1-3

 傍聴席に堺が最前席に座り、離れた場所に家中と瀬良が座り、隅の席に橘と葛城が座っている。


 無動が弁護人席で裁判の用意をしていると、反対の席で無動を威圧的に睨む執行委員の高坂智則。


 裁判官席に三つのモニターがあり、それぞれにシルエットで隠された裁判官達の口元のみ映し出され立する無動と高坂。


「では、自治区裁判を始めます」


 着席する無動と高坂。


「執行委員、起訴状の朗読を」


 起立する高坂。


「起訴状、被告人大山鉄也は五月十日、午後三時四十五分。旭ロードの一角にある路地裏にて兼ねてから好意を持っていた被害者、泉真姫を襲うとした所を同級生である堺直人に見つかり、止めに入った堺氏に暴行し、全治二週間の怪我を負わせ、さらに意識を失っている泉氏にわいせつ行為を及ぼうとしている所を通報を受けた中央委員に確保されました。自治区条例及び罰条。併合罪。条例第四十五条」



 着席する高坂。


「弁護人」


 起立する無動。


「無実を主張します」


眉を吊り上げる高坂。


「ほぉう」


「まずこの調書ですが……」


 調書を持ち上げ、周囲に見せる無動。


「大山さんの証言が一つとして繁栄されてません」


 手を上げる高坂。


「裁判長」


「執行委員」


「被告人が黙秘でしたので、もう一人の被害者である堺氏に協力を仰ぎ、調書を作成いたしました」


「裁判長、その堺さんですが、中学時代に同じ部の後輩達に訴えられています」


「裁判長、その件では堺氏は不起訴になっております。今回の事件と関係があるとは思えません」


「ですがねぇ……」


「弁護人は故意に堺氏の人格を否定し、調書の信憑性を無くそうとしています」


 愛想笑いで誤魔化す無動。


「考え過ぎですよ」


「異議を認めます」


 苦笑し、髪を掻く無動。


「では、犯行時間についてですが大山さんは午後三時五十分まで補習を受けてます」


「だが、途中で居なくなっただろう」


「はい。教師が最後に大山さんを確認したのが午後三時」


 万年筆を開け閉めする高坂。


「お願いします」


 中央委員がホワイトボートを持ってくると、無動が拡大コピーした自治区の地図を貼り、その上に旭ロードと自治区陵南高校のイラストを貼る。


 鞄から茅野が描いたペープサートを取り出す。


「ここに足が速いだけのロリがいます」


 茅野のペープサートを振る無動と困惑する法廷。


 眉間にしわを寄せる高坂。


「ロリ?」


 苦笑する家中。


「和真らしいね」


 眉間に手を当てため息を付く瀬良。


「……和真のバカ」


 高坂にニヤつきながら近づく無動。


「そうなんです。おむつの出来は可哀想なんですがね、元陸上部らしいので、学校から旭ロードまで走って貰ったんですよ」


 元の場所に戻り、ペーフサートを学校の位置から旭ロードの場所まで動かす。


「そしたら、十分しか犯行時間がないんですよ」


「十分ですか?」


「はい、にも関わらずこの調書にはその事が書かれてません」


 ペーフサートを置き、調書を持ち上げる無動。


「それだけではありません」


「と、言いますと?」


「この調書によると二週間の怪我を堺氏に負わせたと書いてあるんです」


「十分だと短いと?」


「はい。仮にもボクシング部で地区代表にも選ばれた経験を持つ堺氏に生徒が怪我を簡単に負わせるものでしょうか?」


「背後から襲われたら誰であろうと怪我をするだろう」


「それに、泉さんを襲うなんて時間が足りません。以上の事を踏まえ、この調書は信憑性に欠け、大山さんを貶めているに過ぎません」


「言ってくれるねぇ」


「言っときますが、うちの学校から旭ロードに向かう直通の交通機関はありません」


「バスの乗り換えで行けるはずだが?」


「乗り換えだと、かえって時間を喰うんですよ」


「……」


「仮に電車だとしてもですね……」


 高坂に近寄る無動。


「西鉄はラッシュ時には十分以上、遅延するのが当たり前なんですよ」


「たかが十分だろう?」


