閑話 鋼の戦斧亭出張所

「鋼の戦斧亭、出張所っ!」


 パーティーメンバーで一番のお調子者、ズーランがそう言うと水筒の水を掲げた。

 何を言っているんだ、とパーティーのリーダー、デーダはため息をつく。


 ここは王都の東に延びる街道から、すこし離れたところだ。夜も遅くなってきた事もあり、そこでパーティー「断崖の青銅」は野営をしていた。

 「断崖の青銅」はリーダーであり盾術の得意なデーダ、剣の得意なドブレイ、槍を使うズーラン、精霊術士のジメイで構成されているC級冒険者パーティーだ。メンバーの4人は同郷の幼なじみで、故郷の崖の上で結成を誓ったためこのパーティー名になった経緯がある。特に強いわけでも優秀なわけでもないが、地道に確実に依頼をこなしてきたため、ギルドからはそこそこ信頼されていた。


 たき火を囲み干し肉と固いパンをかじっていると、突然ズーランがよく分からないことを言い出したのだ。

 鋼の戦斧亭とは王都のギルドの2軒隣にある酒場で、彼らのホームグラウンドでもある。食事は安くて旨く、マスターも元冒険者で話もしやすい。それになによりそこには彼らの憧れの人である、シルリアーヌ殿下が寝泊まりしているのだ。

 通い詰めないわけがあろうか、いや、ない。


 だからといって出張所ってのは意味が分からないが。


「鋼の戦斧亭出張所? はん、なんだそりゃ」


 精霊術士でもあるジメイが、ふんと鼻を鳴らす。

 態度は悪いが、言ってることはデーダも同意できる。たしかに意味が分からないよな。


 デーダも頷いたが、剣士のドブレイはふるふると首を振った。


「……いや、言ってることは分かるぞ。酒は無いが食い物はあるし、なによりすぐ近くに我らがシルリアーヌ様もいらっしゃるのだ。……『鋼の戦斧亭』を名乗る条件は整っていると言えるだろう」


 ドブレイはぼそぼそと喋ると、重々しく頷いた。

 その様子を見て、デーダがため息をつく。若干気が重いのは、その事だ。


 そう、ドブレイの言うとおりすぐ目と鼻の先に、シルリアーヌ殿下とそのパーティーが野営している。

 向こうはおそらくこちらに気がついてはいないが、こちらからはしっかりと視界に捉えることが出来る。向こうからは死角になっていて見えないが、こちらからは見える、そんな場所を把握するのがドブレイは得意だった。なぜか戦闘中には全く発揮されないが、シルリアーヌ殿下が絡むとそういった場所を動物的本能でこの男は見つけてくるのだ。

 頼むから犯罪はやめてくれ、とデーダは願うばかりだ。


 ジメイが「言えるだろう、じゃねぇよ」と悪態をつく。


「そもそも、お前がシルリアーヌが王宮から急いで出てくるのを見つけて、わざわざ同じ方向の依頼を見つけてきたんだろう。シルリアーヌの動向を把握して、同じ方向の依頼をわざと受ける……明らかな故意じゃねぇか。困るんだよなぁ、勝手にそんな事されちゃよ。シルリアーヌが困るだろ? そういう時はオレに話通してもらわないとよ?」


 困るんだよね、と嘲笑するジメイ。


 確かにシルリアーヌ殿下の動向を真っ先に把握できたのは、ドブレイがシルリアーヌ殿下を監視するために王宮に張り付いていたからだ。ストーカー、という単語がデーダの脳裏に浮かぶ。それは犯罪なのでは無いかとデーダなどは思うが、王国法では犯罪では無いらしい。

 それに、なぜジメイに話を通さないといけないのかも謎だ。

 

