第35話 買物
「…………」
ギルドを出てからボクたちは、会話も無く宿への道を歩いている。
コレットさんにジゼルちゃんや盗賊たちの事を相談してみたけど、どうも難しい、という答えしか得られなかった。その事もあってどうも口が重くなり、誰も口を開かない。
そんな重い空気の中
「……そ、そうです。お買物とか行きませんか?」
エステルさんが手をぱんと合わせ、わざとらしい声を上げた。
気をつかわせちゃったな、と思うと、くすりと笑みが漏れる。なんとなく口を開くのがおっくうになってただけで、みんなと話をしたくないって訳じゃない。
「良いのぅ! なにか買うものがあったかの?」
リリアーヌも同じ気持ちだったのか、笑顔で話に乗って来てくれる。
「そうですね、消耗品などはもちろんですが……シルリアーヌ様の普段着など必要なのでは?」
「ふ、普段着??」
エステルさんから突然もたらされた、ボクの普段着、という言葉に目をぱちくりとしてしまう。
「見たところ、そのドレスを常に着てらっしゃるご様子。戦闘などでも使われますし痛みも早くなりますので、普段は別の普段着を使われた方が良いかと思いますけど?」
「そ、そうだね……。それは確かにそうだよね……」
普段着っていうのはやっぱり、女性もののワンピースとかスカートとかの事だよね?
エステルさんは、なにを当たり前のことを、とでも言いたげにこてんと首をかしげる。
確かに、たとえばソードマンの天職を持っている人だって、常に剣士の格好をしているという訳じゃない。みんな買物や食事に出かけるときは普段着だし、剣だって家に置いていく人がほとんどだ。
言ってることは分かる。
分かるんだけど、ボクがこのドレスを着ているのは、プリンセスの天職を発動するためにはこのドレスが必要だ、という大義名分が存在している。でもドレスじゃなくて普通の女性の服をボクが着たら、それはただの女装なのではないんだろうか……?
どうしたらいいんだろう、と思いふと横を見るとリリアーヌと目が合い、
「ぷっ」
と吹き出すリリアーヌ。
あー---っ! 笑ったぁ!?
「ぷくく、そうじゃな、確かに普段着は必要じゃな。ネグリジェとかも必要なのではないか?」
「それいいですね、ネグリジェとか似合いそうです。依頼も達成して金銭に余裕もありますし、今から買いに行きませんか?」
「良いのぅ! こやつ、下着などもまったく持っておらんのじゃ。なにか見繕ってやってくれんか」
「そういう物も必要ですか……。分かりました、全力でかわいいのを選ばせて頂きます」
エステルさんは、任せてくださいと胸を張る。
選ばなくていい! 選ばなくていいよ!
だけどふたりは、そんなボクの心の声をよそに、どこに行きましょうかなどと話しながら先に進んでいく。
「ちょちょ、待ってよ……!」
先へ先へと歩いていく二人に小走りで駆け寄る。
どうやら王都中央の貴族様達の住む区画、その近くにある貴族様御用達の店舗が並ぶエリアに行くみたい。あの辺は高そうなお店ばっかりで苦手なんだよなぁ……。
そんなことを考えながら、いろいろな屋台が並ぶ街並みを歩いていく。
いろいろな形の屋台が並び、そこでアクセサリーや簡単な魔導具、そして食べ物が売られていた。果物にパンに、凝ったところだとタルトやワッフルなんかもある。
そして、ふんわりと漂うアップルパイの香り。
「……おなかすいてきたなぁ」
「いいのう、なんか買ってみるかの?」
無意識に漏れたボクの心の声に、リリアーヌが答える。
そうだね、なんて返しながら目に留まった屋台に近づいていく。その屋台の店頭に並ぶのは、さっき良い匂いを漂わせていたアップルパイ。そのアップルパイはリンゴのいい香りを漂わせていて、なんだか自然に笑顔になってしまう。
「こんにちは、アップルパイ美味しそうですね」
店に立つ男の人に、笑顔で話しかける。
だけど、お店の人はぼーっとこっちを見ているだけで返事が無かった。