「その十分が大いに問題なんです」


「どういう意味ですか?」


「乗り換えが出来ないんですよ」


「どういう事です?」


「我が校の最寄り駅は西鉄しか通っていないんです。乗り換え駅に行くには二十分掛かります」


 苦虫を噛む高坂。


「調書には泉さんに抱き着くように倒れていたとあります」


「それがどうした?」


「妙な点が三点あるんですよ」


「なに?」


「一つは堺さんの行動です」


「ほぅ?」


「助けに入ったにも関わらず、抱き着かれている泉さんをほったらかした事です」


「その時点で、堺さんは怪我をしていたんだ。賢明な判断だと思うが」


「相手は気を失っているんですよ? 充分、助けに入れたはずです」


「それは結果論だ。その時点では気を失ってるかは分からんだろう」


「そうですかね……」


 不気味な笑みを浮かべる無動を怪訝な顔で睨む高坂。


「次はこれです」


懐からスマホを取り出し、周りに見せる無動。


「スマホ?」


「そうです。スマホの普及率をご存知ですか?」


「いや……。それがなんだ?」


「総務省の調べによると約九十七パーセントです」


「それと今回の事件と何が関係あるんだ?」


「堺さんは何故、スマホや携帯を持っていなかったんですかね?」


「たまたまだろう。家に忘れたとか、充電が切れていたとか」


「誰かに今の状況を見せる必要があったとも考えられます」


「何を馬鹿な」


「自分より、第三者の証言が加わればより証拠が強固な物になりますからね」


「先程から随分な物言いだが、証拠はあるんだろうな?」


「それは……」


「憶測では済まされないぞ」


「……」


「所詮、学選弁護人はこんなもんか。証拠も無く善良な学生を陥れるとは……」


「……」


「君に聞きたいが堺氏は誰に怪我を負わされたんだ?」


「それは……」


 口角を上げ眉間に皺を寄せる無動を見て鼻で笑う高坂。


「求刑に入ります。執行委員」


「被告、大山鉄矢の退学及び自治区からの追放を求めます」


「弁護人、最終陳述を」


 法廷の扉が開き、息を切らせた茅野が無動に耳打ちをする。


「裁判長!」


 大声を上げ、手を上げる無動。


「なんでしょう?」


「追加、証拠を提出します」


「なにを馬鹿な事を言ってるんだ」


 モニターから姿を消した裁判員達が相談し、それぞれのモニター前に戻ってくる。


「今回だけですよ」


「裁判長!」


「ありがとうございます」


 開かれたドアから泉が入って来ると、証言台に立つ。


「泉さん、喋って頂けますね」


 黙って、頷く泉。


「裁判長、彼女の事は覚えていません」


「覚えていないんじゃない。言いたくなかったんです」


「何を言ってる?」


「泉さん、事実を話して下さい」


 胸の前で握った手を下ろし、一点を見つめ話し始める泉。


「あの日……」



 回想


 堺から逃げながら鉄也に電話する泉。


「てっちゃん、助けて。堺に追われているの!」


「今、何処にいる?」


「旭ロード近くの繁華街」


「すぐ行くから、隠れて待ってろ」


 路地裏の物陰に隠れ、怯える泉。


「早く来て、てっちゃん」


 泉の腕を掴む堺と部の後輩達。


「み~つけた」


 怯えて、震える泉。


「サンドバックが逃げるなよ」


 泉の腹を殴る堺と苦しむ泉の姿を見て笑う後輩達。


 お腹を抑えて、逃げ出そうとする泉を後輩が捕まえると、殴ろうと他の後輩が泉に近づき振りかぶると、走って来た大山が先に後輩を殴り飛ばした。


「何してんだテメェら!」


 舌打ちする堺が顎で合図すると後輩達が鉄也を取り囲む。


「動くなよ」


 堺がバタフライナイフを取り出すと泉に向ける。


「助けて、てっちゃん」


「てめぇ~」


 転がっていた鈍器で大山の頭を殴る後輩。


 頭から血が流れる大山を見て気を失う泉。


「続きやります?」


 ニヤける堺。


「いや、もっと面白い事がある」


