閑話 リリアーヌ2
妾の名はリリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユ。
昨日、王位継承権第十一位に降格となったリリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユじゃ……。
「全く……貴族というものは面倒なものじゃな……」
ため息が出る。
お父様から降格と言い渡された事は正直悲しいは悲しいが、周りの者が思っているほどショックは受けておらん。代わりに第十位になったのがシリル――いや、シルリアーヌだという事が大きいのじゃろう。シルリアーヌの事は大好きじゃし、尊敬もしておる。
あの剣も術も使いこなす、心優しい親友がお父様に認めてもらえた事が誇らしくさえある。
お父様によって謁見の間に皆が集められ、そこでシルリアーヌと妾の事が発表された。突然の発表に皆驚き、シルリアーヌはおらぬから自然と皆の視線が妾に集まった。
そして、それからは貴族の駆け引きの場じゃ。
ふだんは愛想笑いで話しかけてきたが露骨に距離を取るようになった者、味方の様な顔をして近づき背景に何があったのか探りを入れようとする者、ただ単に右往左往する者、さまざまじゃった。
「あの時の謁見の間は騒然としていましたからね……」
横を歩くエステルが苦笑する。
今はあの発表から一夜明けた朝。
昨日ミランダの所から助け出したジゼルの事をシルリアーヌと相談するために、シルリアーヌが泊っておる鋼の戦斧亭に向かっておる所じゃ。
「昨日はシルリアーヌが妾の姉だと聞いて思わず興奮してもうたが……」
ほんのすこし恥ずかしくなって、ごほんと咳払いする。
「そういえば、その事についてセバスに聞いてみると言ってましたが、聞けたのですか?」
「うむ、じいやに確認してみたのじゃが……死んでしもうた妾の双子の姉の王位継承者としての地位は、一時的に凍結となっておっただけで抹消となっておった訳ではなかったそうじゃ。シルリアーヌの王位継承権はその地位を復活させただけ……という話じゃ」
「凍結……ですか? いえ、そもそもどうしてシルリアーヌ様にいきなり王位継承権など与えられるのかが分からないのですが……」
「そうなのじゃよ、妾も騎士爵などの準貴族的な爵位を与えてやれれば……と思っておったのじゃ。それがいきなり王位継承権とは妾も想像もしておらんかったわ……」
そうなのじゃ。
シリルにシルリアーヌという名を与えたのは妾じゃ。シルリアーヌは、その名を持つからこそ本来の『シルリアーヌ』が収まるべき所に収まった、という事らしいの。
だからシルリアーヌが『姉』に相応しくて、妾は『妹』だとお父様が判断した訳ではないのじゃ。そうじゃ、これはノーカンじゃろ。王族としてこれまで育てられた妾が『姉』で、先日王位継承権を与えられただけの新米は『妹』で問題ないじゃろ。そうじゃ、そうに決まっておる。
妾が自分の正当性を再確認しておると、となりでなにやら考え込んでいたエステルが口を開く。
「……普通、逝去された王族の王位継承権は凍結されるものなのですか?」
「ううむ、妾も詳しくはないが……亡くなったマティルドお兄様・エイブラムお兄様の継承権は抹消された、と言っておったような気がするのじゃ」
「そうですか……」
エステルはなにやら考え込んでおるが、妾はあまり気にしてはおらん。
お父様もお兄様も何も話してはくれぬし、じいやも色々相談に乗ってくれるし力も貸してくれるのじゃが肝心なことははぐらかす事が多い。じゃからあまり気にしても仕方ないじゃろうし、とりあえずはジゼルを助け出せたことを喜べばよいと思うのじゃ。
それに妾とシルリアーヌは同じ王位継承権を持つ身。
