第28話 出発
「あ、シルリアーヌお姉ちゃんだ。おでかけ?」
翌日、朝起きてギルドに向かうために出かけようとすると、パメラちゃんが声をかけてきた。
「そうだよ。今日はリリアーヌと一緒にギルドへ行って、なにか依頼を受けるつもりなんだ」
「リリアーヌ? あ、昨日来てた『のじゃー』のお姉ちゃんだね!」
ぱっと顔を輝かせたパメラちゃんだけど、すこし離れたところで店の用意をしていたロドリゴさんがぎょっとして振り返った。
「こ、コラ、パメラ! 王女殿下に対してそんな呼び方は駄目だ!」
「えー?」
「ふふっ、いいですよ。リリアーヌならその程度で怒ったりしないと思いますよ」
パメラちゃんの頭を撫でながら、ロドリゴさんに声をかける。
リリアーヌが王女殿下だという事はすでに街の人たちに知られていて、街のみんなが戸惑ったり慌てたりするのが、申し訳ないけどちょっと面白いと思ったり。
昨日はシルリアーヌという名前が亡くなった王族の名前だと聞いて、名前を変えて生きていくんだって咄嗟に考えてしまった。でもよく考えたら、名前を変えて生きていくなら、仲良くなったパメラちゃんやロドリゴさん達ともお別れしないといけない。
それは……寂しいなって思う。
「いや、しかしな……」とぶつぶつ言っているロドリゴさんと、「いってらっしゃい!」と手を振るパメラちゃんに、手を振って「いってきます」と言うとギルド向かって歩き始めた。
ギルドの前でリリアーヌとエステルさんと待ち合わせしているんだ。
◇◇◇◇◇
ギルドに着いた時リリアーヌはまだ来ていなかったから、しばらくは通りかかる冒険者たちと世間話などしていた。
シリルとして来ていた時も、ベテランの冒険者の方やいろんなお店の人から話を聞くのは好きだった。わくわくする冒険譚や、自分の知らない話が聞けるのはすごく楽しい。
そうしていると、息を切らせたリリアーヌと、エステルさんがやってきた。
リリアーヌが着ているのは黄色っぽい色のキレイなドレスと、その上に以前ボクが着ていたくすんだ色のローブ。そして、手にはダンジョンで手に入れた創炎たるリンドヴルム。すこし後ろを歩くエステルさんは、昨日と同じメイド服とカタナだ。
「あ、リリアーヌとエステルさん、おはよう」
「はぁ、はぁ、す、すまぬ……。支度に時間がかかっての……」
「おはようございます、シルリアーヌ様。ちなみに遅れた原因はリリアーヌ様の寝坊です。身だしなみと出立の準備をしたメイドたちはいつも通りの仕事をこなしました」
「なあっ! なんで言うのじゃ、エステル!」
「私はお付きのメイドたちの名誉のために申しあげたまでです」
びっくりしてエステルを振り返るリリアーヌと、つーんとして涼しい顔で言うエステルさんの姿に、くすりと笑みが漏れる。メイドの仕事を愛する彼女のことだ。メイドたちの仕事が軽くみられるような言葉には敏感なのかもしれない。
そんなやり取りをしつつ、ギルドに入りカウンターの方へと向かう。
受付で柔らかい笑顔と共に迎えてくれるのは、コレットさん。昨日来たとき抱きつかれた事が脳裏に浮かび赤面してしまいそうになるけど、今のボクはシルリアーヌとして来ている。コレットさんは当たり前だけど、いつも通りの表情だ。
「シルリアーヌさん、おはようございます。リリアーヌ王女殿下も、この様な場所までわざわざご足労頂きまして申し訳ございません」
「おはよう、コレットさん」
「うむ、おはようなのじゃ」
コレットさんはボクに対してはいつも通りの挨拶だったけど、リリアーヌに対してはへりくだった言葉遣いで深々と頭を下げた。
そこまで丁寧に言わなくてもいいんじゃないかな、なんて思ったけど、見れば周りにいたギルド職員や奥にいたギルドマスターまでがリリアーヌに向かって丁寧なおじぎをしていた。
よく考えてみれば、朝もロドリゴさんがパメラちゃんのリリアーヌに対するささいな呼び方を注意していた。
……これは、ボクがおかしいのだろうか?
リリアーヌは王女殿下だ。
ボクはなんだか亡くなった王族の名前なんか貰っちゃったけど平民で、なりゆきで普通に話しているけどこれはもしかしてマズイのではないだろうか? 王族侮辱罪とかで捕まっちゃったりするの? 王族侮辱罪と王族詐称のふたつの罪を科せられたら、どれくらいの罪になるのかな? ボクの首で足りる?
今更だけど、リリアーヌの呼び方を改めてみようかと声をかける。
「……えっと、リリアーヌ王女殿下」
「なんじゃいきなり…………金の無心か?」
「違うよ!」
ボクをなんだと思ってるのさ!
確かにボクは平民だし、そんなに裕福じゃないけど!
国王陛下の宝剣を折っちゃったし、リリアーヌには結構な借りがあるけど!
もうリリアーヌなんかリリアーヌでいいよ!
