第53話 バーサーカー
「さあ、いくの! 見ててほしいの、お姉さま!」
そう言って両手を上げて、気合を入れるジゼルちゃん。
その首には、鎖で装飾された黒い首輪。
遠くには、おあえつらえ向きに近づいてくる十体くらいのオークの群れ。
だけど、そこで振り上げられたジゼルちゃんの腕がちょっと垂れ下がり、気合を入れて叫んだはずなのに黙り込んでしまう。
「ジゼルちゃん……」
やっぱり天職を使うのが怖いんだ。
そりゃそうだよ。自分の天職のせいで故郷の村を自分の手で壊滅させてしまったんだ。
思い出したくないに決まってる。
使いたくなんてないに決まってる。
やっぱり止めよう。
ジゼルちゃんは荷物持ちとか、宿で家事とかしてもらおう。そうだ、それがいい。
そう思った時
「ダメなのっ! いくのいくのいくのっ! わたしはお姉さまの役に立つのっ!」
ジゼルちゃんがいやいやをするように首を振り、そして声を上げる。
「行くの、バーサーカーっ!」
叫びをあげると、それに呼応するかのようにジゼルちゃんの身体が白い光に包まれる。
バーサーカーの天職が発動したことを感知して、ピュリフィケイションの術が起動したことを表す光。
リリアーヌとエステルさんが感心したような声を上げるなか、白い光に包まれたジゼルちゃんは自分の手や体を見回したりぺたぺた触ったりしていた。
「ジゼルちゃん、どう? 問題ない?」
「……変な感じなの。確かにバーサーカーの天職を使っているのに、わたしがわたしのままなの」
「そう、良かった。魔導具はちゃんと動いてるみたいだね」
ジゼルちゃんはボクの質問に、不思議そうに答える。
きちんと受け答え出来てるし、凶暴化していない、ちゃんと平静な状態みたいだ。
魔導具も問題なく作動してるし、大丈夫そうかな? 良かった。
ボクがジゼルちゃんの状態を確認していると、ジゼルちゃんの両目から涙がこぼれる。
涙は次から次へとぽろぽろと流れ落ち、ジゼルちゃんは恥ずかしそうに笑う。
「え、えへへへ……嘘みたいなの……。あんなに嫌だった天職を使ってるのに、なんともないの……」
「ジゼルちゃん……」
ボクはそんなジゼルちゃんをそっと抱きしめると、頭を撫でてあげる。
「ジゼルちゃんはこれまでずっと辛い思いして頑張って来たからね、ちょっとでもジゼルちゃんの負担が減ったのならボクも嬉しいよ」
「……お姉さま、ありがとうなの。お姉さま、大好きなの」
ジゼルちゃんはボクの身体に顔をすりつけるようにして甘えてきたあと、涙を振り払うように向こうを向くと
「行くの、オークをやっつけるの! お姉さま、わたしの武器を!」
オークを睨みつけながら、ボクに手を差し出す。
「うん、分かったよ」
ジゼルちゃんの武器はミランダといる時にも使っていたウォーハンマー。
腰の魔導袋に手を突っ込みウォーハンマーを握りしめる。するすると腰からウォーハンマーが半分ほど出たところで
「うわっ、重いいっ?!」
ウォーハンマーのあまりに重さにバランスを崩す。
バランスを崩したボクが倒れる先にはジゼルちゃん。やばっ……! と思ったけど、ジゼルちゃんはそんなボクをあっさりと受け止める。
「……あ、ありがと」
「ど、どういたしましてなの……」
ボクとウォーハンマーの重量をあっさりと受け止めたジゼルちゃんは、信じられないという風に自分の身体を見回す。
ボクもびっくりだよ……。
ジゼルちゃんは満ちる力を噛みしめるように自分の身体を見回すと、ウォーハンマーの柄を握りしめる。
「行くの! わたしの力を証明してみせるの!」
◇◇◇◇◇
それから目の前に広がった光景は、ひどいものだった。
「なんというか、オークに同情してしまうのぅ」
しみじみと呟くリリアーヌに、ボクとエステルさんもさもあらんと頷く。
いま目の前に広がっている光景は、戦闘では無かった。一方的なオークの虐殺。オークが次々とウォーハンマーに叩きつぶされて肉塊に変えられていく。
普通冒険者はオークを倒すときには、オークを倒せるだけの力しか使わない。
手を抜くって訳じゃないけど、必要以上の力を入れたりスキルを使ったりしても意味が無いからだ。オークを倒せると考えている力に何割か上乗せした位の力が最適。あんまり力を籠めるとスタミナが続かない可能性もあるから、出来るだけ最小の力で相手を倒すペース配分も冒険者に求められる能力のひとつだ。
でも、ジゼルちゃんは冒険者としては初心者だし、天職を自分の意思で使うのは初めてだ。
だから持てるすべての力でオークを叩く。
その結果が、目の前に広がる肉塊だ。
おまけに
「あははははははは! 死ぬの死ぬの! オークは全部死ぬの! あはははははは!」
高笑いを上げながら、次々とオークを叩きつぶすジゼルちゃん。
「なぁ、シルリアーヌよ。ジゼルは普段より凶暴になっとりゃせんか?」
「う、うーん、おかしいな……。でも、バーサーカーは本来は我を失って暴走する天職だからね、ちょおっといつもより暴力的になる位は、ね?」
多少はね? 仕方ないね?
