双星の菫青石（アイオライト） ～A級パーティーから追放された少年は覚醒し最強へ……でも覚醒の条件が女装なんですけど？～

第54話 発見

「……のう、シルリアーヌ」

　リリアーヌの困惑したような声。

　そして

　ズル……ズル……ズル……。

「うんしょ……うんしょ……うんしょ……」

　ボクとリリアーヌ、エスエルさんの後ろから、ウォーハンマーを両手で一生懸命引きずりながらついて来るジゼルちゃん。

　今ジゼルちゃんはバーサーカーの天職を使っていない。

　ボクの作った覊束の円環あらため、覚醒の円環を使うと我を失うようなことは無くなる。だけどいつもよりテンションが上がってしまって疲労もたまる、ということで戦闘時以外は天職を使わない事にみんなで決めた。

　だから、今のジゼルちゃんはごく普通の年下の女の子。

　それが男のボクだって持ちあげられない様な重さのウォーハンマーを、両手で一生懸命引きずりながら頑張ってついてきている。

　ズル……ズル……ズル……。

「うんしょ……うんしょ……うんしょ……」

　うーん、でもこれはさすがに……。

「ね、ねぇ、ジゼルちゃん。そんなに無理しなくても、魔導袋に入れてあげるよ？」

「……でも、お姉さまも他のみんなも自分で武器持ってるの。自分で武器持ってないと、敵が現れたときすぐに戦えないの」

「いや、それはそうかもしれないけど……重そうだし……」

「ありがとうなの、お姉さま優しいの！　でも大丈夫、がんばってついて行くの！」

　ズル……ズル……ズル……。

　そしてオークの姿が見えると

「あ、オークなの！　お姉さま、行ってくるの――オウラアッ！　死ねやあゴラアッ！」

　一直線に飛んでいき、オークを挽肉に変える。

　うーん、これは……。

「やっぱりジゼルちゃんは宿で待っていてもらうべきだったかな……？」

「妾もそう思うのじゃ。しかしのぅ、あの張り切り様だと今更言っても聞かぬと思うぞ？」

「だよね……」

「お姉さま！　またオークをいっぱいやっつけたの！」

　ジゼルちゃんを撫でてあげながら、失敗したかなぁ、とか考えていると。

「そもそもお主、ジゼルにやけに甘くないかの？」

　リリアーヌのじとっとした目がボクを見つめていた。

　心なしか不機嫌そうなリリアーヌを見返しながら、首をひねる。

「そうかなぁ？　特にそんなつもりはないけど……」

「いやぁ、甘いじゃろ。　その甘さを妾にも……」

「ん？」

　最後の方なんだか声が小さくなっていったリリアーヌに首をかしげると、リリアーヌは「なんでもないのじゃ」とぶんぶんと首を振る。

　なんだろ？

「ま、まぁ何じゃ、妾の活躍も見ておけ、という事じゃ！」

　リリアーヌはそう言うと、また別の方向から近づいてきていたオークに向き合う。振り上げる腕には聖遺物、

創炎たるリンドヴルム。

「行くのじゃっ！　火球流星群（ファイア・メテオール）！」

　リリアーヌが掲げたリンドヴルムが右に左にゆらゆらと揺れるたびに、いくつかのファイアボールが生まれ、そしてオークに向かって飛んでゆく。

「あ、技の名前決めたんだ」

「わははは、そうじゃ、カッコいいじゃろ？　こういう事も出来るようになったのじゃ！」

　リリアーヌがリンドヴルムを後ろに大きく振りかぶると、頭上にぽぽぽんっといくつものファイアボールが一列になって出現する。

「火焔彗星槍（ファイア・フー・ランス）！」

　リリアーヌがリンドヴルムを前に向かって突き出すと、ファイアボールが一列になったままオークの集団に向かって飛んでゆく。それはまるで、巨大な一本の炎の槍。

　一つ一つはただのファイアボールだけど、それがいくつも合わさればその破壊力は上位精霊術に決して引けを取らない。

「プギャアアア？！」

「ブギーーーーッ！」

　十体以上のオークが炎にまかれ、焼け焦げ、吹き飛ばされる。

「す、すごいよ、リリアーヌ！」

「わはははは、そうじゃろう、そうじゃろう！　もっと褒めるが良いのじゃ！」

　胸を張り高笑いをあげるリリアーヌ。

　そんなリリアーヌを見て、ボクも頑張らないと、と気持ちを新たにする。

　だけど、もう戦況は決まってしまっていた。