「……あの?」
「あ、すみません! あ、はい、ありがとうございます!」
もう一度声をかけると、男の人は赤い顔でがばっと頭を下げた。
よかった、聞こえてないのかと思ったよ。
「すごい良い匂いで吸い寄せられちゃったよ。アップルパイ、3つ下さいな」
「は、はい、ありがとうございます!」
リリアーヌとエステルさんの分も合わせて、3個注文する。
男の人は、なんでかまだ赤い顔でコクコクと頷くと、アップルパイを手渡してきた。
代金はひとつ鉄貨5枚で、3個で鉄貨15枚。
屋台の食べ物としては、まぁ平均的な値段かな? 鉄貨の持ち合わせが無かったので銅貨1枚渡し、お釣りに鉄貨5枚を受け取る。
リリアーヌとエステルさんにもアップルパイを手渡し、そして手の中のアップルパイに思わずかぶりつく。買っていきなり食べるなんて恥ずかしいことかもしれないけど、手の中のいい匂いに我慢できなかった。
そして伝わるさっくりとした小気味よい触感と、口の中に広がるリンゴの清々しい甘さ。焼き加減もちょうどよく、作った人の試行錯誤とアップルパイへの愛情が伝わってくるような味だった。
「おいしい! すごくおいしいよ! あなたの愛情が伝わってくるような味で、感激しちゃったよ!」
思わずアップルパイに感じた感動を伝えると、店の男の人は真っ赤な顔でコクコクと頷くだけだった。
あまりしゃべらない人なのかな?
アップルパイをもう一口。
「~~~~っ」
広がるリンゴの甘みと、さっくりとした触感。
やっぱり、おいしい。
「すっかりファンになっちゃった。また買いに来るよ、がんばってね!」
お店の人にひらひらと手を振って、屋台を後にする。
彼はやっぱり無言でこくこくと頷きながら手を振っていた。アップルパイ、すごく美味しかったからもっと色々お話ししたかったのに残念……。
「……あの人、完全に恋に落ちた目をしてましたよ。シルリアーヌ様、末恐ろしいですね……」
「こっちを見るでない。顔は同じじゃが、妾はあれほど自然にたらしこむ事など出来んのじゃ」
エステルさんとリリアーヌが後ろでなにか話しているのを聞くともなしに聞きながら、アップルパイの最後の欠片にかぶりついた。
やっぱり美味しい。
ボクがアップルパイのお釣りの鉄貨5枚をお財布に仕舞おうとしたら、リリアーヌがボクの手元を覗き込んで言った。
「妾は鉄貨を見るのは初めてじゃ」
え? そうなの?
そんなリリアーヌの手の平に、鉄貨を一枚乗せてあげる。
「これは鉄貨、っていうんだよ。その上に銅貨・銀貨・金貨があって、それぞれ20枚で上の貨幣と交換出来るんだ。さっきはアップルパイ1個が鉄貨5枚だったから銅貨を渡して……いたっ!」
鉄貨を見たことが無いっていうリリアーヌのために説明していたら、リリアーヌにチョップされた。
「知っておるわ、妾は赤子か」
「だって、鉄貨が分からないって言うから……」
「見たことが無かっただけじゃ。王宮内での金のやりとりは金貨ばかりじゃし、欲しい物などあればエステルやじいやが買ってきてくれる。妾がじぶんで鉄貨や銅貨を使って買物する事など無いのじゃ」
なるほど、とリリアーヌにチョップされたおでこをさすりながら考える。
確かに、王女殿下が鉄貨を握り締めて屋台で買い物をしたりはしないかもしれない。
「だから、ちょっと珍しかっただけじゃ。子供扱いするでない」
リリアーヌはそんな事を言いながら、手の中の鉄貨をひっくり返しては興味深げに見つめていた。
「ふふふっ」
笑みが漏れる。
次に何か買うときは、リリアーヌに銅貨を渡して買ってきてもらおう。どんな反応するか楽しみだな。なんてことのない屋台も、次に何をしようと考えながらみんなで歩くと、こんなにも楽しい。
リリアーヌも同じくらい楽しいと思ってくれているといいな。
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