第55話 オークキング

 巨漢のオークがその手の中の巨大な質量を振り下ろすと、ミランダがいた場所は大きな血だまりに変わった。


「ブゴオオオオオオオオオオオッ!!」

「ブヒーーーッ!」

「ブヒブヒイーーッ!」


 巨漢のオークが叫ぶと、周囲のオーク達も歓声を上げるように高らかに鳴いた。。


 見ると、ミランダから少し離れた場所にもうひとり、男性が倒れているのに気が付いた。あっちも見覚えがある……オスニエルだ。オスニエルの周りにも大きな血だまりが出来ていて、あれではもう……。


「……あんな奴ら、死んで当然なの。天罰」


 ミランダ達の所にいた時のような昏い目でつぶやくジゼルちゃん。


 そんなジゼルちゃんを見ると、胸が痛くなる。


 ミランダ達が死んだことだって悲しくないわけじゃないけど、ボクの中に湧きあがってくるのはジゼルちゃんにそんな事を言って欲しくないという気持ち。ボクだって、死んで欲しいとまで考えたことは無いけど、ミランダに怒りを感じたことだってある、許せないと思ったこともある。そんなボクにジゼルちゃんの気持ちをとやかく言う権利は無いのかもしれない。

 だけど、ボクの勝手な感情の押し付けかもしれないけど、ジゼルちゃんに人が死んで当然、と言うような子になって欲しくない。


 だから、ジゼルちゃんの頭を優しく撫でてあげた。


 撫でてもらって嬉しそうなジゼルちゃんを見ながら色々考えていると、エステルさんが声を上げる。


「そんな事より、どうします? あの巨大なオーク……オークキングでしょうか?」

「オークキング……おそらくそうじゃろうな。今ならこちらには気づいておらん様じゃし、一気に奇襲出来るのじゃ」

「それはそうかもしれませんが、危険ですよ? ジゼルさんが増えたとはいえこちらは4人で、オークの数はあまりに多いです」


 リリアーヌとエステルさんがどうするべきか話し合っているのを聞きながら、ボクも考えてみる。


 確かに、オークの数は多い。

 オークロードの時はなんとかなったけど、だからといって今回もなんとかなるだろうと考えるのは、やっぱり楽観的すぎるんだろう。分かってはいるんだけど、やっぱりなんとか出来るならなんとかしたい。


 ここで倒しておかないとオークキングによる被害だって出ると思う。

 殺されたミランダの敵討ち、なんて殊勝な気持ちはあんまりわいては来ないけど、でもそういうのも悪くないんじゃないかな?


 そんな事を考えながらリリアーヌ達の方を見ると、目の前の主従はそろって苦笑する。


「引くのは嫌だ、という顔じゃな?」

「そう……だね。目の前でミランダが殺されたことだって、あんまりショックじゃないけど何とか出来るならしたかった、って思うよ。ボクが無理で無責任なことを言おうとしているのは分かってるんだ。だけどね……」