 泉の上に大山を放り投げる後輩。


「……うぅ」


 目をゆっくり開ける泉。


「本当にいいんですか?」


「言っておくが、目の周辺は止めろよ」


「大会が近いですもんね」


 堺を数発殴る後輩。


「こんな感じですか?」


 手鏡で確認する堺。


「ちょっと、足りないなぁ」


 そう言うと堺がおでこをナイフで軽く切る。


「まぁ、こんな物かな?」


「えげつない事、思い付きますね」


「お前らも楽しんでるだろう?」


「そりゃ、勿論」


 後輩達が人目につかないように裏路地を出て行く。

     ×   ×   ×


「これが事実です」


 法廷柵まで慌てて駆け寄る堺。


「違う、出任せだ!」


 目を潤ませながらも堺を睨む泉。


「事実です」


「な、なら、証拠を見せろ!」


 ブレザーを脱ぐ泉。


 驚き、慌てる高坂。


「き、君、何をしてるんだ」


 制服を脱ぐと身体中に残る痣を見せる泉。


「これが、殴られ続けた証拠です」


「テメェ、ぶっ殺す!」


 堺に殴り掛かる大山。


 咄嗟に大山と堺の間に入り、堺の代わりに殴り飛ばされる無動。


「なにやってんだよ、あんた」


「それはこっちの台詞だ」


 切れた口元を抑える無動。


 大山を取り押さえる中央委員。


「今、問題を起こしたら弁護してる意味が無くなるだろうが」


「あんた……」


「あの女が言ってるのはデマかせだ!」


「私の証言が不十分なら、他の子にも聞いて下さい」


「証言、して下さるんですか?」


「私が証言するならって……」


 震えながら立ち上がる橘。


「わ、私も証言します」


「花……」


 橘の発言に法廷内の視線が向けられ、無動が口火を切る。


「大丈夫ですか?」


 ゆっくりと、しかし力強く頷く橘。


 膝から崩れ落ちる堺。


「馬鹿な、そんな馬鹿な……」


「よく、証言してくれましたね」


 涙目で和真の顔を見る泉。


「……私、守れたでしょうか?」


「えぇ、勿論」


 脱いだブレザーを泉に掛ける無動。


「裁判長、以上が今回の事実です」


 机の上に出していた資料を整理する無動。


「裁判長、大山さんの無実、及び堺氏を傷害罪で告発します」


 中央委員に両腕を抑えられ連れて行かれる堺と椅子に倒れ込む高坂。



 裁判が終わり、夕日が無動と茅野を待つ家中と瀬良。


 口元に濡れたハンカチを抑え、裁判所から出て来る無動と茅野。


「ありがとう」


 握手をしようと手を差し出す家中。


「部活動をしたまでだ」


「こっちは、色々とシワ寄せが来そうだけどね」


「無実な学生が捕まるよりは良いだろう?」


「そうね、あんな思いは私達だけで充分」


「何の話ですか?」


「おい、なんでこのロリが俺のパラリーガルなんだ?」


「君の悪態についていけるのは彼女だけだからね」


「良いんじゃない? お似合いよ」


「何を勝手な……」


「私、褒められてませんよね?」


「ロリの何処を褒めろって?」


「悪態しかつけない人よりマシです」


「なんだと」


「なによぉ」


 無動と茅野がにらみ合ってると、後ろから大山と泉が追いかけて来る。


「おい、あんた……」


 振り返る無動。


「その~わるかったなぁ、殴って」


 泉に肘で突かれ、頬を掻きながら謝罪する大山。


「ありがとうございました」


 無動に大山と泉が頭を下げた。


「これが部活ですから」


 二人が頭を上げる。


「あんたの事を誤解してたよ」


「慣れてますから」


 苦笑し、頭を掻く無動。


「あの事件、俺達なりに考えてみるよ」


「あの事件?」


「ホント、ありがとうな」


 大山と泉は何度も頭を下げ、無動達の元を去って行く。


「あの事件って何ですか?」


「……お前には関係ない。それより、バスの時間だ急ぐぞ」


 バス停に向かって走る四人。

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