第50話 みんなで
おトイレを済ませて席に戻ってくると、漂う雰囲気はすこしだけ柔らかくなっていた。
仲良くなった……とは言えないけど、トゲトゲした雰囲気は無くなった、そんな感じ。
リリアーヌに視線を向けると、軽く頷いてくれた。
気を遣わせちゃったかな? リリアーヌにはあとでお礼を言っておかなくちゃ。
それから少し話をしたけど、ジゼルちゃんはとりあえずボクと一緒に住んで冒険者として活動してもらう事になった。まさか帰る場所も無い彼女を放り出すわけにもいかないし、ジゼルちゃんが1人で仕事をして暮らしていけるとも思えない。
ジゼルちゃんが冒険者として活動する場合、問題になるのは天職のバーサーカー。
その事も話に出たけど、それはボクに任せて欲しい、と言った。外した覊束の円環を使ってちょっと試したみたいことがあるんだよね。
魔導具いじるの久しぶりだから楽しみだなぁ!
たぶん大丈夫だと思うけど、失敗したらゴメンね……。
そして今、ボクたちは服や装備を整えるため、商業区域に出てきていた。
立ち並ぶのはいろいろな商店や、街路にならぶ色とりどりの露店の数々。目的地は、前回も行った貴族様御用達の商店だ。あそこでまずジゼルちゃんの服を買って、それから装備を整えるんだ。
「……お姉さま、人が多いの」
ボクの左腕に抱き着いたままのジゼルちゃんが、きょろきょろと周囲を見回して言う。
ジゼルちゃんは周りに人が居ない時なら楽しそうに色々話してくれるけど、今みたいにたくさんの人がいて視線を感じるような場所だと、とたんに口数が少なくなってしまう。
そんなジゼルちゃんの頭を撫でながらその視線をたどっていると、お菓子や果物を売っている屋台を見ていることが多いと気が付いた。
「屋台が気になる? 何か食べたいの?」
「……すこし。……王都に出てきてから、美味しそうなお菓子がいっぱいなの。ミランダやレックスは自分達が食べても、わたしには買ってくれなかったの」
少し顔をふせて言うジゼルちゃん。
そっか、確かにミランダは奴隷として扱っている人に屋台の菓子を買ってあげたりはしない……かな?
「なんじゃ、なにか食べるかの?」
少し前を歩いていたリリアーヌとエステルさんが、こちらを振り返る。
「そうだね、ちょっと小腹もすいてきたし……」
ボクの左腕に抱きついたままのジゼルちゃんを見る。
この状態じゃ買いに行けないかな……と思ったボクの脳裏にぴんとひらめくものが。
腰の魔導袋から何枚かの銅貨を取り出し、右手だけでリリアーヌへ渡す。
「ん? なんじゃ?」
「ボクはこの状態だからね、リリアーヌが買ってきて欲しいな。好きなものを選んでいいからね」
「む……妾が?」
リリアーヌはボクの腕に抱きついたジゼルを見て、まぁそうか、と言うような表情を浮かべると頷いた。
「リリアーヌ様、私が買ってきましょうか?」
「バカにするでない、買い物くらいひとりで出来るのじゃ」
手の中の銅貨を興味深そうに眺めていたリリアーヌは、声をかけてきたエステルさんに首を振る。そして、ひとりで屋台の方へと歩いていく。
立ち並ぶ屋台で売られているのは、山盛りの果物、おいしそうな匂いを漂わせるタルトやアップルパイ、珍しい所だとクレープなんかもある。リリアーヌは山盛りの果物を珍しそうに眺めたり、タルトやパイに目を輝かせたり、あっちへふらふら、こっちへふらふら。
「……偽王女、なかなか決められないの。優柔不断」
ジゼルちゃんがふらふらと見て回っているリリアーヌを見て、ぼそりと毒を吐いた。
でもそれを見て、くすりと笑ってしまう。
鋼の戦斧亭の時はジゼルちゃんはボクの事だけしか見えていない様な感じだった。だけど今はちょっと口は悪いけど、しっかりとリリアーヌの方を見て口にしていた。
ほんのすこしだけど、ふたりの距離が縮まっているような気がして、とても嬉しい。
しばらく見ているとリリアーヌはクレープを買う事にしたのか、おっかなびっくりという感じで手の中の銅貨を差し出した。そして4つのクレープと、お釣りでいくつかの鉄貨をもらって戻ってくる。
「クレープにしたのじゃ。クレープは王宮でも時々出て来るしの」
そう言いながら、みんなにクレープを渡していく。
生地の間にたっぷりとバターを塗って、いくつかのフルーツを挟んだ美味しそうなクレープ。
「ありがと。それじゃ……はむっ」
口に運ぶと、クレープの柔らかい生地の甘みとバターの香ばしさ、そしてフルーツの瑞々しさが口の中にふわりと広がる。
「おいしい!」
「うむ、なかなか美味しいのじゃ!」
「そうですね、結構美味しいですよ」
リリアーヌとエステルさんと感想を言い合う。みんな気に入ったようで良かった。
そして隣を見ると、クレープを小さく一口かじったジゼルちゃんが、きらきらとした目でこっちを見上げていた。
「美味しいの! お姉さま、これ美味しいの! わたし、こんな美味しい物食べたの初めて! 初めてなの!」
「くすっ、そう? 気に入ってもらえて良かった」
