閑話 ミランダ3

「ふう、やっと片付いたか。……しかし、聖遺物を失ったと聞いて少し心配していたが杞憂だったようだな。『炎弾のミランダ』は健在だな」

「ふん、当然よ。私を誰だと思ってるのよ?」


 当然のことを聞くんじゃないわよ。

 オスニエルは、聖遺物を持つことでどんな効力を得られるのかは知らない。私がファイアボールをあれほど大量に放つことが出来たのは聖遺物のおかげだと知れたら、オスニエルは私を見る目を変えるだろう。この男の事だから、周囲に言いふらしたりするかもしれない。そんな事は耐えられないわ。


 その後もいくつかのオークの小さな群れを倒したところで、オークの集落が見えてくる。

 オーク達をあの女たちに押し付けるうえで、大事なのは位置取り。いま平民女達がいるであろう場所と、オークの集落の中間くらいの場所まで移動する。オーク達には平民女達が攻撃してきたと思ってもらう必要があり、間違っても私たちの方へ来てもらっては困るのよ。私たちはオーク達が平民女たちの方へ向かっていくのを確認したら、すぐに移動・撤退する。


「いくわよ! 火精霊よ集えファイアボール!」


 次々とファイアボールをオークの集落へと叩き込んでいく。

 横のオスニエルも神聖術を放ち、何匹かのオークを倒している。


「プギー?」

「ブビブヒブヒブヒッ!!」


 十何匹かのオークが集落から出てきた。

 相変わらずブヒブヒうっとおしいわね。

 そのオーク達と出くわすことが無いよう場所を移動しながら、オスニエルに気になったことを聞いてみる。


「あんまりたくさん釣れないわね? 十数匹じゃあっという間に倒されるんじゃないの?」

「うむ……まぁ、そうだな。私たち二人の火力では、それほどの多くのオークを引き付けるのは難しいのかもしれない。それに、オークロードを失って臆病になっている可能性も考えられるな」


 オスニエルは冷静に言うけど、それじゃダメでしょうが。


 大量のオークが押し寄せて平民女達を圧倒してもらわないとダメなのよ。オスニエルにはもし生きていたら、みたいな事を言ったけど、生きていてもらっては困る。あの醜いオークの群れに押しつぶされ、死んでもらわないと困るのよ。

 そうすれば平民の分際で生意気な女を排除出来るし、あとはオークが立ち去った後に死体から聖遺物を回収すればいい。完璧な作戦ね。


「もうすこし前に出ましょうか」

「いや、私も君も術士で、前に出て剣を振るえる者がいない。あまり前に出るのは危険では……?」

「はぁ? なに、あんた、この私がオークごときに引けを取るとでも言いたいわけ?」

「あ、いや、そういう訳ではないが……」


 ごちゃごちゃうるさいわね。

 まだ何かもごもご言っているオスニエルを無理矢理引っ張って、オークの集落の方へ進んでいく。


「さぁ、どんどん出てきなさい! 火精霊よ集えファイアボール!」


 次々とファイアボールを放っていく。

 いくつもの火球を放ち、マナポーションをのみ、そしてまた火球を飛ばす。


「プギャアア?」

「プギプギ~~?!」


 醜い叫び声をあげて逃げ惑うオークたち。

 オスニエルの放つ神聖術が何匹ものオークを黒焦げにする。


「あははははっ、最初からこうすれば良かったのよ!」


 私達が術を放ちながらオークの集落に足を踏み入れた時、そこは大混乱となっていた。

 戦えるオークがあまりいない区域だったのか、子供らしき小さなオークや、年老いたようなオークの姿が多い。まぁ、オークの見分けなんてつかないし、どっちでもいいわ。だけど、反撃が少ないのは好都合。


「このまま適当にオーク共を蹴散らして、反撃が強くなってきたら逃げるわ!」

「分かった、早めに切り上げるぞ!」


 まったく、いちいち消極的な男ね。男なら前に出てガツンと行きなさいよ。

 そんな事を考えながらオークを焼き殺していると、目の前に巨大な影が立ちふさがった。


 それは、まさに巨体。


 普通のオークは成人男性程度の大きさだけど、そのオークは軽くその倍はある。大きさ以外は普通のオークと変わりないけど、その圧倒的な巨体と質量からもたらされる威圧感は圧倒的。手には2メートルはある巨大な木製の棍棒を持ち、静かに私たちを見下ろしていた。


