2-1

 夜中の23時過ぎにコンビニで買い物を済ませた大学生が自治区青梅公園を歩いていると茂みの方から男女の言い争うのが聞こえて、止めに入ろうと小走りで近づいていく。


「はぁ? ふざけんなし。ちゃんと金払えよ」


「どうしました? 中央委員呼びます?」


 大学生がスマホで中央委員と表示されている画面を男女にチラつかせながら寄って来る。


「た、助けて下さい。この人が恐喝してくるんです」


 大学生の後ろに隠れる男子生徒。


「はぁ!? ふざけんな」


 中央委員に電話する 大学生。


「ッチ、あんたの顔、覚えたかんな。絶対突き止めてやる」


 女子生徒は男子生徒に言い残すと、闇夜に紛れて行った。



 翌日、自治区陵南高校のお昼休みに購買で昼食を買いに行く茅野の目の前を急いで走り去る後藤。


 その後を追いかける瀬良と数名の中央委員。


「待ちなさい!!」


「誰が捕まるかってーの」


瀬良達が走り去った方を見る茅野。


「何かあったのかな?」

  

 放課後の弁論部部室に鞄を持って、部室に入る茅野。


「無動さ~ん居ますかぁ」

 

茅野に気づいてソファーで寝ていた無動が所々解れている手作りのアイマスクを外し、丁寧に仕舞う。


「無動さんにしては随分、可愛らしいアイマスクしてるんですね? 彼女さんからの送りものでしょう!? だから、がらにもなく丁寧に仕舞ったんだ。そうでしょう?」


 茅野の両頬を抓る無動。


「もう一度、無駄口を叩いたその瞬間にお前の唇に五寸釘を打ち込んで喋れなくしてやる」


「どうもすみませんでした」


 無動が茅野の頬を離し、ソファーに寝転ぶ無動をうらめしそうに見つつ両頬を擦る茅野。


「何も抓らなくてもいいのに」


「何の用だロリ」


「今、お茶淹れますね」

 

 水を入れたやかんをガスコンロの上に置き火を付ける茅野。


「だから、何の用だと聴いてる」

 

「そう言えばお昼休みに瀬良さんが誰かを追いかけてましたよ」


「そりゃあ、瀬良は中央委員だからな。容疑者か何かを追いかけてたとかだろう」


「その中央委員ってなんですか?」


「なんだ? 旭ロードで会った時に話しをしたんじゃないのか?」


「あの時は走ったり、補習の件を聞いたり、学校と旭ロードを往復したりでそんな暇は無かったですよ」


 無動が鼻をならし、ため息交じりにソファーから立ち上がり、自治区全体の地図をホワイトボードに貼る。


「学園自治区と一言で言ってもその広さは23区と大差ないのは知ってるな?」


「はい。編入前に読みました」


「その自治区を学生、ましてや警察学校や警察予備校に通う学生だけで治安や有事の際に他学生達を守り切れると思うか?」


「そんなの無理に決まってるじゃないですか。無動さんマジ無能」

 

 眉間に皺を寄せる無動。


「じょ、ジョークです。私の小粋なジョークです。全然、中央委員の話が出てこないから忘れてると思って、和ませようかと思っただけです」


「次、茶々を入れたら二度と話してやらんからな」


「はい。以後、気を付けます」


「あー何だっけな……」


「有事の際に他学生を守れるのかどうかって所まで聞きました」


「まぁ、物理的にも人員的にも無理なわけだ」


「はい」


「そこで、自治区をある程度の区画に分けてその管轄を各学校から選ばれた中央委員が治安維持や事件が起きた際の調査を行うというわけだ」


「へぇ~」


「因みに瀬良は八部署の責任者だから、へました時の為に仲良くしてたら得だぞ」


 悪い笑みを浮かべる無動。


「そんな事しないですけど、瀬良さんとは親しくなりたいなぁ」


「因みに担当区画の治安が良かったり、事件が少ないとそこの責任者は有望視され学校を卒業する時は優遇されるんだ」


「いいなぁ」


「まぁ、こういうのは初めから警察関係の職に就きたい奴が立候補するからな」


「じゃあ、瀬良さんは将来警察官なんですかね?」


「瀬良がか? ……あいつは違うだろう」


「そうなんですか?」


 空を飛ぶ三匹の鳥を見つめ、ぼそりと呟く無動。


「あいつらは贖罪のつもりなんだろうな」


 やかんの笛がなり、急須と湯呑を取り出す茅野。


「何か言いました?」

 

 頭を掻く無動。


「お前は部員でもないのに何故、帰らない。要は済んだだろう?」


「はい? 私は既に此処の部員ですけど?」


「だから俺は認めてないって言ってるだろうが」


 湯気が立ち上る湯呑をソファーテーブルに力任せに置く茅野。 


「私も何度も言いますけど、生徒会長さんが許可してくれてますから」

 

「余計な事を……」

 

 舌打ちをする無動と正反対に勝ち誇った笑顔で無動を見下ろす茅野。


「このクソ暑い時にこんな熱いお茶を淹れる理由を聴かせて貰おうか。なぁ、ロリ」


「これしか呑める物がここには無いからじゃないですか」


「自販機で買えばいいだろうが」


 無動の前に手を差し出す茅野。


「なら、お金下さい」


 茅野の手を叩く無動。


「ふざけるな」


「あ~それと……」


「何だ!? まだ用があるのか?」


「瀬良さんなんですけど、お昼に誰かを追いかけてましたけど、事件ですかね?」


 目薬を差す無動。


「知るか。俺に聞くな」


 立ち上がり、部室の棚からおかきを取り出し、ソファーに座る無動。


「何ですかそれは!?」

 

 ニヤリと笑いおかきを一つ取る無動。


「これかこれはおかきだ」


「そんな事は知ってます」


 顔を顰める無動。


「湿気ってるなぁ」


「何で、おかきがあるんですか?」


「食うか?」


「良いんですか!?」


 無動からおかきを取り上げ、口に入れる茅野。


「うわぁ、湿気てっる」


「それ、全部やるから退部しろ」


「意味が分かんないですけど」


 部室をノックする家中。


「依頼者ですかね?」


「真っ当な依頼なら他に行く」


「今、いいかい?」


 笑顔で部室に入る家中。


「何の用だ?」


「僕が来る理由は一つだよ?」


「学選弁護かぁ」


 茅野が手にしているおかきに気付く家中。


「あれ? そのおかきは……」


「これ、湿気ってますが……」


 おかきを差し出す茅野。


「気持ちだけで充分だよ」


「ですよねぇ……」


 ゴミ箱におかきを持っていく茅野。


「捨てるのかい?」


「湿気っているので」


「そうなの? 勿体無いね」


「無動さんがちゃんと封をしてればこんな事にならずに美味しく頂けたんですけど……」


 無動を横目で見る茅野。


「俺のせいかよ?」


「他に誰が居るんですか?」


「そのおかき、たしか一万円ぐらいしたのに」


 捨てようとしたおかきを慌てて、両手で防ぐ茅野。


「っえ!? 勿体無い!!」


 おかきを口に放り込む茅野。


「改めて食べると、めちゃめちゃ高級な味がして美味しいです」


 ため息を付く無動と笑みを絶やさない家中。


「金額聞いても、味や湿気が変わるわけないだろうが」


「がさつな無動さんには分からないんです。べーだ!!」


 無動に向かってあっかんべーをする茅野。


「それで、事件の概要は?」


「それ事はいつも通りに」


「瀬良の所かぁ」


 依頼証明証を渡し、出て行く家中。

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