第38話 オーク討伐3

「オークロードの存在が確認されました」


 翌日リリアーヌとエステルさんと一緒に綺麗になったドレスを受け取って、その足でギルドを訪れたボク達にコレットさんが緊迫感に満ちた顔で言った。ボクたちがこの前受けたオークの大量発生の依頼、その後調査を続けた結果オークロードの存在が確認できたのだと言う。


 オークロード!

 まれに発生するオークの上位種。オークがあまりにも大量に発生しているから上位種がいるのではないかと言われていたけど、そうか、オークロードがいたんだ……。


「オークロードか……。でもオークキングとかじゃかくて良かったね」


 不謹慎かもしれないけど不幸中の幸いかなとボクは軽い感じで言ったけど、コレットさんは硬い表情のまま首を横に振った。


「たまに勘違いする冒険者の方がいるんですけど……、いいですか? 今確認されているのはオークロードが存在する、という事のみです。オークキングが存在しないと確認されたわけではありません」

「っ!」


 はっ、と息をのむ。


「確かにキング種などそうそう現れるものではありませんが、オークキングが現れるときはたいていオークロードやオークジェネラルなども同時に現れます。可能性は少ないかもしれませんが、後ろにオークキングが存在する可能性は残ってます」

「確かに……」


 コレットさんの言う通りだ。

 可能性は少ないのかもしれないけど、オークキングなんていないと思い込んで行動すると命取りになりかねない。冒険者は命の危険と隣り合わせの職業だから、慎重すぎるくらいで丁度いい。


「オークの数が多い事と捜索範囲が広いという事から、前回同様いくつかのパーティーに討伐依頼が出されてます。シルリアーヌさん達もこれに参加して欲しいです」


 それからコレットさんは、何人ものギルドスタッフから依頼が出されているのでどのパーティーが参加しているのか自分も把握していないと言った。それを聞いてボクの脳裏をよぎったのは、ミランダとジゼルちゃんも参加しているのだろうか、という事だった。だったら放っておけないし、どっちみちみんなが困っているオークの大量発生を放置しておく訳にはいかない。


「ボクはこの依頼を受けたいけど、どうかな?」


 リリアーヌとエステルさんに聞いてみる。


「いいと思うのじゃ。この国の王族としても放置は出来ぬ」

「私としてはあまり危ない依頼を受けて欲しくはありませんが……、事態の重要性も分かりますし、リリアーヌ様が受けるというのでしたら構いません」


 すぐさま頷いてくれるリリアーヌと、消極的な同意を表明してくれるエステルさん。

 ありがとう、と二人に頷き返し、コレットさんに依頼を受けることを伝える。


「ありがとうございます。では詳しい説明をさせてもらいますが……その前にこちらをお渡ししておきます」


 そう言ってコレットさんはすこし躊躇しながら、机の引き出しから一枚の手紙を取り出した。

 綺麗に折りたたまれた羊皮紙と、それを封するために押された封蝋。そしてその封蝋には、見たことの無い紋章が刻み込まれていた。


「え?」

「……これは!」


 戸惑うボクと、息を呑むリリアーヌとエステルさん。

 どこかの貴族の紋章なんだろうな、という事はボクでも分かるけど……。リリアーヌに聞いてみるけど、彼女は困ったように視線を彷徨わせる。


「どうしたの?」

「いや、なんと言うかの……エステル、この紋章は確か……」

「はい、この紋章は間違いありません」


 リリアーヌが確認するようにエステルさんに視線を向け、それにこくりと頷くエステルさん。

 そして彼女ははっきりと口にした。


「モンフォール家の紋章です」


 ミランダの家の名前を。



◇◇◇◇◇



 ボク達はギルドで詳しい話を聞いた後王都を出発し、北の街道を北上してオークが出る場所へと向かっていた。前回通った道でもあるから、慣れた道でもある。

 そしてこの辺りは基本的に整備された街道だから、オークが大量発生している森に近づいてくるまでは基本的に魔物はたまに姿を見かける程度だ。


 そこでボクは、魔導袋からコレットさんから受け取った手紙を取り出した。

 ミランダの家であるモンフォール家の紋章の刻まれた封蝋を押された、ボク宛にと渡された手紙。ボク、と言ってももちろんシリルではなく、シルリアーヌへと書かれた手紙だ。

 前回、覊束の円環を付けて自分の物になれ、と言われたことを考えると、あんまり楽しい事が書かれているとは思えない。


「前は言いすぎましたごめんなさい、みたいな内容だったりしないかなぁ?」

「それは無いじゃろ」

「その可能性は低いと言わざるを得ませんね……」


 うーん、やっぱりそうか……。


「そんな話をしておっても仕方ない。ほれ、早く開けてみるのじゃ」

「う、うん……」


 よく考えると封蝋なんて付いた手紙貰うの初めてだし、なんだかドキドキするな……。平民は封蝋なんか使わないし、そもそも羊皮紙は貴重品だ。手が出ないほど高いって訳じゃないけど、それで手紙を書いたりなんてしない。


