閑話 鋼の戦斧亭3

 ここは王都の冒険者ギルド近くにある酒場、鋼の戦斧亭。

 今日も一仕事終えた冒険者たちが集まり、ぐだぐだとしょうもない話に花を咲かせる、男たちの憩いの場所。


「これが俺が若いころ討伐したキマイラの魔石だ。特別に見せてやるよ」

「……これが? 嘘つけよ。キマイラの魔石がこんなに汚い色してるかよ」

「いや、ホントだって! 露店のオヤジがそう言ってたんだから!」

「露店で買ったんじゃねぇかよ……」


「おまえ、今日は酒進んでねぇぞ?」

「……実は、金欠でな」

「へぇ? じゃあ娼館も行ってねぇの?」

「いや? 娼館は行ってるぞ? エリサちゃんがよ、なんか親戚の親戚だとかが商売に失敗して金に困ってるって言うからよ、お金出してあげたのよ。エリサちゃんはすんげぇ喜んでくれたけどよ、金無くてな……」

「……お前、それぜってぇ騙されてるわ」


 あちこちのテーブルで冒険者仲間たちのくだらないバカ話を聞きながら、エールを傾ける男たち。

 そして、店主が酒のつまみや料理を各テーブルに運んでいく。


「来た来た! この鳥の脚がうめぇのよ!」

「お! それ、オレも食べたぜ。めっちゃくちゃ旨かったわ!」

「なんの魔物だっけ? フェザーコンドルだっけ?」

「そうそう、あの弱っちくて、すぐ罠にひっかかるやつ。こんな旨いんだな、アレ」

「シルリアーヌちゃんにには足向けて寝られねぇな!」


 このところ鋼の戦斧亭の客が注文する料理の量は飛躍的に増え、調理を担当する店主の娘も、料理を運ぶ店主も忙しい毎日を送っていた。それも、この鋼の戦斧亭の2階の宿屋に宿を取っているシルリアーヌという少女が、魔物肉の毒を浄化してくれるようになったうえ、料理の仕方も教えてくれるようになってからだ。


 それまではクズ肉がすこし入っているだけだった料理が、様々な肉をふんだんに使用した物に変わったのだ。

 当然訪れる冒険者たちは大喜びで、毎日様々な料理に舌鼓を打っている。店主も商売繁盛で懐も豊かになり、鋼の戦斧亭は今日も笑顔であふれていた。


「シルリアーヌちゃんD級になったんだろ?」

「F級からE級飛ばしてD級になったんだよな? すげぇよな」

「いやいやD級っておかしいだろ。シルリアーヌちゃんならB級とかA級でもいいだろ!」

「そうだよ、そもそもF級だったってのがおかしいんだよ。ギルドのやつら見る目ねぇなぁ」


 冒険者たちの間で今一番熱い話題は、くだんのシルリアーヌという少女の事だ。


「聖遺物も手に入れたんだろ? レックスが手に入れ損ねたやつな」

「疾風たるファフニールだろ? 羨ましいよなぁ、聖遺物」

「ちょっと見せてもらった事あるぜ。シルリアーヌちゃんにお似合いの、綺麗な剣だったぜ」

「いいなぁ、シルリアーヌちゃんいいなぁ。可愛いなぁ」


「最近レックス見ねぇな」

「依頼に失敗続きでイライラしてたけど、そういや最近見ていないな」

「ああ、確かどこだったかほかの都市に依頼で出かけてるぜ。ダグラスと一緒にな」

「あいつ、王都以外の都市でも仕事すんのな」

「前は遠出すんの嫌って遠征アリの仕事は断ってたらしいんだけどな、最近は依頼が減ってそうも言ってられなくなったらしいぜ」

「へっ、いい気味だぜ」


「というか、ダグラスってなんでレックスなんかとパーティー組んでんの?」

「あのパーティーってミランダといいオスニエルといい、嫌な奴ばっかだよな」

「なんでも、レックスと幼馴染らしいぜ」

「へぇ? オレならあんな嫌な奴が幼馴染とかイヤだなぁ」


 人々は口々に噂話や悪口に花を咲かせる。

 そして、時折上がる料理やエールを注文する声。

 これが、鋼の戦斧亭のいつもの光景。


 そんな中、店内にまた1人の客が入ってくる。

 その男はニコニコとした笑みを浮かべ、嬉しくてたまらないといった感情を体全体から放っていた。


「店主、エール頼むぜ! つまみも適当に頼むわ!」


 そして、顔なじみの男たちのテーブルに加わってゆく。


「お、どうした? 今日はえらく機嫌いいな」

「いつも死にそうな顔でちびちびやってたのによ」

「もしかして、妹さんなんとかなったのか?」


 不思議そうに声をかける男たち。


 そう、店主もその男の事は覚えがあった。

 妹がいたのだが、妹が仕事中の事故で両足が潰れて動かなくなったのだ。妹はもう人生終わりだと泣いて泣いて命を断とうとまでしたらしく、男はその事で苦悩していた。教会に金を払えば治療してはくれるが、潰れて動かなくなった足を治すとなると、上位上段の神聖術になるらしく、とんでもない金額を要求される。毒の治療なんかとはそれこそケタが違う額をだ。