 パーティー「断崖の青銅」は、シルリアーヌ殿下と初めて言葉を交わした冒険者パーティーとして有名だ。

 その時ジメイは怪我で気を失っていたが、シルリアーヌ殿下にかけてもらったヒールで一命を取り留めた。それから彼はシルリアーヌ殿下に夢中だ。シルリアーヌ殿下が誰かの前で術を使ったのはそれが初めてだと言われていて、『シルリアーヌの初めての男』というのがジメイの誇りであり、プライド。なぜか彼氏風を吹かせることも多々ある。本人の前では「シルリアーヌちゃん」なのに、普段は「シルリアーヌ」と呼び捨てなのもその証拠だ。

 王女殿下を呼び捨てはマズいだろう、とデーダは何度も言ったがジメイは聞き入れない。

 オレとシルリアーヌの仲ならよ、そういうのも許されるんだわ、と言われたときは思わず殴りそうになった。


「ほんと、犯罪はやめてくれよ、犯罪は。シルリアーヌ殿下のことは俺も大好きだけど、常識の範囲内にしてくれよ?」


 懇願するように言う、デーダ。

 その言葉を受けて、ズーランも頷く。


「そうだよな、犯罪は良くないよな。ドブレイもジメイも気をつけてくれよ。そんな事より、シルリアーヌちゃんのパンツの話しようぜ!」


 ズーランは、明るい声でそう言った。


 俺の話聞いていたか? デーダはそう思ったが、ズーランの話は続く。


「いまシルリアーヌちゃん達は野営してるだろ? これはチャンスだと思うわけよ、俺は。この暗闇に紛れて忍び込み、今日こそ俺は手に入れてみせるぞ! シルリアーヌちゃんの『聖水』の染みこんだ『聖骸布』を、いま、この手に!!」


 立ち上がり、ガッツポーズを決めるズーラン。


 ズーランは女性より女性の下着に興奮する変態だ。

 昔からそんな感じだったが、シルリアーヌ殿下に出会ってからさらに酷くなった。シルリアーヌ殿下のおしっこを『聖水』、パンツを『聖骸布』と呼んで信仰していて、事あるごとに殿下の下着を手に入れようとそわそわしているのだ。鋼の戦斧亭にいるときなど、2階に望む『聖骸布』があると暴走しようとするズーランを止めるのが大変だった。


 ほんとうにやめてくれ!!


 声を上げそうになったとき、ドブレイが「なんだと!」と激高して立ち上がった。

 そんなドブレイに、デーダは正直意外な気持ちを抱く。確かにドブレイは犯罪者まがいのストーカー気質だが、本当の犯罪は許せないのかもしれない。デーダがドブレイを見直しかけたとき


「ッ! シルリアーヌ様は、おしっこなどしない!!」


 ドブレイが叫んだ。


 怒るとこ、そこ?!

 驚愕に目を見開いたデーダの前で、ドブレイは更に続ける。


「シルリアーヌ様は私たちのような汚らわしい人間とは違う、この世に舞い降りた天の使い、女神の生まれ変わりなのだ! そのシルリアーヌ様が、人間のように汚い排泄物……おしっこなどする訳がない!!」


 大真面目な顔でドブレイは叫ぶ。

 なにか人間に嫌な思い出でもあるのか、とデーダは思った。ズーランも同じように感じたらしく、ハッと嘲笑するズーラン。


「なんだそりゃ、女性に夢見すぎだろ。おしっこしない人間とかいるわけないだろ?」

「ッ! だから、シルリアーヌ様は女神の生まれ変わりなのだ!」

「はぁ? 本気で言ってんの? そんな訳ないだろ? シルリアーヌちゃんだって、うんこもおしっこもするんだよ。それが染みこんで聖骸布となるんだよ!」

「なにが聖骸布だ! シルリアーヌ様を侮辱するな! キサマこそ女性を欲望の対象としか見ていないだろう!」


 ヒートアップして言い合うズーランとドブレイと対照的に、デーダの気持ちは冷えていた。極寒だ。

 お前達が女性を語るな、女性に失礼だ。そう思えてならない。


 そんな時、すっくと立ち上がったのはジメイ。


「おいおい、オレ抜きでそんな勝手なこと言ってもらっちゃ困るんだよね? シルリアーヌと特別親しいオレは、シルリアーヌから内密に相談とかうけちゃったりしちゃってんの。またシルリアーヌが悲しんで、オレの仕事が増えたりするんだよね?」


