第37話 買物3

 たしかに、リリアーヌならボクが男だって知ってるし助かるかも。


 そう思いリリアーヌが来てくれるから、と店員さんに伝える。すると店員さんは何故か名残惜しそうに、本当に名残惜しそうに試着室から出て行った。なんで?

 試着室のドアを閉め、リリアーヌにお礼を言っておく。


「ふぅ、助かったよリリアーヌ」

「まったく……お主は妾と同じ顔をしておるくせに、すぐ人を惑わすのぅ……」

「いや、ボクは普通にしてるだけだし、意味わからないんだけど」


 リリアーヌはたまに変な事を言うなぁ。

 やっぱ男なのに女の格好をしているから、なんか変だと思われてるのかな?


「さて、早く脱ぐのじゃ」

「……やっぱり?」


 確かにリリアーヌならボクが男だと知ってるし安心だけど、女性用下着を着けているのを見られるのが恥ずかしいってのは変わらないんだけどなぁ……。


「何を恥ずかしがっておるのじゃ。一緒に風呂も入ったし、裸じゃって……っ!」


 そこで何かを思い出したのか、真っ赤になって俯いてしまう。

 そんなリリアーヌの様子を見てボクも思い出した。ボクはリリアーヌにパンツを脱がされて下半身を見られてしまったのだという事を。


「な、なにを思い出してるのさ!」

「し、仕方ないじゃろ! 不可抗力じゃ!」

 

 真っ赤な顔で言い返してくるリリアーヌ。

 うう、ボクも思い出したくないこと思い出しちゃったよ。このあとドレス脱いで着替えないといけないのに、やりにくいなぁ……。


「あんまりじっくり見ないでね?」


 リリアーヌに背を向けて、ドレスから腕を抜く。頭の上から被るタイプのドレスなので、腕と頭を抜くと足元にすとんと落ちる構造になっている。衣擦れの音を立てて、足元にドレスが落ちる。


 今のボクの格好は、女性用のブラジャーとショーツだけという倒錯的な格好。


「な、なにやら変な気持ちになってくるのぅ。ドキドキしてきたのじゃ……」

「なに言ってるんだよ……」


 変な事を言うリリアーヌを無視し、新しい服を手に取る。

 でも、その手がそこでふと止まる。女性用の服なんて来た事無いし、しかも町でもめったに見ない様な高価な服だ。当然だけど、ボクはそんな服を着たことなんてない。


「……これ、どうやって着るの?」


 ちらりとリリアーヌに視線を送るけど


「知らぬよ?」

「なんで入ってきたのさ!?」


 平然と知らないと言うリリアーヌに、思わず声を上げる。


「し、仕方ないじゃろ! 着付けはたいていメイドがやってくれるし、自分で服を着ることはあまり無いのじゃ!」

「ええー-?」


 開き直ったね?

 まぁ店員さんに入ってこられても困ったから、フォローしてくれたってのは分かるけどさ。


「ま、まぁ、知らずとも大体分かるじゃろ、なぁ?」

「そりゃまぁそうだけど、間違えて着てたら恥ずかしいじゃないか……」


 まず白いシャツを身に着ける

 シャツはさすが貴族様が来るような店で売られているだけあって縫製がきっちりしており、小さなボタンをすっととめることが出来る。平民が着るような服だと、ボタンが付いていても穴に入らなかったりぶかぶかだったりする事は珍しくない。


 それから黒いキャミソール型のワンピースを着る。

 こっちも高い生地で作られていて手触りがすごく良い。肩のひもは後ろで固定されているタイプで、肩にかけるだけという構造っぽい。ひもを肩にかけると完了……だと思う。


「ど、どうかな?」


 くるりと振り返り、リリアーヌに見せてみる。


「う、ううむ……自分と同じ顔のお主に言うのも自画自賛みたいでなんじゃが、お主美少女っぷりに拍車がかかって来ておるな……」

「び、美少女だなんて……やめてよ……」


 なんだか恥ずかしくなって俯いてしまう。

 ボクは男だし漢の中の漢を目指すという目標は変わらないんだけど、それが例え可愛いとか綺麗だという言葉であっても正直褒められて悪い気はしない。相手が心から褒めてくれているのが分かるから、なんだか道を踏み外しているような気はするけど、嬉しいという気持ちは確かにボクの中に存在した。


 ……まぁ、だからといって簡単に受け入れるわけにはいかないけど。


「そうだよ、ボクはベルトランみたいな漢の中の漢になるんだからね」


 赤くなった顔を、こほんと咳払いしてごまかす。


「漢の中の漢のぅ……お主いちど自分の姿を鏡でじっくりと見てみるがよいのじゃ」

「実はボク、最近あんまり鏡見たくないんだよね。見たくない現実を突きつけられるっていうかさ……」


 胡乱な目で言うリリアーヌに、力なく言い返す。

 試着室のドアを開け外に出ると、店員さんとエステルさんはドアの前で待ってくれていた。


「まぁ! やっぱりお似合いですよ! 可愛いです、持って帰りたいくらいです!」

「……持って帰る? そ、そうですね、確かに似合ってますよ」


 おかしなテンションで褒めちぎってくる店員さんと、若干引き気味のエステルさん。


「そ、そうかな……?」


 なんだか気分が良くなって、その場でくるりと回ったりしてみた。

 黒いワンピースの裾がふわりと舞う。


 すると、店員さんが目を輝かして鼻息を荒くし声を上げる。


「やっぱり私の目に狂いはありませんでした! 本当にお綺麗です! これで王都の男達の視線は釘付けですよ!」

「たしかに、お似合いだと思いますよ?」

「……やけにノリノリではないか、お主」


 もう一度くるりと回ったりしていたボクだけど、リリアーヌのじとっとした視線で我に返る。

 ち、違うんだ、決して可愛いとか言われて嬉しくなっちゃった訳ではないんだ……!