 一介の冒険者である男に払えるわけがない。

 ただ、金を出してやろうかと声をかける者もいたが……それは、ある冒険者をしている貴族だった。


 貴族の冒険者――それは冒険者の間では嫌悪の対象だ。


 ロクに戦闘もしたことの無い貴族が、金に困った冒険者を金で釣ってパーティーに入れる。そして、断れないのをいいことに身の丈を超えた依頼に投入して使い潰したり、場合によっては法に触れるような事もやらせる。そして、貴族の金とコネを使って悪い噂をばらまき、どんどん評判を落とされ天職の祝福を減らされていく。貴族は自分の手柄だと吹聴し、評判を上げ祝福を増やしていく。

 ミランダなどは徹底的にやると、冒険者の間では噂になっていた。


 だが金に困っている冒険者としては、分かっていても受けるしかない。

 男も、もう受けるしかないと泣きそうな顔でぼやいていたのを覚えている。


 それが、上機嫌で店に入ってきたのだ。


 貴族のパーティーに入ることにした、という雰囲気でもないが……。

 店主も耳を傾けるなか、男が口を開いた。


「オレ、シルリアーヌちゃんと結婚するわ」

「はぁ? なに言ってんのオマエ? 殺すぞ?」

「そうだ、訳わからんこと言ってんじゃねぇ!」

「シルリアーヌちゃんは俺の嫁!」

「お前のでもねぇよ!」


 男が口にした、シルリアーヌと結婚する、という言葉に周囲から非難の声が上がる。


「いやな、オレ妹の治療費で困ってたろ? このまえ意を決してあの貴族の所に行こうとしたらな、シルリアーヌちゃんが声かけてくれたのよ。どうしたんですか、ってな」

「優しいなぁ」

「もしかしてシルリアーヌちゃんにあの話したのかよ、おまえ」

「いやぁ、オレも普段ならそんな事話さねぇよ? でも弱ってて、つい話しちまったのよ。そしたらよ、すごい同情してくれてよ、金出してくれたうえに、いろんな所に金貸してくれないかと一緒に頭下げて回ってくれたのよ」

「マジか」

「信じられん」


 その言葉に、店主も目を見張った。

 シルリアーヌという少女が優しい少女だという事は店主も知っていたが、男の言うことは単に優しい、という程度の話では無かった。もしかしたら貴族なのではないかと噂されているあの少女が、見も知らぬ冒険者の男のために一緒に頭を下げて回る、それはとても信じられるような事ではなかった。


「しかも教会で無償奉仕するだなんて言って教会の神父に交渉してくれてよ、あの金にがめつい神父のヤロウも「感動しました」とか言って割安で術かけてくれたのよ」

「あの教会が金額まけてくれたのか! スゲェ!」

「それで、妹さんは治ったのか?」

「ああ、もう元通りよ。妹も泣いて喜んでたよ」

「おおおおーーーーっ!」


 周囲からあがる歓声。

 ここに集まる顔なじみの冒険者たちは、境遇も様々で身寄りのない者だっている。しかし、冒険者たちは軽口を叩きつつお互いを家族の様なものだと思っていた。その仲間の家族が不幸から抜け出せたのなら、それは祝福すべき事だった。


「天使かよ」

「信じらんねぇ」

「惚れ直したぜ、さすがシルリアーヌちゃんだな」


 口々に、シルリアーヌを讃える声が上がる。


「だから、これからももっと働いて金返すよ。シルリアーヌちゃんの恩も忘れねぇ」

「おう、良かったじゃねぇか」

「働け働け、シルリアーヌちゃんの為にな」

「今日は祝杯だな!」


 次々に上がる声の中、男はひどく真面目な顔で言った。


「いや、オレはマジだ。この恩は一生忘れねぇ。この先、もしシルリアーヌちゃんが困ってるならオレは命を懸ける。シルリアーヌちゃんが命じるなら、オレは命を懸けてこの恩を返す」


 低く呟くような声は、なぜか店内によく響いた。

 しん、と一瞬静まる喧噪と、何人かが同意したように頷く姿。


 男の瞳は決意に満ちた色を湛え輝いていた。

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