 ……オークの分際で私を見下ろしてるんじゃないわよ。


「な、なんなの、コイツ。オークロードだって普通のオークよりちょっと大きい位だったわよ?」

「ま、まさかオークキングでは!?」

「はぁ? オークキングですって?!」


 私達が話をしている間に、その巨大なオークが「ブギィ」と言うと左手をすっと上げる。

 すると、どこから現れたのかオークの一団が私たちを取り囲む。


「プギプギィーーッ!」

「ブギギギィーーッ!」


 そのオーク達が叫ぶと、彼らの頭上に燃える火球が現れ、次々にこちらに飛んでくる。


「オ、オークメイジですって? オークの分際で?」

「まずいっ、近寄れミランダッ! 護り給え神の両腕サンクチュアリ!」


 オスニエルが唱えると、白く光る結界が現れる。

 結界に阻まれ爆発して消えていく、オークの放った火球。


「ふぅ、助かったわオスニエル」


 間一髪助かった、そう思った私達の方へオークキングらしき巨大なオークがのそり、とゆっくりした動きで近づいてくる。

 その間にもオークメイジの放つ火球は降り注いでいる。狙いが甘いのか、いくつかの火球はオークキングへも当たるが気にした風もなく、のそりのそりと歩を進めるオークキング。


 そしてゆっくりと右手の巨大な棍棒を振り上げる。

 オークが作ったのか雑な作りの木製の棍棒だけど、その長さは2メートル近くあり、太さだって二人がかりじゃないと抱えられないほど太い。


 その単純に巨大な質量を


「ブギイッ!!」


 光る結界に力いっぱい振り下ろした。


「ぐあっ?!」


 その衝撃に耐えられず膝をつくオスニエル。


 まだ結界は無事。だけど、この感じだともう何回も耐えられないじゃない。


「ちょ、ちょっと、しっかりしなさいよ!」


 ファイアボールを3発出現させ、オークキングに叩き込む。

 また3発、そしてもう3発。


 だけど、オークキングは小揺るぎもしない。


「ミランダ、ファイアボールをもっと出せ! いつもはもっと大量に出してただろう!」

「うるさいわね、やってるわよ!」


 今はこれで精いっぱいなのよ!

 あんたがしっかり持ちこたえなさいよ!


 だけど、そんな私たちの前でオークキングはふたたび棍棒を振り上げた。


「ブゴアアッ!」


 振り下ろされる巨大な木製の塊。


 バリイイイイン!

「ぐあああっ?!」


 甲高い音を立て、砕け散る結界。

 その衝撃で弾き飛ばされ、仰向けに倒れるオスニエル。


「ちょっと?!」


 頭上を見上げるとオークメイジの放つ火球が次々飛んでくるのが見える。


 まずい


 まずいまずい


火精霊よ狙い撃てファイアアロー!」


 下位上段の精霊術、ファイアアローを放つ。

 いくつもの矢のような炎が飛んでいき、オークメイジの放った火球を迎撃する。


「オスニエル! あんたも攻撃しなさいよ!」


 叫ぶ。

 だけどオスニエルは精霊術を放とうとはしていたけど、さっきの衝撃のせいか腕はぶるぶると震え術を放てない。


 そして、そんなオスニエルの前で大きく棍棒を振り上げたオークキング。

 オークキングがにたり、と笑った気がした。


 もうだめだ。


 このままじゃマズイ。


 気が付くと、踵を返し逃げ出していた。


「ミ、ミランダ?! 私を置いて逃げるつもりか?!」


 オスニエルが叫ぶけど、そんなの知った事じゃないわ。

 私は、こんなところで豚に殺されるのは嫌よ!


 オスニエルはその後もなにかごちゃごちゃと叫んでいたけど、ぐちゃり、という音が聞こえると何も聞こえなくなった。

 聞こえるのは豚の鳴き声だけ。

 いくつもの豚の鳴き声は、心なしか勝利の雄叫びを上げているように聞こえる。


 死にたくない。


 死にたくない。


 私はまだ死にたくないわ!


「ぎゃああっ?!」


 必死で走っていたけど、背中に熱い衝撃を感じて地面に倒れる。

 まわりで爆発する火球を見て、オークメイジの放った火球が当たったのだと気が付く。

 

「あ……」


 気が付くと周囲をオークに完全に囲まれていた。

 後ろを見ると、すぐ後にまで迫っているオークキング。


 にたにたとした笑いを浮かべるオークキングが、その右手の棍棒を振り上げる。


「気持ち悪いのよ、豚のくせにこっち来ないでよ!」


 気付けば叫んでいた。


「私を誰だと思ってるのよ! 私になにかあれば伯爵であるお父様が黙っていないわ! こんな汚らしい集落なんて、お父様の耳に入ればすぐ滅ぼされる! 私を見逃した方がいい、豚でもそのくらいは分かるでしょう?!」


 オークが人の言葉を理解できる、なんて話は聞いた事無いのに。


 脳裏に『勇者の聖剣』にいた荷物持ち、シリルの顔が浮かぶ。

 いつもへらへらしているくせに、時々遠慮なく物を言う生意気な少年。意外と綺麗な顔をしていて生意気だったから、フードをかぶらせて顔を隠させた。


 ――なんであんな奴の顔が浮かぶの?


「ブヒイッ!」


 振り下ろされるオークキングの棍棒。


 それが私の見た最後の光景だった。

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