第33話 盗賊討伐3
「ミ、ミランダってあの……」
「そうだ。『勇者の聖剣』『聖女の兵団』の、あのミランダだ」
『勇者の聖剣』はボクも所属していたパーティーで、『聖女の兵団』はミランダの作ったパーティーだ。や、やっぱりボクの知ってるミランダだよね。
「オレたちはミランダに名声を、祝福を奪われた!」
「そうだ! あの女は悪魔だ!」
「なにが『聖女の兵団』だ、バカにしてんのか! 魔女じゃねぇか!」
リーダーの男が訴え、盗賊たちも声を上げる。
「祝福を……奪われた?」
意味が良く分からない。祝福は、天職を通じて女神様から全員が受け取れるものだ。奪うとか奪われるとかいう物じゃないと思うけど……。
「じゃあよ、オレは何の天職だと思う? いいから言ってみなよ」
リーダーの男が、にやにやと笑みを浮かべて言う。
天職? この人は槍を持っていたはずだから……
「ランサー、かな?」
あっさり制圧出来たことから考えるとその辺かな、と思い答えると、男は首を横に振った。
「違うな、オレの天職はランスマスターだ」
「ランスマスター? 中位天職……なの?」
「そうだ。流星のランヅ、ってちょっと有名な冒険者だったんだぜ、オレは」
自嘲気味な笑みを浮かべる男、ランヅの姿に混乱する。中位天職なの? そうは感じなかったんだけど……。
混乱するボクに、ランヅはさらに言葉を重ねる。
「オレは、以前はミランダのパーティー『聖女の兵団』に所属していた。ここにいる奴らは全員、もともと『聖女の兵団』のメンバーだ。とはいっても時期は別々だからな、盗賊になる前は面識がなかったヤツもいる。あの女はパーティーメンバーをコロコロ変えるからな」
「う、うん。それは知ってるよ」
確かに『聖女の兵団』は、見かけるたびにメンバーが違っていたような気がする。
とはいえ、それはそんなに珍しい事ではないと思う。昔なじみのメンバーでパーティを組む人もいるけど、依頼の内容によってメンバーを変えるパーティーも結構ある。
「オレは昔ある貴族の屋敷で不注意から高い食器を割っちまったことがある。ただの食器なのに目玉が飛び出るような値段でな、その食器の弁償でとんでもない額の借金を背負わされちまったんだ。そんで借金で首が回らなくなった時に、声をかけてきたのがミランダだ。借金を肩代わりしてやる代わりに、パーティーメンバーになれ、ってな」
他の盗賊たちからも「オレもだ」「オレはギャンブルだけどな」などと、声が上がる。それを受けてランヅが、みんな借金や家族の病気なんかの問題を抱えていて、それをなんとかしてもらう代わりに『聖女の兵団』に入った、と説明してくれる。
さすが貴族、お金持ってるなぁ。
「そんな訳で『聖女の兵団』のメンバーはミランダに何か弱みを握られているヤツばっかりだ。だからミランダが、自分以外のメンバーは足手まといのクズばかり、だとかデタラメを言って回っても強く出られねぇ」
「え?」
一瞬、何を言ってるのか良く分からなかった。
自分のパーティーメンバーを悪く言って回っても、いい事無いような気がするけど?
「あの女は、他のメンバーが使えないダメ人間だ、パーティーの実績は全部自分の力だ、と徹底的に宣伝して回りやがる。ギルド職員にもそう説明するし、街にもそう噂を流す。実際は、うしろで見てるだけなのにな」
「あの女、なんもしないくせに偉そうに指示だけしやがる!」
「指示だけならまだマシな方だ! 親の病気をネタに使って、死ぬかもしれねぇ場所に放り込みやがった!」
「普通なら撤退するような状況でもオレたちを突っ込ませやがる! 何度も死にかけたし、実際死んだやつもいる!」
ランヅの後ろから、様々な怒声が上がる。
後ろで見てるだけ、という言葉でボクの脳裏に浮かんだのは、ボロボロになってウォーハンマーを振るうジゼルちゃんの後ろから、見ているだけのミランダの姿だった。ああいう無茶な戦い方で人を戦わせて、自分は見ているだけ……。そんな事がジゼルちゃん以前にも繰り返されていたというのだろうか?