 小さなナイフを取り出し封蝋を剥がし、折りたたまれた羊皮紙を広げる。

 広げられた羊皮紙に並んでいたのは、さすが貴族令嬢だな、と思わせる美しい文字。最初に定型文的な挨拶などが並び、本題として書かれていたのは……


「モンフォール伯爵のお屋敷で開かれるパーティーへの招待状、だね」


 3日後、モンフォール伯爵家でミランダ主催のパーティーが開かれるらしい。いろいろな貴族家の方も来られるパーティーで、その場でミランダの冒険者としての最近の成果の宣伝が行われるから、シルリアーヌさんもどうですか、みたいな内容だ。平民であるシルリアーヌさんに貴族の華やかなパーティーに顔を出す名誉を与えてあげてもよくってよ、みたいな表現になっているのはなんともミランダらしい。


 だけど、貴族様のパーティーで成果の宣伝というと……。


「盗賊の頭ランヅが言っていた様な、平民の仲間を貶めて自分の手柄にするような、アレかな?」

「そうじゃろうなぁ……」


 リリアーヌが苦々しい表情で頷く。

 

 返り血にまみれ狂ったようにウォーハンマーを振り回していたジゼルちゃんの姿を思い出す。そして限界を迎えて気を失った細い身体を。あんなに気を失うまで酷使されて、そのうえ名誉すら与えられず悪い噂を流されるなんてあんまりだ。


 そんなジゼルちゃんの事を考えると、胸が締め付けられる。


 でも冷静になって考えてみると、ちょっと良く分からない。

 首をかしげて考えてみる。


「どうしてボクを招待するんだろう? ボクにジゼルちゃんが馬鹿にされている所を見せつけたいのかな? そんな事されたら確かに悔しいし泣きたくなると思うけど……」

「むむ、それはそうじゃな」


 リリアーヌと顔を見合わせて首をひねる。ボクの悔しがる所を見たいって事なのかな? たしかに悔しがると思うけど……。

 首をくるくると回していると、エステルさんが口を開いた。


「……私は分かるような気がします」

「え?」

「もし目の前でジゼルさんが罵倒され晒し物にされていたとして、シルリアーヌ様は黙って見ていられますか? ミランダ様に食ってかかったりしませんか?」

「そ、それは……するかも。黙って見ている事なんて出来ないよ……」

「でしょうね。それはシルリアーヌ様の美点だと思いますが、それがミランダ様の狙いなのでしょう。多数の貴族が列席する貴族のパーティーで平民が貴族に食ってかかれば、そこで何が行われていようと非難されるのは平民の側です」

「そ、そんな! ミランダは酷い事をしているのに!」


 思わず声を上げる。

 横のリリアーヌの方を見るけど、リリアーヌも苦い顔だ。


「おっしゃることは分かりますが、やはり身分というものは絶対です。しかも、列席しているのはミランダ様が招待するような貴族達。正しい正義感を持ちシルリアーヌ様の味方をするような貴族がいる可能性は、低いと思われます」

「うう……」

「そして、前回ミランダ様はシルリアーヌ様に言いました。覊束の円環を付けて自分の物になれ、と。もしかするとその場での非礼の詫びとして、その話を持ち出すつもりかもしれません」

「え……?」


 覊束の円環を付けられ、言い返すことも出来ずミランダの言いなりになっているジゼルちゃん。

 両腕で自分の身体を抱きしめ、ぶるりと震える。


 自分もあのような目に合うと考えると、ぞっと血の気が引く。ジゼルちゃんはそんな思いをしているのだし、ジゼルちゃんを助け出すことも出来ない自分が、自分は同じ思いをしたくないなんて自分勝手な考えだと思う。

 でもやっぱり、覊束の円環は嫌だ。


 身分の差ってのは恐ろしい、と考えた時、ボクの頭にぱあっと天啓が降りてきた。


「そ、そうだ! リリアーヌ! 王女殿下のリリアーヌが一緒に来てくれれば、貴族様たちを説得してジゼルちゃんを開放してもらえるかもしれない!」


 ミランダの説得は無理でも、王女殿下の言葉ならその場の貴族様たちを説得して開放する方向へ持っていけるかもしれない。そうだ、これは名案なんじゃない?!


 いい事を思いついた、と笑顔でリリアーヌの方を見たけど、リリアーヌはさらに苦い表情になっていく。


「……じつはのぅ、その日は王城で大事な会議があっての、必ず顔を出すようお父様に言われておるのじゃ」

「そんなぁ……」


 がっくりと肩を落とすボクに、リリアーヌは苦い顔で続ける。


「しかもの、この会議を招集したのはモンフォール伯爵……ミランダの父じゃ」

「え……?」

「おそらくこれは偶然ではありません。ミランダ様は王族であるリリアーヌ様を父親を利用してシルリアーヌ様から引き離し、シルリアーヌ様を一人で自分の懐へ招き入れるつもりです」


 愕然とした。


 そこまでする? というのが正直な思いだ。

 貴族という存在の持つ権力という力の強大さを肌で感じると同時に、ボクの中でどこか王女殿下であるリリアーヌに頼めば解決するのではないかという考えがあったことを思い知らされていた。


 ぐっと唇をかみしめる。


 天職という力を使えるようになって浮かれていた、ボクはなんて無力な存在なんだ、という感情が押し寄せる。


 そんなボクにエステルさんは言う。


「これは罠です。行ってはなりません」

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