所を通行人に見られたので貴方は咄嗟に恐喝されていると仰ったんではないですか?」
「ち、違います」
目が泳ぐ笠松。
「貴方達は有名でしてね。とある中央委員が連日連夜、巡回しては女子生徒達を説得して回ってたみたいで、おかげで何名かの女子生徒は貴方達の事を覚えていましたよ」
「う、嘘だ。覚えてるわけがない。あのエリアは初めて行ったんだから」
「ほう、初めて行ったエリアで各々恐喝されたのに、それを他の二人には言わなかったんですか?」
「女子に恐喝されたなんて恥ずかしくて言えるわけ無いだろう」
「ですが、傍聴席を見て下さい。不特定多数の人間が貴方達の行為を知ってしまいましたよ」
「おい、弁護人。それはお前が証人召喚したからだろうが」
「私が呼ぼうが呼ばまいが裁判が始まれば同じ事ですよ」
「それは……」
「それにね、その用紙に書いてある通り笠松さん達が女子生徒達が違法行為をしてるのを良い事に金銭を一度も払っていないんです」
傍聴席で怯える男子生徒。
「女子生徒達も売春をしている事が表沙汰になると自治区から出て行くことを余儀なくされる為、泣き寝入りするしかなかったんでしょう」
「連日の巡回はこのこの為かい?」
家中の問いに視線を逸らす瀬良。
「中央委員としての責務を果たしただけよ」
「しかし、後藤さんは違った。執拗に貴方に迫ってきた。だから貴方は虚偽の裁判を起こし、後藤さんを陥れたんじゃないですか?」
「……」
「沈黙は肯定と捉えますよ。笠松さん?」
無動の問いかけにも無言を保つ笠松。
「以上で証人尋問を終わります」
「では、論告求刑を執行委員」
「っえ! っあ、はい。売春を行った事は事実であり、感化出来ません。即時自治区からの追放を求めます」
「では弁護側、最終弁論を」
「その前に一つだけ。後藤さん。何故、定期を買わないんですか?」
「え?」
「おい、本件とは関係無いだろう」
「弁護人、私達も関係があるとは思えません」
「被告の動機に繋がります」
裁判長が映るモニターを真直ぐ見つめる無動。
「続けて下さい」
「後藤さん。他にも、光熱費や水道代が未払いですね」
俯く後藤。
「か、関係ないでしょう!!」
「ここで、話さなければ妹さん達と離れ離れになりますよ」
目が見開き、妹達の顔を思い出す後藤。
「良いんですか? それで?」
「そ、それは……」
握りこぶしを作る後藤。
「……無いからです」
「後藤さん、もう少し大きい声でお願いします」
無動を睨む後藤。
「お金が無かったからです」
睨まれても目線を外さず、後藤に問う無動。
「それは、何故ですか?」
「妹達の給食代を払ったので……」
「意義有り。それは親の義務であり、バイトをするなら自治区で学ぶ必要はありません。一般校で充分です」
「それが出来たらこんな事してないわよ」
後藤の独り言に眉を吊り上げる高坂。
「裁判長、後藤さんの親御さんは既に亡くられています」
「親類縁者がいるだろう」
「祖父母が居られますが特別養護施設に入られてます」
「意義を却下します」
「ッチ」
「後藤さん奨学金制度の申請は?」
「やりました。けど……」
「けど? ……」
「全て通りませんでした……」
無動が数枚のプリントを鞄から取り出す。
「自治区内にも独自の制度がありますが、そちらも申請されましたか?」
頷く後藤。
「でも、定員オーバーで」
「次に、バイトはしなかったのですか?」
「してました。けど、バイトは社会経験の一環で月に三十時間以上は入れません。掛け持ちも許されません」
「だから、売春に走ったと?」
消え入りそうな声で答える後藤。
「似た境遇の学生なら他にも居る」
薄ら笑いをする無動。
「仰る通り。他にも沢山います」
「なら尚更、厳罰に処すべきだ」
高坂の所まで近づく無動。
「高坂さん、貴方はお米10キロを担いで一時間以上歩いた事はありますか?」
両腕を上げる高坂。
「宅配に届くよう手配しているから無いね」
