私が赤いきつね派な理由(ワケ)

 

第1話

スマホを握りしめ、私は「嘘でしょ!」思わず叫んでしまった。


彼氏の智也からのメッセージ。

「ごめん、出張入ったから明日いけない」


設備会社で働く智也は現場のトラブルなどで急な出張が多いが、まさかクリスマスイヴに会えないなんて・・・。一人暮らしを始めて約半年、智也と過ごす初めてのクリスマス。これ以上ないほど浮かれていたのに。


24日の夜からうちに泊まりに来る予定だったから奮発してケーキまで予約していたのだった。


これまでにも何度か仕事の為にデートをキャンセルされている。その度に物分かりの良いふりをして「わかった。気を付けてね」と返していたのだが、今回はさすがにそんな気にもなれず、どうしようもないと思いつつも「それじゃ私は一人でクリスマスを過ごせばいいって事ね」って嫌味っぽく返してしまった。


送信した後、少し自己嫌悪に陥る。智也が悪いわけじゃないのに・・・。

24日、私は仕事帰りに予約していたケーキを一人で取りに行った。


こうなったら一人でやけ食いしてやるんだ。そういえば子供の時に大きくなったらケーキをワンホール一人で食べるのが夢だったな。太っても知らないからね。


晩ごはんに何か作る気にもなれず、仕事帰りにスーパーの総菜コーナーを物色する。特に食べたいものがない。


スーパーをブラブラしてカップ麺のコーナーへ。赤いきつねと緑のたぬきが整然と並べられている。私はいつもの習慣で赤いきつねを二つ買い物かごに入れる。「あっ」思わず小さく叫ぶ。今日は一人分でいいのだった。


私も智也も赤いきつね派だ。思わず二人分買おうとしたことに苦笑する。一つを売り場の棚に戻し、私は少し立ち尽くして緑のたぬきを買い物かごに入れた。これは赤いきつね派の智也に対するささやかな抵抗だ。なんだかスカッとした気分だ。


一人分のサラダと明日の土曜日の朝に食べるパンと牛乳を追加してレジへ向かう。途中で残り一つの赤いきつねを棚に戻すのを忘れたのに気付いたが「まあ、いいか。予備用として置いておこう。」私はそのままレジへ向かった。


家に帰ってケーキを開けてみる。パンフレットで見たとおりに、ラズベリーのソースが敷き詰められ周囲を生クリームで覆い、あまおうイチゴがたっぷりと乗せられている。中央には定番のサンタのオーナメントとホワイトチョコで『MerryChristmas』と書かれたチョコ板が飾ってあり、ろうそくもついている。


一人でろうそくでも点けようか。むなしいかしら?

などと色々考えていると、お腹が空いてきた。


買い物袋から赤いきつねと緑のたぬきを取り出し、どちらにしようかしばらく迷う。どちらも美味しそうだ。しかし、今日は緑のたぬきにしようって決意したのだった。赤いきつねをキッチンの上の棚に片付けようと思い、棚を開ける。


バサバサッ!


赤いきつねが二つ頭上から落ちてきて頭に当たる。「きゃあ」小さく叫ぶ。智也が残業で遅くなった時など夜中に食べるのに、勝手に持ってきていたものだった。「買い置きあったんだ」私は赤いきつねを手に持ち眺める。


本当は私は赤いきつねも緑のたぬきもどちらも好きだった。


「私も赤いきつね派!一緒だね!!」と言いたくて、ただ智也と同じものを好きになりたくて、赤いきつね派だと言っていたのだった。


智也を驚かせたくて、大量の小麦粉と削り節と昆布を購入してきて赤いきつねを手作りしようとした事を思い出した。


あの平べったいのにもちもちした麺の触感、ふっくらジューシーなお揚げ、かつお風味の効いた出汁を再現しようとしたのだった。智也の来ない日の夜に何度も挑戦したが、3週間目で私は無理だと諦めた。


次に私がやったのは女らしさをアピールするために、アレンジすることだった。アレンジと言っても凝ったことをやるわけではない。せいぜい、あらかじめ茹でておいた小松菜を足したり、半熟卵や梅干しを上にのせたり、刻みネギを多めに入れたり、薄切り餅や焼きタラコや揚げ玉をちょっと追加するくらいだった。しかし、智也は面白がってことのほか喜んでくれたのだった。


