閑話 エステル2

 あれから大変でした。


 オーガキングの魔石を採取した後、私達は冒険者ギルドへ戻り事の次第を報告しました。

 その時のギルドの驚きようは凄かったです。


 冒険者ギルドでもっぱら話題になっていた王都近郊でのオークの大量発生。

 オークロードが発見・討伐されたものの大量発生は収まらず、もしかするとロード種以上のオークも存在するのではないか、とまことしやかに囁かれていた。


 それがオークキングの発生が確認されたうえ、同時にその討伐まで知らされたのだ。

 ミランダ達が戦死したことの衝撃もありましたが、死亡したのは彼女達だけという訳ではない。その衝撃はオークキング討伐という大きな衝撃に流されていった。


「すごい功績ですよ、これは大戦果です!!」


 興奮して私たちを褒めちぎるのは、受付嬢のコレット。

 彼女は興奮して話し始める。これがどれだけ凄い事か、こんなことが出来る冒険者はこの王都にだって何人もいない、と。


「わはははは、そうじゃろう、そうじゃろう! この妾の力をもってすれば、この程度造作も無いのじゃ!」

「うーん、それはどうだろう……今回だって危ない所は色々あったじゃない。ボクたちみんなで頑張って支え合ったからこそ、達成できたんだよ」


 この誉め言葉を耳にして、2人の王女殿下の反応は正反対。


 リリアーヌ様は確かに頑張っていたと思います。

 リリアーヌ様の天職は下位職のメイジ。お父上である国王陛下に認めてもらうために頑張っているリリアーヌ様にとって、天職がメイジである事は悩みの種だった。


 でも、そこで手に入れたのは聖遺物レリクス、創炎たるリンドヴルム。

 そのおかげで、リリアーヌ様は力を手に入れた。聖遺物の力ではないかと言われれば確かにその通りなのですが、リリアーヌ様はそれを使いこなすために夜遅くまで練習していました。


 だから、成果を出しそれを評価されれば、喜んでそれに乗ってしまう。

 それに対して良くない感情を持つ方もいるかもしれませんが、私はリリアーヌ様を評価し褒めて差し上げたいと思っています。


 一方、正反対なのがシルリアーヌ様。


 この方は不思議な方です。

 リリアーヌ様がダンジョンの中で出会ったという女性で、その特徴はリリアーヌ様とそっくりなその顔立ち。それゆえ『シルリアーヌ』という名を与えられたうえ、いつの間にか国王陛下から正式にシルリアーヌ王女殿下であると認められ王位継承権まで授けられた、私にとって不思議の塊ともいえる女性です。


 その天職は、上位職のプリンセス。

 プリンセスの天職の特徴は、その万能性。剣も精霊術も神聖術も使えるうえ、あらゆる能力値が平均以上に底上げされる。欠点と言える様な欠点は存在しない天職です。

 あえて弱点を述べるならば、精霊術と神聖術は上位まで使えるが、剣技スキルは下位までしか使えない事。そして、どちらかと言えば術士タイプの天職で、接近戦にはそれほど強くはない事。


 だけども、シルリアーヌ様はリリアーヌ様と出会ったダンジョンで、聖遺物レリクス、疾風たるファフニールを手に入れた。

 疾風たるファフニールは素早さが強化され上位剣技スキルが使えるようになる、プリンセスの弱点を補完してくれるような聖遺物です。しかも剣術の基礎は出来ているようで、疾風たるファフニールを手に入れた事で真に万能性を持った戦士と言えるようになりました。


 そして、冒険者ギルドもそれは分かっているようです。


「ギルドマスターも大喜びでした! ……といいますか、シルリアーヌさんがまだD級だった事で怒られちゃいました。規則に照らし合わせばD級で間違いないのですが、シルリアーヌさんの力量はD級のレベルを大きく超えてます。ちょっとは融通をきかせろ、って……」


 コレットはしゅん、と俯いてしまう。


 その様子からは本当に反省しているように感じられて、私としても少し考え込んでしまう。

 王宮に勤めるメイドとしての私は、やはり規則に則って業務を進めることはとても大事な事だと思っています。ですが、剣士としてはそのギルドマスターの言う事も分からなくも無い、という感じでしょうか。


「そ、そんな、コレットさんは悪くないよ! ボクにとってはD級でも信じられないくらいなんだから!」


 ぶんぶんと首を振って否定するシルリアーヌ様。

 ……といいますか、この方の自己評価の低さはなんなのでしょうか? 上位天職を持つ万能型の剣士でリリアーヌ様に瓜二つの美貌を持ち、性格は控えめで好印象。しかも料理や魔導具の作成も出来るという、欠点らしい欠点がなにひとつ見つからない方だというのに。