ボクが1人内心で憤慨しているうちに、リリアーヌとコレットさんは話を進めていく。
「今日は久々じゃし、軽めにこなせる依頼がいいんじゃが」
「それではこちらの……オークの討伐依頼などおすすめです。北の街道付近でオークが大量発生し商人が通行を控えているため、物流が滞ってます。普通のオークですし一体一体は強くありませんが、とにかく数が多いようですので、ある程度の実力を持っているパーティー複数に依頼を出しております」
「ふむふむ」
「それに商人ギルドと国が連名で依頼を発行しておりますので、報酬は確実に支払われると思われます。……王女殿下に申し上げる事ではないかもしれませんが」
エステルさんは、ちらとリリアーヌの顔色をうかがう。
だけどリリアーヌは特に気にしたそぶりも無く、エステルさんへと顔を向ける。
「エステル、どう思うのじゃ?」
「良いのではないでしょうか。リリアーヌ様は冒険者となったばかりですし、シルリアーヌ様も私も決して経験豊富な冒険者というわけではありません。あまり無理をしない方がよろしいかと」
「なら決まりじゃな。その依頼を受けるのじゃ」
ありがとうございます、と頭を下げるコレットさん。
ボクの意見を聞かれないままに、オークの討伐を受ける事が決まってしまった。べつに不満は無いけど。
慣れた手つきで依頼の発行手続きを終わらせるコレットさん。
「よし、さっそく行くのじゃ! あれ以来これを使っておらなんだしの!」
リリアーヌは、手に持った創炎たるリンドヴルムを振り上げた。
ダンジョンでミランダが落として行ったものを拾って手に入れた、聖遺物だ。上位精霊術が使えるようになるうえ、ファイアボールがいくらでも放てるようになるという、破格の性能を持っている。ちなみに、ボクの疾風たるファフニールは上位剣技が使えるようになるけど、何かを無条件で使えるようになるという類の能力は無い。ちょっと悔しい。
「あの、さっきから気になっていたのですが……それってミランダさんが持っていた
おそるおそる、という風に聞いてくるコレットさん。
「そうじゃ。あのミランダという女が落として行ったからの、手に入れて妾の物にしたのじゃ!」
「ランドドラゴンに『勇者の聖剣』は苦戦してたみたいで、その時ミランダが落として行ったんだ。ミランダは困っているだろうし返した方がいいのかもしれないけど……ボク達の物にしていいんだよね?」
ついでに、ちょっと引っ掛かっていた事を聞いてみる。
でも、コレットさんの返答はあっさりしたものだった。
「構いませんよ。ギルドとしては特に問題ありませんし、それに戦場では冒険者が装備を落として逃亡や、最悪の場合死亡してしまう事はめずらしい事ではありません。そういう場合のために戦場で所有者が所有権を放棄した武器は拾った者に所有権が移る、というルールを定めさせてもらってます。ごねる冒険者もいない訳ではありませんが……一人前の冒険者なら気にする者はいません」
そこでコレットさんは、くすりと笑う。
「まぁ、ですが聖遺物を落として逃亡していった冒険者は聞いた事ありませんから、珍しいケースではあります」
「そりゃまぁ、そうだよね……」
そもそも、聖遺物を持っている冒険者なんて本当に上位の、それこそS級冒険者とかくらいだろう。
ボク達はそう考えると運がよかったなぁ、なんて思う。
そこでコレットさんが顔を近づけてきて、思わずどきんとしてしまう。
そんなボクの事を知ってか知らずか、コレットさんは小声で話し続ける。
「……あまりこういった事は言いたくはありませんが、ミランダさんが文句を言ってくる可能性はあります。ですから正直言うと、あまりおおっぴらに使わない方がいいんじゃないかなー、って思います。もちろん、文句をつけてきたらギルドとしては全面的にお二人の味方をしますが」
「ああーー……」
確かに、ルールとして問題ないとしても、それですんなり納得するかというと難しいかもしれない。
ミランダはリンドヴルムの事を特に大事にしていたし、それにあんまり物分かりの良い方でもないというかなんというか……。
ちらりとリリアーヌの方を窺うと
「じゃが断る! 妾はこのリンドヴルムの力を使って、冒険者として名を上げるのじゃ!」
「だよねー、リリアーヌならそう言うよねー」
がっくりと項垂れるボクを見て、コレットさんがころころと笑う。
「まぁそう言いましたが、それほど心配する必要はないかと思いますよ。王女殿下にちょっかいかけてくる様な者はいないでしょうし、ミランダさんは貴族令嬢ですから身分などには敏感だと思います」
「……そうだね、それもそうか」
コレットさんの言葉に胸をなでおろす。
そっか、そうだよね。リリアーヌは王女殿下だもんね、いくらミランダでも突っかかって来たりしないよね。
そこでエステルさんが口をはさんでくる。
「万が一なにかあれば、私がなんとしても阻止します。そのためにメイドはいるのですから」
エステルさんは自信満々に言いつつ腰のカタナに手をやり、カタナがかちりと音を立てる。
うん、頼もしいけど、普通はメイドは護衛のためにいるんじゃないと思うんだ。
「話はまとまったの? では行くのじゃーー!」
リリアーヌがふたたび、リンドヴルムを振り上げた。
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