第34話 ギルドへ

 女神様がなされることは、絶対ではない。

 それは、この国に住む人なら誰でも知っていることだ。


 世界には、昔は天職というものは無かったという。

 女神様は人が魔人に対抗するために聖遺物レリクスを作り人々に与え、それを通じて女神様の祝福を人にもたらした。世の中には今と違って多種多様な聖遺物があふれ、それを使い人々は魔人と戦ったらしい。


 それによって人は魔人との戦いを優位に進めたけど、あるとき聖遺物が人の戦力の源泉だと魔人に知られてしまう。それからは聖遺物を持つ者が魔人に集中的に狙われ、聖遺物を奪われる事が多くなったのだという。強靭な肉体を持ち、魔術という特有の術を使う魔人が聖遺物を使うようになれば、人にはとても手が付けられなくなる。


 だから女神様は大部分の聖遺物を神の世界に持ち帰り、代わりに天職という力を人に与えた。


 このエピソードは、女神様も失敗することがある、という文脈で使われることが多い。

 女神様だって失敗するのだから、人が失敗することはなんら恥ずかしい事ではない。大事なのは失敗を認めることだ、とボクも村の神父様によく聞かされた記憶がある。


 だから、女神様のなさることだから絶対なのだ、と考えている人はあまりいないと思う。

 でも、だからと言って天職というシステムに欠陥があるだなんて、考えたことは無かったよ。


 ボクたちは、あれから盗賊たちを連行して王都まで帰った来た。

 盗賊たちを衛兵の詰所で引き渡し証明書を発行してもらい、そして今ギルドへ戻って来ている。


「そうですか……」


 今、ボクの前で俯き考え込んでいるのは、コレットさん。

 ボクたちはギルドで、ジゼルちゃんの事と盗賊たちに聞いた事をコレットさんに相談していた。


「『聖女の兵団』でジゼルさんがそんな酷い目に……」

「そうなんだ、なんとかならないかな?」


 リリアーヌ、エステルさんと一緒にカウンターの前でコレットさんの答えを待つ。


「率直に言わせてもらえれば…………難しいです」


 コレットさんは沈痛な表情で、絞り出すように言った。


「ます最初に、ジゼルさんはギルドメンバーではありません。ギルドメンバーであれば、メンバーへの不当な搾取だと抗議をすることも出来ますが、現在ジゼルさんはミランダさん所有の奴隷、という事になってます。個人所有の奴隷の扱いについて、ギルドは口を出す権限を持ってません」

「そんな……!」


 声を上げると、コレットさんは本当に辛そうな表情で頭を下げた。


「ごめんなさい、ジゼルさんがいつもボロボロになって帰ってくることは分かってました。なんとかしてあげたいんですけど、私の権限では……」

「そ、そうだよね……。コレットさんのせいじゃないよね、ごめんね!」


 涙ぐみそうになるコレットさんに、頭を下げる。

 コレットさんも「いいえ、こちらこそすみません」と、ふるふると首を振る。


「でも、そっか……ギルドでも難しいのか……」

「はい、冒険者が奴隷を購入することは多いです。そして奴隷への冒険者の言動が問題になる事も多いですが、普通の冒険者の場合はあまりにも扱いが酷いと奴隷だって逃げ出しますから、普通は扱いが極端に悪くなることはありません。ですがミランダさんの場合、覊束の円環がありますから……」

「覊束の円環……やっぱりアレのせいなんだね……」


 ジゼルちゃんの首に付けられた、黒い首輪を思い出す。

 あれのせいで、ジゼルちゃんは自分の意志を踏みにじられ戦わされているんだ。


「では、盗賊たちの方はどうじゃ?」


 ボクがジゼルちゃんの事を考えて暗い気持ちになっていると、リリアーヌがコレットさんに問いかける。


「盗賊たちはたしかに犯罪を犯したが、ミランダに弱みを握られて使い潰されておった様じゃが」

「そうですね、おそらく裁判では情状酌量の余地ありと認められて多少罪は軽くなると思います。冒険者ギルドからも多少の罰や降格はあるでしょうが、重い罰などを科したりはしません。実は同様のケースは、他の都市などでもちょくちょくありますので、間違いないかと」


 その言葉を聞いてちょっとほっとしたけど、同時に眉をひそめてしまう。


「ちょくちょくある事なの?」


 あんな可哀そうな事があちこちで起こってて、なんの対策もされてないって事?


 ボクの言葉にコレットさんは迷うような様子を見せたけど、やがて意を決したように口を開いた。


「……そうですね、王女殿下もいらっしゃることですのでお話しします。どこから話せば良いか……そうですね、まずこれが今回の依頼のシルリアーヌさん達への報酬です」

「あ、はい。ありがとうございます?」


 コレットさんが机の下から取り出した、小さな袋に入ったお金を受け取る。

 なんで、今の話の流れでお金の話が?


「今お渡しした報酬の他に、ギルド職員の手当て、下調べをしたパーティーへの報酬が、この依頼に対する経費としてかかってます。そして、それらは依頼を発行した依頼主から支払われる依頼料でまかなわれるのですが……実は発生する経費を依頼料でまかない切れていません」

「え?」

「実は冒険者ギルドは赤字経営なのです」

「え、ええ?」


 な、なんの話?


「そして、そのギルドの赤字は貴族様からの寄付金でまかなわれています。貴族様がギルドへ寄付金を出してくださるのは、貴族子息子女への箔付け……今回のミランダさんみたいに、ギルドで依頼をこなして良い噂を流して天職の祝福を増加させるためです。そのための報酬として寄付金が冒険者ギルドへと支払われています」

「ああー-、なんとなく分かってきたよ……」

「私も気の毒で上に掛け合ったことがあるので分かります。このような貴族のギルドメンバーへの扱いで抗議しても、冒険者ギルドは決して動きません。確かにミランダさんはちょっと度が過ぎているかもしれませんが……貴族様たちからの寄付金が無いとギルドは運営していけませんし、そもそも法に違反しているわけではない、今回みたいに盗賊などに身を落としたとしてもそれは本人の問題だ、という建前を崩しません」


 コレットさんは悔しそうに唇をかんで、もう一度「すみません」と頭を下げた。


「そっか、お金、お金か……」


 金と権力を持つ貴族が天職の祝福をも手にれる、という盗賊のリーダ、ランヅの言葉が脳裏によみがえる。

 なんとなく、リリアーヌの方をちらりと見てしまうけど、リリアーヌはゆるゆると力なく首を振った。


「すまぬ。前も言ったがの、妾の一存で好きに使える金と言うのは、案外少ないのじゃ」

「そっか、ごめんね」


 そんなボクたちを優しい目で見ていたコレットさんが言葉を続ける。


「もちろんギルドとしては、実力のある冒険者が力を失って盗賊などに身を落としてしまうのは損失で、それはみんな分かってはいます。でも現実問題として貴族様から支払われる寄付金は生命線で、それを支払ってくださる貴族様には逆らえないのです」


 そしてコレットさんは辛そうな顔で、また頭を下げた。


「あ、頭を上げてよコレットさん! コレットさんが悪いわけじゃないのは分かってるから!」


 言ってコレットさんに頭を上げてもらう。

 かといってギルドが悪いのかと言われると、そうとも言い切れない。ギルドの人達はギルドを運営していかないといけないから。


 分からない、どうしていいのか分からないよ……。

 そんなことを考えながら、ボクたちは冒険者ギルドを後にした。

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