 なんだか急に恥ずかしくなって、俯きワンピースの裾を握りしめてしまう。顔も赤くなっている気がする……。


「う、うう……恥ずかしいよ……。は、早くお金払って帰ろうよ……」


 手に持っていた今まで来ていたドレスを、補修・洗浄をしてもらうために店員さんに手渡す。

 店員さんは、ボクのそんな様子を見てくすりと笑う。


「本当に可愛らしい方ですね。本日はありがとうございます、そちらの代金は金貨1枚となっております」

「金貨?!」


 たかっ!


 平民が行くようなお店では、金貨が必要な服なんて見たことが無い。

 そもそも金貨を出さないと買えない様な物なんて、エクスポーションとか有名な鍛冶師の剣とか、ベテラン冒険者でないと買えない様な物ばかりだ。


 びっくりして足が止まったボクに、エステルさんが一枚の服を取り出して見せてきた。


「もう帰るのですか? お似合いだろうと思って、用意してもらったのですが?」


 それは、一枚の白いネグリジェ。

 ひざ辺りまで覆いそうな長さのネグリジェで、こちらもドレスみたいに繊細なレースに彩られていた。そしてなにより気になるのが、そのネグリジェは生地が薄いというか色が薄いというか……ひらたく言うとスケスケだった。そんな物を着たら、下着とか身体とかまる見えになっちゃう気がするんだけど……。


「うええええっ?! そ、それはちょっと……」

「ぷぷっ、そうじゃな、シルリアーヌにはよく似合うのではないか? 妾も似たようなネグリジェを持っておるぞ?」


 思わず赤くなった顔で、笑うリリアーヌをきっと睨みつける。

 リリアーヌはいいかもしれないけど、男のボクがこれは無いよ!


「こういうのお嫌いですか? お客様にはお似合いだと思いますが?」

「私もシルリアーヌ様には似合うと思いますよ? リリアーヌ様もネグリジェよくお似合いでしたし」

「ううっ……」


 不思議そうに、当然のようにネグリジェを薦めてくる二人に思わず後ずさる。

 そりゃリリアーヌは綺麗な女の子だし似合うと思うけど、ボクは駄目だよ。服を着てたら意外とバレないけど、さすがに肌が見えたら男だって事がばれちゃうよ。膨らんでいないといけない所は膨らんでないし、膨らんでいたらいけない所が膨らんでいるんだから……。


「とりあえず試着だけなさいますか?」

「あ、それはいいかもしれませんね。とりあえず着るだけ着てみましょうよ」


 店員さんとエステルさんの提案に、ぶんぶんと首を横に振る。

 駄目だよ、それだけは駄目だよ!


「わ、分かった。買うよ、買うけど、試着はその……恥ずかしいので、ちょっと……」


 早くこの会話を終わらせたくて、思わず買うって言ってしまう。だけど、この場で試着するのだけは駄目なんだよ……。


「くすっ、分かりました。恥ずかしがり屋さんなのですね。では、こちらのネグリジェも金貨1枚となっております」

「金貨ぁ?!」


 また金貨?!

 さっきの服と合わせて金貨2枚?!

 泣く泣く金貨2枚を払う。ううっ、今まで頑張って依頼をこなして貯めたお金がほとんど無くなっちゃったよ……。


 支払いを済ませ、ネグリジェを受け取り店を出る。

 ボクが軽くなったお財布を悲しい気持ちで覗き込んでいると、リリアーヌが照れたように咳払いした。


「んんっ、まぁなんじゃ、悪ノリして高い買物させて悪かったのじゃ。詫びとして、下着類は妾が買ってやるのじゃ」

「下着?!」


 下着って、女性用のブラジャーとかショーツの事だよね?!


「なんじゃ、持っておる下着はいま着ておる物だけじゃろ? 替えの下着は必要じゃろ?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 そもそも、女性用の下着を着たくないんだけど……。


 ボクの躊躇もなんのその、ずんずんと進んでいくリリアーヌ。

 それから別のお店に入って女性用の下着を何着か買ってもらった。夜はこちらもリリアーヌの支払いで、食事をして少しだけお酒も飲んでみた。自分で稼いだお金で友と食事をするという夢が叶ったと、照れ臭そうに笑うリリアーヌが印象的だった。


 その日は少し恥ずかしい思いもしたけど、すごく楽しい一日だったと思う。色々な問題の事をその時だけは忘れて、心から笑えるくらいには。

 ジゼルちゃんにも、こんな風に笑って欲しいな。

 

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