聖夜

入間しゅか

聖夜

 聖夜




 聖夜と書いてそのまませいや。私の名前。なのに、クリスマス生まれじゃない。なんなら、八月生まれ。ほんとに気に食わない。両親がクリスマスイブに出会ったから。それだけ。そもそも、せいやって読みが気に食わない。男みたいだから。何が聖夜?クリスマス?クソ喰らえ!こんな汚い言葉を使うと母さんは「そんな子に育てた覚えはありません!」ってきっと怒る。でも、所詮は異国の文化じゃない。ちっとも、ありがたくない。やれプレゼントだ、やれサンタクロースだなんだと、蟻がたかってるみたいにありがたがってる連中とは友達になりたくない。

 友達といえば、私の唯一の友達である芳子さんとは幼稚園からの付き合い。私のことをせいちゃんって呼んでくれる。よしこって古風な名前だけど、とてもいい感じなの。いい感じってどういい感じかって言うと、かっこいいのよね。この間なんか、私の名前をからかった男子にグーパン食らわして、私たち二人で職員室に呼び出されたっけ。あれほど誇らしく職員室に行ったことはなかった。芳子さん、背が高くて、スポーツができて(バスケが得意)、とても美人。私にはないものをたくさん持ってる。しかも、喧嘩も強いんだから。

 えっと、話がそれたね。そう、もうすぐクソ喰らえな、クリスマス!みんな浮かれちゃってさ、サンタさんに何おねがいする?とか言っちゃったさ、ほんとやれやれ。学校だけならいいけど、両親がうるさいこと。近頃、父さんは仕事から帰ると度に「サンタさんになにもらいたい?」って言ってくる。クソ喰らえ!でも、ここでウキウキして、あれが欲しいこれが欲しいってやってあげるのが娘の役割。実際、なにか貰えるのに越したことはない。でね、芳子さんどう思う?って訊いてみたの。「サンタクロースなんているのかしら?」って。そしたら、芳子さんすました顔で「いるに決まってるじゃない、私見たもん」って言う。私はてっきりサンタクロースなんてはったりだ!って一刀両断してくれるのを期待してたから、もうびっくり。だって、芳子さん今までみんながクリスマスだって騒いでてもどこ吹く風。全然関心がなさそうだったもの。でも、芳子さんがそういうならいるかもしれないって思っちゃうから不思議ね。「見たの?」私はすかさず質問。「うん」とすました顔で芳子さん。「どこで?」と私。「私の部屋で」とすました顔で芳子さん。「いつ?」と私。「去年のクリスマス」とすました顔で芳子さん。「せいちゃんは信じないかもしれないけど、サンタクロースはいる」「マジ?」「マジ」「大マジ?」「超マジ」

 というわけで、クリスマスイブは芳子さんの家でサンタクロース捕獲作戦を決行することになった。両親からは「サンタさんからプレゼント預かっておくから安心して行ってきなさい」と言われて虫唾が走った。

 芳子さんの話によるとサンタクロースは深夜の二時頃にいつの間にかベッド脇に立っていたという。その時、芳子さんは寝たフリをして様子を見ていたらしい。すると、サンタクロースらしき人物は枕元にプレゼントを置き、いつの間にか消えていたそうだ。にわかには信じ難い話だが、すました顔の芳子さんが嘘ついているように思えない。そこで今回、サンタクロースが部屋に現れた瞬間に部屋の扉に鍵をかけ立ち塞がり監禁する計画をたてた。でも、そこからどうしよう。私は名前のせいでクリスマスが嫌いで、サンタクロースなんてはなからはったりだと思ってるのに。サンタクロースを捕まえてどうしたいのだろうか。どうにかしたいのだが、どう、どうにかしたいのか、どうにもわからなかった。

 あっという間にその日は来た。芳子さんの家には何度か来たことがあった。でも、お泊まりは初めてだ。芳子さんのご両親と一緒にケンタッキーとケーキを食べた。なんだかとても、クリスマスクリスマスした食事で胸焼けがひどい。てっきり、芳子さんの家族はクリスマスなんてやらない家だと思ってた。なんとなく。リビングには大きめのツリーが飾られていて、チカチカと電飾がうるさい。食事が済んだら、芳子さんの部屋で二人で遊んだ。芳子さんの部屋にはテレビゲーム以外のいろんなおもちゃが揃っていて、遊びには事欠かない。オセロ十番勝負をして私の二勝八敗で終えたところで、ふとした疑問がわいてきた。