「しかもあの女は貴族だからな、貴族の集まる茶会なんかでも宣伝するらしいぜ。するとどうなると思う? 集まった貴族が領地や屋敷に帰って、家族・使用人・領民に噂を広げるんだと。そうすると、かなりの範囲に噂が広がるらしい」
「そんな……。そこまでするの……?」
「ああ……もっとも、集まった貴族もただミランダの噂を広げるのを助けるばかりじゃねぇ。そこはお互いさまで、お互いに都合のいい噂を広げるのを手伝ったり手伝ってもらったりしてるらしいぜ。貴族のあいだじゃ、当たり前なんだとさ」
天職の祝福は、その人の名声や評判によって効力を増してゆく。有名になり市中での評価が上がれば祝福は強力になり、評価が下がり悪い噂が広がれば祝福は効力を失ってゆく。
どっ、と嫌な汗が流れるのを感じる。
「そうすりゃ、ミランダは何もしていないのに強力な祝福を得て強くなり、オレ達はどんなに頑張っても、どんどん祝福は弱くなり力を失っていく。中位天職を持つヤツも何人かいるが、下位天職なみに衰えていく」
「あ……」
「もちろん、ついていけねぇ、って事でパーティーを辞めたいって言うヤツもいる。オレもそうだったさ。でもミランダは借金や家族のことを盾にそれを許さねぇ。さらに当たりは強くなる」
「そんな……」
「そしてどんどん酷使し使い潰し、使いものにならねぇくらいに衰えたら、あっさりと使い捨てるようにパーティーから追放する。やっとミランダから解放されたと喜んだが、その頃にはロクにスキルも使えねぇような状態になっちまってた。悪い噂も広まっちまってて冒険者として活動していくのも難しかったから、気が付けばこんな盗賊家業さ」
ランヅが自嘲じみた笑いを浮かべる。
頭がくらりとする、なんて事をするんだろう。
彼らは盗賊だけど、そんな彼らへの同情心がどんどん強くなってくる。そして、このままではジゼルちゃんも同じめにあうのではないか、と気が気でなくなってきた。
「で、でも真面目に依頼をこなしていれば、ちゃんと見てくれる人だって……」
一縷の望みを込めて、言葉を絞り出す。
そうだ、ちゃんと真面目にやっていれば、報われないなんて事はないはずだ。
「じゃあ聞くがよ、お前は『聖女の兵団』のメンバーの名前を知っていたか?」
「え?」
ランヅの言葉に、思わず目を見開く。
ボクが『勇者の聖剣』に所属していた時に『聖女の兵団』を見かけることは何度もあったけど、ミランダのパーティー、っていう印象が強くて、他のメンバーの名前とかは……。
「だろうな……悔しいがあの女は目立つ。顔だけはキレイだし、貴族の娘が冒険者なんてやってるってのも珍しいからな。『聖女の兵団』は確かに『ミランダの率いるパーティー』なんだよ、結局な」
ランヅは、はは、と力なく笑う。
「目立つ、ってことはそれだけ評価を上げやすい、祝福を得やすいって事だ。悪い噂を知らなかったとしても、顔も名前も知られてねぇんじゃ、祝福を上げることは出来ねぇ」
「…………」
ボクはもう、なんと言ってよいか分からなかった。
「祝福を奪われた、って意味が分かったか? あの魔女はオレ達を奴隷のように酷使し、本来オレ達が得られるはずだった祝福を自分のものにしちまった。金と権力をもつ貴族がそれを使って天職の祝福をも手に入れ、オレ達貧乏人は女神様の祝福さえも奪われ、なにも手にいられねぇ」
ランヅの瞳が、ぎらりと昏い光を放つ。
「天職システムは欠陥品だ」
そして、憎々し気に言い放った。
「あ…………」
「シルリアーヌ様?!」
「シルリアーヌ?!」
ボクは気が付けば、ぺたんと尻もちをついてしまっていた。
エステルさんとリリアーヌが声をかけて来るけど、なんだか声が遠くに聞こえる気がする。
そんなこと、今まで考えたことも無かった。
女神様の天職による祝福は、みんなに平等に与えられるものだと思っていた。それが、お金と権力を持つ貴族がそれを使ってさらに祝福をも手に入れる……、裕福な人がさらに裕福になる様なものだなんて知らなかった。
「ねぇ、これって本当なの……?」
駆け寄ってきたエステルさんとリリアーヌの方へと、ゆるゆると顔を向ける。
でも、少しだけど逸らされた2人の視線が、ボクの質問への答えだった。
「……すまぬ、そういう話を聞いた事はあったのじゃ。被害にあった者から実際に話を聞いたのは初めてじゃったが……」
「私は父も母もそういうズルは嫌いなので関わってはいませんが、そういう貴族は多いようです……」
「そんな…………」
もしかして、こんなひどい事をミランダ以外の貴族もやってるって事なの?
この盗賊たちは被害者で、捕まえない方がいいんだろうか、という考えが脳裏に浮かぶ。……いや、それは駄目だ。盗賊行為を行い、商人たちに被害が出ていることは事実なんだから。
でも、彼らも盗賊になりたくてなった訳じゃないし、根っからの悪人とは思えない。
「この話には、続きがあるんだよ」
混乱するボクに、ランヅはさらに続ける。
「ミランダせいでオレたちの天職の祝福はどん底まで落ち込んだが……、実はな、盗賊家業に手を染めてから若干だが天職の祝福は増加してるんだよ」
「え?」
「盗賊として名が広まり避けられてるって事は、ある程度は力を認められ怖がられてるってこった。弱っちい盗賊なんて誰も気にしねぇからな。死ぬ思いで冒険者をやってた頃は減る一方だった祝福が、盗賊家業をやり始めて回復する……笑えるだろ? 女神様がオレたちの盗賊家業を祝福して下さってるんだぜ? ハハハハハ!」」
絶句するボクに、ランヅは投げやりに笑い声を上げる。
そして、昏い情念のこもった瞳で、もう一度言い放った。
「天職システムは欠陥品だ」
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