ぱあっと表情を輝かせて見上げて来るジゼルちゃんの頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうに頬を腕にすりつけるようにして来る。ジゼルちゃんがこの笑顔を他のみんなにも向けられるようになるといいな、って思う。
「……これが鉄貨か、初めて見るのぅ」
早々にクレープを食べ終わったリリアーヌが、手の中の鉄貨を見ながら言った。手持ち無沙汰なのか本当に珍しいのか、鉄貨を表にしたり裏にしたり。
まぁ確かに王女殿下は鉄貨なんて見る機会はないだろうなぁ。
なんて思っていると、そんなリリアーヌをジゼルちゃんがじとっとした目で見つめていた。
「……鉄貨も見たことないの? 偽王女、もしかして貧乏なの?」
「はあっ?! なにを言うのじゃ! 妾が真の王女だからに決まっておろう!」
すぐ毒を吐くジゼルちゃんと、顔を赤くしムキになって反論するリリアーヌ。
そんな二人を見てボクが感じたのは困ったような、笑っちゃうような、そんな感覚。
あんまり言い争いはして欲しくないんだけど、ギクシャクして会話も無いのに比べれば、言い争いをしてるくらいの方がいいのかな? どうだろう、よく分からないや。
よく分からないから、2人の頭を撫でてあげた。
「ふたりとも、ケンカはダメだよ。仲良くしてね?」
「お姉さま! わたしお姉さまに頭撫でられるの大好き、大好きなの!」
「はあっ?! 妾まで子供扱いするでないわ!」
エステルさんの方をちらと見ると、彼女は軽く肩をすくめた。
呆れてはいるけどまぁいつもの事だし好きにやらせておきます、といったような感じだ。
もしかしてボクたちはこれからずっと感じが続くのかな?
「じゃあ、買い物に行こう?」
そう思いながら、みんなに声をかけた。
◇◇◇◇◇
あれからいろいろ買い物をした。
まずジゼルちゃんに、仕立て屋さんで白くて短いワンピースを買ってあげた。
以前ボクが普段着を買ったお店で買ったので、適当な既製の品を選んでも結構な値段がした。ジゼルちゃんはびっくりしてたけど……確かにジゼルちゃんのためなら、とそれに決めた。
次に買ったのはエステルさんの防具。
オーク討伐中に話した、メイド服のままでも天職を発動できる防具を選びに行ったんだ。少しづつ防具を身に付けたり外したりして分かったのが胸当・肘当・膝当・脛当・腰当までならソードマスターの天職を発動できる、という事だ。それ以上付けるとメイド服が隠れてメイドって感じじゃなくなってしまうし、それ以下の防具なら『剣士』として判断されないようで天職は発動しなかった。
リリアーヌが「黙ってプレートメイルでも着ておけば良かろうものを……」とかぶつぶつ言いながら、エステルさんにいろいろな防具を着せていたのが印象的だった。やっぱりあの二人は仲がいいな、って思う。
そしてボクは黒いマントを買った。
ボクはスピードを重視するスタイルだからあんまり重い装備は身に付けたくなかった。だけどやっぱり防御力は大事だという事で、魔物の皮を使ったちょっとお高めのマントを買うことになった。ウルフ系のけっこう強い魔物の皮みたいで、刺突・斬撃に強くて術への耐性も高いっていう結構な代物だ。……まぁ、その分お値段も結構したんだけど。
最後に、悩んだのがジゼルちゃんの防具だ。
そもそもの話、ジゼルちゃんを戦わせるべきなのかどうか、って話に当然なった。冒険者としてパーティーに入れるとしても、荷物持ちとか戦う以外の役目だって無くはない。自我を失って暴れまわるバーサーカーという天職と肩を並べて戦うのは危険だ、という話も出た。
だけどジゼルちゃんは
「わたしも戦うの! お姉さまと一緒に戦うの、恩返しするの!」
と譲らなかった。
リリアーヌとエステルさんは困っていたけど、バーサーカーの天職に関してはボクに考えがあるから、っていう事でとりあえず防具を選ぶことになった。選んだのはボクと色違いの薄紫のマントと、魔物の革製の胸当・手甲・脛当。小柄なジゼルちゃんのために、革製で要所要所だけを覆う防具を選んだ。
そのジゼルちゃんは、疲れていたのか帰ってくるなりすぐ寝てしまった。
ボクのベッドで寝息を立てるジゼルちゃんを見ると、笑みが漏れる。買ってあげたワンピースや防具を気に入ってくれていたみたいで良かった。
「さて、ボクはボクでやることをやらないとね」
もう夜だけど、ボクにはやらないといけない事がある。
机の上に並ぶのは覊束の円環と、魔石に魔導陣を転写するための用紙とインクと専用のランプ。そして、きらきらと緑色に輝く魔石――ランドドラゴンの魔石だ。
ランドドラゴンの魔石はみんなの共有財産でボクの物って訳じゃないけど、ジゼルちゃんのためなら使ってもいいとリリアーヌとエステルさんから許可をもらっている。
これらを使って、ジゼルちゃんのための魔導具を作る。
「よし、がんばるぞっ!」
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