 はぁヤレヤレ、仕方ないなぁ、とドヤ顔で肩をすくめるジメイ。


 レックスがシルリアーヌ殿下のよくない噂を広げたとき、悩む殿下からジメイは相談を持ちかけられたことがある。あれからジメイは、自分は特別なのだと調子に乗ってしまった。自分だけが、シルリアーヌ殿下にとって心を許せる存在なのだと。


「うるさいジメイ! 自分がシルリアーヌ様にとって特別だと、自惚れやがって!」

「そうだそうだ! 自分が聖骸布に一番近しい存在だと、調子に乗りやがって!」

「はぁ、うるさいなぁ。シルリアーヌを煩わす雑音は」


 食ってかかるドブレイとズーランを、ハッと見下すように笑うジメイ。

 むかつくなこいつ、とデーダが思ったとき、ズーランが顔を真っ赤にして叫んだ。


「おまえがなんと言おうと、俺は行くぞ! すぐそばにあるんだよ、聖水のしっかり染みこんだ聖骸布が! 聖骸布が、俺を呼んでいるんだよ!!」


 やめてくれ! そうデーダが心の中で叫ぶ。

 しかし変態達は止まらない、止まれない。


「まだ言うか! よし、分かった。貴様がそうまで言うなら私も同行しよう。貴様がそうまで言う聖骸布を私がしっかり改めて、シルリアーヌ様はおしっこなどしないという事をこの手で証明して見せよう」

「お前達には困ったもんだな……。よし分かった、俺も行こう。お前達には任せておけないからな、シルリアーヌの下着はこのオレがしっかり管理しておかないとな?」


 三人の変態はバチバチと視線を交わしつつ、がっちりと握手を交わした。

 宗派の違う三人の変態が同じ目標のために一時休戦し、手を結んだのだ。


「おいおいおい……!」


 それに慌てたのがデーダだ。


「止めるなよデーダ、オレ達は行くぜ。男にはな、行かなきゃならない時があるのよ」

「うるさい! それは今じゃないだろ!」


 ジメイの言葉に思わず叫ぶデーダ。

 しかし彼は分かっていた、彼らはおそらく止まらない。自分の言葉などでは考えを翻すことは無いと。


 そしてその言葉が正しかったかのように、歩調をそろえシルリアーヌ殿下たちの野営場所へ向かって歩き出す三人。

 自分の力の及ばない存在。

 その瞬間思い出したのは、昔から大好きな物語だ。若い冒険者が悪い魔物を倒して称えられ、お姫様と結ばれる子供が好きそうな物語だ。冒険者が王族と結婚するなんて、現実的にそんなことはありえないと分かってはいる。しかし、デーダは昔からその物語が大好きだった。綺麗なお姫様に憧れ、悪い魔物をばったばったと倒していく若い冒険者に感情移入した。


 今この瞬間が……まさにそうではないか!


 王国のお姫様を狙う悪人三人。

 そしてそれに立ち塞がる冒険者!

 今、お姫様を守ることが出来るのは自分しかいない!


 気持ちのよい風が吹いた気がした。


 これこそが、自分に与えられた役割なのだ。お姫様を守る冒険者、あの物語そのままではないか! デーダの頭の中では、悪い奴らからお姫様を守って称えられ、そしてお姫様――シルリアーヌ殿下と結ばれる自分の姿までもがはっきりと浮かんでいた。

 そうだ! これが、これこそが、自分が思い描いた自分自身のあるべき姿!


「姫様! 俺がお守りします! この身に代えても御身をお守りいたします!!」


 わちゃわちゃともみ合う四人。


 そんな光景を、ベルトランが遠くから呆れたような表情で眺めていた。

 シルリアーヌ達の入っていったテントを見張る傍ら、暇だったので遠くに見える見知った面々を観察していたのだ。


「なにやってんだ、あいつら……」

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