「なあっ、何を言うのじゃ! 妾達が倒したのはオークキング、キング種じゃぞ?! これでまだD級などと言いおったらお父様に言いつけてやる所じゃぞ!」

「……コクコク。……お姉さまはすごいの」


 案の定、リリアーヌ様が異論を唱えます。


 そして、シルリアーヌ様の後ろに隠れていたジゼルさんが、こくこくと頷く。

 過去にひどい目にあわされた事から、ジゼルさんは極度に人を恐れます。同じパーティーの私やリリアーヌ様でさえ小声でぼそぼそと話す程度で、見知らぬ他人とは目も合わせません。唯一話せるのは自分を助けてくれたシルリアーヌ様で、シルリアーヌ様にだけはなんというか……夢見る少女のような目で明るく喋る、少し変わった子です。


「うう、申し訳ありません……。今回の功績でシルリアーヌ様はB級に昇格となります」

「び、B級?! ボクが?!」


 すっとんきょうな声を上げるシルリアーヌ様。


 正直シルリアーヌ様の力量なら最低でもBで、A級でも構わないのではないかとさえ思いますが。


「リリアーヌ王女殿下とエステルさんもC級に昇格となります。すみませんが、ジゼルさんはD級です」

「むぅ……、またシルリアーヌより下なのじゃ」

「……D級。すごい」


 シルリアーヌ様より下の階級なのが悔しいようで口をとがらせるリリアーヌ様と、D級というのが嬉しいのか口数は少ないですがきらきらと目を輝かせるジゼルさん。


 私も、まぁ、C級というのは物足りなくはありますが、冒険者としてはあまり活動していませんし仕方ないですかね。


「それでですね……」


 コレットが机の中から書類を取り出しながら続ける。


「出来ればパーティー名を決めて欲しいのです。もちろん、絶対決めないといけないという訳では無いですが、B級ともなれば今後王国の公文章などにも記載される事が増えます。その際、パーティー名が無ければ『シルリアーヌのパーティー』とか『リリアーヌ王女殿下のパーティー』という風に記載されることになります」

「それは、あまり格好良くないのぅ」

「ですよね? ですから大抵の冒険者はパーティー名を決めます。想像の膨らむような優美な響きの名前、ハッタリの効いた剛毅な名前、いろいろありますし、皆さんいろいろ考えてパーティー名を付けますよ」


 くすりと笑いながら言うコレット。


「パーティー名かぁ……。ボクはあんまりこだわりないけどカッコイイ名前がいいなぁ」

「当然じゃな! みなが恐れおののき平伏すような名前がいいのじゃ!」

「うーん、それはちょっと……」


 リリアーヌ様の上げた声に、シルリアーヌ様が苦笑する。


「わたし、お姉さまの名前が入ったパーティー名がいいの! いっつもお姉さまといっしょにいるんだって、感じられるの!」

「そ、それはちょっと恥ずかしいなぁ……」


 ぱあっと表情を輝かせてジゼルさんが声を上げるけど、やんわりと否定するシルリアーヌ様。


「なんじゃ! ならお主はどんな名前がいいと言うのじゃ!」

「……わたしはお姉さまの名前が入ってるのがいい」

「う、うーん……、そう言われても……」


 不平を露わにするリリアーヌ様とジゼルさんに、シルリアーヌ様が困ったように形の良い眉をしかめた。


 そして、助けを求めるようにこちらをちらりと見る。


 私ですか?

 うーん、そうですね……。


 ちょっと考えてみます。

 さきほどのオークとの戦闘で感じたのは、このパーティーの中心はシルリアーヌ様とリリアーヌ様だという事。シルリアーヌ様が司令塔の様な役目を果たすことが多いですが、私はどうしてもリリアーヌ様を中心に物事を考えてしまうため、リリアーヌ様の側にいることが多いです。純粋な術士で接近戦に弱いリリアーヌ様の護衛、という意味合いもありますし。


 一方、新しくパーティーに加わったジゼルさんはシルリアーヌ様にべったりです。

 シルリアーヌ様の側を離れようとはしませんし、常にシルリアーヌ様のことだけを考えて行動していることは見ていると明らかです。


 ですので、このパーティーの中心にいるのは二人の王女殿下。


 二人の王女殿下に共通しているのは、輝くような銀髪と透き通る様な青紫色の瞳。

 リリアーヌ様の実のお母上である、亡くなったフランシーヌ様も銀髪に青紫の瞳だったらしいです。この国ではあまり見ない組み合わせで、その美しさは周囲の目を引きます。


 リリアーヌ様の瞳は好奇心できらきらと輝き、シルリアーヌ様の瞳は落ち着いた優しい光を湛える。

 私はその青紫色の――菫青石きんせいせきの様な美しい瞳が大好きです。


 だから、こう提案しました。


「双星の菫青石きんせいせき、というのはどうでしょう?」

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