閑話 鋼の戦斧亭にて4

 ここは王都の冒険者ギルド近くにある酒場、鋼の戦斧亭。

 今日も一仕事終えた冒険者たちが集まり、ぐだぐだとしょうもない話に花を咲かせる、男たちの憩いの場所。


 そこらじゅうで交わされる、酔っぱらい達のくだらないやりとり。

 しかし、その日はいつもより賑やかだった。

 ここ最近ギルドで話題だったオークの大量発生、それが解決したからだ。


「オーク大量発生、解決しちまったな」

「ああ。残党みたいなのはまだ残ってるけど、掃討にいくつかのパーティーが出て行ってる。すぐに元通りになるさ」

「稼ぎ時だと思ったんだけどなぁ。あんまり稼げなかったわ」

「ははは。でもまぁいいんじゃね? オークキングとか勝てねぇだろ」

「まぁなぁ……」


「オークキングかぁ……強いんだろうなぁ」

「そりゃそうだろ、キング種だぞ? 現れるのいつぶりだよ」

「シルリアーヌちゃんが倒したんだろ? すげぇよなぁ」

「すごいよなぁ。冒険者登録したの最近だろ? 信じられねぇよ」


 確認されたオークキング、そして同時にもたらされたオークキング討伐の情報。

 それは冒険者たちの話題を独占した。しかもオークキングを討伐したのが、同じく冒険者たちの間で話題になる事が多かったシルリアーヌという少女だったからだ。


 盛り上がらない訳がない。


「シルリアーヌちゃん、B級に昇格したらしいぜ」

「遅すぎるくらいだろ。ギルドの奴ら、すげぇ昇格渋るからなぁ」

「A級でもいいくらいじゃんな」

「次代の勇者はシルリアーヌちゃんだろ!」


「シルリアーヌちゃんこそ次代の勇者、ってやつは多いな」

「おう、オレは賛成だぜ。実力も申し分ないし、なんたってカワイイ。人類の旗頭としてふさわしいだろ」

「いやぁ、言ってることは分かるけどよ、勇者はさすがに大げさなんじゃね?」

「オレもそう思うが……」

「なんでだよ! シルリアーヌちゃんでないなら誰が勇者だってんだよ! レックスとか嫌だぞオレは!」


 あちらこちらで話題に上る『勇者』という言葉。


 『勇者』という言葉には特別な意味がある。

 最上位天職に勇者ブレイバーというものもあるが、一般的に言われる勇者というのはそれとは違う。人類を率いて魔人との戦争に臨み、魔人の王、魔王を倒すことのできる人類最高の戦士、それが『勇者』だ。


 とはいえ、実際に魔王を倒すことが出来たのは100年前の大戦争、聖魔大戦で魔王を打倒した大勇者クリスティアンで最後。それ以来人類は敗北続きで人類の生存圏は縮小を続けている。30年前の魔人との大戦争でも魔王を打倒することは出来なかったし、勇者と呼べるほどの戦士も現れなかった。

 それゆえ、『勇者』というのも単に一番強い戦士の称号となってしまって久しい。


「『勇者の聖剣』のレックスさんって、勇者って言われてるんですか?」

「レックス? ありゃ自称だ、自称」

「だよな。確かに強いしA級冒険者だけどよ、勇者って言われるほどの力はねぇよ」

「でもこの前、レックスさん『オレこそが次代の勇者だ』って言ってましたよ」

「あいつ、プライドたけぇからなぁ……」


「レックスとシルリアーヌちゃん、どっちが強いかなぁ」

「どうかなぁ、レックスはムカつく野郎だが強い事は強いぜ。天職、パラディンだしな」

「そりゃシルリアーヌちゃんだろ。剣に精霊術と神聖術まで使えるんだぜ」

「しかも可愛い!」

「……可愛いは関係ねぇだろ」

「なんでだよ、可愛いは正義だろ!」


 今、この王都で『勇者』と呼ばれるような戦士は誰もいない。

 冒険者にはA級だけでなくS級の戦士だっているし、王国の騎士団にもS級冒険者にも引けを取らない実力の持ち主は存在する。だが長引く魔人との戦争は実力のある冒険者や騎士の命を次々と奪っていった。残った実力のある戦士は戦争の第一線に投入され、命を散らしたり、前線に常駐することになる。それに次代を担う戦士、という意味ではベテランよりは若者の方が相応しい。


