第51話 出発

「お姉さま、起きるの。朝、朝なの!」

「んあー-……」


 ゆさゆさとボクをゆするジゼルちゃんの声で目が覚めた。


 顔を上げると目に飛び込んでくるのは、机の上に広げられた魔導具作成の道具たち。机の上で寝てしまっていた事を自覚したボクが体を起こすと、窓の外から朝日の光が飛び込んでくる。


「もう朝……。寝ちゃってたんだ……」

「お布団で寝てるお姉さまは綺麗だったけど、机で寝てるお姉さまも可愛かったの! いろんなお姉さまの寝顔が見れて嬉しいの!」


 ジゼルちゃんが幸せいっぱい、という顔で腕に抱き着いてきた。

 「おはよう」と声をかけ、そんな彼女の頭を撫でてあげる。


「わたし、お姉さまに頭撫でられるの大好き! ふわふわして幸せな気持ちになるの!」


 そう言って笑うジゼルちゃんと話をしながら、一階へ通りていく。リリアーヌとエステルさんと一緒に、冒険者ギルドへ行く約束をしているんだ。


 一階へ降りていくと、お店の準備をしていた大きな男の人がこちらに気付いて挨拶してくれる。


「おう、シルリアーヌちゃんと……ジゼルちゃんだったか? おはよう!」

「おはようございます、ロドリゴさん」

「…………ぉはよぅ」


 だけどさっきまであんなに楽しそうだったジゼルちゃんは、ボクの後ろに隠れてしまう。

 ……だけど、小さい声だけど挨拶したのはジゼルちゃんなりに頑張ったんだと思う。


 そんなジゼルちゃんの頭を撫でてあげていると、ロドリゴさんが気まずそうに頭をかいた。


「……ジゼルちゃんにはなんだか嫌われちまったか?」

「すみません、ジゼルちゃんは今までいろいろあって男の人が苦手なんです。この子なりに慣れるよう頑張ってるから、すこし長い目で見てくれると嬉しいです」


 ボクがそういうと、ジゼルちゃんはなにも喋らないけど軽く頭を下げた。

 そう、ジゼルちゃんだって頑張ってるんだ。


 そんなジゼルちゃんに気が付いたのか、ロドリゴさんは「かまわねぇよ!」と言うと豪快に笑う。


 そんなロドリゴさんを見て、ボク自身ほっとしていた。

 この間ミランダの屋敷で第七王女であると宣言してしまったけど、それでみんなの態度が変わってしまうのではないかと不安だったんだ。ボクは今の気安い関係が大好きだから、王女だなんだと言って壁が出来て欲しくはない。


 とはいえ、おそらくはまだ情報が平民まで届いていないだけなんだろう、とは思う。

 ボクが第七王女だという話を聞いてしまったら、さすがに今まで通りに話してはくれないかもしれない。みんなリリアーヌに対しては敬語で改まった態度を取るから。


 そんな事を考えながら鋼の戦斧亭の外に出ると、リリアーヌとエステルさんが待っていた。


「シルリアーヌ、ジゼル、おはようなのじゃ!」

「おはようございます、シルリアーヌ様。ジゼルさんも、おはようございます」

「リリアーヌ、エステルさん、おはよう」

「……おはよう」


 これからはこの4人でパーティーを組んで行動することになると思う。

 ボクは、この4人なら楽しい冒険が出来ると思うんだよね!


 とか考えていると、リリアーヌがジゼルちゃんのワンピースを見て感心したような声をあげた。


「ふむ、ジゼルよ、昨日買ったワンピースはなかなか似合っておるではないか」

「……当然なの。お姉さまがわたしのために選んで買ってくれたワンピースなの。似合わないわけがないの。当然」

「……一応言っておくがの、それの支払いはみなで出し合ったのじゃぞ? 妾の金も入っておるのじゃぞ?」


 そう、これからギルドへ顔を出して依頼を受けようと思っているから、ボクたちは昨日購入した服や装備を身に着けていた。


 ボクはいつもの純白のドレスに、昨日買った黒いマント。そして腰には聖遺物レリクス、疾風たるファフニール。

 ジゼルちゃんは昨日購入した白いワンピースに、ボクと色違いの薄紫のマント。そして胸・手・脛に革製の部分鎧。

 エステルさんはメイド服に腰のカタナといういつもの格好だ。だけどその上から胸・肘・膝・脛・腰に鉄製の部分鎧を付けている。この組み合わせだとメイドらしい恰好以外はしたくないエステルさんを満足させ、なおかつソードマスターの天職を発動することが出来るんだ。さんざん着たり脱いだりした結果導き出された、満足のいく組み合わせだと思う。


 そしてリリアーヌ。彼女は黄色っぽい高価そうなドレスを着ていて、手には聖遺物レリクス、創炎たるリンドヴルム。……そこまではいいんだけど、リリアーヌはボクが『勇者の聖剣』にいたころに来ていた安物の灰色のローブをまだ身に着けている。正直あんまり綺麗じゃないし只の布切れだから、新しい性能の良いものに買い替えるべきだと思うんだけどリリアーヌはこれを手放そうとしない。


「じゃあ、行こうよ」


 そう言ってみんなを促して、ギルドへと歩き出した。



◇◇◇◇◇



 訪れたギルドは、まだ多くの職員や冒険者がばたばたと走り回っていた。


 オークロードは討伐されたし、すこしは収まっていても良さそうなものだけど……。


「あ、シルリアーヌさん! それに王女殿下も」


 受付で羊皮紙の束をめくっていたコレットさんがこちらに気付いて声をかける。同時に、リリアーヌがいることに気が付いて何人かのギルド職員が足を止めるけど、リリアーヌがぱたぱたと手を振ると一礼して仕事に戻っていく。


「……なんだか忙しそうね?」

「すみません、先日からのオークの大量発生がぜんぜん収まっていないんです。オークロードは討伐されましたから少しは収まりそうなものですが、全く収まる気配はありません」

「そうなんだ……。他にもオークロードがいたり、もしかしたらそれ以上の魔物も……」


 聞くと、コレットさんはふるふると首を振る。


「分かりません。情報が錯綜していて、状況がつかめていません。仰るとおりロード種以上のオークがいる可能性もありますが、もしかするとリーダーを失ったオークが統制を失って森から出てきているだけかもしれません」

「うーん……」


 ボクも、隣のリリアーヌも首をひねる。

 確かにいろんな可能性はあるだろうし、ここで決めつけるのは良くないのかも。


「そこでいろいろな冒険者パーティーに依頼を出して、情報を集めてもらっています。シルリアーヌさんたちにもお願いしたいのですが……」


 コレットさんはそこでちょっとだけ言いよどんだけど、ボクはみんなが迷惑しているオーク発生の原因を探るのは大賛成。


 周りを見回すと、リリアーヌやエステルさん、そしてジゼルちゃんまで頷いてくれる。

 ボクはいい仲間に恵まれたと思う。『勇者の聖剣』にいたころは、レックスはわりと勢いで依頼を受けることが多かったけど、そういう時ミランダやオスニエルに「報酬の割に危険が多い」とか言って文句を言われていた。


 それに比べると、みんなボクのやりたいことを尊重してくれる。

 だからボクもがんばらないと、って思えるんだ。


「その依頼、受けるよ」

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