「そりゃ、あの魔導具のおかげで自我を保てている、というのは分かっておる。しかし、ちょっといつもより暴力的、という程度ではないじゃろ、あれは……」
「だよね……」
ごもっともです。でも。
「見ててほしいの、お姉さま! わたしがちゃんと役に立つって証明してみせるの! 死ね、オラアッ!」
「ちゃんとボク達を認識してるし、暴走はしてないんだよね」
「かろうじての」
かろうじて、ってのは酷いな?
でも、組み込んだ魔導陣に改良の余地ありかぁ……。難しいなぁ。
「まぁでも確かに、バーサーカーは扱いづらいことで有名な天職です。それをパーティーでの戦闘に組み込めるように出来たというのは素晴らしい事ではないかと。洗脳対策、といった用途にも使えるでしょうし、あの魔導具は財を築けるほどの発明だと思います」
エステルさんがフォローしてくれる。
やさしいなぁ。財を築ける、ってのは大げさだと思うけど。
そんな事を言っていると、すべてのオークを叩き潰したジゼルちゃんが戻ってくる。
「お姉さま! オークをやっつけたの!」
「見てたよ。がんばったね、ジゼルちゃん」
頭を撫でてあげると、ジゼルちゃんは「うへへへへへ」とだらしない笑顔を浮かべた。
その様子を見ていたリリアーヌが苦笑する。
「まぁ、なんにせよこれでジゼルも一緒に戦えるの」
「そうだね、これでジゼルちゃんも正式なパーティーメンバーだよ」
「やったの! わたしもお姉さまといっしょに戦えるの!」
ジゼルちゃんの頭を撫でてあげながら考える。
「あとは……首輪の見た目を直してあげなくちゃね」
「確かにのぅ、ジゼルの様な少女に無骨な黒い首輪は似合わぬのじゃ」
そう言うと、ジゼルちゃんは少しの間考えてから口を開く。
「……お姉さま、わたし、このままでいいの」
「え? でも覊束の円環にはいい思い出ないだろうし、それにあんまり可愛くないし……」
ジゼルちゃんはふるふると首を振り
「首輪の事はそんなに嫌いって訳じゃないの。この首輪のおかげでお姉さまの目に留まってお姉さまに会えたの。それに……この首輪をしてるとわたしが『お姉さまのもの』になったような気がするの」
頬を赤らめて、うっとりとした表情で言った。
「ええ……」
そういう表現はちょっと……。
リリアーヌとエステルさんの方を見ると、ふたりはどっちでもいい、という風に肩をすくめる。
「分かったよ、見た目はそのままにしておくよ」
「やったの!」
飛び上がって喜ぶジゼルちゃん。
喜ばれるようなことは言ってないんだけどなぁ……。
そうして、ボクが覊束の円環を改良して作った魔導具はジゼルちゃんの物になった。
でも、名前は変えたよ。あれはもう忌まわしい覊束の円環じゃない。
新しい名前は『覚醒の円環』に決まった。
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