「なら、一円でも安くする為にスーパーを巡った事は?」
「ある訳無いだろう」
「なら、定期代を浮かす為に学校まで歩いた事は?」
「くだらん。そんなのは貧乏人のする事だ」
「貧乏人ねぇ」
首を擦る無動と失言に気づき慌てる高坂。
「な、なら弁護人はあるのか?」
「お米なら一度だけありますよ。まぁ、最も二度としたくありませんがね」
「それ見ろ」
「私は途中で、心が折れました」
「はぁ?」
「このくそ熱い中、スーパー巡りをしたり、学校までを毎日歩くなんて、私には出来ません」
「何が言いたい!?」
「私は後藤さんを尊敬します」
後藤が立つ証言台まで戻る無動。
「妹さん達の面倒以外に炊事に家事を熟してから登校を続けている事に」
「だからって、援助交際をしていい理由には成らないだろうが」
高坂を指差す無動。
「おっしゃる通り」
誰にも聞き取れない声で、しかしはっきりと怒りが籠った独り言を呟く後藤。
「あんたに何が分かる」
高坂を睨む後藤に気付く無動。
「後藤さん?」
「あんたに何が分かるのよ!! 自分のしたい事を押し殺してでも、やらないといけない事があって……助けを求めても相手にされなくて……それでもやらないといけない事が日を追うごとに増えていって……」
「……」
「私だって、学びたい。でも……妹達を守ってあげれるのは私しかいないの!! 家族が一緒に暮らせて行ける場所があのアパートしか残されていないの!!」
「……」
「間違った方法だって分かってる。でも、誰も助けてくれないなら、その方法で生きていくしかないじゃない」
涙を流す後藤。
「普通の環境が私達には憧れなの!! 勉強だけに集中できる環境がどれだけ恵まれているか貴方、分かってる!?」
鞄から複数枚の用紙を無動が取り出す。
「裁判長、この資料は自治区内にある奨学金制度とそれを申請している学生達の実情を纏めた資料になります」
資料を書記官に渡し、その資料を見る裁判長達と高坂。
「この資料を見ると、かなりの数の学生が奨学金を必要としてますね」
「はい。ですが、受け取れる学生は一割にも成りません。殆どの学生も同じようにバイトをしています。ですが、結局は退学を余儀なくされてます」
「……」
裁判長達の口元が映るモニターに顔を向ける無動。
「学生の本分が勉学なら先ずは学生が勉学に集中出来る環境を自治区全体で作るべきです」
「何を馬鹿な」
「自治区本来の目的は幅広く人材を集め、世界で活躍出来る人材の育成です」
「それは綺麗事だよ。弁護人」
「綺麗事だからと、目を逸らすんですか!?」
「……」
「自治区本来の目的から逸脱し続けるなら自治区である必要がありません。自治区が自治区である以上、この問題は早急に解決すべきです。第二第三の犠牲者が出る前に」
押し黙る高坂。
「本件における強制性交等罪は無く、双方が同意の上での売春が事実だと思われます」
× × ×
「判決を申し渡します。被告人、後藤理沙を無罪とする」
両目に溜めた涙を流さぬよう下唇を噛む後藤と椅子にもたれ掛かる無動。
荷物を纏めて鞄に仕舞う高坂。
傍聴席で肩を落とす原告の生徒達。
「後藤さん」
「はい」
「今回の事は、奨学金のあり方を見直す大きな切っ掛けになります」
「……」
「貴方がやった行為は褒められる物では決してありません」
「……はい」
「奨学金制度の緩和やアルバイトの労働時間の改善などを自治区議会に上げます」
溢れ出る涙を抑えようと両手で顔を覆う後藤。
「今すぐ、と言う訳ではありませんが、少しずつ変わると思います。次は道を踏み間違えないで下さい」
泣き崩れる後藤。
「ありがとう……ございます」
「応援してますよ。妹さん達と仲良く暮らしてくださいね」
深々と頭を下げる後藤。
「……ありがとうございます」
「本件の裁判を閉廷します」
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