第52話 新しい魔導具

 王都から北に伸びる街道を北上すると、遠くに森が見えてくる。

 少し前からオークが大量発生していて……ジゼルちゃんに再会したり、苦戦してオークロードを倒したけどミランダに手柄を奪われたり、いろいろとあった森だ。


 そしてまた、ボク達はオーク大量発生の原因を突き止めるべく森へと向かっている。


 視線を横に向けると、ボクの腕に抱き着くジゼルちゃん。

 ジゼルちゃんはなぜかいつも腕に抱き着いて来てボクの事をすごく褒めてくるんだけど、今は口数少なく遠くの森を見つめていた。


 あの森に限った話じゃないけど、ジゼルちゃんは天職のバーサーカーを無理やり使わされ強制的に戦わされていた。あの森に良い思いは持っていないだろうし、戦う事や冒険者自体にも好意的とは言えないんじゃないかと思う。


 だけど、付いて来てくれる。

 優しい子だ、と思う。


「そんなジゼルちゃんに渡したいものがあるんだけど……」

「……?」


 腰の魔導袋からある物を取り出す。

 無骨な鎖で装飾された、黒い首輪――


「羈束の円環……」


 エステルさんが呟き、ジゼルちゃんがひっと息を呑む。


「シルリアーヌ、お主……ミランダになんだかんだ言っておったくせに、まさか自分がジゼルにそれを使おうと……」

「ち、違うよっ! 本当は見た目も変えるつもりだったけど、思ったより時間がかかって寝ちゃってて……」


 や、やっぱそう思われるよね?


 ジト目で見つめてくるリリアーヌにぱたぱたと手を振り、ジゼルちゃんに「ごめんね」と頭を下げる。


「ううん、いいの。わたし、お姉さまを信じてるの!」

「じゃったら、なにゆえそんな物を取り出したのじゃ? ジゼルは見たくもなかろうに」


 ボクを信じ切った目のジゼルちゃんと、疑わし気なリリアーヌに説明していく。


「覊束の円環は人の意志を奪う非人道的な魔導具だけど、魔導具としてはとても高度な物なんだ。とくに主人に設定された人物の命令を認識して被術者の行動に制限を加えるための魔導陣は革命的だと言っていいと思う。魔導陣の構造もすっごく繊細で芸術的だって思うんだ、ボクは」

「う、うむ? ……ま、まぁ言っておる事は分かるがの……」

「だからボクは、この覊束の円環を利用してジゼルちゃんの為に新しい魔導具を作れるんじゃないかと思ったんだ」


 リリアーヌが首を傾げ、ジゼルちゃんが「わたしのための魔導具?」と呟く。

 そんなジゼルちゃんの頭を撫でながら説明を続ける。結構大変だったんだよ?


「羈束の円環に組み込まれていた人の思考と行動を制限するための魔導陣を参考にして、神聖術ピュリフィケイションの術を起動する魔導陣を組み込んだんだ。これでピュリフィケイションをかけ続けて、バーサーカーの天職が発動しても我を失わないように出来ると思うんだ。でも本当に常時起動し続けるとすぐ魔力を使い果たしちゃうから、そこは元の魔導陣を解析し参考にして被術者の状態を認識できる魔導陣を組み込んだんだけど、これが結構難しうえにそれでも魔力の消費量は大きいんだよ。だから鋼の戦斧亭のお風呂にも使われていた、魔石並列回路方式を取り入れて魔力と魔石の消費量の軽減を……」

「わ、分かった分かった。お主が魔導具が大好きだという事はよく伝わったのじゃ」


 この魔道具がどういった物か説明しようとしたボクの言葉を、リリアーヌがボクの両肩をポンポンと叩いて遮った。

 

 むぅ?

 ボクが魔導具が好きとかどうでもいいんだけど。ジゼルちゃんの為のこの魔道具の事をちゃんと理解して欲しいんだけど。


 ジゼルちゃんの方を見ると、ジゼルちゃんは「よく分からないけど、楽しそうに話すお姉さまはとってもとっても可愛くてわたしも嬉しいの!」と本当に楽しそうな笑顔を向けてくれる。


