第36話 買物2

 その店は、いかにも貴族の方御用達といった感じの立派な2階建ての建物だった。


「いらっしゃいませ」


 お店の制服だろうか、同じデザインの服を着た女性数人がこちらに気付いて頭を下げてくれる。その服は普通の平民では身に着けることが出来ないほど仕立ての良い服で、頭を下げるその所作の優美さも王家のメイドであるエステルさんと比較しても決して劣るものでは無いように感じた。


 ボクが、ふわぁ、とかため息を漏らしていると、店員さんが1人こちらに歩いてくる。

 歳はボクの倍くらいはいってるかな? いかにもベテランさんっぽい感じの女の人で、若いとは言えない年齢なのに若々しい綺麗な人だった。


「これはリリアーヌ王女殿下、わざわざ当店にご来店いただき誠に有難うございます」

「うむ、しばし来ておらなんだが、今日はよろしく頼むのじゃ」


 何度か来ている店なのか、慣れた感じで軽く頷くリリアーヌ。

 女の人はふたたび頭を下げると、ボクの方をちらりとみて聞いてくる。


「そちらの方が着てらっしゃるドレスは、以前当店でお作りしたドレスではないですか?」

「うむ、妾の妹のシルリアーヌという。いろいろあっての、そのドレスはシルリアーヌに譲ることにしたのじゃ」

「王女殿下の妹君ですか……シルリアーヌ様、当店のドレスをご愛用頂きまして誠に有難うございます」

「あわわ、こ、こちらこそ、身に余るドレスを着させていただきまして……」


 こちらに向かって頭を下げる店員さんに、あわててボクも頭を下げる。

 ドレスを着ることにまだ抵抗があるボクだけど、じっさい品質という点では今着ているドレスは相当なものだ。精緻なレースや刺繍が施され、さすが王女殿下が着ていたと思わせる。


 だけど、ひとつ気になっていることが……


「……あのう、このドレス、おいくら位するんですか?」


 思い切って聞いてみた。


「むぅ、いくら位じゃったかの?」

「そうですね、王女殿下用にご用意させていただいたドレスですが、貴族様達に好評なデザインをを手直しした物でオートクチュールという訳ではございませんので、そこまで高価ではなかったかと思います。金貨9枚くらいだったかと」

「だ、そうじゃが……」

「金貨9枚!!!!!!」


 高すぎる!!!!!!


 思わずびっくりして声を上げてしまった。


 王都に住む平民の、平均的な月の収入は銀貨5枚くらいだ。

 銀貨20枚で金貨1枚だから、一年の収入が合計で金貨3枚。その3倍の値段という事になる。高いだろうと思っていたけど、ドレスの相場なんて知らないしそこまで高いなんて思わなかった。しかもまだまだもっと上がある、と言った口調なのが恐ろしい。

 ボクが着ていた古着のシャツは銅貨5枚くらいだったんだけど……。


「このドレス、冒険者ギルドの依頼の時も着てるから、だいぶ痛んでるんだけど……」

「確かに、少し痛みが激しいように見受けられますね、……失礼します」

「ひゃっ!」


 店員さんはボクの横にしゃがみ込むと、ドレスの裾を持ち上げて観察し始めた。

 うう、びっくりして変な声あげちゃったよ……。


「あら? 確かに痛んだりほつれたりはしておりますが、大きな破れなどは補修しておられるようですね?」

「う、うん……破れたりもしてたから、そこだけは縫って直したんだ」

「お主、裁縫も出来るのか……」


 村では服は何度も縫って直して使ってたからね。

 でも専門の人には敵わないし、こんな高価なドレス直した事なんてなかったよ!


「これであれば、補修もさほど時間はかからないかとおもわれます。一日頂ければ補修と洗浄出来ると思います」

「では頼もうかの? いくらじゃ?」

「当店で販売したドレスですし、銀貨3枚で結構です」

「うむ、では頼むのじゃ」


 エステルさんが躊躇なく銀貨3枚を取り出し、店員さんに手渡す。

 そっかぁ、お安くしておきます、みたいな口ぶりで銀貨3枚取られちゃうのかぁ……。すごい世界だなぁ……。確かにこれだけのドレスを一日で補修・洗浄をしてしまうのは、かなり急ぎの仕事になるだろうから分からなくはないんだけど……。


「ありがとうございます、それで本日の御用件はドレスの補修だったのでしょうか?」

「おお、そうじゃ! このシルリアーヌに普段着を見繕ってやって欲しいのじゃ。こやつ他に服を持っておらんでの、あのドレスを一日中着ておるのじゃ」

「一日着てらしてあの痛みなら十分丁寧に着ていらっしゃるようで安心しましたが……普段着ですか……」

「そうじゃ、普段着じゃから高いドレスなどでなくてよい。じゃが妾の妹じゃからして、町娘が着るような服を着せる訳にはいかぬ。じゃからこの店に来たのじゃ」


 店員さんは「ありがとうございます」と頭を下げる。

 そしてボクの方をちらりと見ると、なぜか良い笑顔で胸を張った。


「お任せください。私が町の男たちが誰もが振り返るような、可憐な美少女にしてさしあげます」


 いや、なにか適当に着る服があればいいんだけど……。



◇◇◇◇◇



 店員さんは机の上にいくつかの服を並べ、説明を始めた。


「まず、女性の服装は体型に応じて、それに似あう服装というものがあります」

「はぁ」

「平民はみんな似たような服を着ておりますが、貴族様以上の身分の方となりますと自分の個性に会った服を着ることは、自分の地位や財力をアピールする事にも繋がります」


 確かに村の人達はみんな似たような服を着ていた気がする。


「スレンダーな体系の人と、そうでない人とでは似あう服が違いますので、その方に会った服装をご提案させていただきます。お客様は非常に、その……非常にスレンダーな体系ですので、それに似あう服をご用意させていただきました」