　エステルさんはゆったりと歩を進める。まるで舞うように、踊るように。

　一歩進むたびにメイド服がふわりと浮き、白刃が煌めく。

「九十九杠葉流（つくもゆずりはりゅう）――絶界・漣（さざなみ）」

　その瞬間、十体以上のオークから血しぶきが上がり、崩れ落ちる。

「すごい……」

　思わず声が漏れる。

　ソードマスターの天職を発動したエステルさんの剣術は、ボクなんかとは比較にならない領域だ。

　心なしか以前普通の剣士装備で戦った時より剣の冴えが良い気がするのは、ボクの気のせいだろうか？　メイド服を着て思う存分剣を振るえるエステルさんは上機嫌で、振るわれる技も伸びやかだ。

「これで大体片付いたかな？」

　辺りを見回すと、見える範囲に動いているオークはいなくなっていた。

「うむ、妾達にかかればこんなものじゃな！」

「おつかれさまです。ケガとかされた方いましたらポーションなどありますので」

「お姉さま！　いっぱいオークやっつけたの！」

　ジゼルちゃんを撫でてあげながら考える。

　街道沿いのオークはだいたい倒したから、次は森の中に入ってみないといけないかな。

　そのことを伝えると、ジゼルちゃんは「分かったの！　がんばるの！」と手を上げたけど、リリアーヌはちょっと渋い顔。

　そんなリリアーヌを見て、くすりと笑う。森の中では火事になる危険があるから、火の魔法は基本的に使ってはいけない。もちろん、命の危険がある時はそんな事より自分たちの命が優先だけど。

「オークの数は多いみたいだからね、戦うときはきっと前みたいに開けた場所になると思うよ。だからリリアーヌの力も必要になると思うし……じゃあ、行こうよ」

　そう声をかけて、みんなで森へと足を踏み入れた。

◇◇◇◇◇

　森に入ってみたけど、オークは偶にちらほら現れる程度だった。

「……あんまりいないの、オーク。残念」

「そうじゃな。他の何組かのパーティーも来ておるし、倒された後なのかもしれぬな」

「そっか、そうかもね。少しでも安全にオークが討伐されたらいいけどね」

「お二人とも、あまり楽観的になって気を抜かないでくださいね」

　ちょっとだけ気が抜けてしまったボク達に釘を刺すエステルさんに「はあい」と返事をすると、草木をかけ分けて先に進む。

　そしてすこし進むと、遠くで爆発音のようなものが聞こえる。

「みんな、聞こえた？」

「うむ、誰か戦っておるな。オークの集落か拠点が近いのじゃろう」

「……オーク、倒すの。がんばる」

「様子を見に行きましょう。他のパーティーが戦闘中なら、協力した方がいいと思います」

　エステルさんに言葉に、みんな頷く。

　戦闘中のパーティーが劣勢なら援護した方がいいし、そうでなくても協力した方がいい。オークの数は多いしね。

　背を低くし、森の中を慎重に進む。

　今起こっている戦闘に気が向いているのか、オークの姿は見えない。

　そうやって進んでいると、高台のような所に出てきて視界が開ける。

　木の陰から下を見下ろせば

「オークの集落……」

　森の中に広がるオークの集落。

　かなりの広さの森が切り開かれ、簡素な家がいくつも建てられていた。そしてそこには何百ものオークが走り回っている。

　やっぱり、数が多いな……。

　あの数を相手にするのはちょっと厳しい。

　どうしようか、とボクが考えた時、リリアーヌが小声で声を上げた。

「見るのじゃ、あそこじゃ！」

「え？」

　視線を向け、息をのんだ。

　そこにいたのは、普通のオークの倍以上はある巨漢のオーク。

　巨漢のオークの手には、こちらも巨大な、大きな木製の塊としか形容できないような武骨で巨大な棍棒。その巨大な質量を振り上げる、巨漢のオーク。

「人がいます！」

　声を上げるエステルさん。

　そう、その巨漢のオークの前には女性が倒れていた。

　ケガをしているだけなのか何やら叫んでいるようなその女性は、術師のローブと貴族の物らしきドレスを身に着けた赤く長い髪をしていて――

「ミランダ？」

　そう、遠目だけどその女性はどう見てもミランダだった。

　助けなきゃ、そう思った時、巨漢のオークがその手の巨大な棍棒を振り下ろした。