「ほら! ジゼルちゃんはボクの話を聞いてくれてるのに、ひどいよリリアーヌ!」

「いや、ジゼルは話の内容にはたいして興味ないと思うのじゃ……」

「ひどいよ?!」


 ボクとリリアーヌがわぁわぁと言い合っていると、エステルさんがはぁ、とため息をついた。


「つまり、その魔道具はどういう物なのですか?」

「ジゼルちゃんがバーサーカーの天職を使っても平静でいられるよ」

「初めからそう言えば良かろう!」


 リリアーヌに軽く肩をたたかれる。


「でも、ちょっと作るのに時間がかかりすぎちゃって、外見にまで手が回らなかったんだ……」


 手の中の、無骨な鎖で補強された黒い首輪を見下ろす。


「本当は鎖を外して色を塗り替えて、リボンとか着けて可愛くしようと思ってたんだけど……」


 寝不足のせいかちょっとハイになっちゃったけど、冷静になると気分が落ち込んでくる。

 思ったより時間がかかっちゃった事もそうだし、ジゼルちゃんにとって嫌な記憶しかないこの羈束の円環をそのまま持ってきちゃったこともそうだ。なんだかジゼルちゃんの為の新しい魔導具が作れそうで、少し浮かれていたのかもしれない。


 うう、なかなか上手くいかないなぁ……。


「いいの! わたしはお姉さまがわたしの事を考えて何かをしてくれた、って事がうれしいの!」


 ボクが少し落ち込んでいると、ジゼルちゃんはボクの腕に顔をすりつけながらそう言った。


「ジゼルちゃん……」

「そうじゃよ、そもそも一晩で新しい魔道具を作ろうというのが無茶じゃ。無茶ぶりと言ってよい。それにバーサーカーの凶暴化を無効化する魔導具なぞ、今まで無かったのじゃからな」

「羈束の円環は批判もされましたが画期的な魔道具だと言われてます。それを一晩で解析して応用し、新しい魔導具を作り出すなんて、普通の錬金術師には到底無理です。王宮の錬金術師が数人がかりで出来るかどうか……」

「みんな……」


 リリアーヌやエステルさんがボクを慰めてくれる言葉に、ちょっと胸が熱くなる。

 すこし持ち上げすぎな気もするけど。ボクの魔導具の知識なんて村のオババに一通り教わったくらいだし……。


「それで、その首輪はどうするのじゃ? 使うのは、見た目を改めてまた後日、という事にするかの?」


 首を傾げるリリアーヌ。


 そう、どうしようか……。

 せっかく作ったのに、という気持ちが無い訳じゃないけど、ジゼルちゃんの気持ちを無視するわけにはいかない。リリアーヌの言うとおり、これは一旦しまって外見を作り直してから……。


 黒い首輪を魔導袋に仕舞おうとすると、ジゼルちゃんが声を上げた。


「わたし、それ、使ってみたいの!」

「えっ?!」


 びっくりしてジゼルちゃんの顔を見つめる。


「お姉さまがわたしのために作ってくれたなら、わたし使ってみたいの!」

「でも……」

「わたし、ミランダ達は大っ嫌いだしあの時の事は思い出したくないの。でもあの首輪のことはそんなに嫌いでもないの。道具は道具だし……それにあの首輪のおかげでわたしは会う事が出来たの! シルリアーヌお姉さまに!」

「ジゼルちゃん……」

「自分の天職だって大っ嫌いだし、使うのは怖いの……。だけど、お姉さまが作ってくれた魔導具があれば頑張れるし、怖くないって思うの!」


 ボクは自分が恥ずかしくなった。


 ボクはジゼルちゃんの事を勝手に子供扱いして、羈束の円環なんて見たくもないだろう、と勝手に思っていた。

 だけどジゼルちゃんはミランダ達の事は嫌いでも道具は道具。羈束の円環の事はそれほど嫌いでもないという。それに良い思い出なんてない自分の天職に立ち向かおうとしている。


 ジゼルちゃんはたしかにちょっと子供っぽいかもしれないけど、ちゃんと自分の考えを持っているんだ。


「問題なのは見た目だけなのかの? 魔道具の性能は問題ないのじゃな?」


 またもしゅんとしてしまったボクに、リリアーヌが聞いてくる。


「それは大丈夫。思った通りの性能を完璧に発揮するかどうかは分からないけど、だいたい想定通りの性能を出せるはずだよ」

「じゃあ、問題なかろう。ジゼル本人が言うのじゃし、使ってみてはどうじゃ?」

「わたし、使うの! お姉さまが作ってくれた首輪!」


 ボクの行動を促すように、ボクを見つめてくるリリアーヌとジゼルちゃん。


 今回の魔導具はちょっと自信作だし、問題は無いと思うんだよね。

 ちゃんと動くと思うし、ジゼルちゃん本人が大丈夫だと言うならそれをボクが否定するのもおかしいかな……?


 そう思い、手の中の黒い首輪をジゼルちゃんに手渡した。


「分かったよ。でも、我を失いそうになったり様子がおかしかったりしたら、すぐ外してね?」

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