「ねえ、芳子さん」

「なあに?」

「サンタクロースのプレゼントはなんだったの?」

「これ」と言って、芳子さんはオセロ盤を指さした。

「これ」と一緒なって、私もオセロ盤を指さす。

「そうなんだ、もっといいものくれたらよかったのにケチなサンタね」

「そう?オセロ楽しかったじゃない。それにこの部屋のおもちゃはだいたいサンタさんからだよ」

 しばらく沈黙。私はなにか言いたかったが、なにも言葉が出なかった。芳子さんはすました顔でオセロの駒を片付けていた。手持ち無沙汰で壁掛け時計に目をやるとまだ九時にもなっていなかった。もう眠い。サンタがいるとかいないとか少しどうでもよくなってきていた。芳子さんとこうして二人で夜を過ごし、のんびりと時間が流れていくのも悪くない。むしろ、贅沢だ。もしかしたら、私は芳子さんと一緒に居たかっただけなのかもしれないと思った。

「せいちゃん」と改まった感じで芳子さん。

 今度は私が「なあに?」

「せいちゃんの名前、とっても素敵だと思う」

「どうしたの?急に。嬉しいけど、私は好きじゃないなぁ、自分の名前」

「せいちゃんが好きじゃないならそれでいいよ、でも私は好き」

「ありがとう」そう言うと、私は何故だかさみしくなってきて、泣きたい気持ちになった。名前でからかわれることは何度もあった。その度に、芳子さんが味方になってくれた。そんな芳子さんに名前を褒められたら嬉しいはずなのに、どこかさみしいのだ。気づくと涙がポロポロとこぼれ落ちていた。私は駄々っ子みたいにえんえん泣いた。芳子さんは少し困った表情をして私の頭を撫でた。優しい手つきにより泣けてきた。聖夜なんて名前やっぱり嫌いだ。クリスマスなんてクソ喰らえ!サンタのバカヤロウ!


 翌朝、目を覚ますと芳子さんはもう起きていて、学習机の椅子をベッドの方に向けて座っていた。寝てる私を見てたのだろうか。結局、昨日はひとしきり泣いた後、十時前には寝てしまった。なんで泣いたのか、まだよくわかってないけど、さみしい気持ちだけが残っていた。本当はずっとさみしかったのかもしれない。私はいつもからかわれてて、芳子さんが唯一の友達で、そのさみしさを名前のせいにしたり、クリスマスのせいにしたりして、誤魔化していたのかもしれない。そう思うと、昨日なんで芳子さんが私の名前を好きって言ってくれたのかわかった気がする。上手く言えないけど、上手く言える日が来るかもしれない思った。

「せいちゃん、おはよう」芳子さんは静かに微笑む。

「おはよう、芳子さん」私ははにかむ。

「昨日ね、」と言ってくるりと学習机の方に振り返ると、芳子さんはなにやらラッピングされた包みを持ってきた。

「サンタさんきたよ」

「私も寝ちゃったから捕まえれなかったけどね」と笑って付け加える芳子さん。思わず私も笑った。

「ねえ、芳子さん?」

「なあに?」

「これからも友達でいてくれる?」

「うん、当たり前じゃん」

 芳子さんはいつものすました顔で言った。


 家に帰ると、台所から「おかえり、聖夜」と母さんの声。

「ただいま」と言うと、母さんは台所から顔出し、「聖夜の机にプレゼントが置いてあるよ、サンタさんから預かっておいたからね」と言った。

「まったく」と小さくため息が出る。

 部屋に入る。確かにプレゼントが置いてあった。どう見たって父親の筆跡で書かれた手紙と一緒に。

「まったく」と独り言つ。包みを乱暴にやぶりながら、私は思う。クリスマスなんてバカバカしいけど、これはこれでいいのかもしれないと。

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聖夜 入間しゅか @illmachika

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