「ん?」


 ボクの胸元を見て言う店員さん。

 その店員さんの胸元には、女性らしい膨らみがしっかりと自己主張していた。


「え?」


 思わず、リリアーヌとエステルさんの方を見てしまう。

 リリアーヌの控えめな胸元と、エステルさんの豊満な膨らみに視線が吸い寄せられる。


「ええ?」


 む、胸の話なの??

 スレンダーって、太ってるとか痩せてるとかそういう話じゃなくて、胸の話なの??


 しかも、思わずみんなの胸を凝視しちゃったよ。恥ずかしさで思わず顔が赤くなり、うつむき謝ってしまう。


「す、すみません…………」

「うふふ、可愛らしい人ですね。大丈夫ですよ、もう少し成長なされば胸も膨らんでくると思いますよ?」


 すみません、ボクの胸は膨らんでこないし、膨らんでこられても困るんだけど。


「スレンダーな方は胸元にリボンなどの装飾を持ってくると、胸元が女性らしい雰囲気になりますのでおすすめです」


 そう言って店員さんが手に取ったのはフリルやリボンで装飾された白いシャツ。

 ボクやリリアーヌの着ているドレスほどではないけど、綺麗な生地で作られ胸元に金属製の小さなボタンが並んでいる。平民の着るシャツにはボタンなんて付いてないし、仮に付いていても木製の大きなものが一つ二つなので、いかに手間暇をかけて作られているのかが分かる。


「このようなシャツに、キャミソール型のワンピースを組み合わせるのが今の流行ですね。胸元に布地が増えるので、比較的スレンダーな体系の方にお勧めの組み合わせです」


 そういって見せてくるのは、黒いワンピース。

 街の人が着ている腕を通すところがあって全身を覆うようなワンピースと違い、肩に紐があり胸元くらいまでしかない形のワンピース。後ろには大きなリボンなんかが付いていて可愛らしいなぁとは思うけど、これを自分が着るというのは……。


「す、すこし可愛らしすぎないかな?」

「なにをおっしゃいますか。お客様ほど綺麗な方なら、このくらい可愛らしい方が本人の魅力を引き出してくれます!」


 若干引き気味なボクと対照的に、鼻息荒く力説する店員さん。


「さぁ、着てみてください! さぁ! さぁ!」

「ええ……」


 店員さんに、強引に試着室まで連れて行かれる。


「なにを困っておる。似合うと言っておるのじゃし、着てみればいいじゃろ」

「そうですよ、私もシルリアーヌ様にはよく似合うと思いますよ?」


 そして、ボクに試着をするよう薦めてくるリリアーヌとエステルさん。

 エステルさんは純粋に心から言っているように見えるけど、リリアーヌはどうして半笑いになっているのかな?


「まぁいいや。着てみるだけね」


 あんまり気乗りしないけど、今着ているドレスは補修に出さないといけないし、普段着はどっちみち必要なんだよね……。

 着る服を手に取り、どうしようかなぁ、なんて思いながらドアを開け試着室に入っていくと、店員さんが「失礼しますね」とか言いつつボクのあとに続き試着室に入ってくる。


「え?」

「え?」


 試着室で顔を見合わせ首を傾げあう、ボクと店員さん。


「……今から着替えるんですけど?」

「……ですから、そのお手伝いをさせていただくのですけど?」


 ふたたび首を傾げあう。


 そ、それは困るよ?!

 なんだかドレスを着ているとボクが男だってことは分からないみたいだけど、さすがにドレスを脱いで下着姿になったら分かるよね?! そ、それ以前に今ボクが身に着けている下着は、リリアーヌに着けられたブラジャーとショーツ。この姿を他人に見られるのはとてつもなく恥ずかしいんだけど?!


「いいい、いいですいいです! 一人で着替えられるので!」

「ですが、一人で着るのは少し大変ですよ? それに高貴な方に自分で着付けをさせる訳にはまいりません」


 店員さんを押し出そうとするけど、貴族様なんかがお客で来るときは着替えを手伝うのが当たり前なのか、店員さんは出て行こうとはしない。それどころか、さぁ脱いでください、と急かしてくる。

 なんで?! ボクの方が、いいって言ってるのに!


 どうしようかと思っていると、リリアーヌの目がきらりと光った気がした。


「ならば、妾が代わりにシルリアーヌの着付けを手伝うのじゃ」

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