これからはシルリアーヌと行動を共にする機会がもっと増えるであろうと思うと、不思議と足取りも軽くなる。窮屈で退屈な王城での生活が、もっと楽しく、色鮮やかなものになるのではないかという期待に胸が膨らむ。
そんな妾達が鋼の戦斧亭に着きテーブルに座って待っておると、現れたのはシルリアーヌと、シルリアーヌにべったりのジゼルじゃった。うつむき加減でおどおどと周囲を見回しているジゼルは、シルリアーヌのドレスの裾を握りしめ、シルリアーヌに隠れるように歩いてくる。
「ごめんね、遅くなって」
シルリアーヌが軽く頭を下げて席に着く。
ジゼルはこちらの方はちらと見ただけで、席に着くなりシルリアーヌの腕に抱き着く。そしてまるでこちらの事など見えておらぬかの様に、顔をシルリアーヌの腕にすりつけ始めた。
ぴくり、と自分の眉間にしわが寄るのを感じる。
とはいえ、それだけで気分を害したりはせぬ。
「ジゼル、昨夜はよく眠れたかの? 覊束の円環が外れて良かったのじゃ」
「ジゼルさん、体調は大丈夫ですか? 悪い所があれば無理はいけませんよ」
妾とエステルが、ジゼルに声をかける。
この娘は故郷で辛い目に遭い、奴隷に身を落とし酷い目に遭ったのじゃ。精神的にも肉体的にも辛かったじゃろう。
じゃがジゼルはそんなこちらの方はちらりとも見ずに、シルリアーヌの方へきらきらとした目を向ける。
「ねぇねぇお姉さま、この人たちは誰なの? お姉さまと一緒にいたのを見たことがあるの」
「リリアーヌとエステルさんだよ。ふたりともミランダの所からジゼルちゃんを助け出すのにいろいろ協力してくれたんだ」
「それはありがとうなの! わたし綺麗でかっこいいシルリアーヌお姉さまに助けてもらって、とってもとっても嬉しかったの! お姉さまはきらきらとしてて、きりっとしてて、とっても素敵なの!」
……ジゼルは今、妾達に礼を言ったのか?
よく分からぬが、ジゼルは妾達など存在しないかのようにシルリアーヌの目だけを見て話す。きらきらとした嬉しそうな目で、シルリアーヌがいかに綺麗で素敵なのか、どれだけ自分はシルリアーヌが大好きなのかを話す。
なんだかイライラするのぅ……。
それに『お姉さま』とは何じゃ? シルリアーヌは妾の『妹分』じゃぞ? ……まぁ『姉』であると認めることもやぶさかではないが、お主の『お姉さま』ではないぞ?
この妾がなにか疎外されておるようで、イライラする。
じゃが、そこはさすがシルリアーヌ。
妾がジゼルを助けるために骨を折ったことを説明してくれる。
「とくにリリアーヌはね、なんと王女殿下なんだよ? ジゼルちゃんを助けに行く時も国王陛下に話をしてくれて、とっても助かったんだよ?」
……まぁ、王城へ帰ってじいやに話をしただけなのじゃが。「そうじゃよ! 敬うがよいぞ!」と胸を張るが、ジゼルの瞳はこちらをちらりとも見ることは無い。
「? よく分からないの。わたしにとっての王女様はお姉さま。そっちの人も王女様なの?」
「あ……」
そういえば、そうじゃったの……。
確かにジゼルにとっては妾などより、自分を助けにミランダの所へ乗り込んでくれたシルリアーヌこそが『王女様』なのじゃろう。特に、その場で王女であることを宣言したのじゃから、それはそれは鮮烈に心に焼き付いたじゃろう。
まぁ仕方ないかの、と思うておった妾の前でジゼルは聞き逃せない言葉を発した。
「シルリアーヌお姉さまは、あいつらに捕らわれていたわたしを助けてくれた。わたしにとっての王女様で王子様で英雄で恩人なの! そっちの人は助けてくれなかった、偽王女なの」
「はあっ?! だれが偽王女じゃっ! 妾こそが真の王女、偽王女はそっちのシルリ……もがもが」
「ちょ、ちょっと姫様、ダメです! なに言おうとしてるんですか?!」
偽王女じゃとお?!