視界が少しぼやける。泣くな泣くな。クリスマスイヴに一人ぼっちな人なんて世界中で私だけじゃないはずだ。私は赤いきつねを3つとも棚に戻した。


「今日は意地でも緑のたぬきを食べるんだ。赤いきつねなんか食べるもんか!」私はケトルでお湯を沸かす準備を始めた。


ケトルの前でお湯が沸くのをボーっと待っていると、インターホンが鳴った。玄関ドアから数歩のところにいたので、そのまま覗き窓から外を確認する。


そこにはスーツ姿の智也が立っていた。「えっ智也?」急いでチェーンを外してドアを開ける。「いやあ、仕事思ったより早く片付いたからさ」そういうと照れくさそうに笑った。智也の左にはキャリーケースが置かれている。そのまま急いで来てくれたのは一目瞭然。クスっと笑って私は智也を部屋に招き入れた。


テーブルの上の緑のたぬきを見て智也がつぶやく


「あれ今日は緑のたぬきなんだ。珍しい」

「ああ、たまたまよ。どっちか迷っていたんだけど」


まさか智也に対するささやかな抵抗とは言えない。


智也はキャリーケースを開けてガサゴソと何かを取り出している。「はいお土産」ビニール袋を渡されて中を取り出すと関西限定の赤いきつねが二つと緑のたぬきが二つ入っていた。


「え、4つも?しかも緑のたぬき?」

「いや、これはあの、大晦日の年越しそば。二人で食べたくて」


喜びたいのを我慢して「もう棚に入りきらないよ」とちょっと愚痴ってみる。「どうせすぐ食べるくせに」二人して笑う。グゥ~。私のお腹が鳴る。


「お腹すいちゃった」

「俺も」

「晩ごはん何もないの」

「今から予約も取れないよな。せっかくのクリスマスなのにゴメン」

「ううん、寒いから外に出たくないもん」

「じゃあ、これにする?」智也は赤いきつねを手にした。

「あ、そうかミナは緑のたぬきの気分だった?」

「どっちにしようか本当に迷っていたの。私も赤いきつねにする。緑のたぬきは大晦日に食べようよ」

「そうしよう」


関西限定の赤いきつねを食べるのは初めてだ。どんな味なんだろう?聞けば智也も初めて食べるらしい。


私はキッチンに行き、ケトルに水を追加して二人分のお湯を沸かす。智也はカップ麺のセロハンを剥がして出汁の粉末を投入中。ちょっとした二人の共同作業に嬉しくなる。


お湯が沸き、私がお湯を注ぐと智也がスマホで5分のタイマーをかける。食べる前に5分間のお預けタイム。


ああ、今分かった。私が赤いきつね派なのは単純に自分が好きなのも、智也の好みに合わせたのもあるけれど、美味しそうな匂いに包まれて二人で一緒に待つ5分間が愛おしいからだ。3分だと一瞬、でも5分だと2分も多く幸せな時間が増える。私は心の底から納得したのだった。


「良かったあ」

「何が?」

「ミナが怒っていたらどうしようって思っていたんだ」

「本当はさっきまで怒っていたよ」

「え、そうなの?」

「でももう怒ってない」


智也は私の様子を伺うように再びキャリーケースから紙袋を取り出した。


「はい、クリスマスプレゼント」

「ええっ本当に?さっきのお土産がプレゼントと思ってた」

「それは二人へのご褒美。これはミナだけのプレゼント」

「うわあ可愛い」


ケースを開けると小さな可愛らしいネックレスだった。早速、身に着けて近くの鏡で確認する。


「似合ってる?」

「よく似合ってる。」


智也のスマホからピピピピッとアラーム音が鳴る。


「あっそうだ、食後はケーキ用意してあるんだ」

「食べられるの?」

「スイーツは別腹なの!」


そういう私に智也は素早くキスをした。「さあ食べようぜ」二人してペリっと蓋を剥がす。


私は首元のネックレスにそっと触れると顔がほころぶのが自分でも分かる。今までの待ち時間の中で最高の5分間。


そういう訳で、やっぱり私は赤いきつね派なのです。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私が赤いきつね派な理由(ワケ)   @emiko168

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