「シルリアーヌ」


 自分が何を言いたいのかよく分からないまま話していると、リリアーヌが右手の人差し指をすっと差し出し、ボクの唇にそっと添える。


「ごちゃごちゃした話は聞きとうない。お主はどうしたいのじゃ、シルリアーヌ」


 そして、ボクとそっくりの青紫色の瞳でまっすぐに問いかけてくる。


 その瞳で覗き込まれると、正直な気持ちがすっと口から出てきた。


「このまま引くのは嫌だ。ここでオークキングを倒したい」


 ボクが正直な気持ちを口にすると、みんなは「しょうがないなぁ」とでも言うように笑う。


「任せておくのじゃ! 妾のファイアボールで豚の丸焼きにしてくれるわ!」

「リリアーヌ様のそれはリンドヴルムの力ですけどね。私もソードマスターの力とメイドの力で、いつもより調子がいいですし大丈夫です」

「わたしは構わないの! わたしの力はお姉さまのために使うって決めてるから、お姉さまの思うように使って欲しいの!」


 みんなの言葉を聞くと、心の奥がじんわりと温かくなってくるのを感じる。


「……ありがとう」


 ひとことだけお礼を言うと、オークキングの方へと向き直る。


「リリアーヌ、オークロードの時も使った上位精霊術の合体技、行ける?」

「おお、あれじゃな! 確かにあれなら一気にオークの数を減らせるのぅ!」


 リリアーヌが頷いたのを確認して、精霊術を放つ。


「行くよっ! 滅裂せよ嵐の乱舞ゲイルヴォルテックス!」

「任せるのじゃ! 焼尽せよ炎の輪舞ファイアストーム!」


 ボクとリリアーヌが同時に、オークキングのいる方へ向かって上位精霊術を解き放つ。


 現出したのは、渦巻く炎と吹き荒れる嵐。それは混ざり合い、風が炎を拡散し、熱が上昇気流を起こし、そして巨大な炎の柱が降臨する。


「プギャアアアアーーッ!」

「ビギイイイイイイッッ!」


 何十体ものオークが焼け焦げ、吹き飛ばされ、倒されてゆく。

 術で直接ダメージを負っていないオークも混乱して逃げ惑い、オークの集落は一瞬で混乱の坩堝と化す。


「……だけどまだまだ数が多いね。もう一回行ける?」

「大丈夫じゃ、あと一回だけなら行けるのじゃ!」


 念のためもう一発行っておこうと提案したボクに、力強く頷き返してくれるリリアーヌ。


「ありがと。じゃあ行くよっ! 圧壊せよ海の暴威カラミティフラッド!」

「喰らうのじゃっ! 凝結せよ氷の波涛ホワイトアヴァランチ!」


 まず現れたのは、ボクの放った上位下段の精霊術カラミティフラッドによる膨大な量の水。ただの水だけどそれは暴力的な質量を伴ってオーク達を押しつぶし、強制的に押し流してゆく。そして、そんなオーク達の頭上に現れたのはリリアーヌの上位下段の精霊術ホワイトアヴァランチ。氷で出来た巨大なつららが無数に降り注ぎ、オーク達を貫き、そこから周囲の水ごと辺りを凍り付かせてゆく。


 何百体ものオークがうろうろしていた集落は、瞬く間に焼け焦げたオークと家の跡と、あらゆる物を凍らせて飲み込んだ巨大な氷に覆われた。


「すごいのすごいの! お姉さますっごいの!」

「これが上位精霊術の合体技……。すさまじい威力ですね……」


 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶジゼルちゃんと、ごくりとつばを飲み込むエステルさん。

 たしかにすごい威力だよね。正直ボク自身びっくりしてるよ。


 だけど、悠長に驚いている暇はない。

 かなり減らしたとはいえ無事なオークも多いし、チャンスは相手が混乱している今しかない。


「一気に突っ込むよ! 先頭はジゼルちゃん、次にボク。リリアーヌは向かって来るオークをファイアボールで牽制しながら付いてきて。エステルさんはリリアーヌの護衛ね」

「分かったの! お姉さまのためにがんばるのー-っ!」

「分かったのじゃ。牽制程度でいい、という事じゃな?」

「分かりました。もとよりリリアーヌ様に魔物を近づけるつもりはありません」


 頷いて同意してくれるみんなに、ボクも頷き返す。


「ありがと。目的はオークキング。一気に突っ込んでオークキングを倒す。オークキングさえ倒せば、残ったオークの残党を倒すことはそんなに難しくないはずだよ」

「確かにのぅ、時間をかければオーク共のペースになり、オークロードの時の様に苦戦することになるじゃろうな」


 そう、あの時はオークロードのペースで戦いを進められて、すごく苦戦した。

 奇襲で相手を混乱させて、一気に司令塔となっているオークキングを倒すべきだ。


「じゃあ行くよっ!」


 声をかけると、いまだ氷で覆われた地面をみんなが一斉に走り出す。


 身を隠していた高台から駆け下り、そのままの勢いでオークの集落へと向かう。

 視線の向こうには、生き残ったオーク達の中心で雄叫びをあげる、ひときわ巨大なオーク、オークキング。オーク達もこちらに気が付いたみたいで、仲間たちの敵討ちだとでも言うように甲高い叫びをあげる。


「がんばるのっ、お姉さまには近寄らせないのっ! オウラアアアッ! 豚肉になりやがれゴラアッ!」

 

 先頭に立ちウォーハンマーを振るうジゼルちゃん。

 その身体はボクの作った覚醒の円環の効力で、淡く白い光で覆われている。覚醒の円環の力で暴走はしていないとはいえ、ジゼルちゃんの武器はウォーハンマー。超重量級の武器のためどうしても大振りになってしまうから、攻撃力は凄まじいけど討ち漏らしもとても多い。


 そこをボクが後ろで切り伏せてゆく。

 ボクは聖遺物、疾風たるファフニールの力で速度が強化されている。その速度を生かして、討ち漏らしを倒してゆく。


「オーク共よ、邪魔するでないぞ! 火球流星群ファイア・メテオール!」


 そしてその後ろから、リリアーヌが聖遺物、創炎たるリンドヴルムを使ってファイアボールを次々放ってゆく。精霊力の消費無しに放てるファイアボールは、威力は弱いけど雨あられと降り注げばオーク程度では太刀打ちできない。


 オークがどんどん火だるまになり、ファイアボールの直撃を逃れたオークの多くが逃げ出してゆく。


「リリアーヌ様には近づけさせませんよ! 九十九杠葉流――朧百夜おぼろびゃくや


 それでもファイアボールの弾幕を掻い潜って近づいてくるオークは存在する。それをエステルさんが倒してゆく。ソードマスターの天職を発動したうえ、彼女のアイデンティティでもあるメイド服も身に着けたエステルさんは絶好調。精密な斬撃の剣術と、強力な剣技スキルを使い分け、どんどんオークを屍に変えてゆく。


「行ける! これなら行けるよ!」


 何体ものオークが倒れ、そして多くのオークが場の混乱に飲まれて逃げ出してゆく。


 戦いのペースを握ることが出来た!

 このまま行けばオークキングだって――


「ブゴアアアアアアーーーッ!」


 そんな甘い事をちらと考えたボクたちの前に、巨漢のオーク、オークキングが立ちふさがった。

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