聞き逃せない暴言に興奮して、言ってはいかん事を言ってしまいそうになったのじゃが、妾の口をエステルがあわてて塞ぐ。
ぐぬぬ、ナイスフォローじゃ。
しかし何か言い返してやらねば気が済まぬ。何か言ってやろうと口を開きかけた妾の目の前で、シルリアーヌが
「はぁ……」
とため息をつく。
そんなシルリアーヌをみて、妾の心の中で膨れ上がっていた怒りがするすると萎んでいくのを感じる。
妾はシルリアーヌが決死の覚悟をして助け出したジゼルと喧嘩をしたかった訳ではないし、ましてやシルリアーヌを困らせたい訳ではないのじゃ。
思わず謝罪の言葉が出そうになった妾の前で、シルリアーヌが席を立った。
「ごめんね、ちょっと席を外すね」
トイレかの?
ジゼルが付いて行くと言うが、断るシルリアーヌ。
それはまぁそうじゃろうなぁ……。シルリアーヌは見た目は完璧美少女じゃが、あんなナリでも男子じゃしのぅ……。
席を外し、酒場の奥の方へ歩いて行くシルリアーヌ。
ジゼルはしばらく置いて行かれる子供のような目でシルリアーヌを見つめておったが、その姿が見えなくなると視線を落とし、背を丸めて黙り込む。
「…………」
「………………」
「……………………」
シルリアーヌが横におるときはあれ程きらきらとした目でシルリアーヌのすばらしさを語っておったジゼルは、シルリアーヌがいなくなるとまるで迷子の子供の様に所在なさげに下だけを見つめる。
「…………」
「………………」
「……………………」
ジゼルはなにも語らぬ。
妾もジゼル相手になにか話す気分ではなかったし、エステルはそんな妾達を不安そうに見つめておった。
「…………はぁ」
思わずため息を漏らすと、ジゼルが怯えたようにびくりと震える。
「のぅ、ジゼル。とりえあず自己紹介をさせてくれぬか。妾はリリアーヌ・ド・プロヴァンス=サントゥイユ、シルリアーヌの……双子の姉妹じゃ」
シルリアーヌの何だと言えばよいか少々迷ったが、双子の姉妹でよいよな? 死んだシルリアーヌの代わりなら妾の双子の姉妹、という事でよいのじゃよな? どちらが姉かは……べつに言う必要はないじゃろ。
ジゼルは何も口にせぬが、シルリアーヌの名が出ると少し反応した。
「シルリアーヌの事は姉妹じゃが、親友だとも思っておる。じゃからシルリアーヌが気にかけておったお主が、ミランダの所から助け出されて良かったと思っておる。お主がシルリアーヌの事を好いておる事も姉妹として親友として嬉しいし、お主とも仲良くしたいと思っておる」
ジゼルは何も喋らぬが、じっとして下を向いている様子はちゃんと話を聞いている、そんな気がした。
「じゃからな、妾とお主が上手くいっていないとシルリアーヌが気に病むのじゃ。あやつはそういうやつじゃ。……じゃからの、妾はお主ともいろいろ話をして仲良くなりたい、そう思っておるよ」
それは妾の本心。
シルリアーヌはこれからいろいろ大変じゃろう。そんなあやつの負担になるような真似だけはしたくないのじゃ。
そんな気持ちを込めてじっと見つめていると、ジゼルはほんの少しだけ視線を上げた。
妾と目は合わさぬ。じゃけど、下を向き俯いていた視線をほんの少しだけあげ、妾の胸元辺りを見つめる。
「……わたしは、ジゼル。……助けてくれたこと、感謝してる。ありがと」
そしてジゼルはぶっきらぼうに、だけど照れ臭そうに呟いた。
ジゼルは今までの境遇からすこしだけ人とうまく付き合えないかもしれぬが、悪い娘じゃないのじゃ。
すこしだけ気持ちを通わせることが出来た気がして、ほっとする。何気なくエステルの方を見ると、エステルはなんだかじいやを思い出す、温かく見守るような目でこちらを見ていた。娘の成長を見守る保護者の様な目……。
やめろ! そんな目で見るでない!
そもそもお主、妾と2歳しか違わぬではないか!
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