 だから、今現在王都に在駐している実力と名声を兼ね備えた『勇者』と呼ばれるような戦士は誰もいない。

 レックスが自分を『次代の勇者』だと言えば、不平不満や嫌悪の言葉は出るが、代わりに具体的な名前が出ることはあまりなかった。


 そこへ現れたのがシルリアーヌと言う少女。


 その実力と人望を兼ね備えた目麗しい少女を、次代の勇者と呼ぶ者が現れるのにそう時間はかからなかった。


「ふむ……」


 鋼の戦斧亭の一番奥のテーブルで、人々の噂話に耳を傾けている人物がいた。

 旅人がよく着るフード付きのマントを着てフードを目深に下した男――いや、フードは顔が完全に隠れるほど深く下ろされ男かどうか見た目では判断できないが、その口から出た言葉は若々しいが確かに男の声だった。


 フードの男は席から少し身を乗り出すと、隣のテーブルの男に声をかける。


「すこし聞くが……そのシルリアーヌと言う少女は有名なのか?」


 その声に振り返った冒険者の男はその人物の顔が隠れるほど目深に被ったフードや、あまり聞いたことの無い『なまり』に違和感を感じたが、ここは酒場。まぁいいか、と気にせず質問に答える。


「なんだ、田舎の方から出て来たのか? いま王都の冒険者でシルリアーヌちゃんを知らなきゃモグリだぞ」

「強くて可愛くて、なによりオレたち下っ端冒険者にも優しいんだぜ!」

「このまえ、握手してもらったぜ!」


 口々に、シルリアーヌという少女を褒め称える男たち。


 フードの男はすこし考えるそぶりをすると、また質問する。


「シルリアーヌという少女は、なんの天職を持っているんだ?」


 その問いに、一瞬男たちの間に沈黙が流れる。


 冒険者にとって相手の天職はあまり詮索しないのが暗黙のルールだ。天職を他人に知られる事は基本的にデメリットしか無いし、家族やパーティーメンバーぐらいにしか打ち明けないのが普通。

 とはいえ、パーティーメンバーとはいえ他人に話せばある程度は噂として流れるし、ちょっと注意して戦い方を観察すればなんの天職なのかある程度は予測を立てられる。


 だから、本人に面と向かって聞いたりするのはルール違反だが、酒の席でアイツの天職はなんだろうな、なんて噂話をする様子はあちらこちらで見かける光景となっていた。


「……シルリアーヌちゃんの天職か。なんだろうな?」

「あんだけ強けりゃ下位ってことは無いよな。中位……いや、上位天職かもな」

「おめえら、ちょっとは考えろよ。精霊術と神聖術を両方使える天職はあまり無いだろ。最上位天職と、剣を使えるから賢者ワイズマンみたいな純粋術士系の天職を外したら、残るはプリンセスとプリンスくらいだ」

「上位天職じゃねぇか!!」

「そうか……女だからプリンスじゃないとして、プリンセスか」

「プリンセス! シルリアーヌちゃんにぴったりだな!」


 わいわいと盛り上がる男たち。


 フードの男は「シルリアーヌ……プリンセスの天職か」とぼそりと呟く。

 そして机の上に代金を置くと、盛り上がる男たちの間を縫い人目に付かぬように外に出る。フードの男はそのまま路地の暗闇に消えて行ったが、鋼の戦斧亭の男たちは誰も気づかない。


 ここは鋼の戦斧亭。

 今日も夜遅くまで冒険者たちの喧騒は続く。

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