第32話 盗賊討伐2

 王都から南北に伸びる街道を南下すると、ロルナックという都市がある。


 ここから南は平地が多く気候も穏やかな事から農業が盛んで、一大穀倉地帯が広がっている。そこで収穫された農作物は、大部分は商業都市シャレイユを通じて東西に伸びる街道を通じて王都に運ばれるけど、少なくない量がロルナックを経由して南北の街道を通じて運ばれるため、けっこう栄えている都市でもある。

 ちなみに、ロルナックからさらに街道に沿ってずっと南下すると、ボクの出身の村があるんだ。


 そのロルナックの手前の丘陵地で、ボクたちは依頼にあった盗賊団に出くわしていた。

 全員男で年齢は20くらいから40代くらいまで様々で、みんな薄汚れた衣服や装備を身に着け無精髭を生やしている、あまり清潔とは言えない男達だ。


「うほっ、キレイな子ばっかりじゃねぇか! これはラッキーだな!」

「うへへへへ、女3人で旅なんて危ねぇなぁ。盗賊なんかに見つかったら、ヒドイ目にあわされるぜぇ?」

「そうそう、オレ達みたいなのがなぁ?」

「ちげぇねぇ、げはははははは!」

「まぁ、そういう訳だからよ? 金目の物と着てるモン全部出してもらおうか?」


 盗賊達が、ボク達の周りをぐるりと取り囲む。

 女3人じゃないんだけどな、と思いながら男たちの人数を数えると……15人。剣を持っている者5人・槍3人・弓3人と、ローブを着ている人と法衣を着ている人が2人づつ。


「えれぇ綺麗な服着てるぜ。貴族だぜ、貴族! メイドなんて久しぶりに見たぜ!」

「貴族が3人でこんな所通るかぁ? 商人じゃね?」

「どっちでも構わねぇよ! お高く留まった女をメチャクチャにしてやれるならなぁ!」

「そうだぜ! 身ぐるみ剥いで逃がすなんて勿体ねぇ! 連れて帰って楽しもうぜ!」

「久しぶりの女だぜェ~~!」


 下卑た笑いをあげ、盛り上がる男たち。

 リリアーヌが「ひっ」と悲鳴を上げ、ボクの後ろに隠れる。……無理もないよ、男のボクから見ても彼らはあんまりにも品が無い。女性を自分たちの欲望を発散する対象としか見ていない類の人達だ。


「最初は私に任せてもらえないでしょうか?」


 エステルさんがカタナの柄に手を添えて、一歩前に出る。

 見ると、その目は細められ怒りに燃えていた。リリアーヌに品の無い言葉をかけられて、怒っているのが伝わってくる。


「お、メイドちゃんが相手してくれるのか?」

「メイドが剣を持ったって意味ねぇだろ! メイド服で使える天職なんてねぇよ!」

「ちげぇねぇ、だはははははは!」


 エステルさんがメイド服を着ている事を揶揄するような声が上がり、それを聞いた盗賊たちが笑い声をあげる。

 確かにメイド服を着て発動できる戦闘系天職はない。でもエステルさんは鍛練で剣術をみがき、その実力は天職を使わずとも並みの下位天職に後れを取ることは無いだろう。ボクがシリルのまま剣の鍛練を続けても大した実力にならなかった事を考えると、その才能と努力は称賛に値すると思う。

 まぁ、素直に剣士の格好すればいいのに、と思わないでもないけど。


「あぶねぇから、そんなもん抜くんじゃねぇぞ。綺麗な顔に傷でもついたら愉しめねぇだろうが」


 真ん中にいる盗賊のリーダー格っぽい男が、手に持つ槍をぷらぷらと揺らしながら半笑いで言った。


九十九杠葉流つくもゆずりはりゅうおぼろ――」


 カキィン、という音を立てて弾き飛ばされる男の槍。


 男は「あ?」と間の抜けた声を出すと、何も持っていない自分の手と、抜刀術で振りぬいたカタナを鞘に納めるエステルさんの姿を交互に眺めた。やがて、エステルさんの抜刀術で自分の武器を弾き飛ばされたのだと気付いた男は


「やべ……!」


 と槍を拾いに行こうとする。


 戦闘系天職を持つ者にとって、武器は生命線だ。ボクのプリンセスは違うけど、たいていの場合は武器を失うと、その天職に外見ではなくなって天職の祝福が得られなくなる。武器が無くなるという戦闘手段の喪失に加え、身体能力の向上などの祝福が無くなってしまえば、その後戦闘を続けたとしても勝算は限りなく低くなってしまう。

 盗賊たちが何の天職を持っているのか、持っていたとしてちゃんと祝福を得られているのかは分からないけど。


「ごめんね」


 槍を取りに行こうと横を向いたリーダー格の男の懐に潜り込み、ファフニールの柄を男の鳩尾に突き刺すように叩きつける。


「がっ…………!!」


 崩れ落ちるリーダー格の男。


「リーダー!」

「ちくしょうテメェら! リーダーを!」


 男たちが殺気立ちそれぞれの武器を構えるけど、そこへエステルさんが滑るように身を躍らせる。


「九十九杠葉流、さざなみ――」


 エステルさんのカタナから何条もの剣閃が走り、何人かの男が倒れた。


「て、てめえェェ! よくもやりやがったな! 飛燕斬スラッシュ!」

「やらせないよ! 飛燕斬スラッシュ!」


 剣を持った男の1人が下位剣技スキルのスラッシュを放ってくるけど、こちらもスラッシュを放って迎撃する。

 すると、ボクの放ったスラッシュは男のスラッシュを霧散させ、そのまま相手の男を切り裂いた。


「ぎゃああああああっ!」


 あっさりと相手のスラッシュを打ち消せた事を考えると、やっぱり盗賊なんてやってるだけあって祝福をきちんと受けられているとは思えない。下位剣技スキルを使ってきた事と、あんまり強くない事から、やっぱり下位天職ソードマンあたりかな?


「くそォ、死にやがれ! 火精霊よ集えファイアボール!」

「くるなぁぁぁ! 土精霊よ貫けロックバレット!」


 ローブを着た術師風の男たちが、精霊術を放ってくるが


「ここは妾に任せるのじゃ! くらえ! 火精霊よ集えファイアボール10連弾!」


 リリアーヌがリンドヴルムを振り上げ、その先端の宝珠が光を放つ。

 10個の火球が現れ、それは次々と男たちに降り注ぐ。


「うわああああぁっ?!」

「なんだこりゃ? どうなってやがる! 守り給え神の腕プロテクション!」

「創炎たるリンドヴルムじゃねぇか、なんでだよ! 守り給え神の腕プロテクション!」


 法衣を着た男たちが、仲間を守ろうとプロテクションを展開する。

 だけど、リンドヴルムの効力でリリアーヌの放つファイアボールは、次々と連続して叩き込まれてゆく。あっという間に飽和して砕け散る、男たちのプロテクション。


「ぐわあああああっ!」


 ファイアボールの直撃を受け、倒れる術師風の男たちと法衣を着た男たち。

 どちらも下位下段の術しか使ってこなかったし、間違いなく下位天職だろう。それに天職の祝福も十分に受けられていないみたい。


「仕上げですね。九十九杠葉流、さざなみ・改――」

「そうだね、一気に終わらせよう。四連断オービット・クアッド!」


 エステルさんと頷きあい、同時に盗賊たちへと踏み込む。

 ボクのスキルとエステルさんの剣術が男たちの武器を弾き飛ばし、返す刃で腕や脚などを切り付け無力化する。


 次々と倒れてゆく盗賊たち。


 そして、あっという間に盗賊たちは全員ボクたちの目の前に縛られて転がされることになった。


「わはは、さすが妾たちじゃな! これは妾の評判爆上がりじゃな!」

「所詮、小規模の盗賊という所でしょうか? なんとも手応えの無いものですね」

「まぁ、みんな無事でよかったよ」


 ほっと胸をなでおろす。

 リリアーヌもエステルさんも特にケガなんかは無いし、盗賊たちも火傷や傷は負ったけど死者や重傷者はいない。犯罪を犯した盗賊たちだけど、出来るだけ殺したくないからね。


「くそぉ、強えぇ……。貴族のくせに!」

「殺すなら殺せ! これ以上惨めな思いをするのはたくさんだ!」

「ちくしょう! ちゃんと天職が使えれば、こんな女どもになんか!」

「オレの天職はこんなもんじゃねぇ! ホントのオレなら負けるわけねェ!」


 だけど、縛り上げられて座り込む盗賊たちからは、憎々し気な視線と罵詈雑言が飛んでくる。

 中でも、自分たちの天職がきちんと使えればとか、本当なら負けないとか、そんな声が少なくない事に気が付いた。


「シルリアーヌ様、耳を貸す必要はありませんよ。所詮、落伍者の負け惜しみです。まともに取り合う価値があるとは思えません」


 エステルさんは、冷たい目でにべもなく言い放った。

 エステルさんは騎士の家系というから、努力もせずに負け惜しみを言うような人には厳しいのかもしれない。でも、彼らの憎悪のこもった瞳と必死に叫ぶ声からは、ただの負け惜しみ以上の感情が感じられるような気がするんだ。


 だから、リーダー格の槍を使っていた男の前にしゃがみこんで問いかけてみた。


「天職の祝福が得られていないのは、盗賊なんかやってるからじゃないの? ちゃんと鍛錬して冒険者ギルドに入って真面目に依頼こなしてれば、もっとちゃんと祝福が得られると思うんだけど」


 ボクは純粋に不思議だったから聞いたのだけど、男はキッと厳しい瞳でこちらを睨みつけてきた。

 その瞳からは、憎しみの感情がぴりぴりと伝わってくる。


「なんにも知らない貴族様が知った様なことを言うんじゃねぇ!」


 男が叫びを上がると、他の盗賊たちも同意して「そうだ!」「貴族のくせに!」などと声を上げた。

 どうしてそんなに貴族の事を悪く言うんだろう、なんて思っているとリーダーの男はさらに続ける。


「オレたちがこんな事になったのは……全部、全部ミランダのせいだ!」

「え……? ミランダ?」


 思わぬところからミランダの名前が出てきて、ボクは呆けた声で聞き返していた。

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